ソウル生活日記


私の韓国生活日記です。時々書きます。

新規投稿
先月<<過去記事 >>次月

11月3日(水)

at 2004 11/03 22:45 編集

夕方、ふと何の気なしに、『手塚治虫の旧約聖書物語 2.十戒』(手塚治虫著、集英社)を手に取ってめくってみた。この本は、5年前に妹の結婚式のため、妻と一緒に日本へ行ったとき、神田の友愛書房で買ったものだ。残念ながら、全3巻のうち、何を思ったか、この1冊しか買わなかった。

これは、創世記37章の、ヨセフの夢の箇所から始まるが、もちろん大部の聖書をすべてなぞっているのではなく、創世記の流れから重要な部分をクローズアップして劇化し、時には私たちが重要だと思っている部分を飛ばし、脚色をまじえながら、話を続けている。私たちは聖書の内容に脚色を加えることはないけれど、それでも、書かれている内容から想像力を膨らませて生き生きと再現する手腕と、読みの深さとには、感心させられる。

手塚治虫はそこで、聖書の読者にとって不可解な箇所を、取り立てて扱っていた。それは、兄たちの陰謀でエジプトに売られたのち、神の導きで宰相となったヨセフのもとへ、兄たちが穀物を求めて来たとき、自分が弟であることを明かさずに、その兄たちに過酷な試みをする場面だ。ヨセフの優しい心と過酷な命令とが不調和をなし、クリスチャンでもわけがわからないと思う箇所だ。しかし、手塚治虫はその箇所に力を入れて描き、人間模様をみごとに浮き彫りにしていた。

ヨセフは兄たちを赦していたが、エジプトの宰相であるヨセフが、兄たちと再会するためには、兄たちが自分の行いを心から悔いている必要があった。それが確認できなければ、ヨセフももちろんそうだけれど、兄たちがヨセフとの関係を回復することは、不可能だった。それで、ヨセフは巧妙な手段によって、兄たちをスパイであるとして詰問し、苦しい立場に陥らせる。そこで兄たちは、ヨセフの前で繕うことなく、自分たちの過去に犯した悪事を告白する。そしてヨセフは、自分がその悪事の犠牲となったヨセフであることを伝え、エジプトへ兄たちが自分を遣ったのではなく、神が、父と兄たちを飢饉から救うために、自分をエジプトへ遣わしたのだと言う。兄たちは驚愕のあまり口も利けなかった。

この描写のみごとさに、肝を抜かすほど驚いた。そして、その深さに胸を打たれた。本当は、兄と再会する場面で、ヨセフは泣くのだが、手塚の聖書物語では、ヨセフは泣かない。かわりに私が泣いてしまった。手塚治虫は神を信じなかったけれど、全身全霊を込めて聖書を読んでいた。創世記は聖書の中でも尽きない魅力を蔵している書物だとは、前に注解書を訳しながら、しみじみ感じたけれど、手塚治虫の読みから、また一つ深い読み方を学んだ。

11月7日(土)

at 2004 11/06 20:42 編集

韓国では見かけないけれど、日本には諸外国語の学習書シリーズがある。古くは大学書林の「四週間叢書」で、近年は「四週間シリーズ」と言っている(※)。これはかなり本格的な入門書で、1冊あげるのにはかなりの忍耐が要る。よほどの秀才か努力家でない限り、これを四週間で仕上げるのは無理だ。しかし、時間さえかければ何とか身につけられるし、基礎を網羅した良書も多く、今でも売られているロングセラーだ。収録言語は、「エスペラント四週間」の見返し部分のカバーを見ると、英語、ドイツ語、フランス語、ロシヤ語、中国語、スペイン語、イタリア語、オランダ語、ポルトガル語、ハンガリー語、ラテン語、スウェーデン語、フィンランド語、インドネシア語、マライ語、エスペラント語、ギリシヤ語、モンゴル語、朝鮮語、日本語、広東語、ペルシア語、ゲール語の23ヵ国語ある。インターネットで検索すると、「ビルマ語四週間」というのもあった。

さらに大学書林では、「会話練習帳双書」がある。この双書の収録言語も、「エスペラント四週間」のカバーを見ると、インドネシア語、ポーランド語、ヒンディー語、ベトナム語、ウルドゥー語、ハウサ語、デンマーク語、スェーデン語、アラビヤ語、ペルシア語、セルビア・クロアチア語、マケドニア語、スロベニア語、スワヒリ語、ジャワ語、ビリピーノ語(たぶん誤字でしょう)、イロカノ語、ベンガル語、ハンガリー語、ビルマ語、スロヴァキア語、ネパール語の22ヵ国語がある。しかし私はこのシリーズの現代ギリシア語を持っている。インターネットを検索すると、「日エス会話練習帳」や「ブルガリア語会話練習帳」、「セブアノ語会話練習帳」、「ルーマニア語会話練習帳」、「バスク語会話練習帳」というのもある。大学書林のホームページには、55ヵ国語を教えられるとしか書いていなくて、どんな言語の本を出版しているのか分からない。

白水社では、フランス語をはじめ、いくつかの外国語の入門書を出版していたが、80年代の後半に、「エクスプレスシリーズ」を出した。収録言語は、日本語、朝鮮語、中国語、広東語、上海語、台湾語、ベトナム語、タイ語、ビルマ語、フィリピノ語、ベンガル語、ヒンディー語、インドネシア語、チベット語、パンジャービー語、トルコ語、アラビア語、エジプト・アラビア語、ペルシア語、古典ギリシア語、現代ギリシア語、ロシア語、ブルガリア語、ポーランド語、チェコ語、セルビア語・クロアチア語、ハンガリー語、ルーマニア語、フィンランド語、スウェーデン語、ノルウェー語、デンマーク語、ドイツ語、オランダ語、アイスランド語、イギリス英語、フランス語、イタリア語、スペイン語、ブラジル・ポルトガル語、スワヒリ語、エスペラント語、アイヌ語の45ヵ国語にもなる。

90年代には、アルクから「マルチリンガルマラソン」シリーズを出した。これは、「耳で覚える発音の練習からあいさつと入門会話まで」と銘打ってあるとおり、発音と基本的な決まり文句などを覚えられるようになっている。収録言語は、フランス語、スペイン語、中国語、ドイツ語、イタリア語、インドネシア語、タイ語、広東語、アラビア語、ロシア語、スウェーデン語、ポルトガル語、韓国語、ノルウェー語、デンマーク語、ベトナム語、トルコ語、オランダ語、ヒンディー語、モンゴル語、ハンガリー語、フィリピノ語、スワヒリ語、チベット語、ペルシャ語、エスペラント語、現代ギリシャ語の27ヵ国語というから、これも大変なものだ。

簡単さを売り物にということでは、「マルチリンガルマラソン」がいちばん徹底しているかもしれない。しかし、文法説明をほんのわずかしかしていないので、実際にはけっこう難しい。このシリーズの強みは、発音の説明にカセットテープの片面全部を使っていることだろう。ただし、発音の要領についての説明がないので、若干の音声学的訓練を受けたことがある人でも、実際にテープを聞いてその音を正確に把握し再現するのは困難かもしれない。また、このシリーズには「エクスプレスシリーズ」という強敵がいる。「マルチリンガル」は一律に3千円もするが、「CDエクスプレス」は、言語によって2千円弱からあり、ペルシア語のようにマイナーで高価なものでも、3千円をわずかに超える程度だ。しかも、文法説明があるので、例文の意味はわかりやすく、応用も利く。これで「マルチリンガル」が生き残るのは難しいのではないかとも思う。しかし一方では、それらのシリーズをうまく使い分けて外国語を学習することもできそうだという気がする。「エクスプレス」は基礎がよく学べるけれど、決まり文句は「マルチリンガル」にかなわないだろう。「マルチリンガル」だけでは応用が利かないけれど、「エクスプレス」と併用すれば、決まり文句を利用してかなり応用がきくようになりそうだ。ただし、残念なことに、「マルチリンガルマラソン」は、アルクのサイトでも紹介されていない。もう消滅してしまったのかもしれない。

大学書林の「四週間シリーズ」は、読解力養成のために書かれているので、「エキスプレス」で不足した部分を補うことができる。ただし、最初からやり直さないと、途中で分からなくなってしまうかもしれない。しかしそれでもいいのは、「エキスプレス」で正しい発音を身につけたあとなら、「四週間」を本だけで勉強しても、ある程度正しい発音を維持することができるはずだからだ。

日本は、外国語を勉強したい人にとって、天国のような国かもしれない。主だった言語はちゃんと揃っていて、日本語で学習できる。しかも、それらの多くは音声教材も付いている。だからこそ、『世界中の言語を楽しく学ぶ』(井上孝夫著、新潮新書)の著者のような人が現れるのだと思う。韓国ではちょっと考えられないことだ。趣味でこれだけの言語に手を染める人は、日本でも初めてなのかもしれないけれど、韓国ではもっと可能性が薄い。まあ、将来どうなるかは分からない。韓国に10年以上住んでいると、韓国人はどういう人たちだということが言えなくなってしまうからだ。それらは、時代が移るにつれて、変化していく。しかし、現状だけを見るならば、日本は外国語学習に志がある人にとっては、非常に居心地のよい国であることは確かだ。これらのシリーズ学習書が、いつまでも売られ続けることを願っている。

※韓国では唯一、おそらく白水社の「エクスプレスシリーズ」を無許可で翻訳したと思われる、「世界語学シリーズ」(明志出版社刊)というものがある。構成は「エクスプレス」とまったく同じで、挿絵もそこで見たことのあるものだ。日本人の絵の描き方と韓国人の絵の描き方は、タッチが似ているので、韓国人が描いたといってもそのまま通ってしまう。この出版社は、主に日本の語学教材を翻訳して韓国人の監修/編集者名に変えて販売している。31の言語を出しているようだ。しかし、音声教材は付いていない。このように怪しいシリーズなので、いちおう韓国には諸言語の語学学習書シリーズは“ない”と答えておいた方が無難かもしれない。

11月7日(日)

at 2004 11/08 04:04 編集

下の子が一昨日、潮干狩りに行って、オキシジミをたくさん採ってきた。それを砂出しして、味噌汁にして食べた。その貝殻を下の子は捨てずに洗面所で荒い、乾かしたあと、自分なりにきれいに彩色した。

ちなみにこのオキシジミに該当する“모시조개”という韓国語は、韓日辞書ではたいてい“アサリ”と訳されている。辞書編纂者の怠慢と言えるかもしれないけれど、7万も8万もある語彙を訳すのだから、そういう間違いは避けられないだろう。辞書を利用するときは、違う場所へ連れて行かれる可能性をいつも警戒している必要はある。しかし、いくら警戒していても、引っかかるときは引っかかってしまうから、ある程度は辞書に騙されても仕方ないと、腹を括っているしかなさそうだ。

11月8日(月)

at 2004 11/08 17:27 編集

文法を意識しないで言葉を使うというのは、多くの人が夢見るけれども、なかなかうまくいかない。それは、文法に関して誤解をしているからだろう。文法というのは、技術だ。どんな技術でも、まず初めにその型を習う。そしてその型は、初めのうちは意識して完璧にできるように努力される。そして完璧にできるようになったのち、徐々に慣れて行って、意識しないで行えるようになる。

たとえば、運転の教習を受けるとき、運転席に座ってから出発するまでの手順を習う。これはけっこう細かい順番の決まりがあったと思う。しかし、もうずいぶん昔のことなので、どんな順番で習ったのか忘れてしまった。思い出して口で説明するのも大変だ。とっさに質問されて答えられる人は、たぶん免許を取ったばかりか、でなければ、教習所の教官だろう。

以前、言語の口頭能力を測定するセミナーで、手順を聞く質問について話し合ったことがあったけれど、そのとき、運転を始めるまでの手順を説明させたらどうかという意見が、講師の先生から上がった。しかし、車を運転している講習生たちは、自分でやってみると、誰もうまく説明できず、いちいち体を動かして順番を確認しながら、あれ?あれ?と言っていた。運転席以外の場所で手足を動かしてみても、よく思い出せないのだ。あまりにも自然に身についてしまっているからだ。それで、運転の手順について訊ねるのは不適切だということが分かった。

これは、文法とよく似ている。初めは自動車教習のように、理論も習えば、実際に使ってみもする。このときは、いちいち説明を思い出しながら、たどたどしくやることになる。しかし、その文法事項を使って言葉を操るのに慣れてくると、徐々に文法のことは考えず、状況にあわせてその文型が自然と口を突いて出てくるようになる。そして、その文法の構造についてたずねられると、うまく答えられないことが多い。

たとえば、「んです」をどんなときに使うのか、「こと」と「の」をどこで使い分けるのかという質問は、日本語教師をすら悩ませる。明快に説明している本もあるけれど、それは、多様な用例を切り捨てて、高頻度の部分に絞って説明しているからで、学生の誤用例と照らし合わせると、やっぱり説明できないことがある。時々外国人でうまく使い分けられる人がいるけれど、どう使い分けるのか聞くと、答えられない。それもそうだろう。これらは、それぞれの状況や文型の中で使われるものを、一つ一つ拾うように身に付けていったのが、総合的に無意識の中で体系を作るから、口で説明しようとしてもできないのだ。

教習所でも、安全運転のための状況判断について習うけれど、長年運転していると、自分がなぜこの判断をしたのか、口では説明しかねるほど直観的になってくる。しかし、たまに、教習所で教官が言った言葉を、その場の状況で口ずさんでいるのに気づくことがある。やっぱり、教わったことを基に、運転中の意思決定をしているようだ。

また、教習中は、安全確認を怠ったといっては教官から注意されたけれど、当時はどうしてそんなに細かく見ているのか不思議だった。この人は細かい性格なんじゃないかと、人格を疑ったりもした。しかし、その後何年も経って友人が免許を取り、その車に乗せてもらったとき、教官の“気持ち”が分かった。友人は狭い道から広い通りに出るとき、反対方向を確認もせずに曲がったのだった。それを、何度もやった。10キロぐらいの道のりを走ったけれど、車を降りたとき、生きている喜びを感じた。本人はというと、平気な顔をしていた。教官は、私が確認を怠るたびに、びくびくしていたに違いない。

外国語の場合も、教師から間違いを指摘され、なぜそんな細かいことをいつも指摘するのかとうるさく思うことが多い。しかし、できるようになってから、初級の学習者が話すのを聞くと、間違いがすぐに分かるし、時には一言間違えたために、意味が不明瞭になってしまったり、頓珍漢な受け答えになってしまったりすることも、感覚で分かるようになる。それによって、教師が指摘していたのは、決して細かいことでないことが分かる。これも、運転技術の習得とよく似ている。

このように、文法は、初めは使い方を習い、そして、意識しながら実際に使ってみて、徐々に使い方を意識しなくなるまで慣らしていくことだ。会話の練習に関しては、ことに文法を意識しないことが強調されるけれど、それは難しいことだ。自動車の教習だったら免許をくれないかもしれない。なぜなら、教習生は免許を取った時点では、まだそれぞれの手順を意識しなければ完璧にできないからだ。文法も同じで、会話の練習をしている時点では、いつも文法が意識できている必要がある。それを、自分が文法を意識しているということに気づかず、自分が文法を意識していることが意識できなくなるまで、潜在化させる必要がある。そのためには、文法を意識しながら実地に使っていくことだ。そうやって初めて、会話も作文も上手になるだろう。

意識的な訓練の繰り返しで潜在化へ。ちょっと時間はかかるけれど、これが、文法を意識しないで使うために、誰もが適用できる方法だ。

11月9日(火)

at 2004 11/12 17:31 編集

KBS第1FMは、いちばん好きなラジオ放送局だ。けれども、その中で、嫌いな番組が一つある。それは、夜9時半ごろから10時まで毎日やっている「新作歌曲」という番組だ。

韓国には、「歌曲」というジャンルがある。どのようにして発生したジャンルなのかは知らないけれど、自然発生したとはとうてい思えない。主にカンツォーネとリートの影響を強く受けた、西洋風の旋律で、テンポが遅いことの多い、一連の歌曲群で、それらはすべて、西洋音楽の声楽を学んだ歌手たちによって歌われる。大衆性はまったくなく、音楽家たちも好んで聞くとはとうてい思えない。

何でこんなジャンルが廃れずに続いているのか、理解できない。まあ、古い「歌曲」の中にはとてもすばらしいものもあるし、歌手によっては本当に心に訴えてくることもある。しかし、「新作歌曲」で歌われる歌曲の大部分は、本当につまらない。歌詞は悪くないけれど、メロディーに個性もなく、作曲者が魂から訴えかけるものもない。きれいに整ってはいるけれど、至って凡庸だ。歌手の歌声も、それに歩調を合わせるかのように平板で、魅力の欠片すら感じられない。妻は、新作歌曲で歌う歌手たちは下手だと言っているけれど、私はむしろ、歌手の歌声の中から、“この曲つまんねえなあ”という溜め息が聞こえてくる。歌手自身が、自分の歌っている曲にまったく感動していないようなのだ。

きっと、この退屈な「歌曲」というジャンルは、お上が韓国の威信を高めようとして人為的に作り出した、模造分野に違いない。作曲者たちも作曲者たちで、何でこんな心にもない旋律を生産し続けるのだろうか。まあ、これが好きでたまらないという人もいるかもしれないから、何ともいえないけれど、もう10年以上聞き続けていると、いい加減うんざりしてくるし、腹も立ってくる。それでも毎回、今度はいい曲が紹介されるだろうかと期待して聞いてしまう私は、一体何なのだろう。期待するから腹が立つのかもしれない。

80年代までの韓国では、大衆音楽に国は圧力をかけ、代わりに「健全歌謡」だとか、「歌曲」などを奨励してきた(健全歌謡はジャンルではないけれど、とりあえずジャンルにしておこう)。しかし、大衆音楽は国境をこえて日本や中国でも人気を得たけれど、健全歌謡はもちろん見向きもされていない。こういう、芸術を混乱させるような空虚なジャンルが、健全歌謡や歌曲だ。歌曲の中で何曲かは、日本でも知られているかもしれない。しかしそれはもちろん、ジャンルの為せる業ではなく、作曲者自身の才能によるものだ。お上の“健全”な精神が、芸術としての韓国音楽の開花を遅らせてしまった。そういう昔の残り滓が、現在も夜9時半から30分間流されているわけだ。

おそらく人為的に開設した「歌曲」は、失敗したジャンルだ。人工的に延命させないで、もうそろそろ、店をたたむ頃ではないだろうか。そうやって玉石混交の歌曲群を完結させてしまえば、将来その中から誰かが優れたものを発掘し、本当に芸術として再出発するときが、来るかもしれない。

11月10日(水)

at 2004 11/12 17:40 編集

今年は、11月になってもまだ蚊に悩まされている。夏の蚊に比べて動きこそ鈍いけれど、確かに人の血を吸いに来て、夜せっかく眠っていても、蚊のせいで目を覚ましてしまうことがある。それで、いまだに蚊取り線香を炊いている。

これはうちだけの悩みではなく、ソウルに住んでいる他の人たちも、蚊の話をすると、決まって自分の家もそうだという。今年に入って何かの異変があったことは間違いない。去年まではこんなことはなかったから。

それで、どこから蚊が出てくるのか調べてみると、どうやら家に3ヵ所ある排水口を伝って部屋に入ってくるらしい。このアパートの排水口は、一つはベランダ、もう一つは風呂場、もう一つは多用途室にある。これらの排水口はどれも大きく、蚊が出入りするには十分な広さがある。

普通蚊は寒さに弱いはずだが、この蚊は、日本でも90年代の初めごろから話題になっているらしい、チカイエカ(地下家蚊)のようだ。下水や地下鉄などに生息するという。これらの場所は、真冬でもある程度の温度を保っていることから、酷寒のソウルの冬でも生きていられる。そして、暖かい下水から、排水管を通って家の中に侵入する。

対策は、多用途室とベランダとトイレの扉をいつも閉めておくことだけれど、それは難しい。やはり夜には季節外れの蚊取り線香を炊き続けるしかないようだ。

11月11日(木)

at 2004 11/12 17:49 編集

言語教育院へ向かっている途中、信号待ちをしているとき、「갈치조림」と書かれた看板が目にとまった。今まで目に付かなかったし、看板も新しいから、最近できたらしい。ふと、김조웅先生の顔を思い出した。

ずいぶん以前、김先生が時事日本語学校の강남校院長をしていた頃、遊びに行ったら、近所の店へ行って昼食をご馳走になったことがある。そのとき、갈치조림のうまい店があるから行こうやということになって、付いて行った。

しかし、時間が悪かったため、갈치조림はわずかしか残っていないと言われた。とりあえず김先生は갈치조림を注文したが、出てきたものは、冷めていて、形も崩れていた。いかにも鍋に付いていた残りをこそいで出したという感じだった。

それを見て、김先生は店長を呼び、厳しく注意した。店長は、はいはいと言っていればいいものを、そこで言い訳をするものだから、김先生はさらに厳しく、半ば興奮した様子で、店長の経営のあり方を批判し始めた。

김先生は갈치조림に手をつけなかった。店長は、代金は要らないと言ったけれど、김先生は代金を払って店を出た。もうこの店に来ないという意思表示だった。(その後、その店に二度と行かなかったかどうかは知らない。)

それを思い出しながら、あのとき김先生は、私に仕事のやり方を間接的に教えていたのではないかと思った。私は김先生が言う内容を、そのときは理解できず、荒唐無稽なことを言っていると思うことがよくある。しかし、それはたいてい、あとになって、なかなか味のある忠告や助言であることに気づく。

誠意を込めて自分の仕事を忠実に行うことが、仕事のやり方だという考えに、갈치조림の看板をぼんやりと見ながら、気が付いた。4〜5年目にしてやっと理解した、김先生の“教訓”だった。

11月13日(土)

at 2004 11/14 18:19 編集

きのう、「日本社会を脅かす無業者・ニートの存在」というタイトルのニュースが、インターネットに出ていた。「ニート」というのは何だろうと思って読んでみると、「ニートとは仕事をせず、就学・就職の意思もない『無業者』のこと。今のところ15〜34歳の50人に1人ぐらいの割合だが、それが30人に1人……とドンドン増殖していく」と説明されていた。引きこもりとは違い、部屋の中に引きこもっているわけではないという。なるほど、そういえば、韓国へ遊びに来る日本人の中に、そんなタイプの人が時々いる。それをニートと呼ぶのか。

ただし、この記事は、「当然、ニートは税金も年金保険料も納めない。税収減で財政赤字の傷口は広がるばかり、結婚も望み薄で少子化に拍車がかかるので、年金財政は圧迫される一方。しわ寄せを食うのは、まじめに働いている現役サラリーマンというわけだ」と、ニートを経済の観点だけから見て、穀潰しであるかのように扱っていた。これは、事実ではあるだろうけれど、「現役サラリーマン」を「まじめに働いている」とわざわざ形容するような書き方が本当に必要なのだろうか。

ニートという言葉はどこから来たのか、疑問に思ったので、インターネットで探してみると、「NEET【ニート】(Not in Employment, Education or Training)」と出ていた。略語か。そのページによると、ニートは四つに類型化されるという。

Tヤンキー型
 反社会的で享楽的。「今が楽しければいい」というタイプ
Uひきこもり型
 社会との関係を築けず、こもってしまうタイプ
V立ちすくみ型
 就職を前に考え込んでしまい、行き詰ってしまうタイプ
Wつまずき型
 いったんは就職したものの早々に辞め、自信を喪失したタイプ
http://www.sodateage.net/mainpage/NEET/Top.htm

ミッドナイト・ホームレス・ブルー」というサイトでは、ニートと一緒に、引きこもり、フリーター、ホームレスについても触れていた。このサイトは誰が運営しているのかよく分からないけれど、不思議な深みがあり、知的水準の高さを感じさせる。ホームレスを名乗りながら、その鋭い観察と考察、そして人生への健全な洞察を見ていると、本当はこの人はホームレスなんかじゃなくて、一つのヴァーチャルな世界でホームレスになってみている、研究機関などの仕事を持った人なのではないかと思ってしまう。あるいは、実験的にホームレス体験をしている、好奇心旺盛な人だとか。

それはともかく、そのサイトのいくつかのページを渡り歩きながら、ふと、現代の日本は、学び働くことへの意欲を殺ぐ圧力で満ちているのではないかという気がした。それがそのサイトのどこかに書いてあったのか、あるいは自分自身の人生を振り返って勝手にそう思ったのか、分からないけれど、直感的に、そんな感じがしたのだ。その直感の出所は何なのか。

私が心理学者なら、そういうニートたちの無気力の原因が何に発しているのか、調べてみたいと思う。私自身は、このまま親元にい続けたら破滅すると思い、半ば自分の居場所を逃げるか捨てるかするように、韓国という見知らぬ土地へやってきた。当時はフリーターもニートも引きこもりも話題になっていなかったときだったけれど、私が思った「破滅」というのは、今考えてみると、そういうものだった。だから、もとより無気力な人々を批判する気持ちもないし、かといって同情するわけでもなく(彼らには別の事情があるだろうから)、ただ、彼らのことを知れば、自分についてもう少し分かるのではないかという気がして、これらの問題に惹かれているようだ。

すべての人間の営みには、方法論があると思う。各人が目指そうと思っている何かがあり、人間という存在が持つ性質や条件があるなら、必ずその目標へ向かっていくための技術があるはずだ。それは、多くは具体的な職業や達成目標で表されるけれども、実はそれらすら、方法の一つであって、本当に個人が目指そうとしているのは、自分でも気がつかない精神的なある一定の地点なのではないだろうか。ニートもフリーターも引きこもりも、成長段階で何かがズレてしまったために起こった、人生の失敗なのではないかと思う。

父は学生だった私に、社会は厳しいとばかり主張し、私がそれを知らないことを強調していた。かといって、その中でどうすべきかという具体的な教えもなかった(そういえば、厳しい厳しいとは言いながら、その厳しさに関する具体的な説明に欠けていた)。結局父は、厳しい社会で生き抜いているわけではなかったのだ。それは、まだ社会を知らない私を説き伏せるための“まやかし”に過ぎなかった。本当に厳しい社会を生き抜いている人ならば、どうすべきか具体的に教えられないはずがない。自分の中に一つ一つの格言のようなものがないなら、荒波を乗り越えることなどできないからだ。社会は一様に厳しいのではない。生きるか死ぬかの社会もあれば、安穏とした社会もある。甘い社会にいる人が、社会を知らない学生に、社会の厳しさを吹聴するのはよくないことだ。また、社会生活には、予想以上にシビアな面もあるけれど、逆に予想以上に甘い面もある。片方だけを強調するのは公正ではない。

こんなことを考えるのは、ひょっとしたら、私の親たちは、社会の厳しさを必要以上に強調してしまっていたのではないかと思うからだ。就職難は確かに厳しいものだけれど、その厳しさだけを強調してしまっていたような気がする。大学を卒業後に企業への就職しか考えられないようにしているのも問題だ。もちろん、就職には希望が見られないだろう。しかし、他の道もあるのではないだろうか。親の世代が厳しさを強調するのは、自分たちがそのポストに安住していようとするからで、若者が無気力になってしまうのも、予想される厳しさを避けて、社会に出ないという自分の居場所に安住しようとするからではないだろうか。人生はおそらく、大小の波の中で死を終着点にして進んでいくものだろうから、その波を否定し、拒否すれば、当然きつさは幾倍にも増し加わるはずだ。最初から、波を拒否した人生のレールを敷いて安住することを助言すれば、若者たちは、直観的に予想される波風の中で、そのレールが壊れてしまう可能性の高さを察知し、それがとても恐ろしく感じられるだろう。また、レールに沿って生きるのも、辛いだけで面白くもない人生だ。そして、そのレールが壊れたら、人生から脱落してしまうという考えがあるものだから、自信がない人は、レールを敷くことしか思いつけない人生から、逃げ出してしまうのだ。

東西の古典を読んでいると、そのような、私が親の世代から教わったような生き方とは、ずいぶん違ったことが書かれているのに気づく。むしろ、就職や生活の安定などとは関係無しに、人間として何をすべきかだけが書かれているような気がする。それぞれの社会には、それぞれの行き方があったはずだから、あまりにその時代の特殊性に密着したものは、淘汰されて伝わらないのかもしれない。あるいは、そういう部分は、たとえあったとしても、読者が感知できないということもある。まあ、それは感知する必要のないものだ。どっちみち私の時代には役に立たないのだ。とにかく、親の世代の人生論は、その世代にしか当てはまらないものだったのだけれど、あまりにうまくそれで成功したために、すでにその時代が終わった今の世代でも、無効になった人生論を下敷きに人生プランを立てようとする。その結果、多くの若者が、人生プランを実行する前に破綻してしまう。それが私たちの現状ではないだろうか。

社会での生き方には、時代と地域を超越した原則があるはずだ。むしろ、それをしっかり学んだ上で、自分の社会に合った人生プランを考えていくべきだと思う。そのプランは途中で変更を迫られることもあるし、壊れることもある。波風に翻弄されることだって、あるだろう。しかし、原則さえしっかり身についていれば、人生から脱落することはない。まあ、その原則は何かというのは、私には分からないけれど、時代の淘汰を生き抜いた書物の教えを尊重するならば、大きく外れることはないはずだ。そうすれば、人生にはいろいろなことがあるけれども、何らかの楽しみや慰めはいつもあるだろうし、希望も失われないだろう。それがなかったら、とうてい社会に出て行く勇気が湧いてくるはずもない。

人生は波のように変化する。だから、安住する方法を学ぶのではなく、変化に耐えられる生き方を学ぶべきだ。大変だと思うよりも、そこに楽しみを見出した方がいいし、悲壮になるよりも、気を楽に持った方がいい。また、状況は悪くなる一方だと思うよりも、世の中の出来事には波があると考えた方がいい。まあ、そういうものの考え方は、どう見ても日本人らしくない。けれども、日本人的でない、そういう考え方をする国民は、しぶとい強さがあるのだ。夢を持った若者を、大人たちは、現実を知らないと笑う。しかし、何かを成し遂げてきた人たちは、現実だけを完璧に観察していた人ではなく、夢を持った若者たちだった。実に聖書では、夢を持たない民族は滅びるとまで書いている。若者の夢を年配者は笑うけれど、実はそれは、国を滅ぼすほど危険なことなのだ。夢がなければ、どのように寄せてくるか予測できない風波の中を、どうやって航海するのだろうか。

ニートの増加は、確かに深刻な社会問題だ。しかし、それを穀潰し扱いにするのは間違っている。それは、日本社会の価値観の中から生まれた現象だからだ。彼らはそれによって、ニートとして生産されてしまったのだ。危うく私も、ニートになりかけたことがあった。そのとき私はそれを“危機”と感じた。その危機を脱するには、どこか遠くへ行ってしまうしかなかった。故郷を捨てる勇気のない人は、ずるずると親元で無為徒食の生活へと引きずり込まれてしまう(もちろんそれだけが原因ではないとは思うけれど)。

実は、ニートを生み出しているのは、ニートを穀潰し扱いする記事を書いた記者自身なのではないだろうかと疑っている。記者は、ニートとフリーターのせいで「経済も治安もボロボロに。日本は終わりだ」と憂えている。しかし、ニートとフリーターで日本の経済と治安を「ボロボロ」にさせているのは、実はその記者自身のような気がしてならない。将来へのビジョンもなしに、厳しく不安な現状ばかりを騒ぎ立てている大人たちが、ニートという病気をさらに拡大させているのではないだろうか。確かに「日本は終わり」かもしれない。しかし、日本は終わっても、若者には希望がある。大人には希望がないかもしれないけれど、若者には柔軟さがある。そういうことは、数字ばかり眺めている記者には分からないだろう。数字は大切だけれど、時には何の役にも立たないことがある。現実を見ることは必要だけれど、時にはそれが無意味なこともある。若者のビジョンを育むことが必要だ。

11月21日(日)

at 2004 11/28 15:39 編集

言語教育院の英語の先生の結婚式があって、午後から운현궁(雲峴宮)へ行った。ここは、낙원동から北へあがったところの、旧日本文化院の少し手前にある。朝鮮王朝末期に大院君が起居していた宮殿だ。宮殿というにはあまりにも小さな、単なる韓国家屋だが、歴史的な意義の大きな場所でもある。

結婚式は、建物の中庭で行われた。秋の肌寒い空気の中で、賓客たちの見守る中、式は儒教式に執り行われた。ただ、ちょっといただけないと思ったのは、司式がいちいち儒教の弁明をすることだった。杯を取り交わすとき、新郎の杯を高く掲げ、新婦の杯を低く持って侍女のような人が、新郎から新婦へ、新婦から新郎へと杯を持っていくが、そのとき、司式をしている人が、「이것은 남녀 차별이 아녜요(これは男女差別ではありません)。음양의 이치예요(陰陽の道理なのです)」と言って、儒教の世界観を開陳するが、その世界観こそ、すなわち男女差別の根源なのだ。そんな力ない言い訳をしないで、堂々と“これがソウルにおける伝統的礼節である”と言えばよかったのだ。

途中、見知らぬ人たちがゾロゾロと10人近く入ってきた。50代から60代の男女で、雰囲気がちょっと違う。新婦にはこんな親戚もいたのかと思っていると、日本語で話していた。「こういうのは見たくても見られないからね」というようなことを言いながら、感心して写真を撮ったりして10分間ぐらい眺めてから、またゾロゾロと帰っていった。

歴史的由緒ある韓屋での結婚式は、参加するまでは、息が詰まるほど厳かなのではないかと思ったけれど、実際に立ち会ってみると、以外にもごく形式的なもので、韓国的な、気楽で自由な雰囲気の中での結婚式だった。式が終わったあと、その場で「祝歌」を歌うグループが二つあったが、ひとつは英語で「祝歌」を歌い、もうひとつはゴスペルを歌った。これが日本だったら、そういうことをしたら、出席者はびっくり仰天するだろう。この、形式はありながらそれにあまりこだわらないところに、韓国のよさを感じる。

結婚式が終わってから、近くの韓定食の店へ行って食事をした。なかなかいい食事が出た。結婚式でこれだけ美味しい食事が出されたのは、初めての経験だ。中国語のカン先生と一緒におしゃべりしながら食事をした。中国語のチャオ先生が、韓国語が非常に上手で、ものすごくパワフルに働いていながら、いつもおっとりしていることを、カン先生と一緒に褒めながら、料理に舌鼓を打った。

私たちはかなり後の方まで残ってしぶとく食べ続けた。そして、店を出て他の先生たちと挨拶を交わしたのち、キョボ文庫まで歩いて行った。キョボ文庫で本を注文し、それからいろいろと面白そうな本を物色していた。

そのとき、携帯に妻から電話があり、大貝牧師先生の追悼礼拝が今日これから강화도(江華島)の葬儀場であるから、5時に教会からバスで出発するという。バスで行くのは窮屈だから、うちは車で行こうといって、キョボ文庫を出た。まずセジョン文化会館側のバス停から162番に乗ってソウル駅まで行った。そこで103番に乗り換えるのだが、バスは20分も待ってやっと来た。家に帰ってから地図を持って家を出、車で강화도へ向かった。

大貝牧師先生は、もともと大きな製薬会社の重役だったエリートだ。仕事一筋に生き、薬品の開発などにも携わってきた。しかし、上司と対立して会社を辞めたあと、妻と子に見放されてしまった。仕事をしなかったので財産も次第に少なくなっていった。そしてついに一文無しになったとき、何気なく伝道用に配られたトラクトを持ってその教会へ行ったのだそうだ。そしてその後、キリストを受け入れ、韓国へ来てオンヌリ教会で伝道師として仕えながら神学大学院を卒業し、牧師になった。実にここでも持ち前の優秀さを発揮したわけだ。

大貝先生の説教は、キリストの愛と救いの話になると、決まって目を赤くして涙をため、泣くのを押さえて声を震わせながら話をした。その説教原稿は手書きだったが、惚れ惚れするほど立派な筆跡で、それは大貝先生がクリスチャンになる前にどんな生き方をしていたかが伺えるものだった。

神学校を卒業したあと、大貝先生はしばらく日本へ戻って、ホームレスの伝道に尽力していた。その後また韓国に戻り、カベナントチャペルに移って、そこで副牧師として仕えた。先月沖胡牧師先生が日本から来たとき、大貝先生と一緒に沖胡先生と会い、それまでの四方山話をした。その後、今週主任牧師に任命されることになっていたそうだが、まさにそれが発表されるという矢先に、昨日午後3時ごろ、心臓発作で天に召された。私はその知らせを5時ごろ、出先で妻から受けた。

出発が遅れたために、강화도の病院に着いたのは、追悼礼拝が終わったあとだった。着いてから、遺族に挨拶をし、それから遺体の安置された場所の前に行って祈った。それから食事をし、またソウルに引き上げた。

강화도は交通の便が悪く、道は込みやすいのだけれど、幸いなことに、行きも帰りも道は空いていて、1時間程度で行ってこられた。これも神の恵みか。帰りは北野伝道師先生と一緒に帰った。

というわけで、今日は冠婚葬祭の一日だった。

11月26日(金)

at 2004 11/29 13:15 編集

オランダで、イスラム教社会の女性差別を告発した映画の監督が、イスラム教徒に殺害された。それを機に、キリスト教徒の国民とイスラム教徒移民が「暴力の応酬」を繰り広げる事態に発展しているという。

犯人は現場で逮捕されたが、その後、記事によると「一部のキリスト教徒国民のいびつな怒りはイスラム教徒全体へと向かったようで、ロッテルダムなどのモスクやイスラム学校が焼き打ちされた。対抗して、イスラム教過激派によるとみられるプロテスタント教会などの焼き打ち事件も相次ぐようになった」(Yahoo! 海外ニュース「産経新聞」: 11月26日2時57分更新)という。とんでもないことになったものだ。

ただ、この記者は「イスラム教過激派の凶行を引き金に、キリスト教徒国民が突然、不寛容に転じて暴走した」と描写しているけれど、ちょっとこの言い方は引っかかる。人間というものを誤解していると思うからだ。

キリスト教のおしえは、寛容であることを求めている。たいていのクリスチャンは、それを守ろうと努力している。しかし、人間の器にはもともと限界がある。聖書の勧告にもかかわらず、キリスト教国の指導者たちは、理由をつけて不寛容な態度を取ってきた。ブッシュ大統領も、そのひとつの例だ。自分の不寛容を、聖書の言葉で飾り、戦争を行っている。ブッシュ大統領が聖書的な意味を仄めかすたびに、私は胸が痛む。それは本当にゆゆしいことだと思うからだ。

イスラム教だって、“平和的な宗教”だと言われているではないか。しかし実際には、平和どころか、火薬庫のようになってしまった。これは、私の考えでは、イスラム教の問題というよりは、人間の弱さの問題だ。

キリスト教が不寛容になりうるのではない。聖書で教えられているように、人間は罪を持って生まれてきた。これはどうしようもない事実で、試練と誘惑の中で、その罪は噴出してしまう。イスラム教徒にしても、同じことが言える。イスラム教は平和的な宗教だけれども、キリスト教ほど寛容の教えが強くないために、教理の隙間に乗じて暴力に出やすいということもできる。これは、何もイスラム教に限ったことではなく、どの国でも同じだろう。テロリスト、特に自爆テロのような存在は、そのグループにとっては「義士」と呼ばれるのが常なのだから。

この問題の根本にあるのは、宗教ではない。この根本にあるのは、グループ間の葛藤だ。宗教は明らかに絡まっているけれども、暴力を否定する宗教ですら、その宗教の名のもとに、暴力が生じてしまう。それは、不正行為を法律で禁止していて、不正行為が悪いことだと分っていても、それを行って摘発される人が後を絶たないのと似ている。不正行為を行っている最中には、悪いことをしていると思うよりは、そうすべき正当な理由があると考えているものだからだ。

安易に、キリスト教は寛容の宗教だから、キリスト教徒は無限の寛容を持つべきだと考えていると、人間に対する誤解は深まるばかりだろう。むしろ、寛容の教えにもかかわらず、自分たちの怒りの衝動が抑えられない人間の弱さへの理解が必要だ。もちろん、モスクやイスラム学校を焼き討ちにすることは、裁かれるべき行為だ。しかしそれを、「キリスト教徒国民が突然、不寛容に転じて」と皮肉るのは、実は、記者の心に潜む“不寛容”が顔をのぞかせているのだ。

その記者が、キリスト教徒に超人的な寛容を期待するのは、人をすぐに神のように崇拝してしまう、近年の日本人の習性と関係があるかもしれない。それがヨンさまフィーバーとダブって見えてしまった。ペ・ヨンジュン氏だって、自分が日本で女性たちに、あんな狂気的な崇拝を受けるとは思ってもいなかったに違いない。お金になるから今の状況に耐えているのだろうと思う。女性たちは、人間というものに対して何かを勘違いしているようだ。

同じように、「キリスト教徒国民が突然、不寛容に転じて……」と書いた記者も、人間に対して何か勘違いをしているようだ。日本には昔から、「仏の顔も三度まで」「堪忍袋の緒が切れる」などと、忍耐には限界があることを表す言葉がある。暴徒と化したオランダの一部のクリスチャンたちは、不寛容に転じたのではなく、我慢の限界を超えてしまったのだ。その記者は、そういうことも考えずに、キリスト教徒には神のように底知れぬ寛容の精神が備わっている(べきだ)と思っているようだ(まあ、そんな人間になってみたいものだけれど)。私たち日本人が、人間に対してそんな漫画みたいなイメージを持っていることは、恥ずかしいことだ。

11月28日(日)

at 2004 11/29 14:15 編集

あるキリスト教の掲示板に、何年ぶりかで入ってみた。以前そこで私の感じたことを書き込んだら、ある人から、自分の目線で考えなければいけないと言われ、教理にとらわれて物事を考えるのは“子供のすること”と言われたことがあったけれど、それに対して、数年ぶりに、反論めいたことを書こうと思ったからだ。

自分の目線で考えることは、重要なことだ。自分の目線というのは、考えの出発点になる。私もそれは重要だと考える。とはいえ、自分の目線では理解できないものを拒んではいけない。私たちは地球が太陽の周りを回っていることを事実として受け入れているけれど、それは自分で天体を観察して確認できたわけではない。天体の動きをいくら観察したところで、太陽が地球の周りを回っていないことを確認することはできない。なにしろ、日は昇り、日は沈むのだから。しかし、理科で習った地動説に、自分で観察した天体の動きを当てはめて考えることはできる。それは、自分の目線で考えていることではない。しかし、そこから出発して、多くのことを学ぶことができる。

それと同じように、教理には、私たちの実感では理解できない部分がある。しかし、それを受け入れ、世界で起こる様々なことを、教理に当てはめて見ることはできる。それによって、人間や世界に対する深い理解を得ることができる。それでうまく説明できないなら、教理に問題があるか、教理の理解に問題があるかどちらかだ。たいてい人間は自分が正しいと思うから、自分が納得できないことを、教理に問題があると考えがちだけれど、本当に教理に問題があるのかどうかは、疑わしいことだ。

私たちは日本で生まれ育ち、そこで習い覚えた世界観で、世界のすべてを解釈し、評価する。もちろんクリスチャンは、キリスト教の世界観で世界を見ている。どちらの見方が“本人の目線”だとはいえない。だから、クリスチャンである私が感じたことを、自分の目線で考えていないなどとはいえない。キリスト教の世界観で見た私の感想は、私自身の目線から見た感想なのだ。だから、彼の指摘は、根本的なところで誤解があったのだ。それを指摘したいと思って、その掲示板に入ってみた。

しかし、中は悲惨なほど荒らされていて、キリスト教を批判・誹謗する人も、擁護する人も、どうしようもないことばかり書いていた。キリスト教を批判するのならば、もっと根源的な問題に立ち入って、さらにキリスト教をもっとよく理解したうえで、批判すべきだけれど、浅い知識と自分の狭い了見とをもって、批判しているように見受けられた。それに対して、キリスト教を擁護する人も、教理を一生懸命つなぎ合わせながら、説得を試みているだけに見えた。彼らには教理の勉強ばかりがあって、思索が無かった。そうやって、未消化の知識を、生半可な比喩で色付けして、あたかも先生が教える口調で書いているのが、反対者の目には滑稽に映るようだ。これでは敵に餌を与えているようなものだ。

キリスト教は、その教理が公衆の面前にいつも曝されているので、批判するのは簡単だ。しかし、気軽にキリスト教を批判している人の考えだって、整理すれば教理の形になってしまうということを忘れてはいけない。そのとき、キリスト教の教理と対等に張り合えるのだろうか。もちろん本人は、そうではなく、キリスト教の問題を指摘しているのだと考えるかもしれない。しかし、それを問題とする考え自体の根底にある世界観は、本当に信頼性があるのか、傍観者は問うだろう。はたして批判者の意見は、代替案になりうるのだろうかと。キリスト教には、常に手強い批判者がいた。しかし、その批判にキリスト教は倒れることが無かった。キリスト教を安易に批判する人の“思想”は、その批判者と同水準の批判に対する耐久力があるだろうか。

掲示板でキリスト教に反対する立場の一人は、“キリスト教を撲滅するために”努力しているようなことを書いていた。それを見て、ブッシュ大統領が9・11の時、テロを撲滅するようなことを言って戦争を始めたことを思い出した。当時私は、アメリカの大統領が本気でそんなことを考えているのかと驚き、震え上がった。テロを戦争によって撲滅するなんて不可能なことだ。ブッシュ大統領には何か別の下心があるに違いない、と思った。それと同じように、キリスト教を撲滅するといっても、その人は、たかが掲示板を荒らすくらいしかできないのだ。彼は、自分が敵に回している相手が何なのか、分らないらしい。

そういう頭のおかしな人たちに、私の書き込みを読まれるのは気が進まなかったので、書き込むのはやめにした。