ソウル生活日記


私の韓国生活日記です。時々書きます。

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7月1日(木)

at 2004 07/03 23:59 編集

ギリシャ語を習うために、애오개の韓国正教会へ行った。部屋の中は、さわやかな風が、窓から窓へ渡っていた。今日は기상청(=気象庁)の날씨정보(=天気予報)によると、梅雨が始まるという。本当に梅雨が始まるのかと疑われるほど、気持ちのよい天気だった。

しかし、午後から雨が降り始め、湿った空気が吹いてきた。昼ごろとは打って変わって、夕方にはじめっとした天気になった。梅雨の直前と梅雨入りとの、鮮やかな(?)対照だ。

7月2日(金)

at 2004 07/04 01:18 編集

授業が終わってから、付いていくのが難しそうに思われる学生2人と話をした。そのうち一人は、自分の実力よりも高いレベルで勉強した方が効果があると言った。

その考えは間違っている。なぜなら、会話の授業で自分のレベルよりも高いクラスに入った場合、口が動かないので話す機会と量が減り、聞き取れないので入力量も減り、時間に比べて全体的に密度が少なくなってしまうのだ。得るものは少ないから、とうぜん達成感も少なく、結果的に、授業があまり面白くなく感じられるだろう。それだけでなく、他のクラスメートに比べて、もともと実力が落ちるのに練習量が減るわけだから、当然上達の速度は彼らよりも遅くなる。最初からすでに差があるのだ。その差は縮まるどころか、結果的にはもっと開いてしまう。しかも、このクラスのほかの学生は、20代の初めの若者たちで、その学生は40代後半だ。普通ならば、追いつくことは不可能だ。どうして、そんなことに気が付かないのだろうか。自分に対するバラ色のイメージが、事実を正確に見ることを妨げるのだろう。

その学生は、知識は十分にあるし、文法的にも正しく話した。しかし、瞬発力が平均よりも弱く、段落を構成させることができなかった。しかし、自分はこのクラスで勉強を続けると言い張ったので、好きにしてもらうことにした。

もう一人は反応が鈍かった。下のクラスで勉強することに同意したような雰囲気だったが、事務室へ行ってクラス変更の手続きを取ってくださいと言ったとき、はっきりした反応を示さなかった。

そのあと、約束があったので、急いでヨンサンへ行った。そこでキム・ワニル氏に会い、彼を通してレーザープリンタを買った。最近レーザープリンタの相場は30万くらいとのことだが、速度の遅い少し旧型のプリンタは、価格が非常に落ちるという。それで、だったらメモリスティックもいっしょにほしいというと、256メガバイトのものが買えるだろうという。

彼がプリンタを抱えてきたので、一緒に車で家まで行った。メモリスティックも、256メガバイトのものを6万ウォン台で買ってくれた。どうしてそんなに安く買えたのかというと、自分は何も言わなかったのにこの値段で売ってくれたと言った。

そして、壊れて使えなくなったインクジェットプリンタを下ろし、新しいレーザープリンタを設置した。プリンタ自体も小さくなって、見た感じもよくなった。早速プリントしてみたが、速度は申し分ない。遅いといわれたけれど、インクジェットプリンタに比べれば、何倍も早い。しかも、当然のことながら、印刷がとても鮮明だ。

今日は湿度が非常に高くて、紙がすぐにふにゃふにゃになってしまう。たぶん90パーセントぐらいあるのだろう。私が入力したニケア信条のギリシャ語原典をプリントアウトして、彼にあげた。一通り内容を解釈して説明したが、もし忘れたら、教会で牧師先生に尋ねたらいいと言った。そのときぜひ、“このプリントはある教会に通う日本人の兄弟が入力したもので、一度その意味を彼から説明してもらったけれど、忘れてしまった”と言ってくださいと付け加えた。

そのあと一緒に言語教育院へ行った。アパートの階段を下りるとき、携帯に電話がかかってきた。今日の反応が鈍かった学生からだった。話す言葉はしっかりしているが、私が話したことがまったく理解できないようなので、韓国語で話した。クラス変更の登録をしなかったという。私は何度も言ったのにどうして聞かなかったんですかと言うと、全然聞き取れなかったのだそうだ。韓国語で話すと、しっかりとした反応が返ってくるところを見ても、さっきは全然聞き取れなかったというのは、本当のようだ。その学生は、下のクラスで勉強すると言った。本当はクラスの変更は今日までだったのだが、意思疎通がうまくできなかったので手続きをしそびれたと、私からも事務室に話しておくと言った。

途中、강변북로から대흥동方面に降りたところにカーセンターがあったので立ち寄った。先日車を走らせていたら、後ろを走っていた車が斜線を変えて私の横で止まり、“블레이크 등이 하나가 안 들어와요.(ブレーキランプが一つ点きませんよ)”と教えてくれたのだ。しかし、カーセンターで車を止めて事情を話し、ブレーキを踏んで見せると“하나도 안 들어와요.(一つも点きませんよ)”と言われた。なんと、あのとき“하나가(一つが)”と聞いたと思ったのは、実は“하나도(一つも)”だったのだ。あの人は、私の後ろを走りながら、ブレーキランプが点かないのにいきなり速度を落としたので追突しそうになったのだ。それで私に警告したわけだ。それを私は聞き間違えて、親切に教えてくれたのだと思った。

ブレーキランプを全部交換して、5千ウォンだった。それで、ついでに先日誰かにいたずらされて壊れてしまった後ろの窓のワイパーを取り付けてもらった。それは4千ウォンだった。

講師室に着いてから、今日忘れてしまった書類などをかばんに入れた。そして、講師室でしばらく話をした。それから、8時20分になっていたが、キョボ文庫へ行こうと誘い、一緒に行った。ほとんど終わりかけている時間だったので、地上の無料駐車できる空間に車を停められた。そしてキョボ文庫に入り、日本書籍のコーナーで、本を2冊注文した。

それから、閉店まぎわの8時55五分ごろ、ふと気になって外国語聖書のコーナーへ行ってみた。すると、“병음해설 한중 성경”(도서출판 모리스)とハングルで背表紙に書かれた聖書があったので、手にとって見ると、以前からほしいと思っていた、中国語の全文に併音の付いた中韓対照聖書だった。この聖書は、以前妻が賛美の楽譜か何かをコピーした裏紙にコピーされていて、それを見てぜひほしいと思ったのだった。しかし、誰がコピーしたものなのかも分からず、書名も出版社も分からなかったので、その後キョボ文庫へ来るたびに、その“幻の”聖書は置いてないかと探していたのだった。2万7千ウォンと、値段も手ごろだった。たまたま手元に3万ウォンあったので、急いでそれを持ってレジへ行き、買った。

中国語は文字が発音を表さないので、初級者にとって中国語の聖書を読むのは大変なことだ。いちいち発音を辞書で引いていると、ほんのわずかしか読み進めることができない。だから、誰かが全文に読み方を振った聖書を作ってくれればと思っていた。韓国ではここ数年間、中国語への関心が非常に高まっていて、中国語を勉強している人がとても多くなった。その中にクリスチャンも多いはずだから、当然中国語訳聖書にも関心が向けられるだろう。そして、その読みを助けてくれる、併音記号付きの聖書の需要は潜在的に高まっているはずだと思っていた。私がそう思っていたとき、すでにその作業は進められていて、去年の3月にこの聖書は出版され、私が手にしたのは第3刷だった。一度に何部刷ったのかは分からないが、まずまずの出だしのようだ。

この併音付き中国語聖書を手に入れたことがとてもうれしかった。このようなものは、日本では到底手に入らなかっただろう。また、中国本土でももちろん手に入らないだろう。韓国にいてこそ手に入る本として、非常に価値がある。久しぶりに、宝物を手に入れたような喜びを感じた。日本の兄弟姉妹で中国語の聖書がほしい人は、この聖書を手に入れるために飛行機に乗って来るだけの価値はあると思う。

家に帰ると妻が翻訳をしていた。韓国語で“유흥업소”というのはどう訳したらいいかと聞かれた。今日はコンピュータを開かないことにしていたので、部屋にある辞書をあれこれ引っ掻き回して調べたが、見つからなかった。妻は、“キャバレー”はどうかなという。ちょっと違うんじゃないかと思ったが、その言葉が使われた文脈を聞き、『新明解国語辞典』で「キャバレー」を引いてみると、それでもよさそうだ。それで妻は“유흥업소”を“キャバレー”と訳したようだ。翻訳というのは、つくづく難しいと思う。

7月3日(土)

at 2004 07/04 00:53 編集

ギリシャ語を習うために、애오개の한국정교회へ行った。まず韓国語で、ここ数日の湿気について話をした。ギリシャはこんなにじめじめしていないので、韓国の湿気は嫌いだと言っておられた。しかし、この湿気の体験は初めてではなく、アメリカへ勉強しに行ったとき、ニューヨークやボストンの湿気に最初はショックを受けたそうだ。

神父さんは、ギリシャでは湿気がゼロだと言った。私はそれを、湿度がゼロだという意味で理解した。しかし、私は湿度が20パーセントまで下がると、息苦くなる。目もしょぼしょぼしてしまう。また、地球上に湿度ゼロというのはまさかないだろうと思ったので、湿度に関する私の考えを話した。

自分は湿度が50〜60パーセントくらいがいちばん心地よく感じるが、20パーセントは日本人には息苦しさを感じるほどの乾燥状態で、自分はソウルに来て、冬の室内がそのくらいの湿度にまで下がったので、本当に大変だった。湿度がゼロパーセントといのは、大変な乾燥状態だ。だから、そんなことはないだろう。

また、ソウルの湿度は、特に5月と7月が高く、80パーセントから90パーセントくらいになる。日本の韓国旅行案内などでは、ソウルは湿度が低く過ごしやすいと書いている。しかし、東京ではこのように湿度の高い日は1年にそうたくさんはない反面、ソウルではかなり長い間湿度の高い日が続くので、かえってソウルの方が湿気を強く感じる。今日の湿度はたぶん80パーセントを超えているだろう。東京も湿度は高いのだが、気温がソウルよりも高いためか、ソウルほどじめじめした印象はない。そんな内容を話した。

神父さんによると、ギリシャは1年を通してカラッとしており、雨季である秋も、こんなにじめじめしていないという。ソウルは湿度がいちばん高いときには、洗ったものがぜんぜん乾かない。しかし、ギリシャではたいてい、洗って30分もすればすっかり乾いてしまうそうだ。

韓国外大ギリシャ語科の期末テストを解いた。とても難しかった。神父さんの話では、98パーセントがAプラスだったという。あれ、と思った。確か学生数は二十数人だったと聞いている。しかし、その中で98パーセントがAプラスというとき、最低学生数は50人必要だ。それで、学生は何人いるんですかと聞くと、25人だという。

それでは、何人がAプラスだったんですかと尋ねると、22人だという。これは計算しなくても、98パーセントでないことは分かる。それで、割合を計算しようと思ったが、英語と韓国語を混ぜて話していると、計算できない。それで、“Please wait a moment. I will calculate it in Japanese.”と言って、日本語で暗算を始めた。計算しながら、計算というのも国語でやるんだなあと、妙な感慨を覚えた。すぐに、88パーセントと答えが出た。

外国語の能力でいちばん身に付きにくいのが、数の能力だと何かで読んだことがあるが、本当にそうだと思った。韓国語ですばやく計算できるようになるには、韓国語で数えたり暗算したりする練習を続ける必要があるだろう。

ということで、今日は数字に関して2度も、神父さんに反論してしまった。私は数と球技は苦手なのだが、それでも数として表現されたものは、はっきりしているので、違うものは違うと分かる。しかし、レトリックとしての数もあることを私は否定しない。だから、これは数に関する私の考えに過ぎない。

夕方、妻が김선일氏の合同葬儀について教会で聞いてきた話をした。合同葬儀は韓国の教会が合同で行ったものだが、テレビのニュースでは、教会に関する部分はすべて削除されていたという。その話をした伝道師先生は、報道関係者を“反キリスト”と非難していたそうだが、私はそれ以上に、事実を歪曲して伝える報道というものに、不快感を覚えた。

ずいぶん前に雑誌のインタビューを受けたとき、ずいぶん違った記事になって出ていた。初めはそれに驚いたが、その後注意して見てみると、報道関係者というのは、事実を伝えている人もいるのだろうけれど、自分が最初から思っていることを書いているのであって、見たり聞いたりしたことを書いているわけではない人も多いことが分かった。彼らは銘々の正義を伝えているのであって、事実を伝えているのではない。カメラもそうだ。

伝道師先生は“反キリスト”と言ったそうだが、それはどうでもいいことだ。報道関係者(の多く)は、正義が有り余り、倫理が抜け落ちていることが問題だ。視聴者や読者は、報道されたものから考えを出発させ、社会に対する自分の意見を形成していく。だから、私たちの社会意識は、報道関係者たちの手の中にあるのだ。この体質は、たぶん韓国も日本も、あまり変わりないと思う。

ところで、教会の活動は、社会的に大きな意味を持っている。しかし、それらが報道されることはめったにない(韓国はそれでも基督教放送局があるので救いようがある)。だから、教会の意義を知る日本人は全然いない。それでいて、世界を知っていると思っている(私たちは報道を通してしか世界を見ることができないのだから、実際私たちは本当の世界を知るすべを持たない)。実に、私たちが知っている世界とは、意図的に編集された世界なのだ。これで実際にその場へ行ったら、あまりに勝手が違うので戸惑うに違いない。

また一方で、問題を起こしている教会は、問題ある教会として報道される。だから、人々は、一方で教会の価値を“趣味”程度にしか考えず、もう一方で教会を“問題の可能性を抱えた集団”と考える。これも報道関係者の努力の成果だ。教会が萎縮して社会活動ができないくらい弱体化した社会では、たとえ精神的に病んだ状態が蔓延しても、打つ手はない。教会が何もできないのだから。しかし、それを知っている日本人がいるだろうか。私自身、教会との関係がなければ、そういうことを知るすべもなかった。これも、報道機関の偉大な成果の一つにあげられるだろう。

私たちは、教会から学ぶべきだし、キリスト教から学ぶべきだし、聖書から学ぶべきだ。他にも価値ある教えはあるだろうが、これだけ私たちの社会に露出していて、誰にでも手が届き、しかも信頼性のある教えがあるだろうか。とんでもないゲテモノをつかむ危険を冒して他のものを探すのなら、いちばん確実だということが分かっているキリスト教に知恵を求めるべきだ。そういうことが見えなくなってしまっている日本の現実は(韓国も同じだけれど)、とても残念なことだ。

夜、“Classic FM”を聞いていると、ヒョンデ自動車のコマーシャルをしていた。“ヒョーンデイ”と言っていた(“ヨー”という部分の母音は、“search”の母音の部分と同じ発音だった)。これはロンドンの放送局で、イギリス人対象の放送だが、そこで韓国企業の名前を聞くのは不思議な感じがした。ヒョンデの自動車はイギリスでも販売されているようだ。

7月4日(日)

at 2004 07/04 14:12 編集

日曜日は教会へ行こう、ということで、今週も日本語礼拝に出席した。台風が近づいていて雨の降る中、子供たちを連れて教会へ行った。

今日の聖書箇所はピリピ人への手紙4章4〜7節で、『成熟したクリスチャン』という題で、이기훈牧師先生の説教だった。内容はこうだ。

“成熟した信仰生活”というのは、まず「喜びをもって暮らす」(4節)ことだ。パウロは牢につながれている身で、自由の身であるフィリポスの信徒たちに、「喜んでいなさい」と忠言した。(実にこの言葉は、ギリシャでの信仰者の挨拶となっているが、이기훈先生はそのことをご存知ではあるまい。)

世の喜びには条件がある。しかし、パウロの喜びは、条件を超えたものだった。その理由の1つは、イエス様が人生でいちばん尊い方だったからだ。世の宝を支えにすれば、それによって心はいつも動揺し、それが得られなければ、喜びもない。しかし、イエス様が宝となることで、他の何ものにも動揺せず、どんなときでも喜びが保たれる。パウロが喜んでいられたもう1つの理由は、世俗的な欲がなかったからだ。欲望は、満たせば満たすほど膨れ上がる。そこに喜びがないことは、聖書を持ち出すまでもない。

“成熟した信仰生活”の2番目は、「すべての人に寛容であることを知る」(5節)ことだ。神は人を、助け合う関係として創造された。しかし、罪が入ることで、その関係は壊れてしまい、今に至っている。葛藤は人間の生活には、つき物だ。それを拒んではいけない。むしろ、葛藤を解決する方法を知ることが必要だ。それは、“寛容”と“赦し”である。

関係が壊れてしまうと、まず祈りができなくなってしまう。それから、葛藤の奴隷となってしまう。ペテロがイエス様に、人が自分に過ちを犯したとき何度まで赦すべきですか、7回までですかと訊ねたとき、イエス様は7の70倍の回数を赦しなさいと言われた。これこそ神の赦しである。私たちは決して、神の寛容を利用してはいけない。逆に、神の寛容を学ぶべきだ。特にこの赦しが必要なのは、他人ではなく、自分の家族や配偶者だ。いつもともにいる人ほど傷つけあいやすい。だから、赦しというのは、赤の他人のために必要なのでなく、身内のために必要なことだ。

“成熟した信仰生活”の3番目は、「憂えるのでなく祈る」(6〜7節)ことだ。第1に、困難に直面したとき、それを祈りの課題とすることだ。神はしくじらない。神は私たちのすべての側面を知っておられる。だから、その神にゆだねて祈ることだ。第2に、苦難の中でも感謝できる点を探して祈ることだ。神に不満を並べ立てるのでなく、感謝をすることだ。それによって、神の平和が、私たちの心と思いを守ってくださる。環境の奴隷とならない。人生に降りかかるすべてが祝福となる。

整然とした説教だった。私のように理解力の弱い信徒にも、はっきりと分かった。喜びを保ち、人を赦し、何につけても祈ることは、やさしいことではない。しかし、その3点が成熟した信仰生活において必要な条件だと分かることは、その入り口において必要なことだ。神が私をその信仰へと導いてくださることを祈る。

説教のあと、聖餐式があった。

7月5日(月)

at 2004 07/06 00:57 編集

授業が終わって1階の事務室へ降りていったとき、メールボックスの私の場所に、郵便物が届いていた。見ると、NHKからだ。先月「地球ラジオ」に出演したあと、担当の人から、記念に短波ラジオをプレゼントするとの連絡をもらったが、それが届いたのだ。

講師室に戻ってから包みを開けると、「地球ラジオ」のべリカードと、短波ラジオ(SONY ICF-SW11)が入っていた。早速、皇華坊へ降りて行って乾電池を買い、ラジオに入れてスイッチを付けた。雑音ばかりが聞こえた。夕方もう一度付けてみると、短波で波長の高いバンドで、きれいに聞こえる放送がいくつかあった。

家に帰ってから家族に見せたが、誰も関心を示さなかった。上の子は関心を持つのではないかと思ったが、ほとんど見向きもしなかった。

中波放送をかけたまま部屋に入り、机の前に持っていくと、雑音が鳴り始めた。コンピュータの上に乗せると、雑音のために放送が全然聞こえなくなった。コンピュータは待機状態になっていて、動いているわけでもないのにラジオの受信に影響を与えている。おかしいなあと思い、コンピュータをオンにすると、いきなりラジオはガーという雑音を響かせ始めた。それで、コンピュータの電源を切ればラジオの受信に影響を与えないだろうと思って、電源を切ってみた。しかし、それでもラジオをコンピュータの上に載せると雑音が鳴った。どういうわけなのかは分からないが、コンピュータは電源が入っていない状態でも電磁波を発しているようだ。

バンドをFMに切り替え、KBS第1FMに合わせると、鮮明に音楽が聞こえてきた。受信状態は、ステレオのラジオよりもいい。軽量であるにもかかわらず、性能はかなり安定している。イヤホンで聞くと、かすかなホワイトノイズが聞こえていた。エアチェックにはちょっと不足か。インターネットで値段を調べてみると、「標準価格:\8190-(税込)」と出ていた。思ったよりけっこう高いので驚いた。

夜、担当の人に感謝のメールを送った。

7月6日(火)

at 2004 07/07 20:52 編集

聖書勉強が終わってから、学生たちの宿題をチェックしていたが、夕方、そろそろ研究室に行こうと思い、地下駐車場に停めておいた車へ傘を取りに行くと、車の中に傘がなかった。そういえば、日曜日に教会へ行くとき、雨が降っていたので、傘を使った。そして家に帰ってきてからベランダに干した。そのあと車に戻しておくのを忘れたのだ。

外は激しく雨が降っていた。それで、仕方なく家に帰ることにした。駐車場を出ると、雨は地面に激しく叩きつけて白い水しぶきを上げていた。

금화터널を抜けて右側の斜線に降りると、車が渋滞していた。ただでさえ混雑しているのに、ドライバーたちは我先に行こうとして無理に前に出るため、交差点はにっちもさっちも行かない状態になっていた。雨は、天が裂けたのではないかと思うほど激しい勢いで降り注いでいた。

その雨の中で警官が交通整理をしているのに、左から来る車を通すために空けられた空間に、右から来たトラックが、待っている車の後ろから抜け出してその空間に入り込んでしまい、交差点は完全に硬直状態になった。警官が戻れと合図しても、そのトラックはまたさらに前に進み、ますます他の斜線の車は動けなくなってしまった。

実はこういうことは、ソウルでは以前からよく見ることだ。韓国では、韓国のドライバーは世界で一番運転が上手だと言う人がいる。断じて言うけれども、日本のドライバーの方が、はるかに運転技術は上だ。たしかに韓国のドライバーも、中には“うまい!”と感嘆させる人もいるが、たいていは無謀で短絡的で、全体の流れの中で自分の位置づけもできない。あのトラックの運転手は、それを正直に表現しているだけのことだ。

現在の交差点の状況が分かっていたら、自分が早く行くためには、おとなしく待った方が得策だということが分かるはずだ。それも分からないで、入ってはいけない空間に進入し、車の流れを麻痺させた上に自分自身もそこで足止めを食う光景は、いつ見ても、おぞましく、滑稽なものだ。まあ、私は日本を離れてから14年も経っているし、ここ数年、倫理的な低下が原因の事故が目立ってきているから、日本の道路事情も、今では韓国と似て来ているかもしれない。

混雑した交差点を何とか通過した。そして独立門前の十字路へ抜け、서대문경찰서の前を通過したとき、あんなに激しく降り注いでいた雨が、ピタリとやんだ。一瞬前まで自分が大雨の中にいたということが信じられないくらい、あっけない雨の上がり方だった。自動洗車場から出てきたような感じといったらいいかもしれない。おかげで車はきれいになった。

7月18日(日)

at 2004 07/20 01:54 編集

“The Heavenly Man”という名の小冊子を読んだ。この本は、50ページ弱の本で、著者は David G. Hunt、出版元は Worldserve Ministries。ずいぶん前に、アメリカで1年生活してきた韓国人兄弟からもらった。当時は英語を遠ざけていたので、ちょっとページを開いただけで頭が痛くなったが、昨夜久々に開いてみると、読めたので、今日暑い部屋の中で汗だくになって読んだ。

この薄い本は、キリスト教活動が禁止されている中国で、文革期に信仰を持ち、想像を絶する弾圧と迫害の中で復員を伝えてきたユン牧師の記録だ。英語が得意でない私には、ちょうどよい分量だったが、内容的には物足りない。この本はおそらく市販されている本のダイジェスト版で、種本と思われる本は、アマゾンで売られている。住所は以下の通り。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/185424597X/qid=1090255354/ref=sr_8_xs_ap_i1_xgl14/250-8466732-8995411

高校生のころ、英語は大好きな科目だったが、その後関心を失い、最近まで至っていた。これからしばらくこのようなやさしい本を何冊か読んで英語に慣れてきたら、いろいろな本を読んでみたいものだと思った。

7月19日(月)

at 2004 07/20 02:28 編集

日本語のクラスで、学生たちの作文を、学生たちの前で添削した。このクラスは最終レベルで、A4に7〜8枚の小論文を書いて学期末に発表する。今日は8人中6人の出席で、作文を書いてきたのは3人だった。それを人数分コピーし、読みながら直すべきところを私が指摘し、他の学生たちもそれを直す。授業が終わったあと、私が直したものを、確認の意味で、その学生にあげる。

その中の1人は、韓国料理のグローバル化について書き始めたが、西洋料理と東洋料理という図式で話を始めていた。これはちょっと無理があるだろう。西洋料理が肉などを多用して油っこい反面、東洋料理はあっさりしていると書いていたが、中華料理は一般に西洋料理よりも油っこい。日本料理は比較的あっさりしているが、てんぷらはとても油っこい。東洋料理に比べて西洋料理は肉をたくさん食べるとはいうけれど、モンゴル料理はどうなのだろう。そういうことを考えると、図式の書き直しが必要なようだ。私は“東洋料理”というより、“韓国料理”と限定した方がいいのではないかとアドバイスした。まあ、学生がそれをどう受け止めるかは分からない。私は料理に関して素人だから。

授業が終わって講師室に戻り、今日の作文テストの採点をしていた。中国語の先生が入ってきたので、一緒に雑談をした。

その先生は한양대학교でも中国語を教えているそうだが、今日行ってみると、ある学生が、韓国語の聖書をコンピュータに入力していたという。何をしているのかと聞くと、自分の勉強のために聖書をタイプしているのだといっていたそうだ。すごいことだ。

しかし、勉強のためなら、コンピュータに打ち込むよりも、手で書き写した方が効果がある。それをいうと、先生は、韓国では1年に1回聖書を全巻書き写している人がいると教えてくれた。また、中国では、『論語』を1年に1回ずつ書き写すのが、一般のたしなみになっているそうだ。先生はそれに刺激を受けて『荘子』を筆写しようと思ったが、思っただけで終わったと言っていた。私も、ギリシャ語がもう少し上手になったら『新約聖書』を筆写したいと思っている。でも、まだそれはできそうにない。

また、最近韓国の子供たちは漢字が弱くなっているので、あちこちで“서당(書堂=寺小屋)”が流行っているという話も聞いた。寺などで子供たちを対象に、昔ながらの서당形式で漢字の読み書きを教えるのだそうだ。日本では寺子屋は廃れて久しい。昔ながらの素読を行う塾なんて、見つけるのは至難の業だろう。

それを、言語教育院の近所の、무악안산の麓にある봉원사という寺でもやっているそうだ。しかし、そこは、昨日逮捕された連続殺人犯が、殺害した遺体を埋めた場所でもある。山の中から11体の遺体が発見されたそうだ。中国語の先生は、だから、서당には関心があるけれど、怖くて近寄れないと言った。私は、もう犯人は捕まったし、殺害の動機も明らかになったのだから、怖がることはないじゃないですかというと、お化けが出そうだからと言う。

目が点になってしまったが、キリストを信じない人は、そのように、死者の幻影に慄きつつ暮らしているのかもしれない。私が怖かったのは、犯人が捕まるまでで、捕まったと聞いて、胸を撫で下ろしていた。まあ、私も恐怖映画を見てしまった日には、電気を点けたままでないと眠れないのだから、人のことは笑えない。

そのあと、「こと」と「の」の使い分けがはっきり説明できない部分について少し考えた。これは、先日同僚の先生から訊ねられたのだが、答えられなかった。おそらく多様な用法があるだろうが、その中から明快に使い分けの説明ができるようになりたいものだと思った。佐治圭三の『日本語の文法の研究』を叩き台にして、自分なりに“関係節”と“補文”というキーワードに頼りながら、考えてみた。この論文は、私には分かりにくいが、必要な情報は十分に提示されていて、整理もよくできているので、叩き台にしやすい。自分なりに整理してみて、それでも説明できない部分が大体分かった。

1時間ぐらい考えたあと、言語教育院を出て、研究室へ行った。外は湿気が多くて、歩いていると、汗が出てとまらない。汗が乾かないので、汗をかいても涼しくなく、かえってじとじとして不快だ。

研究室にかばんを置いて、まず工学院地下にある평화의 집に行った。カウンターに、主人のおじさんが座っていた。우거지갈비국(3千ウォン)を注文し、1万ウォン札を出すと、おじさんが食券と一緒に1万ウォン札を返した。えっと驚くと、“써비스!”という。思わず歓声をあげて喜んだ。

食後に、涼む目的も兼ねて図書館へ行き、論文と関係ない本を見た。外国語の教材を物色しながら、関口存男の『獨作文教程』(1953年)という本を見つけた。この本は、本文だけで522ページあり、その後ろに索引が付いている。本文は8篇に分かれ、1)語順の要点、2)冠詞用法の要点、3)AはBなり、4)否定の諸形態、5)相反的と認容的、6)仮定と結論、7)因由と結果、8)目的と手段となっている。これでドイツ語を勉強しようという気はないけれど(いや、いつかそういう機会が与えられたらいいものだ)、教材の作り方という観点で、とても面白かったので、借りてみた。

これまで何年ものあいだ関心のなかった、英語の学習書や教材を見てみると、なかなか面白い物が多い。ヨンセ大学の図書館は、新しい本が少ないことで有名だが、古い本は多い。特に、他の大学の図書館に見られない特徴として、日本の本が多い。すべて映画の実例から採った英会話の表現集を見つけた。これは大変な労作だ。1951年の出版となっていた。『和文英訳の修行』の古い版もある。種田輝豊氏はこの版で英語の勉強をしたのかと思うと、胸が高鳴る。こういうものは、なかなか手に入らないだろう。

6時ごろ研究室を出て、それから교보문고へ行った。先月13日に上の子と一緒に注文しておいた『きらきら馨る』が、1ヶ月以上経っても連絡が来ないので、日本書籍コーナーへ行って尋ねると、届いたことは届いたが、現在審議に通しているところだという。あの本は何か問題があるんですかと聞くと、そうではなくて、初めて韓国に入った本は、検閲を受けるのだそうだ。検閲が済むまで2週間かかるという。

それから、以前来たときに買えなかった『はじめてのシャドーイング』を棚からとってレジへ持っていき、かばんを開けてお金を出そうとすると、準備してきたと思い込んでいたお金が、実は机の上に置きっぱなしだったことに気が付いた。それで、その本は買えなかった。明日にでも来て買いたい。

7月20日(火)

at 2004 07/21 01:27 編集

初級の授業で伝聞の「そうだ」を練習したとき、タスクに、最近のニュースを話すというものがあった。最近持ちきりなのは、ソウルで起こった연쇄 살인 사건(=連続殺人事件)だ。20人もの女性を殺した猟奇殺人事件で、その死体がこの近所で発見されたということも、話題の中心だった。学生たちはそれぞれグループに分かれて練習するのだが、いつの間にかクラス全体で、しかも韓国語で話し合っていた。練習しているということを忘れてしまうほど、センセーショナルなニュースだったのだ。

学生の中に、放送局に勤めている人がいるが、その学生が、記者たちの撮ってきた写真を編集しながら、掘り出された写真の死体も見なければならず、とても苦痛だったと言っていた。私はそこで話を打ち切ろうと思ったが、学生たちはそうはさせてくれなかった。具体的にどんな感じだったのか、その学生に聞いた。その学生も学生で、自分が見た写真の様子を具体的に描写した。

猟奇殺人事件から話が発展して、以前イラクで殺害されたアメリカ人のジョンソン氏の殺害場面も番組の編集過程で見たという。そのときは、あまりのむごさに3日間食事がのどを通らなかったそうだ。それも学生たちは具体的に質問し、その学生は殺害の光景を具体的に描写した。ニュースは活発に話をする動機付けになるものだが、あまりにセンセーショナルなニュースだと、興奮のあまり、日本語の授業だということを忘れ、韓国語で話してしまうこともあるようだ。おかげで、今日目標にしていたところまで進めなかった。まあいいか。

授業のあと、2時から聖書勉強会をした。今日は私が司会を担当した。最近コンスタントに8人くらい来ていたので、今朝作った質問用紙を8枚だけコピーしたら、8人以上来たので足りなくなった。それで、伝道師先生に司会をバトンタッチしてもらって、コピーをしに行った。最終的に、私を含めて11人来た。

聖書勉強会が終わったあと、学生たちの宿題をチェックして、同僚の先生と「こと」と「の」について少し話したあと、講師室を出た。そして、昨日買えなかった『はじめてのシャドーイング』を買うためにキョボ文庫へ行った。

目的の本を買ったあと、日本書籍にある他の本も物色した。面白そうだったのは、『数え方の辞典』(小学館)と、『複合動詞の構造と意味用法』(姫野昌子著、ひつじ書房)、『日本語文法 学習者によく分かる教え方10の基本』(藤田直也著、アルク)、『言語テストの基礎知識』(J.D.ブラウン著、大修館書店)、『間違いだらけの英会話選び2000』(ポール・ゴードン著、メディアワークス)。

特に、『日本語文法 学習者によく分かる教え方10の基本』には、私たちが問題にしている「こと」と「の」のあいまいな部分が手際よく説明されていた。実に明快なので、これはすごいと思った。『複合動詞の意味と用法』は、複合動詞の資料としても参考にできる本で、手元に置いておくと、教材を作る際に何かと便利そうだと思った。しかし、すごく高い。『言語テストの基礎知識』は、日本語のテスト問題を作るに当たって具体的な指針になりそうな本だった。

『数え方の辞典』は、名詞を見出し語に挙げて、その名詞を数えるときに使われる助数詞を提示している。こういう本が書かれるというのは、それだけ日本人でも助数詞の使い方に自信がないからだ。

『間違いだらけの英会話選び2000』は、市販されている英会話の教材を、具体的に批評して、点数を付けている。その批評の信頼性に関してはよく見ていないが、面白いのは、日本人ではなくて英語話者が評価している点だ。採点は内容や音声教材の質など、具体的に行っているので、参考になる。手元において、教材作りの参考にしたい本の一つだ。まあ、こういう本に興味があるのは、私がブックレビューや図書案内のようなものを読むのが好きだということもあるだろう。

そのあと韓国語の本を見てまわった。外国語聖書のコーナーで、『중국어 성경 단어 해설집 신약성경』(柳保羅編著、도서출판세종、12000ウォン)という本を見つけた。新約聖書だけを扱っているが、460ページもある。アルファベット順ではなく、聖書の章句順に配列してあり、中国語の聖書を読みながら、意味があやふやな部分はこの単語集ではっきりした意味を確認できる。序文も後書きもない無愛想な作りだが、力作であることは間違いない。ただ、表紙に万里の長城の写真があり、その上空の部分に蜃気楼のように紫禁城の合成写真が映し出されているのはいただけない。何しろ、「聖書」の単語解説なのだから、それに見合ったデザインにすべきだったはずだ。

家に帰ってから、『はじめてのシャドーイング』のCDを聞いた。おっと驚き。アメリカ英語だ。まあ、英語といえば日本ではアメリカ英語が主流なのだから、当然のことなのだが(韓国ではアメリカ英語一色だけれど)、最近イギリス英語の音声で英語に少し慣れてきたところで、アメリカ英語を聞くと、その音声的な印象の違いに驚かざるを得ない。巻き舌音が非常に目だって聞こえ、また、語中の“t”が“d”になるのにも、軽い驚きを感じた。両方の発音を自由自在に使えるようになりたいものだ。やっと中級の実力しかない人間が持つ目標としては、大げさか。

7月21日(水)

at 2004 07/22 01:23 編集

朝起きてから、『対照言語学』という本を読み、関心のある部分を抜書きした。それから家を出て、言語教育院へ行った。

授業に入り、いつもの通り作文のテストをしようとしたら、前回のテスト問題を準備していたことに気づいた。それで、休み時間を挟んで次の時間の冒頭にテストすることにした。休み時間にテスト問題の原稿を準備して1階の事務室へ降りていくと、コピーカードを持っていないことに気づき、また講師室へ戻ってコピーカードを取り、事務室へまた行ってコピーをした。今日はどうしたわけか、学生たちのテスト結果はとてもよく、いつも0点からいる作文テストが、全員が8点以上だった。8点以上は完璧だと思うから、全員完璧だったわけだ。

授業が終わってから、同僚の先生2人に、1〜2週間前からほいと言っていた、USBポートに接続するフロッピーディスクドライバーとUSBメモリを、いつ必要ですかと聞いた。昨日KW氏が“今日でもいい”と言ってくれていたので、そのことを付け加えると、では今日ほしいですという。それで、彼に電話をして頼み、時間を合わせてキョボ文庫前のバス乗り場のところで会い、そこから一緒に言語教育院へ行って、先生たちに渡した。

同僚の先生の1人はもう帰宅し、1人が残っていたが、その先生が、夕食を食べて行ってくださいという。出前で何か取るというので、中華料理がいいと言うと、고추밥を注文してくれた。ピーマンの輪切り炒めがたっぷり載った고추밥を、KW氏と一緒に食べて、それから日本語の勉強などについてしばらく話をしたあと、KW氏をチャンウィドンの自宅付近まで送って行った。

その道、新しく改変されたバス体系について、2人で散々批判を言って楽しんだ。いや、私は自家用車で動き回っているので、直接の影響はないのだが、普段からバスを使用している彼にとっては、今回のバス路線改変は、災難のようなものだ。一夜にして自分の知識となっていたソウル全体のバス路線図が水泡と帰し、ソウルは見知らぬ外国の都市となってしまった。しかも、バスの行き先について誰に聞いても“知らない”と言われる。バス停脇のスタンドで聞いても、“そんなの誰がわかるか”と突っぱねられる。これでは言葉の通じない外国でバスに乗るのと大差ない。(笑)

バス路線の改変に対する私の結論は、どのような改変でも、路線体系を完全に変えてしまうことは、市民に不利益となるということだ。市民の利益になる全面改変はない。なぜなら、あるAという地域が、他のBという地域とバスでつながっていた場合、その2つの地域はバスに依存して互いに存在していた。しかし、Bとの連絡を切り、他のCという便利な地域とつなげた場合、喜んでCに行くかというと、そうではない。Bに依存して生活してきたのだから、何があってもBへ行かなければならない。そのために、時間と費用をロスしても、Bへ行く必要があるわけだ。Cへの依存は、今後発生していくだろうが、それは、Aに住んでいた人たちが引っ越して行き、新しい人たちが入ってきてからだ。だから、路線体系の全面改変は、不便にしかならないわけだ。東京では決してそんなことをやってほしくない。

まあ、今回の改変で利益をこうむる人はいるだろうが、それは今までの路線でほとんど何の便利さも味わってこなかった人たちだろう。または、동빙고동のように、今まで見捨てられたような地域だったところに新しい路線ができた場合、生活は一気に便利になるだろう。しかし、동빙고동では土地の値段が急騰してしまい、安いから暮らしていた人たちは、そこを立ち去らなければならないだろう。だから、やっぱり不便なのだ。

이명박市長は、事前に十分通知してきたはずなのに、なぜこのように不平不満が多いのかと言ったそうだ。それがまた市民の怒りを買っているという。そりゃそうだろう。事前に通知しなかったら、おそらくソウル市内はパニックに陥って騒然とし、その後遺症は深刻だったことだろう。事前に通知していたので、市民は混乱と苦痛だけで済んでいるのだ。しかし、その混乱と苦痛を与えたことこそ問題になっていることを、市長は自覚していないというのが、KW氏の考えだ。

ソウルのバス路線網は、それこそ“網”というにふさわしく、複雑につながりあっている。それを記憶するにはかなりの時間がかかる。今回の改変で、根こそぎ網の目体系を変えてしまったのだから、バス路線図を見ただけではその体系が頭の中に全然入ってこない。今までは、どこまで行ったらどのバスとつながるから、それに乗ってどこまで行き、と記憶を頼りにソウル市内を自由に行き来していた人も、どのバスがどこへ行くのか、覚えられないので、バス停でそれぞれのバスの通過地点を探さなければならない。しかし、バス停に表示されている路線図を読んでいるうちに、乗るべきバスが通り過ぎてしまう。バス停にはいくつかの路線のバスの、それぞれの通過地点が書かれているが、その地点の数は、上から下まで全部見ると、百ヵ所を超える。そんなの速読できるわけがない。このような不便な状況になることは、避けられないのだ。まあ、市長さんに言わせれば、そういう事態はあるわけないのだろう。(笑)

私は、先週バスで신대방삼거리へ行ったとき、途中で乗り換えたが、そこのバス停で行き先表を見ているうちに、乗るべきバスが通り過ぎてしまった。それで、表を見るのをやめて、来るバスごとに、신대방삼거리へ行くかと聞き、行くと答えたので、삼거리を左折するかと聞いて、左折すると答えたので乗った。

いずれにしても、このバス路線体系の改変は大失敗だった。まあ、人間は戦争で都市が壊滅しても、また生活を立て直すだけの力がある。だから、バス路線で都市生活の体系がめちゃめちゃになったとしても、数年後には、また何事もなかったように、その路線体系を縦横に乗りこなしていることだろう。しかし、それは、それが便利になったからではなく、市民が不便さに適応したのだ。

そういう出来事を見ながら、つくづく思うのは、ソウル市内は自家用車で動き回るのがいちばん楽で便利だということだ 。안성기氏が一生懸命、政府の広告ビデオで“대중교통(=公共交通)を使うのが楽で便利ですよ”とメッセージを送っているが、それは真実ではない。ああいう広報ビデオに、あの大俳優が出演させられていることは、本当に気の毒なことだ。心から同情する。

7月22日(木)

at 2004 07/23 01:32 編集

朝起きると、部屋に吹き込む風が生暖かかった。そして、湿気がだいぶ引いていた。外は晴れたらしい。起きて外を見ると、真夏の日ざしになっていた。

今日は12時半から100レベルのクラスの授業で、最初に作文テストをした。前回よりも比較的点数がよかった。しかし、学生に交換で採点させたときは5点だったある答案が、私が見直したら0点だった。その学生は学期が始まったときからコンスタントに0点を取り続けているが、今回は5点という快挙を挙げたと喜んだら、何のことはない、今回もやっぱり0点だった。採点した学生は、その答案の誤りを6箇所見落としていたので、採点者点は4点だった。

学生たちに採点させているとき、全員が答案の方を一生懸命見て原文を少ししか見ていないので、そのようにしたら正確な採点ができないからまず原文を見てから答案を見るようにすべきだと言ったが、誰も聞かなかった。採点者点は成績に入れない方がいいかと思っていたが、やっぱり成績に入れようと決心した。あるいは、採点者点は来学期から、1ヵ所見落としたら2点減点にしようか。(笑)

午後、用事がすべて済んでから、ヨンセ大学の図書館へ行った。5時50分に図書館に着いたが、閲覧室の入り口が閉ざされていた。扉に貼られている利用案内を見ると、平日の利用時間の部分が午後5時までと直されていた。休みの間は利用時間を短縮するらしい。明日は早く行こう。

それから평화의집に行って、생선후라이(2800ウォン)を食べた。出てきた皿を見て、なんだ、これっぽっちかと思ったが、フライが3枚載っていて、食べてみるとかなりのボリュームだった。少しにしか見えなかったのに、満腹になってしまった。

そのあと研究室へ行き、寺村(1991)から並立表現について総合的に説明されている部分を抜書きした。書き写しながら、自分が考えている概念をはっきり定義していなかったことに気づき、それぞれの用語の意味を辞書で調べてみた。しかし、辞書だけでは明快な理解は得られなかった。

途中、研究室の中はクーラーが利きすぎて寒く、また眠くてたまらなかったので、7時半ごろ外に出て、외솔관の前を散歩した。建物の向かいの元神学大学の跡地は、今工事をしていて、高いスチールの塀で覆われている。その塀の高さ2メートルくらいのところに、等間隔で白く長い植木鉢が備え付けてあったが、よく見ると、花は作り物だった。その塀を見ながら、14年前に私が語学堂で勉強していたころのことを思い出した。その塀の内側にあった神学大学の建物には평화의집が入っていて、そこで散り敷く落ち葉を眺めながら食事を楽しんだのだった。あのとき主人のおじさんも、ずいぶん若かった。

それにしても、日々経験することが、後日自分にとって記憶の中でどんな意味を持つのか、まったく予想が付かないものだということを、痛感した。今私がこのひっそりとした暗鬱な塀を眺めていることも、将来自分にとってどんな意味になるのか、まったく予想ができない。できれば、今この時期の自分を思い出したとき、何らかの後悔の念ではなく、満足の念を覚えるようになりたい。

それから今度はまた正面玄関の前の坂を下りて、최현배の胸像を見た。ブロンズで作られた최현배の胸像は、正面から見上げると、凛々しく前方を見据えている。その惚れ惚れするような表情を見つめながら、そこから自分が何か直観的に学べるものがあるのではないかと思い、ずいぶん長い時間見ていた。その精悍ながら折り目正しい顔立ちを見つめつつ、その著書『우리말본』を黙想した。あの気迫に満ちた文法書と、최현배の表情とを調和させようと努めた。そして神に祈った。私もこの人のような学者にしてくださいと。

しかし、今の時点で自分は、生活することに疲れてしまって、とうてい勉強を続ける気分ではないし、学問の基礎的な素養すらろくに持っていない。なんと荒唐無稽なことを祈ってしまったのだろう。自分の祈りは自分にとってどんな意味があるといえるだろうか。しかし、チェヒョンベの胸像を見ていると、学問への強い憧れが、衝かれたように湧き上がってくるのだった。

研究室に戻ったが、眠気が去らず、仕方ないので、研究室の一角にある安楽椅子に凭れてしばらく眠った。

目が覚めてから、先ほどの作業の続きをした。それから、研究室の共同の書棚にある『高木・初級ドイツ文法』(高木実著、同学社、1982年)を見た。本文が79ページしかない薄い学習書だが、コンパクトによくまとまっているような感じがした。全部で20課あり、1課ごとに単文の訳読練習と独作練習がある。練習も含めて、最低限必要と思われるくらいの例文が提示されている。単語は新しく出てくるたびに訳語を施してあるようだが、発音記号が付いていないので、辞書を併用する必要はありそうだ。

この本は、独学用というよりは、大学の授業で使うために作られたものだろう。同学社のサイトでは目録にこの本の名前があがっているけれど、アマゾンでは「現在、在庫切れです」と出ている。すでに絶版になっているのではないだろうか。

7月23日(金)

at 2004 07/24 01:33 編集

朝8時半ごろ、まだ眠っている下の子を抱いて、妻と上の子と一緒に、家族全員で出かけた。そして、롯데마트 서울역점の向かいにある소화병원へ行った。下の子が脱腸の手術を受けるためだ。病院についてから、手術服が手渡されたので、それを着せようとすると、ひどく嫌がって泣き叫んだ。あまり嫌がるので、先生が、手術服に着替えなくてもいいと言った。そして、先生が下の子に、「薬を塗ってちょっといじったら帰ろうね」と言ってくれたので、下の子は安心して(不安そうな表情はしていたけれど)、手術室へ入っていった。

子供が手術室へ入って行くのを見届けてから、言語教育院へ行った。授業が終わってから妻に電話すると、手術は40分で終わったそうだ。麻酔から醒めたとき、最初は痛くて暴れたが、今は眠っているという。

ヨンセ大学の図書館へ行った。そして、先日見てなかなかいいと思った本を借りた。それから평화의집へ言って、비후까스を食べた。양송이정식(マッシュルーム定食)とどっちがいいか迷い、비후까스にしたのだが、実際に見ると、양송이정식の方がずっとおいしそうに見えた。비후까스はちょっと脂っこく、今日のような暑い日には合わなかった。しかし、全部食べた。

研究室に付いてから、以前借りた『認識哲学』と、今日借りた本を、地下のコピー室に出した。私の名前はすでに覚えられていて、○○だろ?と言われた。日本人の名前は珍しいから、すぐに覚えられる。何か悪いことでもしようものなら、すぐに有名人になってしまう。

4時から의당관で月例発表会があるので、少し早めに行き、1階の祈祷室で少し祈ったあと、トイレに入った。ヨンセ大学のトイレの落書きは、なかなか面白いものが多いが、ウイダン館のトイレには、こんな落書きがあった。

“07학번 이동석! 여기서 일도 봄 (oh〜 휴지부터 느낌이 좋아) 여기 또 옵니다!!!”
「07学番イー・ドンソク!ここにて用も足す。(oh〜ちり紙からして感触がいい)ここへまた来ますよ!!!」

“그래두 연대에서 공부할 수 있어서 기쁘다.”
「それでもヨンセ大学で勉強できてうれしい。」

“써질라나? 어! 써지네.”
「書けるかな?あ、書けた。」

「07학번」というのは、2007年に新入生として入学した大学生のことだ。この이동석という学生は、いま高校1年生なのだろう。「그래두」というのは、何に対して言っているのか不明。「써질라나?」と言っているのは、鉛筆で書いてみながら落書きのテスティングをしているものだ。

月例発表会では、博士課程の장경준さんが「『瑜伽師地論』点吐口訣解読研究」というタイトルで発表した。韓国の漢文読解では、訓民正音(=ハングル)が作られる前は、口訣という、漢字の一画を取って作ったカタカナのような文字を補助記号にしていた。それが4年前に、口訣の代用として、漢文に角筆と呼ばれる先のとがったペンのようなもので目立たない痕を付け、それによって漢文読解を助けていたものが発見された。それを点吐口訣というそうだ。その発表は、発表者も質問者も、熱がこもって迫力があり、とても面白かった。(あとで、他の人たちは冷や冷やしながら聞いていたことを知った。)発表会は2時間半にわたって行われた。部屋は冷房が効かず暑かったが、それがまた、発表会の熱気を感じさせた。

発表会には임용기教授も来ていた。こわいので、目が合わないようにしていたが、ついに目が合ってしまった。私を見ると“논문 쓰고 있나?(論文は書いているのか)”と言われた。“네, 쓰고 있습니다.(はい、書いています)”と答えた。若干良心がちくりとした。すると教授は“이번엔 꼭 졸업해.(今度はちゃんと卒業しろ)”と言われた。こういう言葉を言ってもらえるだけでも、元気付けられるものだ。

発表会が終わってから、みんなで食事に行った。창청교회の裏の方にある“구석기(旧石器)”という삼겹살の店(02-362-6270)で、豚肉を焼いて食べた。冷房はかかっているのだが、何しろ店は客でいっぱいで、ほとんどすべてのテーブルで火を使っているものだから、室内は熱気でむんむんしていた。

食事が終わってから、病院へ行った。下の子は、手術したところを痛がっていた。「よく我慢した」とほめてあげた。

7月24日(土)

at 2004 07/27 01:08 編集

先月注文しておいた日本の本が届いたという連絡が来たので、12時ごろキョボ文庫へ行った。日本書籍コーナーへ行く前に、他の場所を回ってみた。そのとき、KW氏から電話があり、ランケーブルが手に入ったので、今から会えるという。それで、교보문고で会うことにした。

用事を済ませ、日本書籍の語学コーナーのところへ行くと、目の前に年配の男性が立っていた。それで、左に避けて通り抜けようとすると、こちらを向いて右手を差し出した。顔を上げると、ずいぶん前に日本語勉強会によく来ていた김원준さんだった。KW氏が来るまでの間、キョボ文庫内にあるコーヒーショップで、コーヒーを飲みながらいろいろな話をした。

日本の語学書の中から、『日本語は進化する―情意表現から論理表現へ』(加賀野井秀著、NHKブックス)という本を見つけた。ざっと見ただけなので内容ははっきりしないが、日本語は情緒的な表現から論理的な表現を表す言語へと変化し続けているという内容のようだ。

その中に、「蠱惑的」から「判断的」へという表現があった。“蠱惑”とは難しい言葉だ。どう読むのか本の中を探すと、“こわく”と読むことが分った。でも、意味が分らない。辞書の棚へ行って引いてみると、神秘的な美しさなどで人の心を惹きつけ、自制心を失わせることというような意味が書いてある。では、“蠱”というのはどんな意味なのだろう。その脇にある漢和辞典で調べると、“蠱”というのは腹の虫のことで、それが転じて人に害を与えるもの、悪い気、惑わす、巫女、まじないなどの意味となるそうだ。

それはともかくとして、この『日本語は進化する』という本は、日本語について視野を広めてくれそうな本だという気がした。日本語はどこまで論理的になれるかということは、私にとっていつも気になる問題だった。それも、哲学などの専門用語は極力避けて、日常表現を中心に論理的な表現を模索したいと思っていた。おそらく、現代は私のように思う人たちが無数にいて、それらの人たちの努力が、徐々に日本語を論理的思考に耐えられる言語へと変化させてきているのだろう。

そのほかに、『日本語の論理』(山田明穂著、大修館書店)という本も目に付いた。この本は、日本語の文法から日本語に独自の論理性を追求している。ぜひ読んでみたい本だ。いつもそうだが、本というのは、その場で買わないと、その後なかなか手に入らなくなってしまうことがよくある。しかし、買うにはお金が足りない。

KW氏と会って、ランケーブルを受け取り、本を物色しながらいろいろな雑談をした。

夜、インターネットでイギリス英語の教材を探した。韓国ではイギリス英語の学習書は皆無に等しいけれども、日本ではけっこうたくさんの本があるようだ。インターネットで本を探すのは、私の性格には合わないけれど、それでも、書評やその他の資料を見ながら、大体見当を付けることができるようだ。そうやって面白そうだと思った教材は、『ナマのイギリス英語を味わう!』と、『イギリス英会話を愉しく学ぶ―イギリスがわかる30のダイアローグと簡潔な重要表現 CD book』と、『イギリス英語日常会話表現集 CD book』。中身を見ていないので、それがどのような本なのか、ほとんど見当がつかないけれど、この中からまず1冊買ってみて、イギリス英語にもう少し立ち入ってみたいと思う。

7月27日(火)

at 2004 07/29 01:51 編集

聖書勉強会に来ている人たちを招いて、私の誕生パーティーをした。本当は今日は誕生日ではないのだけれど、今日がちょうど勉強会の日なので、一緒にすることにした。北野伝道師先生も来てくれた。妻がお客さんたちに、手料理を振舞ってくれた。

上の子が私に、1万ウォンの図書券をくれた。母親に毎日少しずつお金をもらいながらためたという。話を聞いて、涙が出てしまった。その他に、本を2冊(『지금 나는 두렵다』と『연금술사』)と、「푸른 초장」というタイトルの、短いメッセージが書かれた絵葉書をもらった。北野先生はCDをくださった。“보혈―THE WORSHIP”というタイトルで、最近結成されたゴスペルグループのアルバムらしい。いい曲が集まっていた。

みんなが帰って行ったあと、今日もらったプレゼントをもう一度見てみた。『지금 나는 두렵다』の原題は“Know Fear”で、『연금술사』の原題は“O Alquimista”となっていた。後者の著者は、リオデジャネイロの出身だそうだ。「푸른 초장」は、おそらく詩篇23篇から黙想した、ごく短い断想のようなメッセージが書かれていた。それらの言葉は、私にとっても励みになるだろうし、生きることに疲れている人に送れば、私の言葉よりも励みになるだろう。すばらしいプレゼントをもらったことを、神に感謝した。

7月28日(水)

at 2004 07/29 12:54 編集

昨日は本当の誕生日ではなかったけれども、昨日誕生日を祝ったことを記念して、今後1年間の抱負を考えてみた。いや、抱負とはいえないかもしれない。来年の誕生日まで、自分はどのように生きてみるかという、1年間の目標だ。抱負とか1年の計画などというのは、子どものころは形ばかりやっていたけれど、それが意味のあるものとは思えなかった。それで、ずいぶん長い間、1年の抱負とか何歳の抱負などというのは、考えることもしなくなった。しかし、何かの本で、1年の計画を、例えば年初などに考えることは、人生の小さな目標を立てる大事なことだという話を読んでから、そうかもしれないと思うようになった。それで、年初ではないけれど、何歳の目標というのを考えてみたわけだ。

自分の目標は、来年の誕生日までの1年間、どんなことがあっても不平を言わないようにしてみようということだ。何だそれだけかと思うかもしれないけれど、自分にとってはけっこう勇気の要る選択だ。なぜなら、今までけっこう不平を言うことで、自分の存在意義を守っているつもりでいたから。

しかし、不平というのは一つの習慣のようなものだ。不平が癖になっている場では、不平を言いたくて仕方ないけれど、ほめることを自分に課している場では、むしろ不平や批判は難しくなる。例えば、バイブルスタディーでは、他の人の発言からいい点を見つけ出す努力をしていたら、いい点ばかりが見えて、もし不平を言わなければならないとしたら、それがかえって居心地の悪いものになるだろう。そういうわけで、不平というのは、単なる条件反射的な態度であり、それが決して自分の存在意義と関係しているわけではないことが分る。

1年間不平を言わないようにしてみるわけは、まだある。それは、不平を言えば言うほど、自分が受動的になって、行動力を失っていくということだ。不平には得体の知れない毒がある。それに、不平というのは、聖書で何度も戒められている態度だ。聖書ではことあるたびに、「つぶやき」を戒めている。聖書で戒められているすべてを一度に守るのは難しい。私たちの周りには、手本となる聖人(私の言葉では、“信仰の英雄”)がいないから、なおさらだ。だから、一つ一つ守ってみて慣らすしかない。

さらに、不平のことを、日本語では“愚痴”と言ってきた。まあ、不平は相手に対する非難も含み、愚痴は自分の不満を他の人にこぼすことで、多少は違うけれど、似たようなものだ。どちらも心に不平不満があるのだから。“愚痴”という字を見れば、それが初めに使われたとき、どのように認識されていたかが想像できる。実に愚かで痴れたことなのだ。そこから得るものは何もなく、よい機会も逃し、自分自身をも受動的にしてしまう。それを“愚痴”と表現した先人は偉い。

不平を言わない生活は、それを実行したことのない私にとっては、不安なものだ。不満を抑圧するためにどれほどの心理的ストレスを受けるのだろうかという不安だ。不平なんか言ったことのない人にとっては、笑止千万な心配だろうが、私は漠然とした恐れを感じている。

不平と併せて控えるべきなのが、批判だ。これは、仕事で行うべき評価はもちろん含まないけれど、そこに“批判”する気持ちが入らないように注意したい。そして、批判すべきときは、必ず建設的であることを条件として、さらに、知恵を持って行えるように心がけたい。いや、今まで心がけてきたつもりだったけれど、徹底していなかった。これからは徹底して行いたい。

今日は夕方、교보문고へ行った。そして、先日から買いたいと思っていた『日本語は進化する 情意表現から論理表現へ』(加賀野井秀一著、NHKブックス)と、訳して『영어 정복 기술 1』(조승연著、랜덤하우스 중앙)を買った。そして、本を2冊注文した。

そのあと교보문고でKW氏と会い、本を見ながら話し、それから고려대학교前の민들레영토へ行って、今後の勉強などについて、銘々思ったことを語り合った。彼は友人が多く、コンピュータを扱えるために、便利屋のようになってしまい、そのために勉強したくてもできないことを憂えていた。私は一つの方策として、1日に何時間か、携帯電話の電源を切っておく必要があると言った。それも、同じ時間に切るのではなく、毎日不規則な時間に切っておくのだ。それによって、彼を便利屋のように利用していた悪友たちは、電話してこなくなるだろう。しかし、それをKW氏が実行できるとは思えない。理由は私の不平の場合と同じだ。今まで試したことがないからだ。まず心の準備をし、そのあと思い切って実行に移さなければ、今までの生活を断ち切るのは難しい。それに、これは彼が自分で得た方法でなく、私の口から出たものだから、実行はさらに難しいだろう。

7月29日(木)

at 2004 07/31 00:55 編集

キョボ文庫へ行って、日本語の授業の役に立ちそうな本を2冊買った。一つは先日目をつけておいた『日本語文法 学習者によくわかる教え方―10の基本―』(藤田直也著、アルク。22,570ウォン)で、もう一つは『1日10分の発音練習』(河野俊之、串田真知子、築地伸美、松崎寛共著、くろしお出版。25,990ウォン)という本だ。どちらもすばらしい本だ。授業でどれだけ使いこなせるかわからないけれど、いい教材を見つけたら、少しずつ買い集めていきたいと思った。

英語を筆記体で書くことにした。大学生のころだったか、英語に関心がなくなったころ、筆記体を使うのもやめにした。なぜやめにしたのか分からない。なぜなら、当時はブロック体で書くのに比べて、筆記体では2倍の速度で英語が書けたからだ。もしやめた理由があるとすれば、筆記体はブロック体に比べてスペースを多く使い、また自分で書いたものも読むのに少し時間がかかるという難点があったからかもしれない。また、アメリカ人が書いた文字が、筆記体ではなくて、子どもっぽいブロック体だったのが、自分には格好よく見えたのも、筆記体をやめる原因になっていたかもしれない。

しかし、ブロック体では、英文をきれいに書くことができない。ブロック体で英語をきれいに書くためには、大変な神経を使わなければならない。文字を書いているという実感もあまりなかった。自分の頭の悪さが文字にしっかりと表れているようで、気分が悪かった。また、筆記体に比べて、時間がかかりやすい。また、インターネットで時々検索されて出てくるラテン文字のマニュスクリプトはとても優雅で見ていて気持ちがいいものだった。自分もこんな字で英文を筆写したら、少しは書く楽しみもできるのではないかと思い、筆記体で書くことにした。

幸い中学校の英語教科書がうちにあり、1年生の巻末に筆記体の書き方が載っていた。それとともに、インターネットで見つけたマニュスクリプトも参考になった。それを見て、真似して書き始めた。10年以上動かしたことのなかい筋肉を使っている感じだった。最初はゆっくり書いた方がいいのに、昔は書きなぐっていたのだろう。その速度感覚だけがよみがえり、手も頭もついていけなくて、目が痛み、頭痛に襲われた。

それでも、筆記体で書いた自分の英文を見ていると、あまりうまくないけれど、文字を手で書いているという実感が持てる。筆記体はいいものだ。自分の頭の悪さも英語の下手さも、筆記体がきれいに覆い隠してくれるような感じがした。まるで、荒地に雪が降って真っ白な雪の原に様変わりしてしまうように、筆記体は、手書きの文字を、まるで教養ある人の肉筆のように見せてくれるのだ。

昔と違って、今のインターネット時代がすばらしいのは、検索サイトで“筆記体”、“handwriting” 、“handwritings” 、“manuscript” 、“manuscripts”などと検索していくと、手書きの文字が見られるということだ。ただしそれは、英語だったりドイツ語だったり、その他の言語だったりするのだが、それらを見ながら、学校で習った筆記体をバランスよく書く要領を学ぶことができる。以前はこんなことをするのも、資料を手に入れるのが大変で、推測と想像によっていたけれど、現在はインターネットの発達によって、確実な資料を得ることができるようになった。信じられないような発展だ。

7月30日(金)

at 2004 07/31 20:48 編集

今日も日差しが強く、日向にいると、すごい熱気だ。ただ、今日はあまり湿気がなく、日陰は割りとすごしやすい。歩道の木陰に御座を敷いて休んでいる老人を所々で見かけた。

車のエンジンがずいぶん調子が悪いので、どうしたんだろうと考えてみたら、エンジンオイルをずいぶん長らく交換していないことに気がついた。それで、カーセンターへ寄って、オイルを交換した。

カーセンターの人がオイルの栓を抜くと、真っ黒い液体がボタボタと落ちた。ずいぶん少ない。“완전히 썩었어요.(酸化しきってますね)”と言われた。そして、“언제 갈았는데요?(いつ交換したんですか)”というので、“작년 이맘땝니다.(去年の今頃です)”と答えると、あきれた顔をして、5千キロ走ったら換えなければならないし、そうでなかったとしても、3ヵ月に1度は交換すべきだと言われた。

オイルを交換したら、エンジンがすいすい動くようになった。いやあ、車には悪いことをした。

7月31日(土)

at 2004 07/31 21:05 編集

先日買った、訳して『영어 정복 기술 1』(조승연著、랜덤하우스 중앙)を読み終わった。外国語学習法について書かれた本はずいぶん読んだけれど、この本はその中で、文法不要派に近い。しかし、この著者のいう文法学習は、文法規則を闇雲に覚えることらしい。なぜなら、文法的に正しく表現できるべきだということを、折に触れて主張しているからだ。

この著者は、アメリカ人は外国語ができないが、ヨーロッパ人は外国語に堪能な人が多く、その方法が優れていることを、自分の体験から主張している。著者の述べている内容を実際に適用しようとした際、不明瞭な部分がいくつかあるけれども、私自身、反省させられる点もあった。

ヨーロッパ人は英語を学ぶ際、アメリカの文化についてしっかり学ぶのだという。そして、目的をはっきりさせ、目的に合った方法で学習計画を立て、その計画に沿って邁進するのだという。そして、毎日どれくらい進んだかを自分で点検するのだそうだ。

その他にも、いろいろ有用なことが書かれている。理論的なことに触れている部分では、首をかしげたくなるところが、ないではないけれど、全体として、とても有用だ。著者がこれまで勉強に成功してきた方法を、記憶がまだ幾分鮮やかなうちに証言しているので、役に立つ。誰かこれを日本語に訳して出版すれば、日本の外国語学習者の助けになるのではないかと思う。