ソウル生活日記


私の韓国生活日記です。時々書きます。

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8月3日(火)

at 2004 08/05 11:54 編集

聖書勉強会があり、今週は私が司会をした。今日の箇所は、ルカの福音書22章24節から30節までで、この段落には、新改訳聖書では「だれが一番偉いか」(新共同訳では「いちばん偉い者」)というタイトルが付けられている。

勉強会が終わってからみんなでお菓子を食べながら雑談をした。そのとき、日本のある都市の話を聞いた。その都市では、教会に通っていたり、家庭集会などに行くために、聖書を手に持っていたりすると、“やめてください”と露骨に言われるそうだ。そして、ある地域では、その地域の教会を、教会だという理由だけで住民が追い出したそうだ。しかし、その後その地域では、中学生による猟奇殺人事件が起こった。

教会追放と猟奇殺人事件との間に関係はないと考えることもできるし、超自然的な関係があると考えることもできるだろう。しかし私は、そういうことより、教会を追い出す精神性と、猟奇殺人事件を起こす精神性とは、何か関係するものがあるような気がする。住民たちの言い分は、宗教団体は社会の雰囲気を悪くするということらしいが、そう考えるのは、本当に由々しいことだ。なぜなら、彼らはカルト集団と、正統的な宗教との区別すらできないからだ。

現代の日本文化は、神秘主義的な色彩が濃厚だ。カルト集団がはびこってしまったのも、その影響があると思う。その結果、宗教というものを、まじめな生活に不要な存在と考える風潮が、支配的になっている。

しかし、宗教というのは、人間にとって、必要なものなのだ。それは、心の安定剤のようなちっぽけなものではなく、知恵の中心ともいえる。賢者は死から考えるという。死を考えることで、人生の意味が正確に理解されるからだ。宗教はその問題を強調して来た。普段私たちは死について考えずに生きている。そして、日常生活において正統的なキリスト教信仰に触れることも、ほとんどない。

だから、その人が宗教の必要性に気がついたとき、宗教を吟味できる基礎的な素養がない。そのため、偽物の抱えている問題がはっきり見えない。そして、多くは、ろくでもない紛い物に手を出してしまう。本当はカルト集団である、自称“キリスト教”に捕まってしまうことも、悲しいことながら、少なくない。本物の方が断然数が多いし、悪く言えば“どこにでも転がっている”にもかかわらず、どうしたわけか、本物のキリスト教に出会える人は、日本ではまれで、それは本当に幸運な人だ。

宗教というのは、倫理的に人間を正しく教え導いてきた。しかし、すべての宗教を余計なものにしてしまった日本では、個人個人が自分で倫理を構築するよう求められてしまっている観がある。そして、キリスト教倫理の一部を批判して、それをもってキリスト教を否定してしまう本すら、時々出版されている。しかし、キリスト教の倫理ほど体系的で、その優秀さが実践的にも立証されているものはないだろう。当然優秀だと分っているから、キリスト教を優秀だと宣伝しないだけだ。だいたい、本当に優れたものは、それが優れていることを宣伝しない。日本のある研究所で開発している倫理体系も、既存のキリスト教倫理には、かなわないだろう。新しい倫理体系が日本社会で受け入れられるためには、幸福論が中心にならざるを得ない。しかし、自分の幸福のために生きる人は、幸福を得ることはできないというジレンマがある。

キリスト教の教理を知っておくことは、誰にとっても、必要なことだ。キリスト教の教理は、人類の財産だからだ。鑑定家を育てるためには、本物だけに触れさせるという。偽者に慣れてしまっては、正確な鑑定ができないからだ。それと同じで、倫理と宗教とについて、正確な判断力を身に付けるには、キリスト教の教理を学び、聖書に書かれている内容を知ることだ。それによって、キリスト教以外の優れた思想の価値が、理解できるようになる。それと同時に、巷で現れては消える自己流の思想が、いかに出来損ないであるかも、分かるようになるだろう。当然、新興宗教が歩み寄ってきても、話を聞けばそれが偽物だと分るので、いたずらに恐れることもなくなる。実に、現代の私たち日本人の問題は、新興宗教や宗教カルトをいたずらに恐れているところにある。なぜなら、彼らが信じている得体の知れない思想を、どう判断していいのか分らないからだ。

そのためには、教会を追い出すのでなく、教会へ行って牧師の説教を聴くべきだった。たとえ能力のない牧師の説教を聞いたとしても、その下手な話の向こうに見える真実を、理解するだけの能力は、誰にだってあるだろう。結果的に、その地域の住民は、非常に愚かな選択をしてしまったことになる。しかし、もうやってしまったことは仕方ない。今後は知恵ある選択ができることを心に願った。そして、日本社会がキリスト教の真髄を理解できるようになってほしいと思った。

みんなが帰ったあと、講師室に戻って日本語の宿題をチェックした。そして、夕食に칼국수が食べたいと思い、연희동 손칼국수へ行った。ところが、工事中で休みだったので、두부촌へ行った。두부촌に着き、店に入ると、ずいぶん久しぶりですねと言われた。さっぱりしたものが食べたいと思い、콩국수を注文した。ここの店の콩국수はお勧め料理だ。

帰りに、성산로に出て、今までUターンしていたところまで行くと、バス車線のためにUターンできなくなっていた。ずいぶん行ってもUターンできる場所がないので、右折して、最初の道を右に入り、まっすぐ行くと、명지대학교の正門前を通過した。そして、연희동に出て、言語教育院へ戻った。建物の脇に車を停めて、研究室へ行った。

8月5日(木)

at 2004 08/06 03:38 編集

100レベルのクラスに、作文テストをするたびに、コンスタントで0点を取っていた学生がいる。10点満点のテストなのだが、クラスの中で10点を取った学生に、毎回どうやって準備をしたのか話してもらっているにもかかわらず、その方法から学ぶこともなく、ずっと0点ばかり取っていた。

きのう同僚の先生と、その学生について話しながら、学生がいい点を取れるようにするためには、祈るしかないかもしれないと、思わず口走った。冗談で言ったつもりだったが、考えてみれば、最近自分はほとんど祈ることもなかった。三浦綾子は、クリスチャンの仕事は祈ることだと言っている。それにもかかわらず、私は長らく祈りを忘れていたのだ。それを反省して、家に帰ってから、ほんの一言だけ、その学生の点数のことで祈った。

それが、今日作文のテストをしてみると、その学生がなんと8点を取ったのだった。驚いて、どうやって準備したのか聞くと、ここへ来る車の中で、1時間一生懸命覚えたという。

授業が終わってから、講師室で400の学生に個別指導をした。昨日、400レベルの学生の作文指導で、日本語の問題よりも、文の構造と文章の構成に問題がある学生がいたので、いくつかの指摘をし、それを書き直して、次の日私の授業が終わったあと、来て個別指導を受けるように言った。そのとき、普段は決してしないようにと言っている、まず韓国語で書いてからそれを日本語に訳すことを勧めた。そして今日、その学生が講師室に来たので、指導を始めた。

その学生が書いてきた日本語の作文を見ると、やはり何を言っているのか、にわかには理解できない文章だった。それで、韓国語で書いた文章を見てみると、韓国人だから韓国語の文章はしっかりしていたけれど、非常に複雑で込み入った文だった。これを日本語に訳すには、高度な日本語力が必要だから、これを自分で日本語に訳せるくらい明快な韓国語に直さなければならない。そう言って、その段落のどこをどう修正するかを指示した。私は韓国語の言葉遣いを教えるだけの力はないので、学生に韓国語の文を書き直してもらい、それを日本語にまた訳すようにした。

母語で書いて外国語に直すときは、自分の外国語実力の範囲内で処理できる内容を母語で書く必要がある。そのレベルを超えれば、当然外国語で書いたときに語彙や文法の統制ができなくなって、でたらめになってしまう。学生には、自分が書いた韓国語が、構文図解の樹形図が見えるくらいでなければいけないと助言した。最初にその学生が書いた文は、その構造がすぐには見えて来ないくらい複雑だったので、構造の簡潔さに注意して書くように注意した。

直した韓国語の文は、見違えるほど明瞭になった。そして、内容も単純で分りやすくなった。そうやって見ると、今度は段落内の構成に問題があることが目立ってきた。それで、段落内の内容にそれぞれ印をつけて、その内容が無秩序に散在していることをはっきり見せ、すっきりと並べなおすように言った。

そうやって、その学生がまた書き直した段落を見ると、だいぶすっきりしてきたが、一ヵ所、余計な繰り返しがあった。学生は結論のつもりで書いたらしかったが、結論の部分はすでにその後ろにあるし、それは説明の繰り返しにしかならない。それで、そこを削除した。

韓国では大学入試に“論述”という科目があって、それは日本の小論文と同じものだ。論述の指導は受けたことはあるかと聞くと、ないという。論述の勉強をしてこなかった学生もいるのだ。しかし、具体的にどう直したら明晰な文章になるかが分ったので、その学生は満足そうだった。

それにしても、日本語作文の指導をするのが、韓国語作文の指導までしてしまった。妙な気分だ。まあ、もちろん指導したのは論理的な流れの問題であって、韓国語の語彙使用の問題ではない。論理的な流れというのは、言語を超えて、かなりの部分普遍的だからだ。面白いと思ったのは、学生よりも韓国語の下手な人でも、学生に韓国語の書き方について指導できるということだ。こういう経験は、滅多にあるものではない。

同僚の先生たちと삼계탕を食べに行って講師室に戻ってきたあと、しばらくして、KW氏が言語教育院へ来た。韓国語作文を教えているJN先生が、USBメモリを頼んでおいたのだが、それを持ってきたのだ。前回は6万1千ウォンで買ったが、今回は6万ウォンで買った。そのお礼にといって、JN先生はKW氏に食事をご馳走した。私は삼계탕を食べて満腹だったので、話にだけ加わった。私は、韓国語作文の先生がいるところで、韓国人の学生に自分が韓国語の作文まで指導したのは、本当に緊張したと話した。

それからKW氏と一緒に교보문고へ行き、本を物色した。ふと、外国語の例文に慣れるための“指折り10回”を、KW氏で実験してみようと思いついた。それで、彼も持っている、『신약성서 헬라어 문법』(서한원著、크리스챤 다이제스트刊、4000ウォン)の置いてある棚へ行き、その本の巻末にある練習問題を、一緒に読んでみた。まず私が模範の読みをし、それから指を折りながら、10回音読してもらってみた。そして、本を閉じて、そらで言ってもらうと、滑らかに言えた。この実験で、KW氏は“指折り10回”が、彼にとって字を追うのさえままならないギリシャ語を、すらすら言えるという体験をし、とても驚いていた。

コーヒーを飲んだ後、さっき読みの実験をした学習書を私も買うと言うと、彼が買ってくれるという。KW氏は、原語聖書にも淡い関心と憧れを持っていて、『신약성서 헬라어 문법』を手に入れることは入れたのだけれども、ギリシャ文字に慣れていないために、最初の部分だけを読んで挫折してしまっていたのだった。これから会うたびに、少しずつでもこの本で練習していこうと提案すると、そうしようと答えた。

8月6日(金)

at 2004 08/08 05:22 編集

言語教育院に日本の大学から短期語学研修に来ている大学生と、言語教育院で日本語を学習する学生とが交流するプログラムがあり、その手伝いをした。私の仕事は、主に通訳だった。通訳にはどうも苦手意識があり、自信はなかった。私は右の耳で聞いた言葉に興味を感じなければ、すぐに左の耳から出て行ってしまう。しかし、通訳をするときには、内容に関心がなくても、その言葉を訳し終わるまでは一応頭の中になければならない。とにもかくにも、おそらく2年ぶりの通訳をした。(笑)

前回私がこのプログラムの手伝いをしたときは、1階の大講堂でやったのだが、日本の学生と韓国の学生がグループになったとき、丸く座ることができないので、打ち解けるまでにずいぶん時間がかかり、そのために私たちもかなり苦労をした。今回はそのときの失敗を教訓に、丸く座れる教室を選んだが、それが功を奏して、教室に入ってきたばかりの時には、日本の学生も韓国の学生も、互いに気恥ずかしそうにしていたのが、グループを作る前から、すでに打ち解け始めた。

今日は初回で、グループの名前を決め、その他いくつかの計画を立てて、最後にその発表をした。発表は、各グループから、韓国人の学生は韓国語で、日本人の学生は日本語で代表者が行ったのだが、面白いことに気がついた。それは、話す能力の違いだ。両方とも母語で話すので、その違いがはっきりと分る。韓国の学生たちは、流暢でしかも無駄なく豊かに話した。話し方も明晰で、いくつかの段落がきれいにつながっている。一方、日本の学生たちの話す能力はまちまちだった。共通していたのは、不慣れそうに話していたということで、一部の学生は、明晰な話し方ができてはいたけれど、多くの学生は、フィラーが多く、中には内容が行ったり来たりしてしまった学生もいた。1人の学生は、話すことができず、代わりに韓国の学生が日本語で説明した。

日本人は話し下手だということが、よく指摘されている。これは、明治の初めに福沢諭吉が演説を日本に導入しようとしたときから問題になっていたから、由緒正しい(?)特徴といえる。ピーター・フランクル氏も、「外国語をマスターするために、なにが必要かと言うと、まずは自国語をマスターすることです。日本人が嘆いているのは、英語の文章を読めないことではなく、自分から英語で話をできないことです。その原因は、日本語で自分の意見を述べられないからです」(http://www.i-cube.co.jp/mirai/00summer/peter/)と指摘している。私も話し方は習わなかった。だから初めは、論理的に話そうとすると、なぜか喧嘩腰になってしまったりした。で、論理的に話したかというと、普段とあまり代わり映えはなかったのではないかと思う。

日本人は、発表をするとき、まず内容が論理的に構成された話し方ができるように、練習する必要がありそうだ。そして、フィラーなどの無駄な語句は、なるべく少なくしようと努力した方がいいと思う。魅力的でなくてもいいから、話の全容が聞き手に無駄なく伝わる話し方を習うべきだ。魅力的に話すには、内容が必要だけれど、論理的に話すのなら、とりあえず自分が持っているものだけで何とかできる。ただ、教えてくれる人がいなかったら、大変だけれど、自分で模索するしかない。

とはいっても、そのために自分で訓練する方法はあるらしい。ある人は、日本語の文章をひたすら音読し続けるといいと言っている。確かに、話せないのは適切に口が動かないからで、その練習を、自分の言葉よりも質の高い言葉でするというわけだ。これは、一朝一夕でモノになるものではなく、習慣化させなければならないそうだ。そうしているうちに、ある日突然、口が滑らかに動くようになるという。自分は仕事柄、少しはそれらしいことをやっているかもしれない。(でも、なかなかちゃんと話せない。)

また、金田一秀穂という人が提唱しているのは、見知らぬ人とも気楽に話ができるようにすることだ。これは日本人でも個人差が大きく、そういうことが得意な人もいれば、どうも苦手で仕方ないという人もいる。自分も苦手な口だ。思いつきだけれども、こういうことができるようにするには、初対面でのうまい話し方が載っているシナリオを、何度も音読して口を慣らしたらいいのではないかと思う。

久しぶりにナマの日本人に会って、そんなことをあれこれ考えた。

8月7日(土)

at 2004 08/08 05:23 編集

『日本語は進化する』って本を読んだ。この本はサブタイトルに、「情意表現から論理表現へ」って書いてある通り、日本語が論理的な表現を獲得してく過程を描いてる。とっても面白かった。あんまり意識してなかったけど、明治の初めは、文章語も話し言葉も、互いに別の言語っていえるくらい違う、いろんなスタイルが錯綜してたんだ。そん中で、現在の口語文を獲得してく過程の苦労を、とっても生き生きと描いてる点が面白かった。言文一致運動っていうのは、簡単な作業じゃなかったわけだ。そしてそれは、まだ完全とはいえないってことを、この本は言っていた。

で、自分もそんな書き方をしてみようかと思って、今日は文体の趣向を変えてみた。もっと話し言葉に近づけて、さらに、男女の違いを極力抑えたニュートラルな書き方をしたら、どうなんのかなって思ったからだ。たぶん人によっては、文章体とはすごく違っちゃうこともあるだろうけど、私の場合は、それほどでもないみたいだ。ただ、本当は自分のことを言うとき、「僕」って言ってんだけど、ニュートラルにしなきゃって思ったから、ここでは自分のことを「私」って言うことにした。ちょっと変だけど、慣れれば自然に感じるんじゃないかな。

ところで、話し言葉で書くとき問題んなんのは、文章が冗漫になっちゃうってことだ。話し言葉で書いて、なおかつ簡潔に書くっていうのは、けっこう難しいことだ。もともと私は冗漫な書き方をする癖があるけど、話し言葉で書くときは、意識的に簡潔にしようと思っても、さらに冗漫になっちゃうみたいだ。こういう言葉で論理的に書くってのは、ちょっと大変なことかもしれない。まあ、今の私たちにとっては、ほとんど文章語が確立しちゃってるわけだから、わざわざこんな文体で書くなんてことは、まずないと思う。文章体に比べて、分りやすくなったって感じもしないし。

ここまで書いて思ったんだけど、この文体は、相手に話してる感じでもないし、かといって、独り言ともちょっと違うみたいだ。もともと、独り言でこんなに長々と話が続くわけがないから、これが独り言の文体じゃないとは断言できないんだけど、とにかく私の独り言じゃあないみたいだ。まあ、これは、1人で思考するときの言葉遣いとは言えるかもしれない。でも、わかんないな。自分が今まで心で考えてるときの言葉を反省して見たことなんて、なかったから。本当は文章体で考えてるんじゃないかとも思う。まあ、将来もこんな文体が主流になることはなさそうだ。

というわけで、私の文体はニュートラルになってただろうか。これ見て、話し言葉ではあるけど、男か女かわかんない書き方ができたかどうか、ちょっと気になる。

8月8日(日)

at 2004 08/09 01:27 編集

日曜日は教会へ行こう、ということで、9時の礼拝に行ってきた。今日の説教は이기훈牧師先生で、聖書箇所はマタイによる福音書23章1〜12節、タイトルは、訳せば「イエス様の質問」というものだった。

ここでイー・ギフン牧師先生は、たましいの健康診断を受ける必要があることを強調した。まあ、診断といっても、自分でするわけだけれども。信仰生活を長く送っていると、いくつかの“病気”にかかりやすくなる。それを発見し、“治療”する必要があるという話だ。

まず、教会に長年通い、聖書勉強なども一生懸命していると、いつの間にか“따로병(=別々病)”になってしまう人が多いという。聖書の内容はよく知っているので、言葉だけが立派な信仰に、陥ってしまうわけだ。この“病気”は、みことばを一生懸命勉強している信徒が陥りやすい“罠”だと言っていた。そのとおりだと思う。따로병は、私の持病のようなものだ。この“病気”を治療するには、神への愛を行動で表すことだという。

また、長く信仰生活をしていると、“외식병(=偽善病)”にかかってしまいやすいという。“외식”というのは、“外飾”と書いて、外面ばかりを清廉に見せかけて、内実は欲望と陰険さに支配されていることをしていることを言う。日本語の聖書ではこれを「偽善」と訳している。この“病気”は、働きが活発な教会の信徒たちがかかりやすいそうだ。教会奉仕の申請者を見ると、目立つ奉仕や脚光を浴びるような奉仕には、申請者が殺到するけれども、目立たない奉仕の申請者はとても少ないのだそうだ。これは、神の評価よりも、人の評価を気にしているわけだ。しかし、イー先生は言っていた。人の目を気にしだしたら、信仰生活は地獄になると。

イー先生は牧師の按手を受ける前、강원도のある教会で伝道師をしていたそうだ。そこでも早天祈祷会を毎日していたそうだが、牧師や伝道師が祈祷会のあと手短に祈ってさっさと引き上げると、あの牧師先生の祈りは短いと信徒から批判されるのだそうだ。後ろの方でいつも권사(“deaconess”の訳らしいが、その英語の意味とは裏腹に、韓国の教会では女性版長老といった権威を持つ)が祈っているのだが、教職者がその권사よりも先に立ち上がった暁には、即日その“不信仰”が言い伝えられるのだという。それで、イー先生は、早く祈りが終わっても、その권사が帰るまで、祈る振りをして座っていた。イー先生は、そのように、神でなく人の目を気にし始めたら、信仰生活は一気に地獄に転落すると結んだ。私はそれを聞いて、その권사は祈っているはずの時間にいったい何をしていたのだろうかと思った。本人は祈りをそっちのけに、他人のことばかり見ているなんて。イー先生もさぞ大変だったろうと同情した。

信仰生活を長く送っていると陥りやすいもうひとつの“病気”は、“교만병(=高ぶり病)”だそうだ。교만(=驕り)というのは、つまり威張ることだ。こういう人は、他人から教えられることを拒むという。まあ、そういう人はけっこういるし、いわゆる“熱心なクリスチャン”という人たちも、概して相手の考えを受け入れようとしないものだ。私は、自分の考えと食い違ったり対立したりする意見を言われると、「なぜ」と聞き、意見の折り合いをつけようとするが、そういう人たちは、たいていは「なぜ」という問いに腹を立て、私が自分の考えを言って根拠を述べると、「押し付けるな」と言ったり、「人を裁いてはいけない」と言ったり(全然裁いていないのだけれど)、「高慢だ」と言ったりする。よく考えてみれば、それらの人たちは、自分の性格のことを言っていたのだ。でも、私も相手の考えが納得できずに対話が終わってしまうと、えもいわれぬ不快感に襲われるので、そういう点では隠れた高ぶりがいつもあるといえる。これについてイー先生は、自尊心が傷つけられるようなことを言われたら、主が私を低くしてくださっているのだと思い感謝しようとアドバイスした。うん、なかなかいいアドバイスだ。

これらの“病気”の総合的な治療法として、イエス様はこう処方された。「だが、あなたがたは『先生』と呼ばれてはならない。あなたがたの師は一人だけで、あとは皆兄弟なのだ。また、地上の者を『父』と呼んではならない。あなたがたの父は天の父お一人だけだ。『教師』と呼ばれてもいけない。あなたがたの教師はキリスト一人だけである。あなたがたのうちでいちばん偉い人は、仕える者になりなさい。」(8〜11節)

洗礼者ヨハネは、当時絶大な名声と人望とを誇っていたにもかかわらず、自分はキリストに比べたら、その方の履物の紐を解くほどの値打ちもないと言った。その謙遜から学ぶ必要があると、イー先生は言った。そして、人の評価のために生きるのでなく、キリストのためだけに生きよう、キリストのためだけに奉仕しようと勧めた。

なるほど、考えてみれば、信仰の初めの時期は、純粋さがある。しかし、信仰生活が長くなるにつれて、初めの純粋さは失われ、形骸化してしまう危険がいつもある。私たちは、たえず自己点検を行い、初心に立ち返る必要がある。信仰の成長は、初心の純粋さを保ち続けていなければ、できないからだ。これは本当に難しいことだ。

8月10日(火)

at 2004 08/11 19:37 編集

聖書勉強会が終わってから、연세대학교の공학원地下にある평화의집へ行って、카레라이스を食べた。それから研究室へ行った。しかし、ここ数日、暑さで疲れてしまうせいか、せっかく研究室へ行っても、眠気に襲われて勉強できないことが多い。今日も机に伏して、1時間ぐらい眠った。目が覚めると、右腕を何ヵ所も蚊に刺されていて、ひどく痒かった。

家に帰ってから、知り合いと電話で、勉強のことなどについて話した。私が昔からやってみたいと思っていることでいまだに実現できていない、1冊の外国の本を読みきるまで没頭する勉強方法の話をした。これはけっこう多くの人が若いころにやっていて、いちばん初めに聞いた体験談は、高校3年生のころ、予備校の国語の先生の話だった。

その先生は川村という姓で、埼玉大学の教授だったが、大学生のころ、5百ページくらいあるドイツ語の本を、下宿の部屋に引きこもって読み始め、トイレ以外は部屋を出ずに、朝から晩まで読み続けたという。食事は持ってきてもらったそうだ。そうやって1週間ぐらいでその本を読み上げて、外へ出ると、世界がまるで違って見えたという。

その後、そのような話を時々本などで読むたびに、川村先生の話を思い出し、自分も同じことをやってみたいと思った。最近では、ピーター・フランクル氏が若いころにフランス語を勉強したときの話で、同じ体験を読んだ。フランクル氏は高校生のころ、フランス語の授業を受けていたが、先生が夏休みに休暇を取ってフランスへ帰るので、その間に読む本として、サガンの4百ページほどある小説を図書館で借りたという。そして、交通の便の悪い別荘に引き籠り、1日1食という切り詰めた生活をしながら、辞書を引き引きその本を読んだそうだ。知らない単語は全てノートに書き出し、辞書で意味を引いたという。そうやって休みが明けたあと、フランクル氏のフランス語の実力は、クラスでトップに躍り出たそうだ。

話をしながら、ふと、ギリシャ語の新約聖書と辞書を持って祈祷院に引き籠り、読み終わるまで出てこない覚悟で読んだら、今まで実現できずにいた、ギリシャ語聖書の通読が実現できるかもしれないと思った。現在ギリシャ語の復習をしているけれど、それが終わったあと、機会を見てやってみようかと思う。

いや、特に祈祷院である必要はないのだけれど、教会員としては、どこかの教会で運営する祈祷院を利用するのがいいのではないかと思っただけだ。ホテルは高すぎて私の身分ではとうてい手の出ないものだし、フランクル氏のように別荘を借りるというのも、思いも寄らないことだ。祈祷院なら、食事が出るところもあると聞いているし、利用料もそれほど高くないらしい。安く滞在できる場所としては、田舎の家もあるし、山寺に滞在する方法もあるという。昔は国家試験の勉強をするために、山寺に籠って勉強する人も多かったという。ただ、山寺に引き籠って聖書を読むというのはどんなものか。その他には、カトリックや正教会の修道院がある。ただし、他の教派の信徒が修道院に短期滞在することを、許可してもらえるかどうか、わからない。

一般の社会人だと、長期休暇を取るのは難しいが、私の場合は仕事上、学期と学期の間に2〜3週間の休みがある。この休みを利用すれば、自分の好きな勉強に没頭できるはずなのだが、今までは休みになったらなったで、いろいろな用事に忙殺されて、結局は何もできないというのが現実だった。聖書を読むことでなくても、時には何日間か一人になって、外界との交流を遮断して、仕事なり勉強なりに没頭したいと思う。

ところで、韓国で出ている聖書ギリシャ語の学習書は、どれもこれも似たり寄ったりで、特に練習問題は、Machenの“New Testament Greek for Beginners”のものをそのまま使っていることが多い。私が最初に聖書ギリシャ語を勉強した本も、そうだった。その練習問題は、語彙を極力抑えているために、内容が単調で、気が滅入るほど退屈なものだった。

しかし、今回復習のために、そのオリジナルである“New Testament Greek for Beginners”を読んでいる。同じ本を読むのはもう嫌だが、かといって、あまり違う学習書を読むのも骨が折れる。それで、연세대학교の図書館にあった、それらの本のオリジナルを読むことにしたわけだ。猫も杓子も引用したがるオリジナルは、他のものとはどこか違う魅力があるだろうし、英語の勉強にもなるから一石二鳥だとも思った。

実際、読み始めてみると、これがなかなか懇切丁寧で、いい学習書だ。韓国で出た“翻案モノ”は、編者が余計だと思った部分をたくさんカットしているが、そのために、複雑に変化する規則がわからず、混乱することが多かった(誤字もすさまじく多かった)。オリジナルは、一つ一つが明快に説明されていて、しかも余計な説明は一切ない。それでいながら、学習者が躓きそうな部分で、きちんと助けの手を差し伸べている。その、どこまでも明晰で細やかな導き方に、惚れ込んでしまった。

退屈な練習問題に関しても、なぜ語彙を制限しているかという説明が、序文にある。“In the exercises, the effort has been made to exhibit definitely the forms and grammatical usages which have just been discussed in the same lesson, and also to keep constantly before the mind, in ever new relationships, the most important usages that have been discussed before.”(p.ix)これを見て、韓国の多くの聖書ギリシャ語学習書に転載されている退屈な問題の、存在意義がはっきりとわかった。こうやって理解できると、今までうんざりしていたものが、うんざりしなくなるから不思議だ。面白みがないことには変わらないが、一つ一つの練習問題に、著者の学習者に対する思いやりが伝わってくる。この人は、本当の教師だと思った。自分もこの人のような教師になりたいものだ。

8月13日(金)

at 2004 08/14 03:59 編集

学生の作文を個別指導したとき、英英辞典について話が出た。英英辞典は種類が豊富なので、どの言語の辞書よりも話題をたくさん供給してくれると思う。それで、日本語の先生と学生が、英英辞典について日本語で話すのも、ごく自然ななりゆきになる。まあ、外国語の学習はユニバーサルな面があるから、日本語の学習をあまり特別に見るのもよくないだろう。日本語の学習は、英語の学習と比較して論じるのも、益があると思う。

外国語を学習するとき、辞書は欠かせないものだ。どんな辞書をいつ使うべきか(いつ使えるか)ということも、問題になる。まあ、いつ使うべきかというのは、使ってみたら使えた、というときからだと思うが、それにはすでに手元になければならないから、外国語学習にお金を惜しむ普通の人には無理なアドバイスだろう。でも、“君にはまだ無理だ”というのは、あまりに断言が過ぎるとも思う。やる気のある学生には、“とりあえず使ってごらん。歯が立たなかったら、その辞書はまだなんだ。でも、勉強を続けていれば、徐々にその辞書が使える範囲が広がってくるよ”と言ってあげるのが、教師の態度ではないかと思う。

英語の場合は、“英英辞典”に関して特に言えると思う。このとき、英英辞典を使うべきか、使う必要はないか。使うべきなら、いつごろ使い始めたらいいか。どんな英英辞典から使い始めたらいいか、という3点が問題になる。

まず、英語がうまくなろうと思った人なら、必ず英英辞典を常用すべきだ。もし、英語の達人と呼ばれている人で、英英辞典を使おうとしない人がいたら、その人はニセモノの可能性がある。日本人の韓国語使用者と、韓国人の日本語使用者を見てきたことから類推して、英語もきっとそうだと思う。韓日辞典で十分と思っている日本人のほとんどは、韓国語の深い味わいを察知せず(あるいは的外れな味わい方をし)、その周辺から日本語の色眼鏡を通して評価している。韓国人で日本の国語辞典に興味を示さない人も、その実力はある一線を越えることができない。日本語について語るのを聞きながらイライラしてくるのは、間違いなくそんな人たちだ。日本語と韓国語のように似通った言語でさえそうなのだから、英語の場合はもっと状況は深刻なはずだ。

で、いつから使い始めたらいいかといえば、それはやはり、使ってみたら使えた、というときからだと言うしかない。そのためには、初級のうちから英英辞典を持って、ちょくちょく使ってみる必要がある。まずは、知っている単語を引いてみて、語釈のなかに知らない単語があったら、勘で理解するか、またその語を引いてみるかする、ということを繰り返すうちに、だんだんとその辞書が使えるようになってくる。

そして、どんな英英辞典がいいかという問題は、なかなか重要だ。なぜなら、英英辞典の難易度は、辞書によって大きな開きがあるからだ。英英辞典と一口に言えないほど、その難易度の開きは大きい。どの辞書がいちばん優秀かという問題は、学習者にとってはとりあえず関係ないことだとしても、どの辞書がいちばん易しいかは、緊急の問題になる。間違ってレベルに合わない難しい辞書を買ってしまったら、使い物にならないからだ。易しい分には、いくら易しくても問題ないのだけれど、難しすぎるのは困りものだ。

高校生のとき、塾の先生が“POD”を勧めてくれた。それで買って使い始めてみたが、まるでチンプンカンプンだった。その先生はペダンチックな傾向があったのと、生徒に高いレベルを要求していたのとで、私には到底無理な辞書を勧めたわけだ。そのあと、日本人のために書かれたという、ホーンビーの英英辞典を紹介されて、それも使ってみた。ところが、これもなかなか歯が立つ代物ではなかった。英文を読みながら知らない単語を引いても、分らない英文の連続でしかなかった。

ずいぶんあとになって、大学を卒業して韓国へ来てから、강남駅の地下商店街にある本屋で、ロングマンの英英辞典を買った。この時初めて、英英辞典で理解できるという経験をした。まあ、当時は英語を避けていた時期だったから、英英辞典は手に入れたものの、それを活用するほどにはならなかった。

そののち、서울대학교に主席で合格した人が、自分の学習歴について書いた本に、英英辞典の使用を勧めているのを見たが、そこに、ロングマンと並んで、オックスフォードの辞書が紹介されていた。著者はオックスフォードの辞書を、語釈が簡潔で味わいがあると書いていた。それで신촌の홍익서적へ行き、オックスフォードの辞書を探したが、他の英英辞典はあるのに、オックスフォードのだけはなかった。そしてしばらくたった、1996年の11月に、홍익서적にオックスフォードのポケット英英辞典が入荷されたのを見て、買った。これは、その年に改定されたばかりのもので、語釈が日常語で書かれているとカバーに載っていた。しかし私には以前からの“POD”アレルギーがあったようで、しばらくは本棚の飾りになっていた。

その後、99年ごろ、英語の辞書ではコリンズのコービルド英英辞典がコーパスを本格的に使用した辞書だという話を聞いて、교보문고へ行って買った。実際に使ってみて、その滑らかな語り口には驚いた。語釈にその単語の統語構造が組み込まれているのだ。そのために、今までにない明晰さをもって、英単語の理解ができるようになった。この前代未聞の凄い辞書には、使いながら本当に驚愕した。英語がすきというより、コリンズの辞書に魅せられて、ことあるたびに引いて読むようにしていたら、抽象的な英単語に対する苦手意識がいつの間にか消えていた。英語の抽象語を、日本語を通して理解しようとすると、いたずらにいかめしくてとっつきにくく、また類義語が多くて不明瞭だった。しかし、この明晰無比な英英辞典のおかげで、英語も日本語のように、語義の明晰な言語だということが、少しずつわかってきた。

最近また、家にある英英辞典の難易度を比べてみた。まず何と言っても、いちばんわかりやすいのはロングマンだ。多くの人が最初の英英辞典にロングマンを推薦するのは、まったく妥当なことだ。

次にわかりやすいのがコリンズだ。ただし、語釈にその語の統語構造を組み込んでいる点は、長所であると同時に短所でもある。どうしても説明が長くなってしまうので、読みにくさを感じることもあるのだ。しかし、理解できたときの明快さは、ロングマンよりも優れている。

意外なことに、96年に改定された“POD”は、コリンズと同じくらいわかりやすい。しかも、語釈が簡潔だ。この辞書は学習者用ではないはずなのだが、なぜか私のようにあまり英語の得意でない人にも使える辞書だ。

ホーンビーの辞書は韓国でも出ているが、これは学習者用の辞書だというわりには、けっこう難しい。いや、部分的には今でも歯が立たないことがある。これはどうしたことか。ホーンビーはけっこう難しいのだ。私は、日本で買った辞書はほとんど持ってこなかったので、ホーンビーの辞書も韓国で買い直した。韓国にはホーンビーの英英韓辞典があり、それを買った。なかなかいい企画だと思う。読みにくいホーンビーも、語釈を読んで挫折しかけたところで、韓国語訳に助けられるからだ。補助輪の付いた自転車のような辞書だ。でも、補助輪が邪魔になるように、訳が邪魔になることもあるはずだ。

ランダムハウス・ウェブスターも持っているが、これだって、ホーンビーに比べたらわかりやすい。メリアム・ウェブスターのポケット辞典も持っているが、これは語釈がほとんど単語だけであるにもかかわらず、あまり難しさを感じない。私がホーンビーの辞書を難しく感じるのは、私の英語力が偏っているからだけではなさそうだ。今日一緒に話した学生も、アメリカに住んでいたにもかかわらず(同僚の先生の話によると、アメリカで生まれたらしい)、ホーンビーは難しいという点で、私と意見が一致したからだ。

そして、難易度のトップにあるのは、旧来の“POD”。これは本当に難しい。部分的には理解できるのだけれど、半分以上はいまだにチンプンカンプンで、手元に置いて利用するというわけにはいかない。他の辞書で単語の意味を調べながら、一生懸命読まなければいけない辞書だ。서울대학교に主席で合格した人は、この辞書を受験生時代に“簡潔で味わいがある”と思っていたのだから、恐ろしくなってくる。いや、この辞書が使いこなせるようになるころには、英語の読書も、日本語の読書と同じくらい、深い味わいと喜びを感じられるようになるのだろう。

けっこう多くの人が、仕事で英語を使っているにもかかわらず、自分は英英辞典を使えるような境地に達していないという。ところが、英語が使いこなせるほどの実力でないにもかかわらず、英英辞典を使っている人も、ここにいる。この矛盾はどうしたわけか。多分、英英辞典を敬遠する人たちは、ホーンビーや昔のPODのことを考えているのだと思う。もしかしたら、ロングマンやコリンズを軽く見ていて、英英辞典に含めていないのかもしれない。しかし、ロングマンとコリンズは優れものだ。無視してはいけない。

辞書を実力に合わせて買い換える必要があるのかどうかはわからない。ロングマンで満足したら、その後ずっとロングマンを使い続けることに何ら問題はないはずだ。ただ、専門語や特殊な語がないので、それらを引くために、もう一冊だけ、大き目の英英辞典を揃えておく必要はあると思う。日本は洋書の値段が韓国の倍近くするけれど、古本屋へ行けば、安く手に入るのではないかと思う。

私は辞書一冊をボロボロになるまで使うという美風を身に付けなかった。線を引くことを除いては、本を大切にする習慣のおかげか、本を自分でボロボロにすることは、ほとんどない(携行すれば自然に本は傷むけれど)。それに、その場その場で違う辞書を使うことが多いので、辞書の痛み方も少ない。しかし、この、美風に反する気まぐれな辞書の使用も、時にはいいことなのではないかと思う。1冊の英英辞典だけに頼ると、その辞書を通してしか英語を見ることができない。しかし、英英辞典をあれこれ使っていると、いろいろな先生が、いろいろな立場から英語を教えてくれるような感じがしてくる。ある先生は懇切丁寧に、ある先生はぶっきらぼうに、またある先生は、私が理解できなくてもかまわずボソッと言って、立ち去っていく。こんな英英辞典の親しみ方も、あっていいのではないだろうか。

8月14日(土)

at 2004 08/14 18:55 編集

インフォシークのニュースを見ていると、「大人のドリル」が人気を集めているという話が出ていた。脳科学を研究している川島隆太教授は、「簡単なドリルを繰り返し解くことが、脳の中でも高度な働きをする前頭前野を活性化することが確かめられている」と言っているそうだ。ある60代の男性は、「自分でも驚くほどのめり込む。楽しい」と出版社に意見を寄せたそうだけれど、簡単なドリルにのめりこむというのは、不思議なことだ。

簡単なドリルでもいいけれど、外国語の勉強もいいのではないか。脳の活性化に外国語の学習が役立つことは、昔から言われてきたことだ。私の考えでは、文法訳読法で作られた学習書がいいと思う。丸善で出していて、今も出ているという、ヴァカーリの英語学習書なんかは、頭の体操としては、十分長い間楽しめる分量がある。これで上手になろうと力んだら、圧倒されてしまうだろうけれど、頭の体操のために定期的に練習するのなら、とてもいい教材だと思う。

大学書林の四週間シリーズも、すべての語学が文法訳読式で、たっぷり学べるようになっている。ただ、年配の人がこれを四週間でやるのは過激だ(若い人にとっても)。健康も頭脳も害してしまうかもしれない。しかし、1日分を2日から4日ぐらいかけて、少しずつ定期的に問題を解いていくなら、頭脳の活性化に役に立つだろう。大学書林の四週間シリーズには、英語、ドイツ語、フランス語、ロシヤ語、中国語、スペイン語、イタリア語、オランダ語、ポルトガル語、ハンガリー語、ラテン語、スウェーデン語、フィンランド語、インドネシア語、マライ語、エスペラント後、ギリシヤ語、モンゴル語、朝鮮語、日本語、広東語、ペルシア語、ゲール語、ビルマ語がある。

欧米で出た学習書でも、ギリシャ語やラテン語、聖書ヘブライ語などは、ほとんどが文法訳読式で学ぶようになっている。英語ができるなら、そういう学習書を使うのもいいだろう。また、英語が得意ではないけれど何とか読める人には、こういう学習書は、英語の勉強としても役に立つ。

これらの学習書は、各課が説明と訳読問題とで構成されている。たいていは、外国語→母国語と、母国語→外国語の2種類の問題が数題ずつあり、時々長い文を読ませる問題もある。説明はいたって文法中心だが、名著と評されるものは、学習者が躓きそうなところで助けの手を差し伸べているので、うまく勉強を続けていくことができる。

この種の学習書の勉強方法について、私はこうしたらいいと考えている。まず、説明を声に出して、理解しながら読んでいく。黙読すると、案外読み落としてしまう部分が多いからだ。また、文法を説明するための例文は、5〜10回ぐらいしっかり目で追いながら音読し、慣れたら目を離してそらで言ってみる。そしてそれをノートに書いてみる。新しい単語が提示されている欄では、その単語を声に出して読みながら、手でも書き、口と手が慣れるまで繰り返す。単語と訳を覚えるのではなく、単語の形に注意しながら口で言い、意味が具体的なイメージとして心に浮かぶようにする(このイメージは、正確なものである必要はない)。ここで1日分の勉強を終わりにしてもいい。

そのあと、外国語から母国語への翻訳問題では、音読しながら意味を考える。外国語に慣れていない人は訳してみるのもやむをえないけれど、本当は訳さない方がいい。意味をじっくり吟味しながら音読する。意味を理解するのにも骨を折ることがあるが、とにかく意味が理解できたら、今度は理解できる状態で音読を繰り返す。長い文の場合は無理かもしれないけれど、短文の場合なら、口が慣れるまで5〜10回、目を離さずに読み、口が慣れてきたら、目を離して諳んじてみる。目を離して諳んじながら、意味が分らないようなら、もう一度よくその文の意味を検討する。そして、意味を理解しながら諳んじられるようにする。このとき、諳んじた内容を書いてみるのもいいかもしれない。つづり字が間違っていたら、それをチェックし、1〜2回その語を書いてみる。この練習だけで30分から1時間はかかるはずだ。これをさっさと終わらせようとしてはいけない。

母語から外国語への訳は、最初は母語だけを音読して意味を吟味するだけにとどまり、問題を実際に解くのは次の日にまわす。いきなり全部やるのは無理があるし、1日ぐらいは記憶を寝かせて熟成するのを待つ必要もあるからだ。

次の日の学習は、前日の、外国語→母国語の翻訳問題をもう一度音読する。そして、意味を理解しながら諳んじられるかを確かめる。このときも、最初から諳んじることは無理だから、5回ほど文字をしっかり目で追って読み、それから目を離して諳んじてみる。この復習だけで、20分くらいはかかるのではないかと思う。そしてそれから、母国語→外国語の翻訳問題を解いてみる。母国語の文を、まず音読し、それから文を部分部分に分けながら外国語に口頭で訳していく。1文を訳し終わったら、ノートに書く。その方法で、一通りを全部解く。

この母国語から外国語に訳す部分が、1課全体の中で、いちばんハードだ。しかし、その前の段階をしっかりと踏んでいるなら、何とかやり終えることができる。これによって、その課の新しい項目が初めて自分のものとして理解でき、目の開ける思いがするはずだ。これができた時点で、次へと進む。

学習書によって、練習問題に解答が付いているものと付いていないものがある。できれば、解答の付いているものを選ぶのが賢明だと思う。大学書林の四週間シリーズは、解答が付いているのでお勧めだ。ただし、解答にあまり頼るのも問題かもしれない。よくできた学習書なら、解答を見なくても解けるように説明されているはずだ。その外国語を専門にしている人に、入門を独学で一通り終えるためにはどんな学習書がいいか聞いてみるのもいいと思う。

このようにして外国語を勉強するなら、脳の活性化に寄与できるし、これで1冊あげたあと、その外国語の対訳叢書などを利用して、もう少し深い学習ができるはずだ。ポスト入門の学習書を終えた頃には、辞書さえあれば、一般的なテキストは大体読めるようになっていると思う。四週間シリーズは、3ヶ月から半年の間じっくり付き合うことができる。そのあと1年半くらい、読解教材を読めば、新しい世界も開けてくるし、頭も生き生きするしで、人生に活気が出てくるはずだ。忙しい人は思うようにできないだろうが、幸いにも自由時間の多い人なら、このようにして人生を有意義に過ごすことができる。(笑)

というわけで、外国語のことばかり考えている人間の意見でした。

8月15日(日)

at 2004 08/20 20:58 編集

日曜日は教会に行こう、ということで、7時の礼拝に行ってきた。妻と一緒に家を出て、教会まで歩いて行った。久しぶりに昨夜からソウルは涼しい風が吹き、朝の동부이촌동の通りも清々しかった。

メインの礼拝堂での礼拝は、日中は祭りのように人であふれかえっているが、朝の礼拝のときには所々空席がある。人ごみの中にいるとストレスがたまってくるので、この出席者の適当な礼拝は、安らぎを感じる。聖歌隊の人たちを見上げると、半分くらいは眠そうな顔をしていた。おそらくは向こうもこちらを見て、同じことを考えているのだろう。

今日の聖書箇所はヨハネによる福音書15章1〜4節で、説教タイトルは「神の剪定」、説教者は하용조牧師先生だった。

愛、幸せ、祝福といったものは、どこから来るだろうか、という問いで説教が始まった。どこからだろう、と考えていると、それは“関係”から来るという。関係が結ばれると親しくなり、その関係がよければ幸せなことである。しかし、関係がなかったり、関係が壊れてしまうと、状況は険悪になり、苦しむことになる。関係のなかでもいちばん重要なのが、神との関係で、神と人間との関係が回復するなら、すべてが回復する。「救い」も「信仰」も、神との壊れていた関係が回復することだ。

イエス様は、この“関係”というものを、「ぶどうの木」に譬えられ、「わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫である」(1節)と言われた。そして、私たちは枝ということになる。ぶどうの木というのは、木としてはまったく見栄えのしないものだが、しかしその枝にたわわに実るぶどうのために愛される存在となっている。つまり、枝である私たちが信仰の実りを結ぶために、ぶどうの木は存在しているのだ。

枝というのは、具体的に言えば、イエス様に従う弟子たちのことだ。「ぶどうの枝が、木につながっていなければ、自分では実を結ぶことができない」(4節)と言われたように、クリスチャンは、一人で信仰生活を続けることはできない。また、「わたしにつながっていながら、実を結ばない枝はみな、父が取り除かれる」(2節)とも言われた。この比喩はとても重要だ。枝を切り落とすのはイエス様ではなく、神だということだからだ。神はその義によって私たちを裁くが、イエス様は私たちを執り成されるということを、このぶどうの木の譬えからも読み取ることができる。

なぜ実りのない枝を切り落とすのかといえば、「いよいよ豊かに実を結ぶように」(2節)ということだ。神の原理は、富める者はますます富み、貧しい者は持っているわずかな物までも奪われるというものだ。それは共産主義の発想とはまったく違う、私たちの理解しがたいものだ。(まあ、これは聖書を読まなくても、世界の大小の流れを見れば分ることで、その原理に逆らうのはかなり無理なことだといえる。結局共産主義だって、富める共産党員と、窮乏するその他とに分けてしまったのだから。)それがいちばんシビアに表れるのが信仰で、信仰を豊かに持っている人は、さらに信仰が増し加えられ、ありやなきやの信仰に甘んじている人は、そのわずかな信仰すら奪い取られてしまう。毎週教会で礼拝を捧げ、役職についていても、あるいは牧師として働いていても、実は信仰をほとんど失ってしまっている人も、多い。だから、信仰も自分から求めていく必要があるという。

また、神の剪定は、個人の人生においても行われる。神は適宜、私たちの心の中を手入れされる。そのとき神を恨んではいけない。神はアマチュアの庭師ではない。神はむやみに枝に手を入れたりしない。だめな枝だけを切り落とされる。そして、必要なものだけを残してくださる。それを呼んで“希望”というそうだ。だから、神の剪定は受け入れるべきことだ。忍耐し、感謝すべきことだ。結果は祝福なのだから。その目的は、私を生かすためなのだ。

「実」というのはいろいろあるが、「ガラテヤの信徒への手紙」5章22〜23節では、「霊の結ぶ実」として、「愛、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制」の9つをあげている。また、「ローマの信徒への手紙」6章21〜22節では、「罪の実」と「聖なる生活の実」とを対比させていて、さらに同7章4〜5節では、「神の実」と「死に至る実」とを対比させている。神に従う生活のよい証人になることが、よい実を結ぶことになるわけだ。ハ先生は、みことばを伝えることが“実”であると言っていた。その通りだと思う。人に話さなければ、その人は福音のすばらしさを知るきっかけを得ないのだから。

イエス様は「わたしにつながっていなさい」(4節)と言われた。「あなたがたも、わたしにつながっていなければ、実を結ぶことができない」(4節)からだ。説教は、「大事なことは、実を結んでいるかです」という言葉で結ばれて終わった。

夜、家族で장위동の칼국수屋へ왕만두を食べに行った。その店は흥분의집という名前で、칼국수はあまりぱっとしないけれど、왕만두はソウルでいちばんおいしいと思う。韮をたっぷり入れ、生姜で香りを効かせているのがいい。

その店へ向かっているとき、妻が今日の日本語礼拝で이기훈牧師先生の説教が不評だったことを話していた。今日韓国は、「光復節」という独立記念日で、時宜よろしく今日からイー牧師先生は「ヨナ書」の講解説教を始めたそうだ。

この書は、預言者ヨナが神から、イスラエルを攻めようとしていたニネベへ行って悔い改めさせることを命じられた場面から始まる。ヨナは仇敵であるニネベが神の怒りで滅ぼされることを願っていたので、神の命に反して反対方向へと逃げてしまう。

この箇所を受けて、イー先生は、自分は日本が大嫌いだったけれども、日本語礼拝を任されたことは神の意思と考え、日本を愛することを決意したという内容だったそうだ。しかし、日本で在日韓国人が苦労していたことを報道する番組を見て葛藤したことに、説教の力点が置かれたために、その説教に対する日本人の信徒たちの反応が冷ややかだったそうだ。正直なことはいいことだけれど、イー牧師先生のその告白は、「私はあなたたちの血筋は嫌いだけれど、あなたたちを愛する」という矛盾したメッセージになってしまった。自分ではどうにもならない血筋を拒否されたまま、“愛する”と言われては、反応が冷淡になるのも無理はない。まあ、イー先生にとって、日本語礼拝を任されたのは本当に大変なことだと同情する。

8月18日(水)

at 2004 08/20 21:45 編集

日韓プログラムの最終日で、学生たちのプロジェクト発表があった。8つのグループのうち、7グループがパワーポイントを使って発表した。主に日本人は韓国語で発表し、韓国人は日本語で発表したが、日本人の韓国語よりも韓国人の日本語の方がはるかに上手だった。まあ、言語教育院という会話学校で勉強しているのだから、上手なのも当然だろう。日本人の学生たちは、それなりに頑張ったと思う。

日本人学生の韓国語の質は千差万別で、とても聞き取りやすい人もいれば、何を言っているのかほとんど聞き取れないほどの人もいた。聞き取れない理由を追ってみると、韓国語の音節が、日本語に影響されてすっかり壊れているのだった。個々の音素を正確に発音することよりも、音節がしっかりと形作れる方が重要だということを、ここでまた改めて感じさせられたけれど、韓国語の音節は複雑だから、それに慣れるまでは苦労するかもしれない。

授業が終わってから携帯電話にキョボ文庫からメッセージが入っていて、一つは、先月注文した本が届いたというもので、もう一つは、その前に注文しておいた2冊の本が両方とも絶版だということだった。インターネットで見つけた本の中で、今まで注文して絶版だったというものが、かなりある。

月曜日に学期末試験を受けた学生のうち、今日は2人面談した。その一人は、アメリカに長年住んでいたため、漢字が弱くて伸び悩んでいる学生だった。語学の素質はあり、文法的にも正しい日本語を書くのだが、漢字は覚えるそばから忘れてしまうと言っていた。私はその学生に、漢字というのは簡単な要素の組み合わせになっているから、基本的な字を覚えれば、覚えるのはそれほど難しくないものだと言った。けれども問題は、そういう教え方をしてくれる教材を探すことだった。とりあえず、私も探すけれど、その学生にもキョボ文庫などへ行って自分でも探すように言った。

それから家に帰り、お金を準備して、キョボ文庫へ行った。車内でKBS・FMの“세상의 모든 음악(=世界のあらゆる音楽)”を聞いていた。ちょうど삼각지の交差点を通過するあたりから、ソウル駅前に差し掛かる頃まで、アンデス民謡のメロディーで作曲されたカトリックのミサ曲が放送されていた。それは確かにアンデス民謡のメロディーだったが、神に対する畏敬が気品をもって表現されている美しい曲だった。ちょうどこのとき、西の空は、夕日が雲を地平の下から照らしあげ、空一面が金色に発光していた。その手前を、鼠色の雲の塊が二三、ゆったりと移動していた。美しいミサ曲とその荘厳な光景とは、不思議なほど調和していた。

교보문고に着いて日本書籍コーナーへ行くと、届いていたのは『LIVE from LONDON―ナマのイギリス英語を味わう!』(ジャパンタイムズ編、The Japan Times刊、2003年)だけだった。もう1冊の『イギリス英語を愉しく学ぶ』はなかったが、これは届くのが遅れているのだそうだ。絶版というのは、『ぼくの英語格闘史』(松本道弘著、アルク)と『私の外国語修得法』(阿部謹也著、中公文庫)で、後者は品切れだそうだ。この種の本は、すぐに絶版になってしまうのが特徴らしい。日本にいれば、本屋をめぐりながら見つけることもできるけれど、韓国にいてはそれも難しい。『私の外国語修得法』はいつまた発行されるんですかと聞いたが、それは愚問だった。もしそんなことを書店の人が知っていたら、まあお化けに違いない。

漢字の字形を学ぶ教材を探してみた。なかなかいいものが見つからない。すでに漢字の字形に慣れていることが前提になっているものが、ほとんどだった。日本書籍の、日本人の児童用の教材と、外国人用の教材、韓国語書籍の日本語教材の漢字学習書と、韓国人向けの漢字教材を見た。あまり時間がなかったので、腰を据えて見られなかったのが、いい教材を見つけられなかった理由だろう。一つ、韓国の一般書籍の中に、漢字の教材で、その基本になる字形から説き起こしているものがあった。しかしそれは、最初に100を超える基本字を、頻度を無視して羅列していた。現代では頻度ゼロの形態がゾロゾロ出ていたのには、驚いた。そして、その部が終わると、いきなり難しい漢字の熟語が始まる。著者はそれなりに創意工夫をしたのだろうけれど、ちょっと雑で考えの足りない体裁だと思った。文字一つ一つの成り立ちを丁寧に説明しているものとしては、白川静の『常用字解』(平凡社)がとてもよかったけれど、外国人向けではないのが残念だ。教材を作る人が参考にするような辞書だ。いちおう目だけは付けておこうと思う。

家に帰ってから、買ってきた本のCDを聞いた。すごく難しい。日本人の英語がイギリス英語に似ているとか、イギリス英語は聞いた印象が日本語に似ているとか言われるけれど、いったいどうしてそんなことが言えるんだろうか。英語の発音は、日本語とはすごく違う。プロソディーにしても母音にしても子音にしても、日本語とは似ても似つかない。Sound it! で音を読み取ったものを、小さく切って何度も聞いてみても、分らないところだらけだ。音声を捉えるのがとても難しい。録音はいたって鮮明で、その点は申し分ない。問題は、私の耳だ。最初のトラックだけを何度も聞き、プロミネンスの置かれた音節に印をつけてみたけれど、それがストレスの置かれているはずの音節と違う。そんなはずはないと思いながら、何度も聞いてみたけれど、どうしてもはっきりしない。日本語の先生がここで挫けては名が廃ると思いながら、その録音と格闘した。

そのあと、CDを最初から最後まで通して聞いた。録音時間は全部で70分もある。その中には、内容が大体理解できるものもあれば、さっぱり分らないものもある。どれもごく平凡な雰囲気の、実際の会話で、それがこの学習書の最大の魅力だ。よく聞いてみると、人によってはアメリカ英語の特徴が少し現れていた。本のいちばん最初の部分を読むと、「最近はテレビ(両国では互いの国の番組を数多く放送しています)や映画などの影響もあり、両者の英語がかなり混ざり合ってきているようです」(p.1)と説明されていた。だから「イギリスはこれ、アメリカはそれ」と完全に区別することはできないわけだ。なるほど、そういうことなのか。それはいい傾向だ。

8月20日(金)

at 2004 08/21 23:09 編集

Yahoo! JAPANのニュースに『<訃報>J・B・ハリスさん87歳=元「百万人の英語」講師』というタイトルの記事が出ていた。記事の内容はこうだ。

「J・B・ハリスさん87歳(<本名・平ヤナギ秀夫=ひらやなぎ・ひでお>元「百万人の英語」講師)16日、肺気腫のため死去。葬儀は近親者で済ませた。自宅は非公表。喪主は妻多鶴子(たづこ)さん。戦後は文化放送などで「大学受験ラジオ講座」で43年間、「百万人の英語」で36年間にわたり英語講師を務めた。
(毎日新聞) - 8月20日13時35分更新」

英語に関心のある人で、J・B・ハリスという名前を知らない人はあまりいないだろう。この人に何らかの形でお世話になっている人も多いはずだ。アマゾンで検索すると、もうこの人の著作はわずかしか出てこないが、80年代には本屋でけっこうたくさん見かけたものだ。

私のところにも『ハリスの特講英作文』(J.B.ハリス著/花城なが子共編、旺文社、1980年)という本がある。この本は、日本人の英作文で間違いやすい表現を分類し、1つの項目を見開き1ページにまとめていて、それに気の利いた解説を施し、暗唱用例文と練習問題を加えた内容だ。あまり体系的な感じはしないけれど、ポイントを抑えていると思われるので、この本で学ぶ前に、基礎的で体系的な英作文を学んでおくと、役に立つのではないかと思う。

英文法標準問題精講』(原仙作著、中原道喜補訂、たぶん1983年。)の「改訂新版の序に代えて」にも、「とりわけ全巻にわたり丹念に目を通してくださった J.B. ハリス先生には、原先生に代わり、厚く御礼申し上げたい」(p.2)と書かれている。日本の家に帰れば、著作・監修を含めて、この人の手になる本は、何冊かあったと思う。

私は怠慢にも手に入れなかったのだけれど、この人の著書で有名なものといえば、『ぼくは日本兵だった』(旺文社、1986年)だろう。イギリス人の父と日本人の母を持つハリス氏は、父親が幼くして亡くなったために、太平洋戦争のとき、否応なく日本兵に引き立てられる。その苦渋の経験を綴ったもので、けっこう読み応えのある本らしい。この本もすでに絶版になっているから、韓国で手に入れるのは難しいことだ。日本に戻ったら、いつか古本屋をまわって見つけて読みたいものだ。

古代ギリシャには「All h katopin eorthV hkomen kai usteroumen;(われわれは祭りのあとに来たというわけか)」(『ギリシア・ローマ名言集』柳沼重剛編、岩波文庫、2003年。p.11)ということわざがあるそうだ。本に関しては、私はしょっちゅう、祭りの後に来て残念な思いをしているようだ。手に入れてみたら祭りでなかったなんてことも、けっこうあった。本を選ぶのは難しい。

そんなことを、J・B・ハリス氏の訃報を読みながら考えた。

ところで、アマゾンは面白いサイトだ。私自身はアマゾンで買い物をしたことはないのだけれど、そこの「カスタマーレビュー」という書評が面白いのだ。今まで本の情報は、口コミや、定評のある本以外は出版社からの一般的なプロパガンダがほとんどだった。それでも日本にいれば、書店で実際に手に取って本の中身を確かめることはできる。しかし、手にとってパラパラとめくっただけでは、その本がどれだけ価値のある本かはうまく判断できなかった。

しかし、アマゾンのカスタマーレビューが登場したことで、その本の価値をいろいろな角度から予測することができるようになった。同じ本でも、激賞されたり酷評されたりと気が許せないが、自分が読んだ本などの書評を読んでみれば、それぞれの書評がどんなものかが見当がつくと思う。立派に書いたように見えても、見方がひねくれているものもあるし、読解の的確さに惚れ惚れするような書評もある。

オンラインで買うのが苦手なので、ほしい本を決めて、교보문고へ行く。そして注文し、届くまで1ヵ月待つ。1ヵ月待って、絶版になったという知らせを受ける本が、1割くらいある。それでも교보문고で買い物をする。クレジットカードを使うのが嫌なのと、経済的にあまりゆとりがなくてたくさん買えないので、1ヵ月待つくらいがちょうどいいのだ。

8月21日(土)

at 2004 08/22 00:20 編集

ホームページを通して知り合いになったN氏が、韓国を発つ前にささやかなパーティーを開き、私も招かれた。この人はアメリカに在住する日本人で、仕事の関係から、外国語は英語だけでなく、韓国語、中国語、フランス語、ドイツ語など、計8ヵ国語が使えるというすごい人だ。コンピュータ関係の会社に勤めていて、今回は2ヵ月の休暇をもらって、中国語と韓国語をブラッシュアップするために、台湾と韓国にそれぞれ1ヵ月ずつ滞在したそうだ。

招かれたところは、N氏の滞在しているゲストハウスというところで、ゲストハウスというのは、ユースホステルのような宿泊施設だそうだ。안국동から원남동へ行く途中の、종묘の手前にあり、通りから少し奥まった場所にあるので、都心とは思えない閑静さだ。パーティーはゲストハウス3階の屋上で行われた。周りの建物は屋根が低いため、東と北は、종묘と창경궁の森に囲まれているのが見え、北西には북악が控えているという、なかなか詩的な情緒のする場所だった。

招かれた人たちは、その人の勤める会社で以前同僚だった韓国人の男性や、その会社の韓国支社の社員、삼성で半導体の開発をしている女性、韓国語学校で一緒に勉強している仲間たちなどだった。他に、ゲストハウスで週に2回集まって日本語を勉強している女性も2人来た。この2人は、他の日本人から日本語を習っているのだが、その人が忙しかったため、たまたま宿泊していたN氏から2度ばかり日本語を習ったそうだ。話しながら、なんとその人は、私の教材で日本語を勉強したことが分った。

N氏はこのパーティーのために、今日ギターを買ったそうだ。それで、まずN氏のギター演奏を聞いた。それから、私も自分が作曲した歌を披露した。여수の大学におられる黒木了二先生が出した『追憶のような未来』という詩集の一つに、メロディーをつけたものだ。屋上という、いい雰囲気の場所のおかげで、下手な伴奏に下手な歌でも、けっこう雰囲気を盛り上げることができた。

8時くらいまでそこにいたが、他のグループの屋上バーベキューに合流するということになったので、先においとました。そして、교보문고へ行った。その人がさっき私に、もう使わないからといって、交通カード(バスと地下鉄を利用できるプリペイドカード)をくれたのに、それをすっかり忘れて、歩いて교보문고へ行った。近いと思っていたけれど、けっこう距離があって、30分かかってしまった。

교보문고に着くと、日本書籍コーナーへ行って、『CDセット 沖縄語の入門』(白水社)を注文した。注文するとき店員に、今まで注文した本の2割くらいは絶版ということで手に入らなかったけれども、いったいどこと取引しているんですかと聞いた。すると、東販だという。東販は大きい会社じゃないですかというと、それはそうなのだけれど、そこに在庫がない場合、出版社に連絡をするのだけれど、出版社にもないときは、それ以上探せないのだそうだ。図書の流通会社というのは、新刊書か、そうでなければ在庫がある本しか扱えないようだ。

今まで注文して絶版(または品切れ)だった本で、手元に記録が残っているものは、『趣味のドイツ語』(関口存男)、『新しい英語の学び方』(松本亨)、『関口存男の生涯と業績』、『僕の英語格闘史』(松本道弘)、『私の外国語修得法』(阿部謹也)。とても残念なことだ。

それからしばらく本の物色をしたが、すぐに閉店時間になってしまったので、地下鉄に乗って家に帰った。

8月23日(月)

at 2004 08/25 21:04 編集

午後、교보문고から電話が来て、注文しておいた本は品切れでしたという。『イギリス英語を愉しく学ぶ』(Domic Cheetham・小林章夫共著、ベレ出版)という本だ。1ヵ月以上も待たされた挙句、この結果だ。まあ、いいってことよ。しかし、それにしても、最近は注文した本でちゃんと入荷されたのは半分くらいになってしまった。特に、先月注文した本は4冊だったけれど、そのうち手元に届いたのは、たった1冊で、残りの3冊は絶版と品切れだった。そういう意味で、自分にとって最近の교보문고−東販の成績は、ずんどこに近い。

夜、「青空文庫」を見ていたら、「業界の旧体質を反映する「150万点から選べます」のウソ---インターネット書店」という記事がリンクされていた。この記事は、インターネット書店は、注文しても品切れ・絶版ということが多く、必ずしも利用しやすいわけではないということを書いていた。

インターネット書店というのは、結局は目録だけを見て注文し購入するという買い物の仕方になるわけだけれど、その目録の情報に、実際との乖離があるらしい。そのため、私のように、新刊を選ぶわけではない読者は、長らく待たされた挙句に“ありません”という返事をもらう憂き目を見ることが多い。もし読者の多くが私のようなタイプだったら、インターネット書店はほとんど機能できないだろう。入手できない本ばかり注文されるからだ(笑)。インターネットによる本の物色というのは、あまり魅力のあるものではない。やはり、日本へ戻るたびに古本屋や書店を冷やかしてまわるのが、本探しとしては、いちばん性に合っているようだ。これなら店頭にあるのが実物なわけだから、店の人に売る意志があって私に十分な持ち合わせさえあれば、その本を手に入れることができる。

8月24日(火)

at 2004 08/25 20:36 編集

学期超過の申請をするために、연세대학교へ行った。語学堂の脇の坂道を登り、守衛のいる建物を歩き過ぎたところで、後ろから来た車が、通りがかりに何か合図してきた。見ると、語学堂のナム先生だった。車は総長公館の出口の前で止まり、中からナム先生が出てきた。最近語学堂はどうですかと聞くと、現在講師数は3人で、H先生はハンドン大学の専任として職場を移ったという。ナム先生が、「ハンドン大って知ってる?」と聞くので、キリスト教の中では有名な大学ですと答え、H先生って立派な人だったんですねえというと、ちょっと困ったような顔をしていた。

話しているとき、総長公館から車が出てきてクラクションを鳴らした。ナム先生の車が出口を塞いでいたのだ。ナム先生は車に戻り、100メートルほど先の、北門から来る道との合流点の端に車を寄せた。総長公館から出た車は、大学本部のある方へ走っていった。

ナム先生は、かなりやつれた顔をしていた。カレー屋は繁盛してますかと聞くと、まあまあだという。ただし、仕事がきつ過ぎるので、続けているメリットはあるかどうか分らないと言っていた。なんと、1日15時間も働いているのだそうだ。今日もこれから買出しだという。何でも自分でやろうとしないで、人を使ったらどうですかと言うと、そうすると足が出るのだそうだ。「でも、労働基準法では8時間以上働いちゃいけないんですよ」と言うと、「本当に取り締まってほしいよ」と答えて笑った。ナム先生のウィットは健在だった。

国文科の事務室に着き、書類をもらって事由書(=理由書)の書式に記入し、教務課へ行った。すると、担当者は困った顔をして、これは学生が直接持ってくるものではないと言われた。国文科の事務室から、これを持ってここで提出するように言われたんですけどと答えると、大学院の事務室へ電話で問い合わせた。しかし、担当者が総長と面会中だという。総長と面会中と聞き、さっき総長公館から出てきた車は、どうやら総長を乗せた車だったらしいことがわかり、何となくおかしかった。

結局、その書類は公文として国文科事務室からもってこなければいけないものだと分り、事務室へ持って帰った。そして言語教育院へ戻った。

12時半から1時45分までの授業を終え、聖書勉強会をする教室へ行った。今日は私が司会だったが、最初の出席者は前回に比べて少なかった。T姉妹が来ていなかったが、N伝道師先生が、先週木曜日にJEM(=日本宣教会)の事務室に泥棒が入り、そのほとぼりが冷めるまでは番をしているのだという。早天祈祷会に出て戻ってくると、鍵がこじ開けられていて、通帳が盗まれていたという。幸いなことに、それ以外の被害はなく、通帳もすぐに使用停止にしたので、金銭的な被害もなくて済んだそうだ。N伝道師先生の話では、犯人は内部の事情に詳しい外部のものに違いないということだった。

今日の聖書箇所は、ルカによる福音書22章39〜46節で、イエス様がオリーブ山で祈られる場面だ。この場面は深く突き詰めれば難解な部分もある。しかし、イエス様の祈りは、自分の思いを吐露しながらも、常にみこころの中で成就することを願っておられることが分った。そこに、私たちが模範とする祈りの姿を発見した。また私は、この祈りは本来私たちが蒙らなければならない苦難の杯に対する、執り成しだったのかも知れないと思った。しかし、私の心によぎったこの考えには、誰も反応してくれなかった。(笑)

聖書の伝える“意味”というのは、いつも重層的で、読む角度が変わると語りかけも違ってくる。これがやはり、古典中の古典が持つ深みだと思う。

夜、インターネットのニュースを見ていると、中国が高句麗の歴史を「歪曲」したということに関し、韓国と中国とで話し合いがもたれているという話が出ていた。まあ、歴史のことは私には分らない。でも、自国周辺の歴史に関し、韓国の学者やマスコミだけが唯一、常に誤りなき事実認識と解釈とが可能だということは、奇跡だ。実に、韓国の世論は、無謬の言論に導かれていることになる。だから、韓国言論の報道を信じる人は、いざ自分やその周辺のことが報道されたとき、嘘ばかり書いていると憤慨しないで、それが真実だと認めるべきだ。歴史のように不確実きわまりない事柄に対しても、「明白に」真実を知っているのだから、現在起こっていることを、事実と違えたり、意味を捻じ曲げたりするはずがない。そう思うべきではないか。

8月25日(水)

at 2004 08/25 20:58 編集

朝起きたら、左の脇腹が痛かった。見ると、私の左に上の子が寝ていた。いつの間にかやって来て寝ていたらしい。寝相がとても悪いので、脇腹を足でずっと押さえつけられていたのかもしれない。

午前10時から、午後5時ごろまで、学生の発表を指導した。途中、12時から30分間休憩を取った。포스코관へ行って、이화사랑で김밥を買い、学生文化館(Student Union Building)の購買で전주비빔밥味のおにぎりを買って、講師室で食べた。

学生が帰って行ったあと、하늬솔빌딩にある、까치네という食堂で설렁탕を食べた。4千ウォンだった。大して期待していなかったが、一口食べてみると、出汁がよく出ていて、いい味だった。この味で4千ウォンなら高くないと思う。良心的に、ちゃんと煮出して作っている味だ。肉片も、けっこうたくさん入っていた。

食べながら、なぜか10年以上前に、郷里の宝石商の仕事を手伝ったときのことを思い出していた。밤색(=こげ茶色)の주머니を注文するはずが、韓国語の色名を間違えて、자주색(=緋色)と言ってしまって、違うものが来てしまい、そのことで日本人であることを侮辱されたことや、品物を送ったあと、送金されるはずが、私が日本へ一時帰国することを知ったらしくて送金されず、帰国の費用に苦労したあげく、私が日本へ戻ったときにその人に会いに行かなかったので、君は信用に傷つくようなことをしたと言われたことなどを思い出した。最初に約束を破ったのはそっちの方だったのだが、当時は怒られたから自分が悪いのだと思っていた。

そういうと、謙虚な態度のように聞こえるかもしれないが、そうではない。自分では誠実にやっているはずなのに、自分にはまったく理解のできないことで、自分が一方的に人に迷惑をかけてしまうという、当惑の連続だからだ。人が社会で生活していれば、何らかの衝突は起こらざるを得ない。それを知った上で自分の責任を認めるならともかく、自分の感知できないところで、人が腹を立てる原因を作っているという事実だけにとらわれて、いつも正体不明の後ろめたさを感じていた。これは決して謙虚なのではない。

父は私に「人(=父)のせいにするな」と言い続けたが、考えてみれば、父はその言葉で、さまざまな過失を私のせいにしていたのだし、今まで生きてきて、何かがあったとき私に過失があると言った人の多くは、自分の責任を私にかぶせていたのだった。父は私に、人のせいにするなと言うのだったら、父自身が人のせいにしない模範を私に見せるべきだった。もっとも、問題というのは、相互間の関係から生じるのだから、私に過失がないと言ったら間違いになるだろう。しかし、そのことはもちろん、相手に過失がないという意味にもならない。あの宝石商も結局、何かが分っていて私に説教を垂れたというのではなく、単にそれまでそうやって生きてきただけなのだった。……

そうやって、おいしい설렁탕を食べ終わってから、研究室へ行った。体が疲労困憊しているのに、あんなに熱いものを食べたら、それがストレスで体力はますます低下してしまうのではないかと思ったが、意外にも元気が出た。どうも今日午後疲れていたのは、김밥とおにぎりだけで昼を済ませたことにあるらしい。외솔관入り口前の坂道で息切れしてしまうのではないだろうかと心配していたが、いつも通りにちゃんと登れた。설렁탕の養分というのは、馬鹿にならないものだ。

8月28日(土)

at 2004 08/30 13:14 編集

修了審査が終わったあと、家に帰り、しばらく休息を取った。それから5時過ぎに家を出て、신라호텔へ行った。충무로駅で김완일氏と合流し、そこから3号線に乗り換えて、동국대駅で降りた。駅を降りると目の前には大きな体育館があり、その向こうの小高い丘の上に、신라호텔がそびえていた。その方向へまっすぐ行くと、ホテルの建物には着いたけれど、行き止まりになってしまった。従業員が忙しそうに出たり入ったりしている。反対側の丘には、동국대학교が見える。

通りかかった従業員に、1階のロビーはどういったらいいのか聞くと、道を教えてくれた。裏の入り口には売店があり、その脇の階段を上ると、なかなかしゃれた従業員食堂があった。その先を左に曲がり、階段を上るとロビー前の広場に出た。

ロビーに着くと、もう数人が来て待っていた。私たちが着いてすぐに、増田さん夫妻が来た。増田さんの姿を見て、増田さんの知り合いで、私とは手紙とメールだけで連絡したことのある日本人の女性がやってきた。始め会ったとき、韓国人かと思ったが、相手も私のことを韓国人だと思ったという。韓国に長く住んでいると、日本人同士が会っても互いに気がつかないらしい。이치우氏も来た。

全員が集まったところで、ホテルを出て坂を降り、원조 장충동 할머니집(02-2279-9979)という족발の店へ行った。そこでみんなと一緒に食事をしながら、増田さんと話をした。NHKハングル講座の話や、一昨年の冬に家の前で交通事故に遭って怪我した話、今回韓国でまとまった、仕事の話などを聞いた。そして、増田さんが書いた記事のコピーももらった。私は、増田さんから頼まれていた、韓国のチラシや地域情報誌、クーポン雑誌、ラーメンの袋などの他、分量的にはけっこうある韓国語の資料を渡した。増田さんから、「去年の暮れにうちに来たとき、コンピュータで韓国語が打てるように設定してくれたのが、今まで君がしてくれたことの中でいちばん大きなことだったよ」と言われた。何を言っているんだろうと思ったら、それによって仕事の範囲が飛躍的に拡大して、NHKの原稿もコンピュータで仕上げることができたのだという。さらに、それを契機にパソコン音痴から抜け出したのだそうだ。何がどれだけ役に立つかは、本当に分らないものだ。

増田さんが、遠くて話ができない人たちの方へ席を移ったあと、奥さんと、日本語教育について話をした。増田さんの奥さんは日本語の先生で、日本語教育について、いつも私が思いも寄らない最先端の話をしてくださるけれど、今日も、作文指導について、ある大学の教授が考案したという方法について、教えてくださった。その方法というのは、作文したものを学生同士で評価させあうもので、そのとき、相手の作文をほめることを中心として、なおかつ改善点を指摘させるというものだそうだ。なかなかいい方法だと思うけれど、話によると、これは大学の授業ではいいのだろうけれど、日本語学校でやると、時間がかかりすぎて使いにくいそうだ。しかも、効果がまだ実証されていないという。それでも、この方法は魅力があるらしく、教師によっては、宗教のように信奉してしまう可能性もあるという。イデオロギーでもない、単なる方法論が“宗教”になってしまうのは、宗教的生活スタイルを失って久しい日本に独特の現象かもしれない。まあ、そういういわくはあるけれど、魅力のある指導方法だと思う。具体的な方法までは聞けなかったので、どこかで調べてみて、来学期その真似事をしてみたいと思った。

私自身が最近関心を持っているのは、小テストを通して、点数の特に高かった学生に、どのように準備をしたのか具体的に話させることで、点数の振るわない学生に学習の方法論を考えさせるというやり方だ。今学期行った作文テストでは、まあまあうまくいったけれど、もう少し深いところで優秀な学生の勉強方法を探れるようにしてみたいと思っている。作文テストでは、学生たちに観察力を付けさせるのを目標としていた。しかし、やってみてわかったのは、「持っている人は更に与えられて豊かになるが、持っていない人は持っているものまでも取り上げられる」(マタイ13:12)という真理がここでも働いていたということだ。邱永漢だったか誰かも言っていたけれど、“お金は金持ちを慕う”という。ということは、“学ぶ知恵は素質のある人を慕う”ということか。それでは困るので、この真理に抗して、できる人の方法論に学ぶべきことを何度も強調していたら、学期が終わる頃には、最初振るわなかった学生も、少しは伸びてきた。しかし、最後まで変化のなかった学生も何人かいたのも事実だ。それに、今学期の小テストを通して学生たちの観察力が高まったかどうかも分らない。

観察力のある学生は、テストを通してますます観察力を磨いたことだろう。しかし、多くの学生は、正確に覚える要領だけを身に付けたかも知れない。観察力というのは、現象の中に法則性を見出そうとする意欲だと思うけれど、句読点の打ち方などについては、ある学生は、文全体で幾つ打っているということから句読点の位置を覚えようとしていた。これでは、日本語らしい句読点の打ち方を見つけることもできないだろう。まあ、どんな部分に関する観察力が優れているかは、人によってとても違う。私の知り合いに、何人か恐ろしいほど観察力の優れた人がいるけれど、突出した部分があれば、ぽっかり抜け落ちている部分もある。私が文法や意味の身に付け方に関心があるのも、私の得意な部分がこの辺りにあるからかもしれない。でも、ギリシャ語の複雑で不規則な動詞活用から法則性を見つけて、記憶の負担を軽減することは、できなかった。それは、メイチェンの教材を読んで初めて実現したことだ。その意味で、私の文法に対する観察力は、あまり優れているとは思えない。

増田さんたちと別れたあと、이치우氏と김완일氏と一緒に地下鉄に乗った。駅で電車が来るのを待っていたとき이치우氏から、一緒に仕事をしようと言われた。私も、そうしようと答えた。同じことを、7年くらい前にも、四ッ谷駅のプラットフォームで交わしたことがあったような気がする。そのあと、이치우氏はたくさんの仕事をし、私はほんの少ししか仕事をしなかった。

충정로駅でキム氏と私は降り、4号線に乗り換えた。そして이촌で降り、アパートに着くと、車で김氏を장위동まで送った。드림랜드正門前で右折して少し行ったところにある、빈대떡を売る店の前に出されたテーブルで、파전を食べながら1時間ほど雑談した。大方は、김氏の용산での取引方略について、楽しく刺激的だが、私には到底真似できない話を聞いた。会話を教える仕事をしているからか、自分自身は話し上手でないにもかかわらず、鮮やかな弁舌と鋭敏な状況判断によって交渉をうまくまとめていく人の話には、とても興味がそそられる。

そのあと、私が話題を勉強方法へ持っていくと、彼は양반の勉強方法の一つについて、印象的な話をした。양반たちは昔、重要な章句などを紙に書き、壁や天井に貼って、折りあるたびにそれを読み、内容を黙想したそうだ。そして、暗記してしまったあとは、その紙をはがして甕に入れたという。私だったらくずかごに捨ててしまうけれど、尊い言葉の書かれた紙を、捨てないで甕に入れるというところが、양반の品位を感じさせる。そういえば、自分も大学生の頃、似たようなことを試みたことがあった。しかしそのときは、書いて貼ったものを眺めていただけで、テキストを睨みながら内容をじっくり考えることもなければ、声に出して読んでみることもなかった。だから、貼った紙は黄ばんでいって、しまいには黒ずんでしまったけれど、紙に書かれたテキストは、頭に入らなかった。しかし、今なら、音読の反復を習慣づけることが、どういうことかも、だんだん分ってきたので、またやってみたら、うまくいくかもしれない。

家に帰ったら、今しがた聞いた勉強方法を早速試してみようと思ったけれど、帰宅する頃にはすっかり忘れてしまった。ギリシャ語の勉強を眠くて頭が働かなくなるまでやったあと、寝床に就いた。

8月31日(火)

at 2004 08/31 19:23 編集

今日は聖書勉強会があった。今日の箇所はルカによる福音書22章47〜53節で、司会は私だった。今日の箇所は、短い中に大きなテーマが複数ある、非常に重い場面だ。イスカリオテのユダがキリストを裏切るのに、こともあろうに親愛と敬意の表現である接吻をもってした。キリストを護ろうとして、弟子の一人が大祭司の手下に打ちかかり、耳を切り落としたが、キリストはその者を癒された。さらに、キリストの捕縛は、群集のまったく感知しない深夜に実行された。それらは1時間半の間に話し合えるような内容ではない。それぞれが、1冊の本のタイトルになるほどだ。ともかくも、何とか終わらせることができた。

聖書勉強会が終わったあと、講師室で中国語の先生から、文字学の授業で使うパワーポイントのファイルを見せてもらった。甲骨文や金文から篆書、隷書へと至る過程が、みごとにディスプレーされている。舟という字の古代文字は、本当に木船の形をしていて、現代でも中国やベトナムなどで使われている小船の写真と輪郭がまったく同じ形をしているので、驚いてしまうほどだった。買という字は、网(=網)の下に貝で、網で貝を掬い上げる形からできている。そういうことも分って、なかなかいいものだった。ただし、先生の話では、これを漢字をまったく知らない学生たちに教えなければならず、またこれ以外にも、1学期の間に1800字を覚えさせなければならないそうだ。今の韓国の学生たちは、漢字を本当に知らないので、それが問題だ。新聞を読んだり、新しく出た本を読んだりする場合は問題ないけれど、古い出版物を読まなければならないとき、漢字を知らないので推測で読んでいかなければならないことが多い。中国語の先生は、その現実が非常に不満なようだった。

それから言語教育院を出て、까치네へ行き、카레밥(=カレーライス)を食べた。左の入り口を入ってすぐ左側にある、丸テーブルが明るかったので、そこに座った。椅子は鉄のフレームで籐編みになっていて、座りやすい。見ると、この丸テーブルの台は、なんとむかしのミシンだった。左側に車輪があり、ペダルをこいで車輪を回す。やってみたら、ちゃんと車輪が回った。小さい頃家にあったミシンのペダルをこいで遊んだことを思い出し、カレーが来るまでの間、右に回したり左に回したりして、遊んでいた。店内には韓国語のラップが流れていた。男性のラップを背景に、女性のヴォーカルが歌っているが、ラップはほとんど聞き取れなかった。韓国語は高低アクセントの規則に縛られないので、日本語よりはラップを歌い(?)やすいと思うとはいうものの、やっぱり無理があるのだろう。ほとんど何を言っているのか分らない。