ソウル生活日記


私の韓国生活日記です。時々書きます。

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5月1日(土)

at 2004 05/02 02:55 編集

朝、教会でやっている聖書勉強会に行った。家に帰ってから、少し休もうと思って横になったら、ぐっすり眠ってしまった。

午後、ヨンセ大学の研究室へ行った。夕方から屋外劇場でずっとコンサートをやっていて、普段は静かな研究室にも、その大音声が歓声とともに響いてきている。それで集中できないので、ギリシャ語の勉強をしていた。論文の進歩はゼロだったが、ギリシャ語学習は進んだ。

5月3日(月)

at 2004 05/04 00:08 編集

昨夜寝床で考えた。このまま考え込んでいても、論文は書けない。論文を書くには、とにかくどこからか手を付けなければならない。しかし、論文の部分は全体の一部を構成する有機体ではないか。とはいうものの、論文を書いたことのない私が、全体像をつかむのは無理だ。だったら、それぞれの部分はモジュールとして、別々に書いていくしかなさそうだ。全体としては、一応テーマと明らかにしたい内容があるのだから、そこから外れないように、それぞれの部分を書いていき、あとで必要なことがあったら、修正したり付け足したりしよう。そんなことを考えた。

授業があったので言語教育院へ行った。講師室に着くと、コンピュータが故障していた。スイッチを入れても起動せず、黒い画面の左肩に白いアンダーバーが点滅するだけだ。

授業が終わってから研究室へ行った。雨が降っていたが、風はなかった。途中、トクスリサで『現代ギリシア語の入門』の25課と26課をコピーした。25課にはすでに先週から入っているのだが、その課のページをコピーしていなかった。本は閉じたり開いたりが面倒で、また持ち歩きにも不便なので、勉強する課だけをコピーして、暇があるたびに音読しているのだ。本当は、緑に囲まれたヨンセ大学のキャンパスを歩きながら読めればいいのだけれど、ヨンセ大学内の道は起伏が激しく、歩きながら読むどころか、思索することすらままならない。

研究室に着いてから、まず助詞「や」の変遷史に手を付けた。「や」の変遷に関しては、橋本進吉の『助詞・助動詞の研究』で簡潔に述べられているが、それを今日一日では消化し切れなかった。また、橋本進吉では、並立助詞「や」は「AやBや」という形が可能だとしているが、寺村(1991)では、「AやB」だけを認めている。「AやBや」は中古からある用法だから、橋本先生から寺村先生までの50年の間に、その約千年の歴史は幕を下ろしたということだろうか。

そんなことを調べながら、こんなことをやっている意味があるのだろうかという思いも湧いてきたが、日本語の助詞「や」と韓国語の助詞“ナ”の素性がそれぞれどういうものかを知るためには、両助詞の変遷史を大まかにつかんでおく必要があるはずだと思いなおした。共時言語学の研究に変遷史とは変だとも思うが、どの言葉も、やはり昔からの用法を引きずっている。それを知らずに現在だけを論じるのは、その根底に潜む何か重要な点を落としてしまうような気がする。

日本で勉強したとき、教授から、現代語を研究するときにも、歴史的な背景はいつも踏まえているべきだと教わった。しかし韓国では、ある教授から、現代語を研究するときは、通時的な側面は捨象すべきだと言われた。けれどもまた別の教授からは、共時的研究でも通時的な側面は必要だと言われた。私個人の考えでは、現代語の研究でも、通時的な側面を知ることは不可欠だと思う。何よりも、現代人は現代語だけを知っているのではなく、その言語の古語も知っている。そして、古語と現代語とは、その人の言語感覚の中で融合して、一つの奥行きある意味合いを形成している。そういう歴史的用法を徹底して捨象した現代日本語の研究を見たことがあったが、“あなたが知っているその意味や用法は、存在しないものだ”と言われているようで、違和感を覚えたものだ。明治期の、文語(古典語)と口語(現代語)の混在した文法にも驚いたが、もしかしたら、そっちの方が正しい態度なのかもしれない。現に、허웅先生の『20세기 우리말 형태론』では、文語と口語を区別せず、20世紀に使われた言葉として一緒に扱っている。そこには百年間の変遷があるのだが、それは一応無視している。私の場合、共時的研究と特に断っているわけではないので、自分のやっていることは意味のあることだと信じておく必要は、あるだろう。

9時半ごろ研究室を出て、雨の中を言語教育院の駐車場に戻った。帰りの道は、この時間帯にしては、けっこう空いていた。雨のせいかもしれない。普通道路は天候が悪化すると混雑するが、ソウルの道は、予め天候の悪化が予想されるとき、逆に車の通行量が減って、流れがよくなることがある。

5月5日(水)

at 2004 05/06 00:10 編集

4時に起きてしまった。そのあと2時間ギリシャ語の勉強をした。25課は録音を何度か聞いただけで、発音練習をせずに読み始めてしまったが、今日は腰を据えて発音練習をした。全体的なイントネーションの流れにけっこう自分は問題があることを思い知らされた。

特に、重文や複文などでは、声の流れが論理的な関係の効果的な表現し方に関係してくる。私が勝手に読んだときは、その流れがうまく表現できない部分が2箇所あったが、さすが録音教材はネイティブスピーカーだ。絶妙な流れにうまく意味を乗せている。もう一つは、訳を見れば論理的な関係は一目瞭然なのだけれども、本文を音読しながらつながりが今ひとつはっきりしない部分があった。その場所も、実に巧妙に意味が分かるように朗読している。目で見るより耳で聞いた方がはっきりすることもあるわけだ。

今日は어린이날(=子供の日)で休日だ。妻が起きてから、シリアルなどを買いに、一緒に 킴스클럽 へ行った。子供たちに置手紙を書いたが、出る直前に下の子が目を覚ましたので、連れて行った。朝なので、 킴스클럽 はよく空いていた。買い物から戻ってくると、上の子はまだ眠っていた。

夕方、食事を済ませた後、子供たちをつれて3人で 교보문고 へ行った。子供たちにほしい本を1冊ずつ選ばせて買った。それから、『外国語の水曜日――学習法としての言語学入門』(黒田龍之介著、現代書館)と、『感性をきたえる素読のすすめ――くりかえし声を出して古典を読むことの楽しさと価値』(安達忠夫著、カナリヤ書房)と、『英語と私 改訂版』(松本亨著)を注文した。今度は絶版になっていないだろうか。他にも注文したいと思っていた『「超」英語法』(野口悠紀雄著、講談社)は、次回注文することにした。

それから子供たちが、児童書や漫画のあるコーナーへ行きたいというので、そこへ行かせ、私は日本書籍コーナーで他の本を見ていた。そして、『外国語を身につけるための日本語レッスン』(三森ゆりか著、白水社)を買った。

家に帰ってから、今日買った本を読み始めた。外国語を学ぶ前に日本語の技術を身に付けるべきだという主張が気持ちいい。この本の帯に、「『英語達人列伝』の著者、東京大学助教授斎藤兆史氏推薦!」と書いてあった。『英語達人列伝』という本もあるのか。注文したい本のリストに加えなければ。アマゾンで調べると、同じ著者の『英語達人塾』という本も出てきた。

ついでにアマゾンの中を散策しながら読者書評を読んでいた。いろいろな意見があるが、どれもなかなか切れ味のいい文章で、本についてそれぞれの意見を開陳しているのが気持ちいい。

しかし、ある本の書評を見ると、最初の文から意味がよく取れなかった。「ソフトウェアとあるが、そっち系の情報かと思われるが、内容はいわゆる情報活用・整理本である」とある。ニ、三度読んで分かったけれども、だから何なのと言いたくなるくらい、内容の無い出だしだ。そしてそのあとも、「筆者がジャーナリストということもあって、文系より?理系でも行けるかな?」と、何が言いたいのか分からない。続く1文では、「これとほかに「情報を捨てる技術」「超整理法」が参考になるかと思う」と言っているが、章の名前なのか書名なのか、はっきりしない。「これとほかに」と言っているから書名のようだが、もしそうなら、ここに書くのは無意味だ。

この文章は万事がそういった感じで、アマゾンの書評としては珍しい、極めつけの独りよがり文だった。結局この書評は何を言いたいのかさっぱり分からず、最後まで読んだとき、思わず笑ってしまった。見ると、その上に「10 人中、0人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。」と出ている。0人が参考になったと投票しているというのは分かるけれども、10人が投票しているというのがすごい。同じページの他の書評には、3人から7人が投票していた。よっぽどこの書評を読んだ人たちは頭にきたのだろう。でも、考え方によっては、それだけ読者に“怒り”という心の動きを引き起こしたという点で、この書評の存在感は評価できる。(笑)

5月10日(火)

at 2004 05/12 00:18 編集

修士課程と博士課程の論文予備審査があった。修士論文は、『ロシア語話者の韓国語発音習得と関連した問題』というタイトルで、ロシア語と韓国語の音素を詳細に対照したものだった。発音の対照は、音声学と音韻論との兼ね合いが難しいと思った。主に音声学的な比較が重要になってくるが、その背後には音韻的な要素がいつも控えている。

被審査者は 고려인(中央アジアに住む韓国系の移民)で、韓国語を話すのは得意でないらしく、教授たちの質問にあまり流暢に答えられなかった。私も韓国語は母語ではないから、その人の立場はよく理解できる。ハンドアウトの韓国語はとても流暢だが、話すのと聞くのはどうも苦手なようだった。教授の質問に的確に答えずに、ちょっとずれた答えを何度もしているのを見て、大変だなあと思った。教授たちも、それに対しては指摘しなかった。

博士論文の審査が始まるとき、남기심教授ともう一人、私の知らない教授が入ってきた。남기심教授の顔を見て、半分以上の人たちは、立ち上がったり、椅子から腰を浮かせたりして会釈した。私は座ったまま会釈した。腰が抜けたようになって、立ち上がれなかったのだ(笑)。主審と副審の合わせて5人の教授が審査した。

論文のテーマは、『国語終結語尾の機能意味研究』という内容で、終結語尾を待遇法や文章終結法ではなく、発話意図のような機能によって分類を試みていた。その機能とは、行為機能(約束・意志・使役・要請・許諾・勧誘)と、情報機能(報告(=알림)・陳述・質問・問題提起)、認知機能(確認・推測・理由・断定)、そして表出機能(感嘆・不平・祈願・疑い・無関心・憂慮(=염려)・強調)に分かれるというものだった。

発表はすばらしいと思った。しかし、それに対する教授たちの指摘は厳しかったし鋭かった。이희자教授の論評があったあと、それぞれの先生たちが、論文の不足な点を指摘した。それを見て、私は恐れた。あんなにすばらしい(と私には思える)発表でも、教授たちは構造的な問題を発見してその改善を求めるのだ。

最後に남教授の論評になったが、남教授はこの論文の中心となる「기능의미(機能意味)」の概念が、その意味を説明するために添えた英語の“functional meaning”とは違うものだと指摘した。そして、「意味機能」というものもあるが、それとの違いは分かるかと聞いた。恐ろしい質問だ。理論的な中心を問うているのだ。

そして、この研究は帰納的に行ったのか、それとも“universal principle”によるものかと聞いた。その質問は、根本的な問題にグサリと刺し込むものだった。帰納的でなく普遍的でもない発想を“자의성(=恣意性)”というようだが、「恣意性を客観化できる普遍的な根拠があるか、その根拠を見つけなければならないがね、“아마 못하겠지.(=たぶん無理だろう)”」と言った。

結局その論文の最大の問題と남教授が考えるのは、その論文で主張する内容の中心である「機能意味」という概念の妥当性なのだった。ナム教授は、その部分を考え直せと言った。ああ、何という厳しさだろう。自分がこの部屋にいること自体が“場違いだ”と感じるほど、恐ろしかった。

自分にとっては、博士論文の被審査者は、本で名前を知っていて、すばらしい仕事をする人だなあと思っていた。そして、その発表を聞き、よくは理解できなかったけれども、自分の知識に新しい地平が開けるような期待すら覚えた。しかし、その研究を支える理論の根本に、脆弱性があることが指摘されたのだ。学問というのは何と厳しいものなのだろうと驚き、唖然とした。世界には남教授やそれ以上のレベルの言語学者が大勢いる。それを考えると、自分がこの部屋の片隅に座っていることすら、学問への冒涜のように感じられてきて、惨めな気分になった。

しかも、もしその足元にでも近付こうと思ったら、自分は体力的に耐えられるのだろうかということも心配になった。発表者も、特に体力があるように見えない。しかし、その研究が大変なエネルギーを要することは分かる。남教授だって、腰が曲がっていて、動きもすでに老人だ。しかし、その精神の働きは、壮年のように強靭だ。そしてその言葉は冴えきっている。あの強靭な頭脳の働きは、いったいどこから出てくるものなのだろうか。

以前강해수氏が私に、論文テーマが妥当かどうか、남先生に聞きに行ったらどうかと助言してくれたことがあった。今日남教授が部屋に入ってきたとき、あとで伺おうかとも思った。しかし、審査が終わったあと、恐ろしくて声をかける気も起こらなかった。発表会が終わり、教室の扉が開けられて、人々が出ていくとき、逃げるように教室を抜け出した。

今日は言語教育院で聖書勉強会があって、私は勉強会には参加できなかったが、まだ誰か残っているかと思い電話をかけると、まだ残っておしゃべりをしているという。それで、教室へ行き、雑談に加わった。宣教日本語の話が出た。宣教日本語の教材をぜひとも作りたいと思っているという話をすると、乗り気の人もいた。私にできる仕事ではないが、協力し合って作ればできそうだと思った。

まあ、それがいつ始められるかはわからないが、優れたコミュニケーションの技術を同時に身に付けられる学習書が、いつかできればいいと思う。

5月12日(水)

at 2004 05/14 06:28 編集

朝、携帯電話の鳴る音で目が覚めた。電話に出る前に切れた。知らない番号が表示されている。かけ返してみると、知らないおばさんが出た。“혹시 방금 전화하셨어요?(あのう、今電話されましたか)”と聞くと、“안 했는데.(しなかったわよ)”という。困った。“어제도 두번 이 번호가 찍혔는데요.(昨日も2度この番号が表示されてましたけど)”というと、ちょっと待ってといい、電話の向こうで“얘야, 너 전화했니?(ちょっと、おまえ電話した?)”と聞いていた。そして、その電話をかけたと思われる人が“여보세요.”と電話に出た。Jさんだった。電話を取ったのは、Jさんのお母さんだったのだ。

彼女は友人のK君とともに、私と一緒に大学生活を送った。そして、K君は私と1日違いで韓国へ来た。1年半後、K君と私は、一緒にヨンセ大学語学堂の講師になった。そして、K君とJさんは結婚し、韓国で5年ほど生活した後、カナダへ移住した。

K君は今カナダの会社でコンピュータ・プログラマーとして働いているが、2週間の休暇を取って、夫婦で日本の実家と韓国の実家を訪れるために、やってきたのだそうだ。日曜日にはカナダへ帰ってしまうので、その前に会おうということになった。木曜日の夕方はどうかといわれたが、仕事があってダメなので、それでは今日会おうということになった。

K君とも久々に電話で会話をしたが、彼は最初から最後まで韓国語で話した。彼とは今まで日本語だけで話してきたので、韓国語で話すのはかなり気恥ずかしかった。

夕方、妻と下の子と3人で家を出た。下の子は、今日修学旅行から帰ってくる予定だったが、なかなか帰ってこないので、置き書きをして出てきた。

外は雨が降っていた。車に乗り、地図で인천の彼らが滞在しているアパートがある位置を確認した。普段は最近出たソウル市内の道路地図を利用しているが、市外の地図は新しく買っていなかったので、97年に出たものを使うことにした。

実際に出発してみると、この地図は、かなり問題があることが分かった。まず、古いので、地図にない道が横切っていたりする。それに、高架道路や地下道を表記せず、平面的な交差点のように書いてある。それだけではない。7万分の1とか2万5千分の1とかの縮小率は書いてあるのだが、距離のメーターが付いていない。だから、地図を見ながら現在地は分かっても、そこから次の交差点や目印の地点までどのくらい距離があるのか分からない。この地図の製作者は、さぞ計算力のある人なのだろう。

それでも、一度地図にない地下道のせいで道を間違えてユーターンした他は、道に迷うこともなく、無事に目的地へ着いた。我ながら、地図の読解力の高さに驚いた。(笑)

途中、부평駅の前を通過するとき、上の子から電話がかかってきた。今家に到着したという。妻が、何を食べているようにとか、何をするようにといろいろ指示をした。

Jさんの世帯の前に付くと、K君が駐車場に降りて待っていた。Jさんのお母さんが、アパートの窓からこちらへ手を振っていた。アパートに入ると、Jさんが赤ちゃんを抱いて出迎えた。しばらくして、장인、つまりJさんのお父さんが帰ってきた。私とは9年ぶりに会ったのではないだろうか。手を握り合って挨拶した。

彼らは1歳4ヶ月になる彼らの赤ちゃんを連れてきていた。利口そうで、しかもハンサムだった。なかなか人懐こく、愛嬌もあった。きっと素質もいいのだろうし、育て方もいいのに違いない。私たちは、その赤ちゃんと遊んだ。(笑)

食事に中華料理の出前を取ったが、大変な量だった。味もなかなかよかった。そういえば、昔88年にK君と一緒に彼女の家に来たときも、近くの中華料理屋へ、彼女の弟の車で行った。そのときのことは、彼女とK君よりも、私の方がよく覚えていた。たとえば、彼女の弟がそのとき軍隊に入隊する直前だったということを、二人とも思い出せず、軍隊から休暇で戻ってきていたときだと言った。しかし、彼女の弟が、自分はそのときまだ入隊していなかったと言ったので、私の記憶は間違っていなかったことが分かった。

10時20分ごろ、その家を辞した。出る前に、Jさんの弟から、ソウルへ戻るいちばん早い道を教えてもらった。そして、車に乗ってから地図と照らし合わせていると、Jさんの弟がやってきて、私の見ていた地図を指差しながら、道をなぞってくれた。そして、地図の内容がとても古いので、これはいったいいつのですかと呆れて言うから、97年のですよと答えると、保険会社に新しい地図をくれって言えば、もらえますよと教えられた。

アパートの駐車場を出て、教えられたとおりに進んだ。途中、さっきメモしてくれた紙を見ようとしたら、無かった。Jさんの弟が、車で地図をなぞって教えてくれたとき、そのままうっかり持って行ってしまったのかもしれない。あの紙には、この地図にない高架道路や地下道などの情報があったから、どうしようと不安になったが、とにかくその内容を思い出しながら、雨の夜道を走り続けた。高速道路なのに街灯がなく、ライトに照らされて点々と光る中央線や縁石の表示以外は、暗黒の世界で、さらに、目の前は先行車の水しぶきで白い霧のようになって視界が利かない。また、ある通りでは、道路の案内板の肝心の部分が、軒並み街路樹に隠れてしまってよく見えなかった。幸い、それでも分岐点などを乗り換える4箇所の“難関”を無事正確に通過し、キョンイン高速道路の上り車線へ乗り上げることができた。

その夜、K君からもらった日本語の文学作品などが入ったCDを、苦労して解凍した。それらは全部圧縮されていたのだが、インターネットからソフトをダウンロードして解凍し、さらに、通常のウィンドーズでは読み取れない圧縮ファイルをコンバートするソフトを見つけて、それをダウンロードして読み取れるようにした。いや実に、3回圧縮されたファイルもあった。

ただ、残念といったらいいのか、方法があるのかは分からないが、HTML形式になっているファイルに、完全に文字化けしてしまっていて、私の技術では読める状態にできないものがいくつかあった。テキストファイルになっているものは、全部文字化けしているようだった。また、JPEGの画像ファイルになっている漫画も千枚以上あった。

彼は、私にコーパス資料が必要なことを知っていて、これらのデータをくれたのだが、漫画はちょっとデータにはなりそうもない。それに、残念だが、私の趣味ではなかった。しかし、全体的には、大変な量の貴重なデータが集まった。

K君はコンピュータの専門家だが、私はパソコン音痴に毛の生えた程度だから、こういう作業はえらく苦労する。残された難関は、文字化けしたファイルを復元することだ。

そんなことをしながら、明け方に床に就いた。

5月14日(金)

at 2004 05/16 00:54 編集

授業を済ませ、宿題のチェックも終えてから、言語教育院を出て、研究室へ行った。実に久しぶりのことだ。

語学堂脇の坂道を登っていると 연세대학교 の森の中から拡声器を通して人が叫ぶ声が聞こえ、また、人々の歓声が、森の中の風の音のように、響いていた。語学堂の脇を過ぎ、警備員室があるところまで来ると、その音はかなり大きく響いていた。そして、청송대(聴松台)の中の坂道を下るとき、その音は松林の中を響き渡っていた。ああ、大変だ。今日もまたうるさくて、勉強も仕事もはかどりそうにない。

それで、昨日K君からもらった資料を 아래아한글 のファイルにコピーする作業をした。やってみて驚いたのは、その資料の質のよさだ。コーパス資料としてみたら、偏りはあるのかもしれないけれど、書かれた日本語としては、とてもいいものだ。

屋外コンサートの響き渡る声は、延々と続いた。夜11時に研究室を出たとき、そのコンサートもようやく終わり、学生たちがぞろぞろと、山の右から左から下りてきていた。

5月15日(土)

at 2004 05/16 04:11 編集

朝、起きられなくて、朝6時半から教会でやっている日本語礼拝の聖書勉強会に参加できなかった。

起きてから、ギリシャ語を習いに 한국정교회 へ行った。今日はテストを渡されて、やってご覧といわれた。しかし、分からない言葉が多すぎて、できなかった。何を問うているのかすら分からなかった(笑)。これは韓国外大の学生たちにあさってテストするものだという。この難しい試験問題を見て、学生たちの伸びの速さに驚いた。神父さんは、私がテストに答えられなかったので、これは宿題だといい、次回までに解いて持ってくるようにと言われた。

勉強の後で、一緒に近くの日本式料理店へ行って、神父さんからご馳走になった。神父さんは私にマグロのステーキを勧めたが、それは高いし、以前ご馳走になったことがあるので、알밥(訳して“卵飯”)をご馳走になることにした。これは、ご飯に魚の卵を載せたものが、焼けた石鍋に盛られて出てくる。それを、まだ焼ける音がするうちによく混ぜて、食べる。韓国の日本式料理店には、日本にないと思われる料理がけっこうある。それがまたおいしい。これは日本に輸入できると思う。

神父さんも 알밥 にすると言われたが、店の人が、でもこの魚の卵は火が通っていない状態で出てくるから、ダメなんじゃないですかといった。ただ、熱いうちに混ぜれば火は通るそうだ。ギリシャでは生魚を食べないことを店の人は知っていて、心配して言ってくれたのだ。それを伝えると、“O apostoloV PauloV leei, Panta dokimazete to kalon katecete.(使徒パウロは、何でも試してみて、よいものは自分のものにしなさいと言っています)”と言い、神父さんもアルバプを試してみると言われた。

食事中、ワインの話が出た。私はキリストを信じて何ヶ月かのちに、酒を断った。しかし、それは私の信じる教義によるものではなくて、神との個人的な関係によって起こったことだった。これを説明するのは、私の拙い英語力ではとても難しいので、神父さんの知っていそうな韓国語も混ぜて話した。

なぜこのようなことを、同じキリストを信じる神父さんに説明する必要があるかというと、聖書にはもともと酒を飲むなとは書いてないし、ギリシャでは1日に1杯の葡萄酒は、健康を増進するものとして重んじられているからだ。禁酒の教理がない正教会にとって、プロテスタント教会の禁酒は理解できない教理だ。そして、私自身はクリスチャンが酒を飲んではいけないとは思っていないにもかかわらず、アルコールを一切断っていて、それが偶然プロテスタントの教義と一致している。そして私はプロテスタント教会の信徒だ。そういう複雑な事情を、どうして英語の苦手な人が英語で説明できるだろうか。

イエス様は、最初の奇跡で、結婚式の日に水を良質の葡萄酒に変えられた。それを信じる信じないにかかわらず、その意味するところは、イエス様が葡萄酒を、善きものとされたということだ。さらにまた、ファリサイ派の人たちは、イエス様を“のんべえ”だと非難した。教会ではこれを、イエス様に対する根拠のない誹謗だったと教えるが、私はそうは読解しない。それがイエス様の口から出た文脈を考えると、イエス様が葡萄酒をたしなむことに対し、ファリサイ派の“清く正しく”生きる人たちは、不快感をもっていたに違いない。また、聖餐式では、パンと葡萄酒をいただく。これは、たいていのプロテスタント教会では、葡萄の抽出液だが、もともとは葡萄酒だった。実に、飲酒者を厳しく締め出す教会には、イエス様も入れないことになる。

また、聖書では、酩酊を戒めてはいるが、少量の酒を飲んでもいいか悪いかという議論はない。一方、聖書は慈善を非常に強調していて、最後の裁きでは、慈善を行わなかった者を“悪者”と断罪している。それは、旧約聖書の預言書でも、同じように厳しい口調で書かれている。聖書では、いけにえをささげること以上に、慈善を強調している。あたかも聖書は、たとえ神を崇敬するのであっても、神は宗教を憎まれると、言っているかのようだ。そういう聖書を前にして、飲酒云々というのは、信仰の問題として論じる意味がないくらい瑣末なことだと、私は考えている。

そのように考えているにもかかわらず、私はアルコールを取らない。だから、自分の立場を支える根拠が必要だ。そしてその根拠は、聖書には葡萄酒を飲まない人もいたという事実に置いている。その代表者が、バプテスマのヨハネだ。彼は、飲むものといえば、水だけだった。そして、そのヨハネに対し、イエス様は、天下でいちばん偉大な者と賞賛されている。ここから、イエス様は断酒を否定されなかったことが間接的に読み取れる。ヨハネの断酒は、普遍的な教義ではなくて、個人的な信仰のあり方だ。神父さんの解説を援用すれば、一種の“fast”としての断酒ということになる。

神父さんからおいしいアルバプをご馳走になったあと、교보문고 へ行った。本当はそこへ行った目的は、북클럽 のパスワードが思い出せないので、確認するためだったのだが、行って本を見ているうちに忘れてしまった。

結局、『生成文法の企て』(ノーム・チョムスキー/福井直樹・辻子美保子訳、岩波書店)を買った。“企て”という言葉が心を引いたからだ。帯には「その科学観と言語観を語りつくす」と書いてある。自分が読んで理解できるかどうかは分からないが、理解できる部分もあるだろうからと思い、このかなり値の張る本を思い切って買うことにした。それと一緒に『英会話は時間のムダ!』(和田秀樹著、ゴマブックス)も買った。

『生成文法の企て』を手に取って前の方を読みながら、何と立派な製本だろうと思った。ページの開き具合も、紙質も、印刷も、全てにおいて完璧なつくりだ。これが何十年かあとには、貫禄のある古書となるだろうことは十分察せられる。奥付を見ると、「印刷・三秀舎 カバー・半七印刷 製本・松岳社」と書いてあった。なんと、それぞれちがう会社で作業しているのだ。それが、この芸術作品のような本を作っているわけだ。

家に帰ってきてから、冷凍食品の 짜장면 を食べた。농심 から出たものだが、けっこうおいしかった。妻といっしょに食べたので、食べたりなくて、そのあと 짜파게티 を茹でて食べた。同じ 농심 だが、ずいぶん味がちがうなあと思った。やっぱり、値段が少し高いだけあって、冷凍食品の方がいける。

そのあと机に向かったら眠くなって、本も読まずに眠ってしまった。

夜中に起きてから、今日神父さんから聞いた“Panta dokimazete to kalon katecete.”という言葉を“Handkonkordanz zum griechischen Neuen Testament”で調べてみると、第1テサロニケ5章21節にあった。新改訳聖書を見ると、「すべてのことを見分けて、ほんとうに良いものを堅く守りなさい」と書いてあった。私が耳で聞いたときに理解した「何でも試してみて、よいものは自分のものにしなさい」という意味とはずいぶん感じが違うなあと思った。何よりも、この部分の新改訳聖書の訳語は、難しくてよく理解できない(笑)。

ところで、神父さんの引用された文は、聖書箇所では、“Panta de dokimazete to kalon katecete.”となっている。引用するときに“de”を省いたわけだ。この“de”はギリシャ語を引用しようとするときに、文脈を乱す頭の痛い小辞だが、ギリシャの人は、いとも簡単に省いてしまうようだ。考えてみれば、私も日本語では“……。〜のだ。”となっている文脈で、“のだ”の付いた方の1文だけを引用するとき、“のだ”は省く。“のだ”まで入れて引用すると、文脈が乱れるからだ。ギリシャ語と日本語の、引用における興味深い共通点だと思った。

5月16日(日)

at 2004 05/16 16:36 編集

日曜日には教会へ行こう、ということで、今日も日本語礼拝へ行ってきた。

今日の説教は北野伝道師先生で、聖書箇所は第1コリント2章11〜16節。説教の題は『キリストの心をもって生きる』というものだった。この箇所の内容は、人の心はその人の中にある霊しか分からないように、神のみこころは神の霊にしか分からない、そして、キリストを信じる私たちの中には、その神の霊がおられるのだというものだ。

説教の初めに、神学校では、啓示と呼ばれるものに、一般啓示と特別啓示とがあることを学ぶという話をした。一般啓示とは、私たちが自然現象を見ながら、神の働きを感じ取ることを言うそうだ。そして特別啓示というのは、神が直接語られることを言うそうだ。私たちは、その両方によって導かれているのだということだ。

キリスト教が伝えられ始めた当時、ローマ帝国内のローマ人やギリシャ人たちは、スコラ哲学の考え方に支配されていた。しかし、哲学というのは真理に到達できず、真理の周辺を回るばかりだった。一方、ユダヤ人たちは、血縁によって救われると信じていた。

クリスチャンの信仰というのは、それらとは異質のもので、哲学でもないし、血縁によるものでもない。そのように、ローマ人やギリシャ人、またはユダヤ人のような「生まれながらの人間は、神の御霊に属することを受け入れ」ないわけだ。

ここで面白いと私が個人的に思ったのは、「生まれながらの人間」とは、ギリシャ語で“yucikoV anJrwpoV”と書かれていたことだ。“yucikoV”というのは、英語の形に直すと“psychic”になる。まさか超能力者のことをパウロが批判しているわけではあるまい。それで、礼拝中だがちょっと失礼して、辞書を引いてみた。すると、“yuch”が“いのち”の意味なので、「生命の、生命に属する、生命固有の」という意味がまずあって、そこから派生して、「精神活動をする人格的主体が肉であるために持っている(性質)、自然の人間が不可避的に性質として持っている、自然のままの、息をしている生身の、肉的、肉に属する、動物的」という意味が続く。“超能力”という意味は、微塵もない(笑)。

まさに、本然の人間的性質は、神を受け入れることができないのだ。それと神のみたまによるものとをわきまえるには、“愛する人か、分裂する人か”ということを見ればいいそうだ。この“わきまえる(anakrinein)”という言葉は、裁判などで使う用語だそうだが、辞書を見ると、「1)審問する、問いただす、取り調べる。2)吟味する、精査する、調べる。3)(批判の対象にして)評価を下す」とある。形としては“katakrinein(罪に定める)”と逆だが、意味は逆というよりは、方向性が違う。“katakrinein”は罪とされるけれど、“anakrinein”は必要なことらしい。

今朝の説教で、하용조 牧師先生が言っておられたそうだが、私たちは信じたばかりのころは、信仰がどんどん成長していくのだそうだ。しかし、ある決定的な瞬間に、自分の理解を超えた問題にぶつかる。それによって、みたまにゆだねることを学ぶのであるという内容だったということだ。

北野先生も昔、教会でいろいろ問題があることを知り、悩んだことがあったという。そのとき先輩が、「クリスチャンはアフターケアが違うんだよ」と言ったそうだ。問題があってそれを批判し続けるのは、世の人と同じだ。そのことで祈り、神にゆだねることが、クリスチャンの生き方だという話だった。私だったら一緒になって、そう、その人ひどいねなんて言ってしまいかねないが、それは信仰の面において、かなり問題のあることなのだ。

私たちは、自分の頭で考えるだけでは、何がみこころかを知ることはできない。しかし、私たちにはキリストの心がある(hmeiV de noun Cristou ecomen)。あるいは、キリストの思想、キリストの考えが、主の霊によってもたらされるのだ。이기훈 牧師先生は「信仰は私たちの内的表現、従順は外的表現」であると言われたそうだ。神の霊によって、私たちは、内的にも外的にも、キリストの心を表すようになる。

このようにしてキリストに従うことは大きな祝福である。北野先生の言葉によれば、“ずるいくらいに”そのことで得をしているという。そのように、キリストの心によって生きていくことを、北野先生は勧め、その説教の結論としていた。

今日は日本語礼拝に牧師先生がいなかったので、「主の祈り」をもって礼拝が締めくくられた。そして、いつものように、賛美をもって礼拝は終わった。

日本語礼拝の賛美のときに、いつも抵抗を感じるのは、その賛美の歌詞が、韓国語の美しい賛美から急いで訳されたもので、言葉がギクシャクしているということだ。聖歌隊の歌声が下手でも、一生懸命歌っているのはほほえましいし、そこに賛美の真髄が見られるので、むしろ恵まれることもある。でも、賛美の言葉がおかしいのは、賛美する気持ちを大きく殺いでしまう。

「世の誘惑の中にあっても主のきよい花嫁になる」という流暢な口語の直後に、「いのち主にささぐ」と文語が来る。それだけでもずっこけるが、これをいちいち「わがいのち主にささげん」の意味だと頭の中で訳しながら歌うのは、本当に疲れる。「ささぐ」では意味が不明瞭だ。少なくとも「ささげん」にしないと、意味がはっきり伝わらない。そもそも、その部分がいきなり文語になってしまうという点が、この賛美を大いに傷つけている。

急いで訳した賛美の中には、間違った表現がよく目に付く。「わが道、行かしたまえ」は、まるで不信仰の宣言のようだが、実際はそうではなくて、文脈から無理に解釈すれば「わがゆく道を、みちびきたまえ」の意味だ。それに、「たまえ」の前にある「行かす」は四段活用ではなくて、下二段活用の「行かせたまえ」になるはずだ。

「我ら御座に集い」というのも、すごい話だ。私たちは“御前”に集うことはあっても、御座の上に集うことはないだろう。いくら神が大きいとはいっても、その玉座の上に、神でない私たちが集まるというのはおかしい。そこは神の座られる場所だからだ。神の座られる場所を乗っ取ろうという歌詞は、賛美とはいえない。

また、「祝福の通りくだ」というのは、上のように致命的な間違いではないけれども、変な表現だ。「通りくだ」というのはたぶん、某伝道師先生の作った用語だと思う。これはきっと、日本語を愛していないことによって生み出してしまった、悲しい複合語に違いない。ちなみに「通りくだ」で検索すると、どれも二つの文節をまたいで検出される。その例はこうだ。

「お通りください」、「どーぞお通りくださいとばかりに」、「(『管を巻く』の意味は)おっしゃる通り『くだ』がぶんぶん音をたてるように」、「いつも通りくだを巻いている」、「その字の通り、くだら寺でしょう」、「いつも通りくだらん話して」、「思った通り『くだんねー』て言う顔になった」、「ご案内した通り、くだんの病院で」、「予想通りくだんの」、「お察しの通り、くだもの」、「地図通り、くだもの街道を来て」、「その名の通りくだものの直売店が並んでいる」、「形の通りくだものの『ぶんたん』の形から」、「噂通りくだものがおいしい」、「学園通り・くだもの店」……

そういうことを考える私は、やはり“プシヒコス・アンスロポス”にちがいない。こういう言葉の問題は、私にとっては自分の理解を超えたことなのだ。

5月17日(月)

at 2004 05/19 21:09 編集

午後、ある日本語教材を作る出版社に勤める人から電話があって、「さえ」と「でさえ」の違いは何かと質問された。たしかに「さえ」と「でさえ」は違う感じがするのだが、どう違うのかはっきり分からず、答えられなかった。『日本語文型辞典』では、「さえ」の項目に、ひとつだけ「でさえ」の用例が載っている。これだけでは、「でさえ」の特徴はつかめない。

이화여자대학교 の駐車場に車をとめて、연세대학교 へ行った。情報通信処へ行き、学内でのインターネット接続IDをくださいというと、IDではなくてIPアドレスで、それは 연세대학교 のホームページにログインして申し込むのだと言われた。

そのあと図書館へ行った。ギリシャ語の学習書で解答の付いているものを探したが、なんと、十数冊ある日本語と英語のギリシャ語学習書に、解答付きのものはなかった。しかも、ギリシャ語作文の教材が2種類あったが、それも解答が付いていなくて、英語のセンテンスがあるだけだった。唯一、『外国語上達法』でも紹介されているケーギの教材があり、それには解答が付いていたが、これは“第2巻”と書いてあって、しかもドイツ語で、それも昔のヒゲ文字で書かれていた。表紙に“Kaegi, Griechisches Ubungsbuch II”と書かれていた。1920年の版だ。ギリシャ語の妙な文字とドイツ語の妙な文字との取り合わせは、実に妙なものだ。(笑)

연세대학교 の図書館は、新しい本が乏しいことで有名だが、こと日本語で書かれた本に関しては、古い本はたくさんあった。それらを見ながら、昔は本格的に勉強させる本が多かったんだなあと思った。

ふと気になり、ドイツ語の棚も見てみた。ここにも日本語で書かれたドイツ語関係の本がたくさんある。古そうな本を探していると、すごいのがあった。ドイツ語はもちろんヒゲ文字で、日本語も、なんと文語体で書かれている。開いたページから、もわっと埃が舞い上がった。しかも、序文は縦書き。それも、左から右へ読ませる縦書きだ。これは日本語の資料としても面白い。

そのような日本語で書かれたヒゲ文字ドイツ語の学習書は何冊かあって、口語だけれども漢字片仮名混じりのものもあり、口語で漢字平仮名交じりのものもあった。どれも文法訳読式の教材で、独日と日独の翻訳問題が載っている。面白そうだったので、そのうち1冊を借りることにした。その中で、ページ数も百ページを少し超えるだけの『独逸小文典』(山岸光宣著、大学書林、1930年)を借りた。なんと、出版社が大学書林だ。このときから大学書林があったとは驚きだ。見ると、巻末の出版案内にも「語学四週間叢書」が載っている。ただし、著者の顔ぶれが違う。

それにしても、このヒゲ文字は、眺めているだけで頭が痛くなる。考えてみれば、森鴎外も、関口存男も、このヒゲ文字でドイツ語を習ったのだ。昔の人は偉いなあ、という妙な感慨にふけった。

夕方、研究室で강해수氏と“이나”について話をした。彼は一貫してそれを論文のテーマにするのには否定的だ。その理由としては、あまり出てくるものがなさそうだということもあるが、私が日本語との対照を行おうとしていることにも否定的で、対応する日本語が、本当に正確なのかということが問題になるといっていた。私はそれに対して、これは論理的な関係を表しているので、もし誤訳しているとなると、その列挙する目録が違ってきてしまうはずだから、間違いはすぐに分かるはずだと答えた。“이나”と“や”が多くの訳で対応するのは、それなりの根拠があるはずだ。

ただし、“이나”には私の気付かなかった制約があることを学んだ。たとえば、“그 사람들의 주식은 밥이나 떡이다.”という文はおかしいという(こんな状況があるかどうかは知らないけれど)。しかし、“떡이다”“떡일 것이다”にすればおかしくないそうだ。

日本語ではどうなのだろう。「彼らの主食は米飯や餅だ」が自然かどうかという意見は、人によって違うかもしれない。変だといえば変だが、これは、主食が何種類もあるのは変だからだろうか。一方、「彼らの主食は米飯か餅だ」では、どちらかが正しいのだろうけれども、はっきりしないので二つを挙げて推測している。形は断定形だが、意味は推測だ。

私たちは米を主食にしているけれど、そばやうどんも主食だし、もちを主食にするときだってある。パスタは西洋ではスープに入るそうだが、私たちは主食として食べる。それに、パンだって主食になる。パンとご飯が一緒に出されたら困るという人は、けっこういるのではないだろうか。それは、それぞれが主食だからだと思う。とすると、日本人の主食は、米やうどんやパンなどと言えるか。いや、何となく変だ。理由は分からないけれど、おかしい。

さっきの用例も、“그 사람들의 주식은 밥과 떡이다.”にすればオーケーだというが、「彼らの主食は米飯と餅だ」だったら、確かに問題はなさそうだ。

でも、非文か文法的な文かの区別を決めるとき、そもそも論理的におかしい文を作っても意味がないだろう。それは、何語でもおかしくなるのだから。

9時半ごろ강해수氏が帰ろうとしていたとき、もしよかったら、私の持っている韓国語の資料を差し上げましょうかというと、資料はたくさんあるからか大丈夫ですという。この間は自分で入力して大変だったと言っていたから、いったいどんな資料を手に入れたのだろうと気になって尋ねると、見せてくれた。세종계획だ。驚いて、どこで手に入れたんですかと聞くと、とにかく手に入ったのだという。それで、もしよかったらバックアップをとらせてもらえませんか、いまとってお返ししますからと頼むと、いいですよというので、すぐにバックアップを取らせてもらった。

すぐにそれを開こうとしたが、日本語のウィンドーズでは出てくる警告文が文字化けしてしまって読めない。ハングルのウィンドーズで使用しなければならないようだ。

5月19日(水)

at 2004 05/22 04:47 編集

言語教育院に着いて車を置き、이화여자대학교 の学生文化館へ行った。そして、そこの文房具屋で必要な物を買い、出てから本屋に寄ろうと思ったが、どうしたわけか、本屋が見つからなかった。それでまた戻って探していたが、そのとき、学生休憩室のわきにレコード屋があるのが目に入ったので、入ってみた。

レコードはそれほど多くなかったが、ウォークマンやボイスレコーダーなども置いてある。店の主人がいる後ろがわに、パソコンに付けるスピーカーがあるのを見つけた。見ると、値段も高くなく、いちばん安いのが8千ウォンで、高いものでも2万ウォン台だった。主人に、見てもいいですかというと、親切にいろいろ説明しながら見せてくれた。その中から、“PILLAR CS-3000”という種類のが1万2千ウォンだというので買った。

家に帰ってから、部屋の机の上に置いてあるノートパソコンに取り付けてみた。低音が出ないので、軽々しい音だけれども、高音の伸びはまあまあいいようだ。

5月20日(木)

at 2004 05/25 03:47 編集

人と会う約束が終わってから、言語教育院で授業が始まるまで少し時間があったので、교보문고 へ行った。先日、最近売れているという日本語の“첫걸음(=初歩)”教材が話題にのぼった。出版社も初めて見るような名前で、著者も知らない人だ。

교보문고 に着いて、日本語教材のコーナーへ行き、첫걸음 教材がたくさん積んであるコーナーへ行ってその本を見ようとした。しかし、そのあたりをいくら探しても見つからない。おかしいなあと思ったが、店員をつかまえて、探すのを手伝ってもらった。すると、すぐにコンピュータで調べてくれ、本のある場所へ連れて行ってくれた。

言語教育院へ行き、授業をした。ちょうど休み時間で講師室に戻ったとき、妻から電話があった。昨日パク執事のことで祈ったが、執事の会社で今日決済があるのだが、15億ウォン不足していて、そのお金が工面できなくて、会社は最大の危機に直面し、執事も心身ともに疲労して体調を崩し、祈る気力すらないということだった。ちょうどそのとき、教会の姉妹たちがうちに来ていて、私も加わって一緒に祈ったのだが、今日銀行が取引を終了する少し前に、不足分全てが回収されて決済に間に合い、会社は危機を脱したという。思わず“Doxa tw Qew!”と叫んだ。

そのあと、中級クラスの授業に入ったが、1時間目が終わろうとしているとき、学生が、実は今日ピザを注文したと言った。あと10分でこの教室に来るという。以前このクラスで、学生たちが一緒に食事をしたことがあったそうで、そのときの会費が余っていたのだが、今日は最後の授業だから、どうしてもそのお金を使ってしまわなければならなかったのだそうだ。

ちょうど休み時間になるころ、ピザ屋のデリバリーが来た。2枚のピザが机の上に置かれた。コの字型になっていた机をT字型に付け、そこにピザを置いて、みんなで食べながら、いろいろ楽しく話をした。学生の中に一人、香港から来た男性がいるが、他の学生たちがその学生に、ゆっくりと韓国語で話しかけていた。彼は3ヶ月しか韓国語を勉強していないのに、もうやさしい韓国語がだいぶ理解できるようになっていたので、みんなで驚いた。

授業が終わってから、宿題のチェックをした。それが終わってから、その本をもう少し詳しく見てみた。まず、大きさはB5サイズで、190ページある。書名は訳せば『제대로된 일본어로 배우는 일본어 첫걸음』で、出版社は Digis of Japanese という。著者は 김인숙、監修者は桑野昭子という人だ。何一つ私の知っている名前がその中になかった。

この本の特徴は、テープが3巻ついている上に、MP3のCDロムがあるという点だ。さらに、『4개국어 어휘집』という小冊子までついている。この小冊子の著者は、이정혜 という。小冊子は失敗作のようだった。旅行用の語彙集だが、場面別に15のパートに分かれ、それぞれに、韓国語、英語、中国語、日本語の順で単語が並んでいる。単語しかないから使い方も分からないし、だいいち場面別だから、単語を探すのに時間がかかる。文庫版で200ページをこえるのだから、むしろハングルの字母順に配列した方が使い勝手がよかっただろう。

言語教育院の入口が閉められる11時まで、少しだけ時間があったので、メールチェックをした。K君からメールが来ていた。カナダの自宅に到着したとあった。それで返事を書いていたが、とちゅうで部屋全体の電気が一瞬消え、そのときコンピュータの電源も切れてしまった。見ると、講師室の奥半分の蛍光灯が消えていた。この建物に落雷があったようだ。それで、言語教育院を出た。正面玄関の前に車を泊めておいたが、すごい雨で、玄関から車までのわずかな距離を行くだけで、すっかり濡れてしまった。

家に帰ってから、もう一度今日買った 첫걸음 教材を見た。拍子はテカテカした螺鈿のような光沢があり、着物を着た若い女性がこちらを見て微笑んでいるのが、ちょっと嫌な感じがする。その女性の姿は、写真のようにも見えるが、コンピュータグラフィックのようにも見える。拍子の右肩には“発音+会話+文法”、“イラストで学ぶ!”、“オールカラー現地撮影!”と書いてある。

中身を開くと、なんと平仮名とカタカナの練習だけで30ページもある。ただし、文字が大きく、書く空間も取ってあり、練習帳も兼ねている。そのあと1課に入る前に、日本語のいちばん基本的な構造と考えられる名詞文と存在文、それに挨拶が、10ページほどある。字も大きく、余白も十分取られていて、さらにカラーで印刷されているので、圧迫感を全然与えない。この部分は、この教材の出色の新機軸だと思う。こういうことをした教材としては、白水社の『朝鮮語の入門』を知っているが、その本の例文では「ここに牛がいる」、「そこに羊はいない」などの、実用性の乏しい例文で始まっている。しかし、この本の例文は、「まりこさんは学生ですか」、「これは何ですか」のような、比較的初学者にとって緊要な例文を取っている。

そのあと、57ページから1課が始まる。各課は場面または話題別にまとめられている。挿絵は、ニセ日本とニセ日本人(辮髪のような髪形をしている)が多く登場するニセモノだが、韓国人から見れば、日本的に見えるのだろう。日本の韓国語教材もそんなものかと思うとゾッとする。主人公は、민수 という名の大学生だが、なんと第1課で初めて訪問する家の家人に、「これは贈り物です」と言いながら、盆栽を手渡している(笑)。また、そのページに「来客を迎える丁重な挨拶」というキャプションの付いた写真があったが、挨拶をしているのは舞妓だった。この教材によると、日本人の挨拶は舞妓しぐさを規範とするらしい(笑)。第3課では登場人物のうち、おじいさんの顔立ちが松本智津夫にそっくりなのは、ギョッとさせられる。それから、ここに初めて誤植を見つけた。祖父が“そぶ”となっていた。

本文は平凡だが、まあ大きな間違いはない。本文のあとに、文法の説明があるが、本文に出てきた例文を説明しているページと、そこに出てくる中心的な文法をまとめて説明しているページとに分けてあって、文法説明はイラストを使って分かりやすくなっている。そのあとに“ポイント”というページがあって、その課の場面や話題で必要な表現や語彙の補充説明がある。この部分は、学習者の立場をよくわきまえて作られたと思う。そして、課のいちばん最後には、日本文化や日本事情の紹介がある。この部分は、表面をなぞっただけなので、面白くない。また、韓国の教材の特徴として、索引がない。これは本当によくない習慣だ。

また、オールカラーである意味はどこにあるのだろうという疑問を感じさせる散漫さがあるのは、イラストが下手なのが理由だろう。見た目は感じのいいキャラクタだが、ニセ日本であるという点と、例文や語彙のイラストは、余計な情報が多すぎて、イラストとしての機能が鈍っているものが多いという点によるのだろう。イラストレーターは、自分のかいた絵が教材であるという認識が欠けていた。このように、全体的に見て、日本人の日本語教師の目からは不満な点が多い。

しかし、企画としては、うまく作られている。学習者の立場から見て、勉強しながら気になる点が、次のページにはひょいと顔を出しているといった、気の利いたつくりになっている。余白が多いので、メモを書き込む空間に困ることはない。

MP3は、6つのファイルになっていて、どうやらテープの1面を一つのファイルにしているらしい。一つのファイルの長さは約30分ほどになっている。聞いてみると、K氏とS氏が録音していた。テープは講師室に置いてきてしまったので、内容は分からないが、たぶん同じものだろう。カセットテープとMP3の両方を本に付けたという点は、この企画の強みだ。以前、ある出版社の人に、CDが韓国でまだ一般化しきっていないのなら、テープとCDの両方を付ければいいと言ったことがあるが、それは読者にとって無駄ではないかと言われてしまった。しかし、それをどこで盗み聞きしたのか、この出版社は実行した。しかも、値段も1万3千5百ウォンとかなり安い。日本でこういう教材がこんな値段で手に入るだろうか。そのサービスのよさと値段との兼ね合いが、消費者を引き付けたようだ。

ところで、以前、時事日本語社の社長が、「いい学習書か悪い学習書かは、本を買うとき判断できない。その学習書を読み終わって初めてそれが分かる」と言っていた。真理の言葉だと思う。私は新約聖書ギリシャ語を勉強したとき、それが悪い教材だということを、読み終わって初めてはっきりと知った。この日本語チョッコルム教材は、問題はあるが、悪い教材ではなさそうだ。そして、中身の構成にも、音声教材の企画にも、新しいアイデアを取り入れて、学習者の便宜を図っている。

ちなみに、この本の奥付を見ると、著者・発行者・製作者の4人の名前が載っているが、4人とも女性だ。そして、表紙に載っている監修者も女性だ。この聡明な女性たちの細やかな心遣いによって、この教材は作られた。そういえば、D出版社でも、辣腕の編集者は女性だ。出版の仕事は、頭の柔軟な女性に向いているのかもしれない。

5月22日(土)

at 2004 05/27 13:24 編集

ギリシャを習いに 애오개 の 한국정교회 へ行った。

今日は、以前から気になっていた、新旧約の言語聖書の背表紙に書いてある“logoV euaggelion”の解釈ができなかったので、神父さんに意味を聞いてみた。しかし答えは、このギリシャ語は間違っているとのことだった。“logoV euaggeliou”にすべきだというのだ。それだったら私も理解できたろう。

5月23日(日)

at 2004 05/27 13:25 編集

教会の日本語礼拝では、礼拝を兼ねて修養会へ行ったので、私は夜、본당(=本堂)の礼拝に出た。

説教は 이기훈 牧師先生で、説教の聖書箇所はマタイの福音書20章29〜34節だった。心に染みる、とてもいい説教だった。

5月25日(火)

at 2004 05/27 13:30 編集

聖書勉強会に行った。今日は私が司会をした。先週司会者を決めるのを忘れてしまったので、私がすることになったのだ。久しぶりの司会は、冷や汗のかき通しだった。

今まで聖書勉強会にほとんど毎週来ていた姉妹が、今週から仕事ができて、来られなくなった。普通なら残念に思うところだが、私はとてもうれしかった。それは、先週私たちが祈ったことが、見事に実現したからだ。

その姉妹は、韓国人の男性と結婚しているのだが、新入社員の彼の収入では貯金もできない状態だという。それで、そのとき司会をした土田姉妹が、祈りの課題を一人一人に求めたとき、彼女は日本語教師の仕事が得られることを祈ってくださいと頼んだ。私はそのとき、仕事は必ず来るものだし、みこころならば、大学で教えることもできる。ヘブライ人奴隷のヨセフがエジプトの宰相になったのだから、どんなことだって起こりうると言った。

その次の日、ある人から電話がかかってきて、ある大学の教養科目で日本語の先生を急遽必要としているという話を聞いた。最初は私にどうですかと言うのだが、時間的に私ができるような仕事ではなかった。そのとき、仕事をほしがっていた姉妹のことを思い出した。それで、彼女を紹介してもいいですかと聞き、その姉妹の経歴などを話すと、オーケーだという。それで、その姉妹に電話して、その紹介してくれた人に電話をするようにと言った。

翌日姉妹はその大学へ行き、話は決まったらしい。それで、今日から働くことになった。私はこの展開を目の当たりにして、非常に驚いた。この時期に大学で仕事の話があることはまずない。それが1週間で決まって働き始めることになるとは、奇跡としか言いようがない。本当に、祈りが叶えられるときは、どんなことだって起こりうるのだ。

三浦綾子は、クリスチャンの仕事は祈ることだと書いている。祈るのは決して楽な仕事ではない。否定的な気持ちに襲われて祈れないこともある。聖公会の故 대천덕 神父は、祈りは労働であるとまで言っていた。しかし、祈りが叶えられたときの喜びはひとしおだ。自分がその人の問題解決に参与したという気持ちがあるからだ。もしかしたら、それはただの偶然だという人もいるだろう。それに対し 하용조 牧師先生は、「確かにそれは偶然かもしれません。しかし、祈れば偶然が多くなります」と言っている。本当にそうだと思う。

5月26日(水)

at 2004 05/30 19:29 編集

昼に、충신교회 の目の前にある“보나”という和食レストランへ行った。ご馳走になったのだが、なかなか美味しかった。材料選びにも味付けにも神経が行き届いていて、おいしかった。

店長に“보나”という店名の意味を聞くと、ラテン語で“よい”の意味だという。それ以上は聞かなかったが、もしラテン語の形容詞“bona”だとしたら、女性単数か中性複数だから、それを指す名詞の意味があるだろう。まあ、深く追求するのはよそう。

この店長は、つい最近まで大阪でブティックをやっていたそうだ。今まで割烹をやってみたいとずっと思っていたが、割烹料理は韓国人の好みに合わないので、なるべくそれに近い形の無国籍料理で、自分の夢を実現しようとしたのだという。なるほど、いい考えだ。

보나の電話番号は、790-3696。今のところは、予約して行く必要はない。

そのあと 교보문고 へ行って、先月注文していた『外国語の水曜日――学習法としての言語学入門』(黒田龍之助著、現代書館)と『英語と私』(松本亨著、英友社)を買った。妻はそれを見て、本当に言葉が好きなのねと言った。いわれてみればその通りだ。

夕方、韓国人の友人に会うために、また 교보문고 へ行った。彼は最近英語の勉強をしたいと思っているらしい。私は作文の勉強をすることを勧めた。なぜなら、それは彼が日本語の勉強をするときに成功した学習方法だったからだ。

彼は外国語でも何でも、ある本を勉強するとき、それを最初から終わりまで全部書き写す(またはパソコンで打ち出す)癖がある。これは大変な根気を要する作業ではあるが、語学の達人にそのような学習法をしたという人はいないし、外国語学習法の本でも、全文を書写するという方法は勧められていない。書写を勧める人はいるが、覚えたい例文や文章を、手に馴染むまで何度も書写するということで、本1冊を1度書写するということではない。(まあ、何もやらないよりはましだけれども。)

ロンブ・カトーは『わたしの外国語学習法』で、「どんどん課を消化してゆき、出されている問題は全部解いてゆきます」(201頁)とアドバイスしている。これはとても大事なことだ。特に作文は、問題を解いてみなければ力にならない。これを粗忽にして、分かった時点ですぐに次へ移ってしまい、出されている問題は自明のこととして省略してしまう人は、多いだろう。私もその口だった。こういうことをする理由は、早く上手になりたいという焦りから来るのだと思うが、結局は逆に習得を遅らせるし、後ろへ行くにつれて負担を増大させて挫折させる可能性も高めてしまう。

作文で彼が日本語の学習に成功したのは、作文というのはその言語を生成させる訓練だからだ。ひたすら音読していても、それだけで言葉を生成させる能力を身に付けるには、大変な時間を要する。音読なしに作文だけしても、たよりない実力しか身に付かないけれど、音読だけして作文をしないのもまた、その知識を怪しいものにする。音読は必ず必要だが、それは万能ではない。その言語を自分で意味にあわせて生成できなければ、使い物にならないのだ。

結局彼は、시사영어사 の作文シリーズから、第2巻の文型を身に付けるための作文教材を買った。よい選択だと思った。でも、たぶん彼が家に昔から持っているような英文法の学習書でも、訳が付いているのなら、それが英作文の教材として使えたはずだ。目的の言語と理解可能な言語とが対照されていて、それぞれの構造が分かるようにさえなっていれば、作文の教材として使えるからだ。

夜中、今日買った『英語と私』をふと手に取り、目次を見ながら目に付いた「島に流される」(114頁)という部分を読み始めた。これは第二次世界大戦のときに日本人がアメリカで理由なく配流されたり強制移住させられたりした証言だった。松本亨は抜群の英語力を持っているので、彼らの言動が生々しく描写されていて、迫力がある。

戦争中彼は釈放され、収容所に入れられている日本人に奉仕する働きを与えられ、また一方、各地の教会を訪れて講演をした。戦争がいよいよ激しくなってきたころ、牧師の試験に受かり、按手を受けた。日本人を憎悪する感情がますます高まるころ、松本亨は日本人を代表する親善大使として、日本との戦争で不具の体となった兵士や、一人息子を失った夫婦を訪れるという、命がけの仕事をした。兵士や親たちの、日本人に傷つけられその日本人を赦そうとする心の葛藤には、涙を誘う。教会の中にも日本人を憎む人はたくさんいた。どこで暴漢に遭って殺されるかもしれない。しかし、松本亨はひるまずに出て行った。

結局その部分から最後まで読んで、明け方になってしまった。

私はこの本を途中から読んだせいか、英語学習者の証言というよりは、一人の信仰者の証言として読んだ。彼はいつも、状況が他の選択を許さなかったかのように書いているが、そこには必ず信仰が決断を導いていた。松本亨は、英語学習者として優秀だったばかりでなく、信仰者としても優秀だった。私はこの人に、尊敬の念を感じた。

5月29日(土)

at 2004 05/30 19:44 編集

ギリシャ語を習いに 애오개 にある 한국정교회 へ行ってきた。今日は、明日がペンディコスティ(=聖霊降臨祭)だということで、その日に食べるお菓子を、ギリシャのコーヒーと一緒にご馳走になった。そのお菓子の名前は“コリヴァ(koluba)”といい、麦を中心に(小麦の実)、干しぶどう、胡麻、皮をむいたアーモンドなどが入った、オートミールのようで甘い食べ物だ。

小麦をそのまま食べるのは初めてだが、大麦よりも大きいので意外だった。なぜ小麦を使うかというと、これを食べながら、イエス様が「粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、それは一つのままです。しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます」(ヨハネの福音書12章24節)と言われたその言葉を味わい噛みしめるために、このお菓子を食べるのだそうだ。

甘いのはどういうわけですかと聞くと、意味は特にないが、甘ければ美味しいからということだった。もしかしたら、「そこで、私は御使いの手からその小さな巻物を取って食べた。すると、それは口には蜜のように甘かった。……」(黙示録10章10節)という言葉と何か関係があるのかもしれない、などとと私は思った。

神父さんは、明日が正教会の誕生日ですと言った。最初はピンと来なかったが、よく考えると、明日は聖霊降臨祭で、その日に教会は始まったのだった。だから、初代教会から脈々と続く正教会で、その日を自分たちの教会の誕生日だというのは当然のことだろう。

ペンテコステといえば、プロテスタント教会の大きな流れで、福音派とペンテコステ派がある。日本では両派は非常に仲が悪いが、韓国では両者の区別ははっきりしない場合が多い。福音派の教会から見てペンテコステ派の特徴は、聖霊の働きを重視することだが、その具体的な例として、異言(glwssolalia)と預言(projhteia)、それに様々な霊的賜物(carismata)を強調することだ。私はそれらを否定しないけれど、神父さんはそれらについて、fanatic であり、heretical であると、とても不愉快そうに言っていた。アメリカでたくさんのペンテコステ派の人たちに会ったそうだが、それはいつも不愉快な経験だったらしい。

神父さんが会ったペンテコステ派の人たちは、自分たちの教会だけに聖霊は働かれると考えていると言っていた。たしかに、日本のペンテコステ派にも、そのような発言をする教会があるから、多くの福音派の教会では、ペンテコステ派を嫌うのだ。そのように考えているペンテコステ派の人たちは、考えを改める必要があるだろう。地球を造られ、信じる者全てを執り成してくださっている聖霊が、ペンテコステ派の教会だけで働かれるという考えが、正しいはずがないからだ。そういう独善的な話は、韓国のペンテコステ教会の人たち、たとえば純福音教会の人たちからは、聞いたこともない。

異言と預言、その他のカリスマ(=霊的賜物)について、正教会ではどのように考えているのか、慎重に伺ってみたが、はっきりとは答えてくださらなかった。私の英語力では聞き取れないと思ったからだろう。特に、“異言”という言葉は、聖書に書いてはあるけれど、聖書に書かれていないとも言える。なぜなら、原語では“ことば”も“異言”も“舌(=glwssa)”と呼んで、区別がないからだ。聖書にはいろいろなことが書かれているが、それをどのように適用するかは、どのように解釈し受け入れるかによって、まるで違ったものになってくる。

プロテスタント教会でも解釈の割れる聖霊の働きについて、今後少しずつ質問していきたいと思った。聖霊についてもっと知りたいという願いを、きっと聖霊は叶えてくださると信じている。