ソウル生活日記


私の韓国生活日記です。時々書きます。

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11月1日(土)「逆さまにする天地」

at 2003 11/01 03:37 編集

昨日、同僚の先生から、「“天地無用”って知ってますか」と聞かれた。「上下を逆さまにしてもいいって意味じゃ、ありませんか」と答えると、その反対で、上下を逆さまにしてはいけないという意味なのだそうだ。そして、私のように解釈する人が多いが、そうではないと何とかに書いてあったと教えてくれた。

どうしてそう解釈したかというと、“天地”を“上下を維持すること”のように解釈したからだ。つまり、“上下を守るのは無用”と考えたわけだ。多くの人が、私のように考えているとのことだ。

不勉強がここでばれたわけだが、それではこの言葉はどんな風に成り立っているのかが疑問になった。“無用”はおそらく“問答無用”などのように、禁止を表す表現なのだとは理解できる。では、“天地”とは何か。

この用例と全体の意味から割り出せる“天地”の意味は、上下を逆さにするということだ。そういう意味が辞書に登録されているかが問題となる。そこで、講師室にある日本語の辞書と漢字辞典、中国語の先生たちが持っている中国語辞典などで“天地”を引いてみた。けれども、私が期待したような意味は見いだせなかった。

家に帰ってから、『古代漢語詞典』を引いてみた。しかし、ここにも「天地無用」から推測できる意味が載っていない。そこで、小学館の『日本国語大辞典』で「天地」を引いてみた。すると、載っていた! 6番目の意味に、こう書いてある。

(─する)上下をひっくりかえすこと。*滑稽本・早変胸機関「裾廻しは天地(テンチ)するだよ」

予測していた意味を表す用例は、江戸時代のものだった。今でも使われるのだろうかと思って、Yahoo! JAPANで検索してみたら、出て来た。検索結果は以下の通り。

 http://search.yahoo.co.jp/bin/query?p=%c5%b7%c3%cf%a4%b9%a4%eb

これを見ると、私と同じく『日本国語大辞典』で「天地」を調べたページがいくつか検索された。いやあ、私のような物好きが他にもいたのだ。有朋自遠方来の気分だ。それと、上下をひっくりかえすという意味で、“天地する”を現代語として使っているページもいくつかある。「鰹は1.5cm位の角切り、わさび醤油の中に20〜30分漬けておく。(途中で一度天地する)」なんて言い方もあった。面白い。覚えておいて、いつか使ってみよう。

ところで、「天地無用」の語釈は『日本国語大辞典』によると、「荷物、貨物などの包装の外側に記す語で、破損の恐れがあるため上下をさかさまにして取り扱ってはいけないという意味の注意」とのことだ。こういうのを韓国語ではどう言うのだろう。今度どこかのお店に行ったら聞いてみよう。

11月2日(日)「教会でも帰納的聖書勉強」

at 2003 11/04 02:59 編集

今週も、日本語礼拝に出て礼拝をささげた。今週から、イー・ギフン牧師先生の説教で「フィリピの信徒への手紙」の講解説教が始まった。今日はその第1回目で、1章1〜2節を「イエス・キリストの僕と聖徒」という題で説教した。

日本では、現在1年に5万人が自殺をしているそうだと、イー先生は言われた。1年に5万人とはすごい数だ。イー先生は、福音以外に日本を救う道はないと言っていた。日本事情にあまり明るくなくてそう言っているのなら、信仰によるのだろう。私はいろいろなニュースなどの情報を見ながら、同じことを考えるに至ったのだから。

聖餐式が終ったあと、B&Fの時間になった。今週から30〜40代男性の集まりは3つのグループに分かれ、私はバイブルリーディングのグループで、今日は司会をすることになっていた。私たちのグループはたった3人しかいないのだが、今日はあいにく、ほかのグループのリーダーがみんな用事があって来られず、私たちのグループに集まった。私にとって、それはうれしいことだった。食事を簡単に済ませ、すぐに聖書勉強を始めた。

今日は「使徒言行録」1章1〜11節を一緒に読んだ。最初の観察の質問は、解釈抜きの、書いてある通りを読み取って指摘するものなので、それに当惑した人たちもいた。そしてそれから解釈の質問に入ったが、今日は時間が40分しかないので、解釈の4つの質問のうち3つは簡単に済ませ、適用の質問と関係する部分での質問だけ、じっくりと話し合った。そして、最後の適用の質問に進んだが、集まった人たちの適用はみな深みのある話で、どれも素晴らしかった。みんなの話を聞きながら、私も信仰を新たにした。ほかの参加者たちはどうだったろうか。

イー・ギフン牧師先生は、会った人ごとに、ビジョンは何ですかと質問されるという。私のビジョンは、このスタイルの帰納的聖書勉強を広めることか。司会者は事前に質問を準備しなければならないので大変だが、準備をする段階で発見があり、司会をしながら参加者に目を開かせられることも多いので、司会者は得だ。またこの勉強方法は、勉強でもあり交わりでも信仰を深める交わりとしてとても有益だ。

B&Fが終ってから家に帰り、2時間ぐらい眠った。

夜、家族で久し振りに食事に行った。ナミョン駅の近く、ソンナム劇場の並びにある、トゥンナムジプというサムギョプサルの店に行った。教会で誰かが教えてくれたらしい。

この店のサムギョプサルは、薄く切った形ではなく、角棒のような形の肉塊のまま出され、その場で店員が切りながら焼いてくれる。たれが何種類か出るが、けっこう美味しく、中でもメキシコ風味のたれは逸品だ。普通のサムギョプサル屋のような脂ぎった雰囲気はなく、こぎれいで、味付けもいい。お勧めの店だ。電話は、792-8519, 792-1331。

11月3日(月)「音読50回」

at 2003 11/04 03:04 編集

先日読んだ、『「読んで身につけた」40歳からの英語独学法』(笹野洋子著、講談社+α文庫、2002年)に、音読を50回行うと、質的な変化が起こるということが書いてあったので、実験的にやってみた。

私がやったのは、『現代ギリシア語の入門』(荒木英世著、白水社、1990年)の第17課本文だ。“正”の字を1回読むごとに1画ずつ記しながら読んだ。そうでもしないと、何度読んだのか分らなくなってしまうからだ。とにかく50回というのは、慣れない私にはすごい回数だ。ただ、このテキストは、音読50回にはちょっと分量が多すぎて、延々と2時間弱の間、ずっと声を出し続けることになった。

やっていると、まず声が嗄れ始め、次に舌が疲れてくる。疲れたとき、間に1〜2分の休憩を入れてまた続けた。ギリシャ語は語形変化が多いので、なかなか覚えにくいのだが、30回を過ぎると、徐々に見なくてもそのまま口が動いていくようになる。そして40回に近づいた頃には、一応全部を暗唱できるようになる。40回以降は、1回眼を離して読み、1〜2回見ながら読みを繰り返して、やっと50回を読み終わった。

50回連続音読というのは、初めての経験だった。確かにすごいものだということは分かった。無理やりに口に記憶させてしまうからだ。著者のいう“質的変化”というのは本当にあった。これなら、“いくらやっても伸びない”という悩みはなくなるだろう。笹野洋子という人は、“50回”という反復回数を、どうやって発見したのだろう。

ただ、今回はテキストの選択に無理があったかも知れない。1ページにぎっしり詰まったテキストを50回も音読するのは大変だ。それに、毎日音読をするとして、1日2時間を外国語学習に割けないときもある。50回の音読というのは、いっぺんにやった方が効果があるようだから、なるべくなら一度に音読するテキストは短い方がいい。NHKのラジオ外国語講座くらいの分量が適量だろう。あれくらいなら、1日30分くらいで50回の音読ができる。でも、一日中外国語の学習に費やしてもいいなら、毎日まる1ページの読解文を50回音読することは、爆発的な効果を発揮するような気がする。

音読というのは楽しい。特に、ある回数を超える頃から、徐々にその言葉が自分の体に染み込んでくるのを感じるのは、とても快感がある。シュリーマンが外国語をどんどん習得していく際に、過度の興奮で夜もあまり眠れず、起きてその日習ったことを諳んじたと書いているが、その気持が分るような気がする。というのは、覚えたことまた思い出して言ってみるのもまた快いからだ。

11月4日(火)「電池切れる」

at 2003 11/06 13:16 編集

帰宅してパワーブックのスイッチを入れようとしてキーを押したが、パワーブックの反応が無かった。何度か押してみたが、やはり何の反応も無い。コンピュータの電池がついに切れてしまったようだ。

そこで家族で使っているコンピュータをつけ、電池の製品名をインターネットで検索してみたが、私の使っている、8年前に製造された“パワーブック 1400C”の電池は、韓国のアップル社サイトでは検索されなかった。

アメリカのアップル社サイトでは、エクセルファイルでその製品名があがっているのが検出されたが、うちのウィンドーズにはエクセルが入っていない。それで、内容までは読めない。

さて、このパワーブックには仕事中のファイルや勉強道具などが入っている。電池がないと動かすことも出来ない。どうしたらいいものやら。

11月6日(木)「強電社」

at 2003 11/06 18:12 編集

昨日知り合いと電話で話していたとき、パワーブックの電池が完全に死んでしまって起動できなくなったというと、その場でマッキントッシュ同好会のサイトを調べてくれた。すると、バッテリーをリフィルしてくれる店の書き込みが見つかったという。店の名前は“カンジョンサ(強電社)”で、どんなバッテリーでも最高の状態にしてくれるという。値段はものによって3万ウォン台から4万5千ウォンくらいまでだそうだ。最初店の名前を聞いたとき、“カムジョンサ(=感電死)”かと思った。

場所はチョンノ3街にあり、駅の14番出口を出てソウル劇場方面の道を進むと、ソウル劇場の少し先に「テファ・アクリル」という看板(ハングルで書いてある)が見えるから、そこの路地を入って6番目にLGのスマイルマークがあるビルの1階にあるという。電話番号は、011-724-7410。

今日、早速電話してみた。8年たったマックの電池だけれどもありますかと聞くと、あるとかないとかいうのではなくて、リフィルするのだという。どんなPCの電池でもリフィルできるという。値段は4万5千ウォンだと聞きましたがと言うと、確かにその値段でできるという。コンピュータと一緒に持って来てくださいと言われた。5万ウォン持って、バスでチョンノ3街まで行った。

チョンノ3街は久し振りだ。小さな店が密集していて、食物屋も多く、10年前のソウルそのままだと思った。店はすぐに見つかった。最初は、路地を入って6番目という意味が6軒めのビルという意味だと思って、通り過ぎてしまったが、もう一度引き返すと、路地の入口から10メートルくらいの所に、“カムジョンサ”という地味な看板がかかげてあった。間口1軒の小さな店だった。さっき電話した者ですというと、ああといった表情だった。

ノートブックからバッテリーを取り出し、これなんですがと言って手渡すと、表情を曇らせた。予想していたものと違うものらしい。難しいですかと聞くと、難しくはないけれどと言いながら、バッテリーケースをこじ開けて電池を取り出し、サイズを計る。そして、目の前にたくさんおいてある電池ではない、別の電池を取り出して、これはちょっと高いんですよという。いくらですかと聞くと、全部で6万5千ウォンになると言う。うっひゃあ、高い! それに、準備して来たお金は5万ウォンしかない。4万5千ウォンだと聞いて準備して来たので、お金が足りませんというと、いくらありますかというから、持ち金を全部数えてみたら、5万6千ウォンにしかならなかった。これだけですというと、それでやってあげますという。

私のマック“PowerBook 1400c/133”に使われている電池は、サンヨー製で、2〜3年前まではずいぶんたくさんの人がこの電池をリフィルに来たが、最近はとんと途絶えたという。電池の交換はかなり複雑で、ハンダ付けしてある配線をニッパーで切断し、新しい電池にまたハンダ付けする。特殊な技能や知識を要するわけではないが、素人では到底できない作業だ。作業時間は30分くらいかかったろうか。

電池を最高の状態で使うにはどうしたらいいですかと聞くと、この電池は充電されていない状態だから、まずいっぱいまで充電し、それを完全に放電したのち、また充電してから使えば、いい状態で使えると教えてくれた。そして、1ヵ月に1度くらいは、完全に放電する必要があるという。これはノートPCを使っている人にとっては常識なのかも知れないが、私は知らなかった。

作業が終り、5万6千ウォンを渡した。すると、その人は、ひょっとして車代がないんじゃないですかと言った。いや車代くらいはあるでしょうと言いながら、ポケットや財布をかき回していると、車代をさしあげますよと言って、2千ウォンを差し出してきた。そこで、千ウォンだけありがたく受け取り、千ウォンを返そうとすると、そんなことしないでくださいという。それでも、千ウォンあれば家に帰れるし、高いものを安くしてくれたのにそこからまたお金をもらったら申し訳ないからと言って、その千ウォンは無理に押し返した。

私が店を出ると、その人も店の外まで出て来て、もういちど電池の管理の仕方について詳しく教えてくれた。話を聞いたあと、またバスに乗って家に帰った。バス停で財布の中を見ると、バス代に満たなかった。あのとき店の人が千ウォンをくれなかったら、バスで家まで帰れず、延々と家まで歩かなければならなかったかも知れないことがわかった。^^;

11月7日(金)「施しをするときには」

at 2003 11/13 00:23 編集

今日も家庭集会で聖書読書会をした。今日初めて来た人を交えて、6人が集まった。今日は私の司会で、「マタイによる福音書」6章1〜4節を読んだ。イエス様は6章の1〜21節で、善行について話しておられるが、1章の「見てもらおうとして、人の前で善行をしないように注意しなさい」というのは、3種類の善行(=施し、祈り、断食)に共通する要点だ。この箇所では、「施し」について書いてある。

イエス様は、「施しをするときには……(中略)……自分の前でラッパを吹き鳴らしてはならない」と言われた。“ラッパを吹き鳴らす”という表現が具体的にどんな行為をさすのかは難しいが、人に善行をひけらかすことには違いない。イエス様はそういう行為に潜む偽善を警戒するよう戒められた。

けれどもそれは、自分の善行を決して人に知られてはならないということではないだろう。人が見ているから恥ずかしくて善行ができないという悩みは、私たち日本人に多い。しかし、問題は、私と他人との関係ではない。神と私との関係だけを神は問題としておられる。人目についているかどうかにかかわらず善を行うことを、神は求めておられる。それに、人は自分が気にするほど私のことを見ていないものだ。

11月9日(日)「祈って踏み出す」

at 2003 11/13 13:57 編集

今週も礼拝のあとのB&Fで、バイブルリーディングをした。今日の箇所は「使徒言行録」1章12〜26節で、キム・テゴンさんが司会で、最初に決まった3人のメンバー他に、2人が加わって、恵み溢れるバイブルリーディングとなった。

帰納的聖書勉強の司会者が準備するとき必要なことについて、何も説明できないまま、司会をしてもらった。しかし、全体的にはとてもよかった。いろいろまずい質問もあったが、それがまた新たな発見を呼び面白かった。

たとえば、観察の質問に「イエス様を裏切ったユダに対する弟子たちの感情はどう整理されましたか」とあったが、あまりにも飛躍した質問のようで答えられなかった。ところが、韓国語訳に“あらかじめ語られた聖書が応えたので当然のことである”(16節)とペテロの言葉がある。これならば“感情の整理”と解釈できるかもしれない。しかし日本語訳では“当然のことである”に当る部分が「成就しなければならなかったのです」と訳されている。この表現では、感情の整理と解釈できる隙間がない。

結果としては、日本語訳の方が原語に近いのだが、それはともかく、このように、一つの訳だけを用いて質問を準備すると、その訳特有の解釈に偏って、他の訳で読んでいる人が状況を把握できない質問をすることがある。こういうことが許されるのは原語だけで、たとえどんな訳でも、他の訳に優先するわけにはいかない。だから、司会者は聖書勉強に来る人が読んでいる他の訳も参照しながら質問を準備する必要がある。そのことが、この質問から再確認できた。

また、解釈が誘導的になってしまった質問もあった。“イエス様が昇天されたのち弟子たちの態度はどのような変化を見せているか”という質問に対して、私は「もしかしたら、この時点で弟子たちの態度は変化したわけではないかもしれませんよ。ただ福音書ではイエス様に焦点が置かれ、使徒言行録では弟子たちに焦点が置かれているために、弟子たちの態度に変化があるようにみえる可能性もあるんじゃありませんか」と投げ掛けた。なぜなら、この質問で期待される答えは、昇天ののち弟子たちはたくさん祈るようになったということだけだからだ。別の見方を投げ掛けたことで話が活発になり、結果的には、祈りの態度には変化が表れているはずだということが分かった。なぜなら、復活以前と昇天以後とでは、福音の理解がまったく変化しているからだ。

ここでは“祈り”というテーマがまず浮かんだために、そこから演繹的に聖書箇所に適用しようとして、祈っている箇所を目立たせようとしたのが、無理な質問になってしまった理由だろう。読んでいる人は、あくまでもテキストから帰納的に理解していくことになるので、司会者も、あくまでもテキスト自体から読み取れそうな内容を質問していく必要があることを、あらためて感じさせられた。

この箇所で興味をそそられるのは、くじで使徒を選んだということだ。しかし勉強会をしているときは誰もくじについて調べていなかったので、くじ引きで物事を決めることについての聖書的背景に関しては、よく分らないということにして、先に進んだ。こういう歴史的背景に関して、佐味伝道師さんはよく、司会者が準備してこなければいけないことですよ、と言っていたが、さすがに初めて司会をする人に、私はそんなことは言えなかった。

それで目に付いた部分は、くじで使徒を決める前に、ペトロが神に祈ったという点だ。実はここは、司会者が今日の箇所で適用へ直接導こうとした部分でもある。それは、ただくじを引くこととは違っていた。決定を完全に神に委ねているからだ。私はそれには非常に深い智恵があると思った。私たちは決断をするとき、人間的な考えから解放されない。決定した段階ではその正否を決めかねる場合が多い。その決定は正しいことも多いが、見当違いであったということもまた多い。その決定を全面的に神に委ねるとき、神の摂理が働いてくださる。もし、どちらかが立派な人でもう一方がどうしようもない人だったならば、くじ引きはしなかっただろう。人間的な知能でも十分事足りるからだ。それができないとき、祈り、そしてくじを引いた。

ペトロは祈ることで神に委ねた。この部分で私たちが学んだ点は、祈りだ。私たちはややもすれば、問題ばかりに意識が集中してしまいやすい。しかし、視点を神に向け、神に祈り、神に期待することで、問題の地平は大きく変化する。だから私たちには祈りが必要なのだ。祈りについて私たちは難しく考えてしまいやすいが、それに関して吉原伝道師先生は、「祈りに向う姿勢こそが神に向っている」という、ある神学者の言葉を引用して、私たちに祈る勇気を与えてくれた。

キムさんにとって初めての司会で、しかも私は具体的な方法について何も説明していなかったが、とても流れのいい司会をしてくれて、吉原伝道師先生から「とっても恵まれますねえ」と絶賛されていた。本当に素晴らしいバイブルリーディングだった。

11月11日(火)「狭い門」

at 2003 11/13 14:01 編集

今週も言語教育院で聖書勉強会を持った。今日は私の司会で、ルカの福音書13章22〜30節を読んだ。直前まで他で用事があり、10分前に教室に行くと、もう4〜5人来ていた。昨日佐味伝道師さんがコミュニティーに書き込んだ指南を彼らも読んだらしい。今日は初めて来た人が2人いて、私を含めて11人が参加した。

この箇所はマタイの福音書7章13〜14章と平行して、狭い門から入りなさいという教えの部分だ。ここでは最後の裁きと平行して述べられている。難しい部分なので、準備段階で深い理解が得られたわけではないが、何箇所か読み落としやすかったり読み間違えやすい部分を語学的に説明しながら司会をすることで、理解を深めた。

日本ではキリストを信じること自体が“狭い門”だろう。そして、「その道は狭く、それを見い出す者はまれ」(マタ7:14)だ。日本ではまさに聖書の言葉は的確に当てはまる。一方、韓国では信じることは、日本ほど狭い門ではない。しかし、ここでもまた“狭い門”の原則は適用されているはずだ。教会が多くて気安く礼拝に出席し、何となく自分がキリストを信じているような気になりやすいが、本当に自分はキリストを信じているのだろうか。韓国では日本のように信仰を試されることが少ないので、むしろそれが試練だともいえる。信仰は世俗化しているので、本当に神を愛しキリストに従っている人は、やはり日本ほどでないにせよ、少ないかも知れない。

聖書はキリストを信じることによってのみ救われると教えている。しかし、信じるというのは易しいことではない。それは神への従順も同時に意味しているからだ。人間は弱さゆえに神に全面的に従うことのできない存在だ。しかし信じているのなら心は完全な従順を求めているだろう。その希いが信仰の証となり、神の恵みがその人に下るのだ。そういう意味で、私が神を信じていると神は認めてくださるのか、いつも点検する必要があると思う。キリストを信じて救われたのだからどんな悪事を行ってもいいと教える極端な教派があるらしいが、それはキリストを信じているとは到底思えない。なぜなら彼らは不法を是認する集団だからだ。彼らにキリストの恵みが下るとは思えない。

だから、キリストを信じる生き方は、やはり“狭い門”だ。私たちの信仰には、何の難行苦行があるわけでもないが、それでもやはり、苦労して狭い門を通り抜けようとする信仰が求められている。しかし、その生き方の中に、神との交わりがあり、大きな喜びと平安がある。これは、何物にも代えられない宝だ。

11月12日(水)「ギリシャ語学習雑感」

at 2003 11/13 18:23 編集

どの言語でも、学べばその言語を話す人たちの文化や国土に関心を持つようになる。時にはその国の美味しい食べ物に魅了されることもある。私もギリシャ語の勉強を始めてから、ギリシャの地理や歴史、食べ物などに関心を持つようになった。しかし、それらはあくまでも、私が現代ギリシャ語を学習する動機ではない。ギリシャの人たちが新約聖書の原典をどう読んでいるかを知りたいというのが、最大の動機で、それが私の現代ギリシャ語学習を引っ張っている。

では、現代ギリシャ語を身につけたのち、真っ先にやりたいことは何か。まず一つは、AristotelhV神父さんに、新約聖書の語学的解釈について、込み入った質問がしたいということ。これは、すでに少しずつ始めている。それからもう一つは、いずれはギリシャ語で書かれた、新約聖書の注解書を手に入れて読みたいということだ。それはたぶん、民衆語(Dhmotikh)であれ純粋文語(KaJareuousa)であれ、現代ギリシャ語で書かれているだろう。これは、今の私の語彙力のように、1行に平均3つも知らない単語があるようでは、まったく覚束ない話だ。だから、現代ギリシャ語がすらすら読める必要がある。

実は、以前「外国語の有用度」なんてものを書いたとき、そのリストに現代ギリシャ語はなかった。この書き込みで、自分が関心を寄せている外国語について書いたが、私にとって、そのとき現代ギリシャ語は関心外だったのだ。恐らく多くの人にとって、現代ギリシャ語というのは、そういう言語だろう。

考えてみると、韓国語の勉強を始めたときも、そんなのやって何になるのと聞く人が多かった。私の周りに韓国語を勉強している人は誰もいなかった。NHKのハングル講座はあったのに、私が韓国語の勉強を始めてから2年くらいは、韓国語を知っている日本人に会うこともなかった。私自身にとっては、韓国語の学習は、いろいろな面で、とても快い知的刺激を与えてくれるので、本当に楽しいものだった。しかし、一緒に励ましあったり競ったりする仲間はいなかった。

そして今、韓国ではギリシャ正教会の教会員以外には誰も顧みない、現代ギリシャ語を勉強している。日本では結構関心を持って勉強している人もいるようだが、たいていは古代ギリシャに関心があって、それを勉強しにギリシャへ留学するために、現代ギリシャ語を習っているようだ。私はプロテスタント教会の教会員で、聖書を原語で読みたいために、ヘレニズム時代のギリシャ語を勉強していたのが、状況の変化によって、現代ギリシャ語の学習も平行するようになった。こういうケースは皆無ではないだろうが、韓国にクリスチャン多しといえども、同志を探すのはほぼ絶望的だ。

では、古典ギリシャ語はどうかというと、韓国には神学生がたくさんいるので、その教科として、ヘレニズム時代のギリシャ語を学ぶ人は多い。しかし、ほとんどは、単位を取ったらすぐに忘れてしまうようだ。そして、ギリシャ語の教材もけっこうあれこれ出ているにもかかわらず、教会の中で新約聖書をギリシャ語原典で読んでいる人に会うのは、日本でプロテスタント教会に通うクリスチャンに会うよりも難しい。それで、どういうわけか、聖書を原典で読むことも、孤独な作業になっている。

つまり、私が特に関心を持つ外国語は、どういうわけか、私の周囲ではマイナーな言語なのだ。別にマイナーな外国語を選んでいるわけではないが、かといって、メジャーであることを基準にしているわけでもなく、自分の関心事に適した外国語を勉強しているために、結果として、マイナーな言語を選択することになっている。私の関心が特殊なのかもしれない。

ただし、ここでいうメジャーかマイナーかという基準は、客観的なものではなく、あくまでも周辺の状況による。韓国語は、世界でも使用者数が多い方に属する言語だ。客観的に見れば、決してマイナーではない。幸いなことに、現在は日本でもわりと関心をもたれる言語になった。現代ギリシャ語に至っては、かなり変形したとはいえ、古典ギリシャ語との同一性は依然として保たれていて、その古典ギリシャ語は、西洋の言語に多大な影響を与え、その影響はさらに韓国や日本にも及んでいるという、人類を代表する大言語だ。それが、私の言い訳というか、一つの慰めだろうか。

11月13日(木)「外来語言い換え」

at 2003 11/16 02:17 編集

国立国語研究所で、「第2回外来語言い換え提案」がまとまり、発表された。言い換えというのは、韓国では“国語醇化”の名でずいぶんやっていて、その無理な言い換え例に胡散臭さを感じていた。

そう思うのも無理はなく、醇化で消そうとしている語彙の大部分が日本語からの借用語なのだが、たとえば“オデン(=おでん)”を“オムク(=魚肉の練り物)”と言い換え、出版界に通用させている。その適用範囲は、韓国式に変形したオデンだけでなく、本場日本のおでんにまで及ぶ。

こういうのを見れば、私のようなおとなしい人間でも、悪口の一言や二言は、口を突いて出てしまう。なぜなら、日本のおでんを“魚肉の練り物”なんて言ったら、そこに入る大根も玉子も、魚肉の練り物になってしまう。こんにゃくにミソをつけたのも、魚肉の練り物だ。それに、おでんの汁の存在を完全に無視している。だから、日本式のおでんを“オムク”と呼んではいけないのだ。

このために、私は韓国の知識人たちの気高い態度に、疑問を感じ始めた。料理は女のやることだと軽く見ているのか。言語的機能が麻痺してでも、適当に響きのいい単語を当てておけばいいと思っているのではないか。そう感じたのだ。料理の表現も大事な韓国語であることには違いない。知識人たちは、自分も台所で包丁を振いながら、韓国語の醇化を考えなければいけなかったのではないだろうか。そう思った。

それだけではない。天ぷらも唐揚げもフライも全部“ティギム”といい、区別ができない(もっとも、韓国では大阪式に、さつま揚げを“テンプラ”と言うことが多い)。韓国ではどれも食べているのに。また、料理番組で豚カツを作りながら、“トンカス(=豚カツ)”は日本語で、正しくは“ポクコトゥッレッ(=ポークカツレツ)”だと言っていた。しかし、そのおばさんの作っていた“トンカス”は、明らかに日本式の豚カツだった。日本食の名称に英語名が正しいとはなにごとか。

このような問題の多い国語醇化運動を見ながら、日本でも“言い換え”とやらをやると聞いて、日本語にも暗黒時代が到来したと思った。私が想像したのは、たとえば、キムチやカクトゥギ、オイソベギ、トンチミなどを全て“朝鮮漬け”と言い換え、区別してはならないとか。そんなことになったら、日本で韓国料理を紹介しても、日本人はどれがどれだか全然区別できなくなってしまうだけでなく、それぞれの多様な味わいが、全部同じものに感じられてしまうだろう。

しかし、ホームページでその趣旨を見てみると、国語醇化運動ではないことが分かった。それらは主に外来の抽象語で、日本語に入って使われてはいるものの、理解できない人が多くて、社会機能として障害が起こっているものが中心に扱われていた。そしてその言い換え対象の外来語を見てみると、一語一語に解説が付いている。そして説明も、この単語は使ってはいけないという一方的なものではなく、場に応じて適切に使い分けようというものだった。そして、言い換え例の多くは、確かに外来抽象語独特のぼやっとした印象はなく、実に明晰にその意味が伝わる言い方を選んでいた。なるほど、こういうことだったら納得がいく。この表は公用文などでの目安だが、私用の文に使って悪いこともない。

ただ、全体的に面白みのない熟語ばかりが並んでいるなあと思った。味もそっけもない表現ばかりだ。「保存記録」「独自性」「意欲刺激」「地球規模化」「模擬実験」「複合媒体」「接続登録名」などを見れば、これが意味伝達の明晰さだけに重点をおいたために、四字熟語が多く、じわりと情景が浮かんでくる奥床しさなんて、どこにもない。まあ、もとになった外来語が「アーカイブ」「アイデンティティー」「インセンティブ」「グローバリゼーション」「シミュレーション」「マルチメディア」「ログイン名」のような単語なのだから、味わいを加えようとしたところで無理なのかもしれない。

この言い換え例を見ながら、韓国とは違う日本の言語生活の問題を感じた。日本では、自分がわかっていれば、相手が分ろうが分るまいが、構わず難しい言葉を使う傾向がある。そして、分らないと文句を言うと、この表現でしか言い表せないんですよと言い訳する。国立国語研究所の今回の仕事は、そういうわけの分らないことをしている人たちに、もうちょっと人に理解してもらえる日本語を使ってごらんと諭しているようだ。

11月13日(木)「蟹」

at 2003 11/16 02:18 編集

妻がノリャンジン(鷺梁津)の水産市場で蟹を2匹も買って来た。まだ生きている。驚いて「いくらしたの」と聞くと、2匹で1万ウォンだったという。それを聞いてまた驚いた。なぜなら、チュソク(秋夕)のときは重さ2キロの蟹が1匹5万ウォンもしたからだ。妻の話では、大きい方は1.8キロで8千ウォン、もう1匹はちょっと小さいだけだが、2千ウォンでつけてくれたという。

しばらくして、蟹が茹で上がった。子どもたちは敬遠して食べようとしないので、私たち2人だけで食べた。身が引き締まっていてしかも柔らかい。醤油にレモン汁を入れてタレを作ったが、私はタレなしでそのまま食べた。どんなに繊細なタレでも、蟹自体の味と香りと歯ごたえを壊してしまいそうなほど、素材の味が優れていた。脚を食べ終ったあと、胴体を開き、ミソを食べた。私は蟹ミソをあまり美味しいと思ったことはなかったのだが、この蟹ミソは格別だった。蟹ミソをタレに付け、ご飯に載せて食べると、ウニと競えるほど美味しい。

私は海なしの埼玉川越で生まれ育ったので、海産物に関しては疎い。蟹ミソというと、「幸福の黄色いハンカチ」で高倉健が、武田鉄也と桃井かおりと一緒に蟹を食べながら、ミソはこうやって食べるとうまいんだと言っている科白がいつも思い出される。韓国に来る前は、食べたこともなかった。蟹料理も、大学生時代にアルバイト先でパーティーに行ったとき、東京湾で取れる蟹をたらふく食べたのが最初だ。だから、こんな風にして蟹が食べられて仕合せだ。

蟹の値段は、時期によって恐ろしく上下するらしい。チュソクのときに5万ウォンだったのが、現在は平均1万ウォンくらいで買えるようだ。チュソクの数カ月前には、同じサイズの蟹が1万2千ウォンだった。水産市場で買い物するときは、いつでも同じ値段だと思わず、時によって安かったり高かったりするということを念頭に入れて、買い物に行った方がいいかもしれない。

11月14日(金)「主の祈り」

at 2003 11/16 02:19 編集

今日も家庭集会をし、聖書読書会をした。今日の箇所は「マタイの福音書」6章5〜15節。主の祈りがある部分で、吉沢伝道師先生が司会をしてくださった。主の祈りは、1880年に訳されたという「翻訳委員社中訳」のテキストを、現在私たちは礼拝の時などに暗唱している。そのオリジナルのテキストはこうだ。

 天(てん)に在(まし)ます我儕(われら)の父(ちヽ)よ
 願(ねがは)くハ爾名(みな)を尊崇(あがめ)させ給(たま)へ
 爾國(みくに)を臨(きた)らせ給(たま)へ
 爾旨(みこヽろ)の天(てん)に成(なる)ごとく地(ち)にも成(なさ)せ給(たま)へ
 我儕(われら)の日用(にちよう)の糧(かて)を今日(けふ)も與(あた)へたまへ
 我儕(われら)に負債(おひめ)ある者(もの)を我儕(われら)がゆるす如(ごと)く
  我儕(われら)の負債(おひめ)をも免(ゆる)し給(たま)へ
 我儕(われら)を試探(こヽろみ)に遇(あは)せず悪(あく)より拯(すくひ)出(いだ)し給(たま)へ
 國(くに)と権(ちから)と栄(さかえ)ハ窮(かぎ)りなく爾(なんぢ)の有(もの)なれバなりアメン

この中で、「負い目」を赦すことについて重点的に討論し、黙想をした。この部分は、主の祈りで唯一私たちが神と約束する部分だ。そして、この部分が主の祈り全体に輝きを与えている。このバランスよく配合された祈りが、神が一番聞きたいと望んでおられる祈りなのだ。

その夜、普段は一人で祈ることを滅多にしない私が祈った。自分の苦しい状況を祈ろうと思ったのが、どういうわけか、すべてを感謝する祈りになってしまった。そして、あれやこれやと感謝してから、眠りに就いた。

11月15日(土)「激しい神」

at 2003 11/16 03:18 編集

佐味伝道師さん宅に伺った。近くなので歩いて行った。道は銀杏の落ち葉が敷き詰められていて、黄色く色付いていた。途中プンオパン(=鯛焼き)を4個千ウォンで売っていたので、買って行った。

着くと、梨花女子大の聖書勉強会で来週司会をしてもらうことになっている姉妹が来ていた。家に注解書がないので、見せてもらいに来ているという。いやあ、すごい熱心さだ。でも、伝道師さんがいなくなったら、どうやって準備するかが問題だと言っていた。私の家にも日本語の注解書はあるが、それは無教会派の学者が書いたもので、私たちの信仰とは違う部分がわずかながらある。それ以外は英語と韓国語だというと、それじゃ読めないと言っていた。早く韓国語が上手になれば、いい注解書がたくさん読めるようになるのだけれど。

今日来た目的は、最近イエス様を信じた兄弟と顔合わせをするためだった。私が来てからすぐに、その兄弟が来た。私たちは挨拶をし、いろいろな話を交わした。その人がイエス様を信じるようになったきっかけについて聞いたが、ああこういうのが導きっていうんだな、と思うような、神の導きが手に取るように感じられる話だった。

その人の父親は、初期のキリスト教史を研究する学者で、ご自身も敬虔なクリスチャンだったそうだ。その父親に連れられて、幼い頃は教会に通っていたのだが、小学校に入った頃、父親は亡くなり、母親も教会の人間関係に傷付いて教会に通わなくなり、それからというもの、教会からもキリスト教からも遠離って成長したという。ところが、就職した所の会長が敬虔なクリスチャンで、後に会長に近い場所で勤務するようになってから、会長からよく教会に通うことを勧められたという。その後、過激な勤務が限界に達し、人事担当の責任者に海外勤務を願い出たところ、許可され、去年の10月から韓国に勤務することになったそうだ。そして、韓国で教会に通うようになり、イエス様を受け入れたという。

ところで、その人の韓国語の習得について話を聞いて、驚愕した。初めはある学院の個人レッスンで韓国語を学び、3ヵ月後に延世語学堂の4級に入ったというのだ。4級というのは、普通は9ヵ月勉強して、途中留級(=落第)しなければ入れるレベルだ。そのレベルに3ヵ月で達したという話を聞いて、私は自分が恥ずかしくてしかたなかった。

韓国語を文字も知らない段階から始めて、最初の1ヵ月間は毎日百の単語を覚えて行ったという。先生は韓国語だけを用い、前日学んだ百語を用いて授業をしたので、覚えた単語をすぐに実地で使え、記憶によく留まったそうだ。そうやって1ヵ月間勉強した後、次の月からは、文法を覚えていったという。

その一方、会長の紹介してくれた韓国の大学教授が、自分の教え子である大学院生たちを紹介してくれて、彼らに連れられて教会へも行き、聖書勉強会にも参加していたという。彼らに励まされて韓国語はどんどん伸び、周囲の人たちの祈りもあって、3ヵ月後には目出たく4級に合格したという。

実は、会社からは3ヵ月で4級に入らなければ日本に送り戻すと言われていたそうだ。それは、ほとんど職を失うことと同じことだったという。そのために必死で学んだのと、大学院生たちが、本当にいい人たちだったために、韓国が好きになり、彼らともっとたくさん話したいという気持が強い動機となって、その二つの勢いで韓国語を身に付けられたと言っていた。

帰り道、歩道に敷き詰められた銀杏の落ち葉の上を歩きながら、先ほど会ったその兄弟のことを考えていた。ふと、神の力強い導きをそこに感じ、恐ろしくなった。神は聖書で、信じる者を千代までも祝福すると言われた。その約束は、彼の父親に対して、正確に守られたのだ。父親の信仰は見事に子に受け継がれた。

その兄弟と佐味伝道師さんとの会話で、神が激しく怒る方だということが理解しにくいと言っていたのを思い出した。そうだ。神は、怒りも激しく、愛も激しく、喜びも悲しみも激しい。そして約束も、激しいまでに守られる。その激しさは、聖書の中にだけ書かれているのではなく、現にこの世界に満ち満ちている。

11月16日(日)「聖霊降臨」

at 2003 11/16 23:02 編集

感謝祭の季節に“聖霊降臨”とは何ごとかと思う人もいるかもしれない。聖霊降臨を記念する五旬節は、初夏にあるからだ。そういえば、昨日は近所のアパートで、薔薇が狂い咲きして、色付いた銀杏を背景に見事な二輪の赤い花を咲かせているのを見た。しかし私は、薔薇と一緒に季節を勘違いしているわけではない。礼拝後のバイブルリーディングで読んだ箇所が、「使徒言行録」2章1〜13節だったのだ。

まず、礼拝の説教は、サミュエル・キム先生がイラクから帰ってきて、「ヨブ記」31章1〜8節のみことばで話された。週報には北野伝道師先生が「ルカの福音書」19章1〜10のみことばで説教することになっていたので、礼拝が始まる前に、読んでいた。この短い話は、ZakcaioV(=ザアカイ)の切なる思いとイエス様の大胆な受け入れとの織り成す美しい物語だ。イエス様が来ると聞いたときからザアカイの高まる胸のときめきと、罪悪感と、彼の豊かな富と、それに勝る魂の渇望が、その短い話の中に凝縮されている。

しかし、今日はその箇所の説教は中止になり、イラクから一時帰国されたキム牧師先生がヨブ記の箇所とバグダッドでの経験とを合わせて説教した。イラクという反キリスト教の国で、戦争で心の傷付いたイラクの人たちの魂を救うために、命がけでイラクに滞在する姿は、現代が平和な社会というわけではないことを生々しく感じさせ、また、聖書の言葉はそのまま変らず生きていることを、よりはっきりと実感させられた。

そして、「私の兄弟たち。さまざまな試練に会うときは、それをこの上もない喜びと思いなさい。信仰がためされると忍耐が生じるということを、あなたがたは知っているからです」という、「ヤコブの手紙」1章2〜3節のみことばを引用して私たちを励まし、説教を終った。苦難はむしろキム先生にあるのだが、それをもって私たちは勇気づけられた。主がキム先生の安全を守ってくださいますように。

礼拝のあとで、B&Fの時間となり、ムン・ホヨン兄弟の司会でバイブルリーディングをした。彼は韓国語の聖書(=改訳ハングル版)だけでなく、日本語の「新共同訳」と「新改訳」の両方でも準備してきた。

この箇所は、penthkosth(=五旬節)の朝9時頃、おそらくエルサレムの神殿で、弟子たちが他のユダヤ人たちと一緒に祈っていたときに、突然起こったできごとだ。それは、いきなり天から突風のような音が堂内に響きわたったかと思うと、炎のような舌が現れ、彼らの上にそれぞれ分かれて留まった。そして、彼らは聖霊に満たされ、各々他の言語で、神の偉大な御業を語り出した。周囲の人たちは、弟子たちが彼らの言語で語るのを聞いて慌てふためいたり、あるいは、あれは甘い葡萄酒を飲み過ぎたんだと皮肉ったりしていた。これが、キリスト教の出発であり、宣教の開始である。

このように、私たちの働きは、聖霊の油注ぎがなければ始まらない。だから私たちは、聖霊を求める必要がある。イエス様はおっしゃった。「あなたがたは悪い者でありながらも、自分の子供には良い物を与えることを知っている。まして天の父は求める物に聖霊を与えてくださる。」(ルカによる福音書11章13節)このように、私たちは神に聖霊を求める必要がある。

ムン兄弟は、とても上手に卒なくバイブルリーディングを導いた。準備はとても大変だったそうだ。でも、そのお陰で、どの聖書で読んでいる人にも理解できる質問を作り、その内容を分かち合うことができた。

11月22日(土)「鉛筆」

at 2003 11/24 01:51 編集

フロッピーを買うために近所のアルファ文具へ行ったとき、ふと思い立って、HB の鉛筆を1本買った。そして、小さな鉛筆削りも買った。ドイツ製の鉛筆がいいと聞いていたが、なかったので、日本製の、Tombow の HOMO-GRAPH MONO100 という鉛筆を買った。いいものなのかどうかは分らないが、まあ名の知れた会社だから大丈夫だろう。鉛筆削りの方は、Tonic metal という中国製のもので、削りかすを溜める容器がいっしょになっている。

鉛筆削りの削り具合はずいぶん悲惨だが、まあ幸いにも芯は折れなかった。そうやって削った鉛筆を、裏紙の上で走らせてみた。なんともいい感じだ。書いた文字も、目にしっくり来る。この感触だ。これが、字を書いているという満足感だ。これを自分は味わいたかったのだ。

なぜこんなことを思い立ったのかは分らないが、知らない間に遠くに来てしまった自分を、昔のある地点にもう一度戻して、自分自身の人生を反省してみたいと感じたのかもしれない。それは、考えというよりは、ほとんど直観ともいえる、感性的なものだった。

そのあと、約束があって車で出かけた。サムガクチの交差点で信号を待っているとき、ニュースを伝える電光掲示板に、「自信が無くなると思考力が低下する」という文字が出た。ほんの一瞬だったが、記憶に鮮明に残る言葉だった。自信が無くなると思考力が低下する。この言葉は、ぼんやりしていた精神を覚醒させる一撃となった。

思考力が低下しては、頭を使って仕事をしている人は、実質的な損害となる。私も最近はいろいろなことに自信が無くなっていた。しかし、それがよくないのだ。根拠はなくてもいいから、自信を持つ必要がある。それによって思考力は高まり、仕事や勉強の能率も上がる。だから、自信の回復は、意図的に行う必要がある。

夜、仕事をしていたが、鉛筆でメモを取った。こうやって鉛筆を走らせながら、ふと、自分も勉強などに自信を持っていた時期があったことを思い出した。頭のいい学生ではなかったが、確かにあの当時、関心のある科目は、高い成績が取れた。それを、なぜか鉛筆を持つ感触から思い出した。そうだ。自信を持たなければ。

11月23日(日)「収穫感謝祭」

at 2003 11/24 03:13 編集

今日は日本語礼拝で収穫感謝祭を祝った。本当は先週が収穫感謝節らしいが、何か事情があって1週間ずらしたようだ。今日は礼拝後にポットラックパーティーがあるので、昨夜妻が作った大鍋一杯の料理を持って、車で教会まで行った。さいわい、車を止められる場所が、教会の裏にまだあった。

週報を見ると、今日の説教は、「テサロニケの信徒への手紙 一」5章18節の御言葉だった。ここは、「全てのことに感謝しなさい」という有名な言葉だ。礼拝が始まるまで、説教と関係がある15節から18節までの、“Pantote cairete adialeiptwV proseucesJe en panti eucaristeite touto gar Jelhma Qeou en Cristw Ihsou eiV umaV.”という御言葉を暗記していた。

この、「いつも喜んでいなさい。休まずに祈りなさい。すべてに感謝しなさい。これはキリスト・イエスによるあなたがたへの神の御心なのです」という忠告は、私にとって長い間謎の多い御言葉だ。少しずつ分るような気はしてきたが、その言葉の意味は、いまだに私にとって深遠な世界だ。子供のように純粋に信じないから、いけないのかもしれない。

説教の中で、イー・ギフン先生は言った。「神は無条件の愛を私たちに注いでくださいます。それに対し私たちは無条件の感謝を捧げることを、神は望んでおられます。」そうかもしれない。無条件の感謝というのは、なかなか理解できるものではないが、そこにほの見える深い世界に、清涼剤のような快さを覚えた。

説教が終ったあと、何人かの人と、いくつかのグループとが、感謝の証や讃美、ワーシップダンスをして、感謝の気持を主に捧げた。キム・テゴンさんが、慣れない日本語で感謝の証をしたとき、「話は短いですが、感謝(すること)はたくさんあります」と結んだのが感動的だった。

収穫感謝祭は、聖書に根拠のある行事ではない。その昔ピューリタンが、アメリカに渡って耕作をし、最初の収穫を得たとき、それを感謝する礼拝を捧げたのが始まりだと、あるサイトで読んだことがある。だから、イギリスに住んでいた吉沢伝道師先生の話によると、イギリスの教会では収穫感謝祭は行わないそうだ。日本の教会はどうか分らないが、私たちの教会は、アメリカの教会の系譜に続いているらしい。

礼拝のあとで、ポットラックパーティーがあった。みんなで持ち寄った手料理をバイキング形式で食べた。今日はいつものバイブルリーディングのグループではなく、梨花女子大のバイブルスタディーに来ている人たちと自然にかたまって、いっしょに食べながら談笑した。他のグループにはテーブルがあったが、私たちはたまたま成り行きで集まったので、余った椅子を車座にして、テーブルなしに、皿を手に持って食べた。

ポットラックパーティーが終ったあと、バイブルスタディーに来ている兄弟に、うちに寄ってコーヒーでも飲んでいきませんかと誘ってみると、喜んで誘いにのってくれた。ポットラックでいっしょに食事をした他の4人も、一緒に来たそうだった。こういういい雰囲気はめったにないので、ぜひご一緒にどうぞと誘った。ここ数年間すっかり忘れていたが、私は人を気軽に家へ誘うのが好きだったのだ。

妻は教会に残って作業をするので、私に鍋とビニール袋を持って帰るように言った。けっこう量があったが、それらを彼らが持ってくれた。車の所に着いてみると、こりゃすごい。そこから駐車場の出口まで、数十台もの車で埋め尽されていた。これでは車を出せる状態ではないので、バスで行くことにした。もし彼らに荷物を持ってもらわなかったら、私は家に戻るのに大変な苦労をするところだった。主よ感謝します。そして彼らにも。

みんなでうちに着いてから、短大の日本語科に通っている姉妹の宿題をみんなで助けた。日本の製薬会社について韓国語の資料を集めて日本語で発表するらしいが、薬品の名称や医学用語が出てきてかなり大変だ。私はコーヒーを挽きながら話に加わった。その姉妹は昨日が誕生日で、ケーキを持っていたが、そのケーキを私たちに出して、みんなでコーヒーといっしょに食べた。本当は他に目的があって買っただろうに、私たちが食べてしまってよかったのだろうか。

宿題は無事に終り、もう1杯コーヒーを淹れた。そして、あれこれ楽しく雑談をしたあと、彼らは帰っていった。みんなが帰った直後に、妻が帰ってきた。「こんな汚いところに呼んだの?」と言ってあきれていた。

夜遅く、車を取りに教会まで歩いて行った。今夜はあまり寒くない。今日の礼拝の前に覚えた箇所を反芻しながら、トンブイーチョンドンの街を歩いた。きれいなカフェが所々にあり、若い人たちが談笑している。ああ喫茶店にはずいぶんしばらく行っていないなあ、と思った。感じのいい喫茶店を見ると、いつも入りたくなるが、手持ちがないことが多いのと、コーヒーの味に失望させられることが多かった記憶とで、結局はいつも素通りしてしまう。

そんなことを考えながらも、今日覚えた箇所を反芻していた。そのうち、“パンドテ ヒェレテ(いつも喜んでいなさい)”という言葉が、肉声となって心に響いてきた。そして、“パンドテ、パンドテ!(いつも、いつも!)”と私の心に念を押すのだった。

11月24日(月)「断食」

at 2003 11/27 13:30 編集

AristotelhV 神父さんの話によると、プロテスタント教会の神学生たちは、16世紀以前のキリスト教の歴史についてよく知らないという。その理由は何ですかと聞くと、“uncomfortable”だからだと思うと言っていた。

キリスト教は、初代教会の時代から11世紀まで、ひとつの教会だった。それが1054年の“the Great Schism(大分裂)”によって東西に分裂し、東には OrJodoxoV Ekklhsia(正統教会=正教会)、西には KaJolikh Ekklhsia(普遍教会=カトリック教会)教会ができた。それで、正教会ではカトリック教会を“KaJolikh Ekklhsia(普遍教会)”とは呼ばず、“RwmaiokaJolikh Ekklhsia(ローマ普遍教会)”と呼んでいる。このローマ普遍教会は後に一時腐敗・堕落し、そのため16世紀に宗教改革の嵐が起こって、各種の“protestantikeV ekklhsieV(抗議者教会=プロテスタント教会)”が生まれ、現在に至っている。

11世紀の大分裂ののち、カトリック教会では、それまで使用されていた eikoneV(聖画)を全て廃止・破壊し、代りに agalmata(立像)を使用するようになった。その理由について、たいていのカトリック教会の神学生たちは説明できないという。さらに、16世紀の宗教改革のとき、私たちの信仰の祖ルーテルは、それまで行われてきたさまざまな musthria(典礼)を、洗礼と聖餐以外は全て廃してしまった。その理由を私たちの多くは、聞かれても答えられない。神父さんは、私たちのこのような、自分の信仰の根から目を背ける態度は、キリスト教史への不安に起因していると考えている。もしかして、原語で聖書を読もうとしないのも、そういう不安に起因しているのだろうか。原語で読んだら信仰が壊れてしまうのではないかと無意識に思っている人は、けっこういるかもしれない。

今日は“断食”と訳されている“nhsteia”について教わった。最初、“H nhsteia ecei thn idia hlikia me ton anJrwpo.(断食は人類と同じ年数を持っています)”と言われたとき、何のことか分らなかった。これは、断食の歴史は人類の歴史と同じく古いということだ。神がアダムを造られたとき、エデンの園にあるすべてのものを食べてもいいが、善悪の知識の木からは食べてはいけないと言われた。これが人類最初の“nhsteia(断食)”だそうだ。「初めて知りました」と言うと、そうでしょうといった表情だった。

断食にはいろいろあり、肉と魚とバターとチーズとミルクを絶つだけの断食から、断食のリストに油を加えるもの、水しか飲まない断食、水も含めて一切口にしない断食まで、さまざまだ。私は断食といったら、一切口にしないか水だけを飲む断食しか知らなかったが、いろいろな断食があるようだ。正教会では、礼拝の朝は水すらも口にしないで教会に来て、聖餐に与ると、パク・ノヤンさんから聞いたことがある。これは昔のカトリック教会も同じだったと聞いている。最近はカトリック教会では礼拝の1時間前から断食するそうだ。

断食の目的の一つは、節制を助けることにある。節制がなかなかできず、つい人を中傷してしまったり、嘘をついたり、悪しき思いを抱いたりしてしまう人も、断食によって自分をおさえ、神に服従できるようになるそうだ。神父さんの話では、ある浮気癖から抜け出せずにいる(つまり、姦淫の奴隷になっている)信徒から相談を受けたとき、断食を勧めたそうだ。このように、断食は節制を助けるのだそうだ。御言葉に従いたいのにどうしても罪を犯し続けてしまう人は、部分的な断食をするのもいいかもしれない。

11月25日(火)「安息日の優先順位」

at 2003 11/27 09:19 編集

今週のバイブルスタディーは、「ルカの福音書」14章1〜6節のみことばで、大学院で歴史を専攻している兄弟が司会をした。今までぼんやりとしか考えていなかった地理的関係や当時の社会背景がはっきりして、とてもよかった。彼の精密な読解は、私たちの聖書の読み方にいつもチャレンジを与えてくれる。

この箇所では、安息日を守ることと病人をいやすことのどちらに重きを置くかが論点になっている。イエス様は、人を愛することの実践として、病人をいやすことが重要だと、身をもって示された。この部分は誤解されやすいのだが、これを“律法”と“愛”との対立と見てしまうことが多い。しかし、そうではなくて、愛は律法の中心なのだ。愛は律法と対立するものではなく、律法そのものだ。

そうすると、安息日を守る律法と人を愛する律法との対立が問題になるかもしれない。しかし、それは簡単な問題だ。たとえば、交通規則に例えると分りやすいだろう。運転手は信号機に従って走らなければならない。赤信号を無視して通過すれば、反則金を取られ点数を引かれる。一方、私たちは警官の指示にも従わなければならない。では、信号が赤なのに警官が進めの合図をしているときには、どちらに従うべきか。もちろん、警官に従わなければならない。警官の指示が信号と異なる場合、信号に従うことは違反となる。この例と同じく、律法にも厳然たる優先順位があり、それに従わなければ違反となる。

その安息日の食事時、イエス様の前には水腫をわずらった人がいたが、居合わせたパリサイ派の人たちは、その人をいやすことは、律法に反することだと考えていた。ところがそれは、信号が赤だからといって、警官が行けと合図しているのに、車を止めたまま出ようとしないドライバーの態度だったのだ。イエス様は、「自分の息子や牛が井戸に落ちたのに、安息日だからといって、すぐに引き上げてやらない者があなたがたのうちにいるでしょうか」と譬えて言われ、パリサイ派の人たちの態度が律法違反であることを示された。

今日の箇所を学んだのち、私が思ったのは、律法は奥が深いということだった。