ソウル生活日記


私の韓国生活日記です。時々書きます。

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4月1日(火)「韓国語を始めた日」

at 2003 04/01 02:04 編集

今日は、私にとって、韓国語の勉強を始めた記念日だ。18年前の今日、2年目のNHKハングル講座が開講されたのと一緒に、菅野裕臣先生の『朝鮮語の入門』第1課を読み始めた。特にそれを祝うことはないが、4月1日が巡ってくるたびに、心の片隅で、このことを思い出す。

私の韓国語の学習は、専攻の勉強ではなかったが、こうやって長い間続けているうちに、いちおうモノになることは分かった。私は熱心ではなかったし、忍耐強く学んだわけでもなかったから、学習を初めたときから考えると、現在期待される実力にはおよそ程遠いのが現状だ。それにもかかわらず、長年続ければ実力は身に付くと、いろいろな本に書いてある主張は正しいことを、確認した。

考えてみれば、中学生の時から大学生まで勉強したはずの某外国語も、結局身に付かなかったとはいうものの、いろいろな国の人との簡単な会話に使ったり、辞書を引きながら必要な部分を読んだりしている自分を見ると、やはり、少しずつでも長年続けていると、少しは伸びるらしいということが分かる。私の身の回りには、その外国語の達者な人たちがたくさんいるから、自分がその外国語をモノにしていないことが分かるが、それでも、マイペースで楽しめるまでにはなった。

私がこれからできるようになりたいと夢見ている外国語は、いくつかあるけれども、4技能を一応身に付けたいのは、英語、現代ギリシャ語、現代中国語。読めるようになりたいのは、ヘブライ語、ロシア語、フランス語、ドイツ語、ラテン語、サンスクリット語(『パーニニ文法』という本が読んでみたい)。しっかり読めるようになりたいのは、古典ギリシャ語と漢文。

この中には、もしかしたら永遠にモノにできないものもあるかもしれないが、辞書さえあれば何とか読める英語と漢文、部分的には分かることがある現代中国語と古典ギリシャ語などは、とにかく続けていれば、いつかは基礎の段階を脱することができるはずだ。このことを、これまでの韓国語の学習の経過が教えてくれ、まだよちよち歩きの段階にある外国語の学習に対して、希望を与えてくれている。

4月18日(金)「大発明」

at 2003 04/19 14:46 編集

ちょうど家を出ようとしていたときに、携帯電話が鳴った。誰だろうと思って出ると、五十代くらいの男性の声で、知らない人だ。私の日本語教材の利用者だが、問い合わせたいことがあるという。「ありがとうございます」と答え、話を聞いてみた。しかし、この人の問い合わせは、教材の内容とは関係のないものだった。

その人は、こう切り出した。「韓国の小説などの書籍は、最近はほとんどすべて横組になっていますけれども、昔のものは縦組だったんです。そのような縦組の本を読むとき、行の一番下まで読んで、次の行に移ろうとすると、ある時は、同じ行にまた入ってしまったり、1行飛ばして読んでしまったりするのが問題です。」

そして、「で、日本では、縦組の本を読むときに特に苦労はありませんか」と聞いてきた。「特に苦労はありません」と答えた。「では、むしろ日本人は、横組の本を読むときに読みにくいのですね」と問い返してくる。私は「いいえ、縦組でも横組でも読みやすさに違いはありませんけど」と答えた。

すると、「しかしですね、そのような本を読む時、私は適宜行のいちばん下に印をつけて、そして次の行の頭にも印をつけると、間違いなく次の行を見ることができると分かったんです」と言い、「私はそのようにして、改行の時に視線が適切でない行へ移ってしまう問題を解決しました」と加えた。この人はいったい何を話そうとしているのだろうか。

さらに続けた。「そのような表示を本などの出版物に付ければ、本はもっと読みやすくなります。どうですか。このアイデアに賛同してくれませんか。」

私は答えた。「それは、読書に慣れていない人には多少の役に立つかも知れませんけど、一般の読者にとっては、そんな表示は却って邪魔になるだけだと思います。」

そして続けた。「そういう話は、私なんかにしないで、出版社の編集者にしたらどうですか。彼らは本を読みやすくするために、いつもアイデアをひねっているんです。その人たちに働き掛けた方が、ずっと効果的じゃないですか。」

すると、「先生に問い合わせる前にもいろいろな人に聞いてみたんですが、みんな、そんなことをしたらかえって読むときの邪魔になると言うんです」と言う。私は「みんなが“邪魔だ”と言うのは、それはやっぱり邪魔だからですよ。私たちが本を読むときは、大抵はその行だけじゃなくて、上下の行も見ているんです。そして、慣れてくれば、段落全体も一気に見ることもできるし、もっと早く読める人は、1頁全体をいっぺんに見渡すこともできます。そういうときに、そんな文脈と関係ない印がついていたら、邪魔だとおもいますけどね」と答えた。

そして続けた。「子供たちは本を読むのが苦手でしょうが、そのような子供のためには、行間を広げ、行の長さも短くし、さらに、段落自体も短くするという工夫をしています。一般の図書でも、読みやすい本は、一つの段落をなるべく短くし、2〜3行で改行するようにしています。そして、長い段落の本というのは、大抵は読書に慣れている人たちが読むので、一つの段落が何行にも渡るからといって、視線を次の行に移すときに問題が生じることは滅多にありません。」

それでもまだ、この人は主張しつづけた。「しかし、固定観念を捨てて、このようなシステムの導入を出版界に働き掛けて行くべきではありませんか。」

しつこいので、私も言い方が嫌味っぽくなってしまった。「私は先生がどれだけ本をお読みになる方か分かりませんが、本をたくさん読んでいる人にとっては、そのような工夫が必要だと思うでしょうか。」

その人は、虚を突かれたという様子で、返す言葉を失っていたので、「分かりましたね」と念を押すと、何か答えようとしたが、あきらめて、「分かりました」と言って、電話を切った。

読むという行為は、何千年もの歴史がある。現在の書籍などの文章形態は、読みやすさを追求した末に確立されているものだ。分かち書きにしたり、句読点を付けたり、段落分けをして各段落の頭を下げたりするという書き方は、読みやすさと単純さとのバランスの上で洗練されてきたものだ。

しかし、行の尻と次の行の頭とに印を付けて目をそこへ行かせるというのは、言葉の流れとは無関係な印だ。無視されてしまうか、あるいは目について読書の流れを乱すだけだ。当人としては読書の歴史を変える「大発明」だと思ったのだろうが、ちょっと的外れだった。

あとで、ある出版社の人に会ったとき、今日来た電話のことを話したら、その手の電話はしょっちゅう来ると言っていた。私は初めてだから面白がって相手をしたが、出版社の人は、そういう電話で頭が痛いという。なるほど、そうだろうなと思った。今日私はそれで15分も時間を使った。1日に何本もそういう電話が来たら、仕事の邪魔になるだろう。

4月19日(土)「GO」

at 2003 04/20 01:15 編集

小説は滅多に読まない私が、最近は仕事の関係で、小説に目を通しておく必要が出てきた。それで、キョボ文庫へ行って、どうしても読んでおかなければならなそうな、『ノルウェイの森』と『キッチン』と『GO』の3冊を買ってきた。

去年だったか一昨年だったか、仕事関係で映画「GO」の断片を見たことがある。そのとき、2つの点で新鮮だった。一つは、この映画が日本人の視点に束縛されないで人間模様を見ていると思われたという点と、もう一つは、自分は今まで在日韓国人のことをこれっぽっちも理解していなかったということだった。どんな場面でそれが理解されたかということは、自分でも分からないのだが、その映画のいくつかのシーンを見たとき、目から鱗の取れるような思いがした。しかし、もともと映画を見る習慣のない私は、関心を持っただけで、その映画の全編を見る気にまではならなかった。

キョボ文庫から帰って来るとすぐ、部屋にこもって『GO』を読み始めた。読み終わって、この作品のテーマが重々しいにもかかわらずなぜヒットしたのか、分かるような気がした。この主人公、バカ高校に通っていると言っていながら、怖くなるくらい知性が冴えている。そして、登場人物も、桜井の父親以外は、皆それぞれ不思議な魅力がある。

あと、この本に私が魅力を感じるのは、主人公を始めとする登場人物たちの読書生活だ。星一徹よりも厳しい元ボクサーのオヤジが、ニーチェの言葉を引用して、意外なインテリぶりを見せる。主人公も、高校生のくせに、並みの大人では考えも及ばないような成熟した思索を所々で見せている。高校生の仲間同士も、それぞれ考えは対立しているが、水準の高い思索をしている。そのアンバランスさが、またこの本の魅力となっている。

この中で正一が言った「独りで黙々と小説を読んでる人間は、集会に集まってる百人の人間に匹敵する力を持ってる」(p.81)という言葉が、妙に気に入った。これはきっと、著者の本音に違いない。

4月20日(日)「ノルウェイの森」

at 2003 04/21 01:58 編集

『ノルウェイの森』を読んだ。2巻本の長い小説だった。この小説には、主人公である「僕」の具体的な人生が伏せられていて、冒頭での37歳の「今」と、それから18年前の19歳から20歳までの短い時期に起こった出来事だけが描かれていた。

この小説は、多くの謎を残したまま終わる。「やれやれ、またドイツか」(上 p.7)と主人公が冒頭で言った言葉の理由はついに出てこない。主人公が寮を出る日に永沢が言った「でも前にいつか言ったように、ずっと先に変なところでひょっとお前に会いそうな気がするんだ」(下 p.168)という言葉は、実現したのかどうか分からない。最後の「僕はどこでもない場所のまん中から緑を呼びつづけていた」(下 p.262)では、緑との関係がどうなったのか、ハッピーエンドだったのか悲恋だったのかすら読者は知らされない。悲劇的な余韻を残すだけだ。

それは、すべてを次々に喪失して行く「僕」の体験で、いたたまれないものだった。なぜこんなものが愛されているのか、読み終わった瞬間には理解しかねた。おそらく多くの若者が体験し、そこから必死にもがき出ようとして、やっと出られたと思った時に、この小説を読んだら、またもとの世界に引きずり降ろされてしまうのではないだろうか。初めはそんなことを考えた。

しかし、もう一度思い直してみると、おそらく多くの若者が体験する混沌とした青春の記憶を、この小説は克明に描き出すことで、実は元の世界に私達を引きずり降ろして、その世界を整理させてくれるのではないかという気がした。

多くの若者が多かれ少なかれ経験している挫折の繰り返しを、この小説は見せてくれている。そして、整理がつかなくなっている私たちの記憶を整理してくれている。そして、少しは挫折の記憶から立ち直れる。それが、世界の数多くの国でこの小説が愛読されている理由だろうか。だとすれば、世界中の若者は、人生に深く傷付いているのにちがいない。

4月22日(火)「구원으로 가는 길 (救いへの道)」

at 2003 04/26 00:40 編集

昨日 AristotelhV 神父さんから、ギリシャ正教会の救済論を手短かに論じた、訳して『구원으로 가는 길 / 정교회가 믿는 구원의 과정』(바바라 파파스 著/마은영 訳、베드로서원、ソウル)という本をいただき、今日読み終わった。この本は、アメリカでは数十万部売れた本だということで、私がいただいたのは、その韓国語訳だ。出版されたのは、先週の土曜日。韓国版の解説を、AristotelhV 神父さんが書いている。百ページほどの小冊子だが、良質の紙でしっかり印刷・製本されていて、各章の扉にイコンの美しい写真がある。

この本は、私の信じるプロテスタントの救済論とはかなり色合いを異としている。私たちは、キリストを信じたときに神は私たちを救ってくださると信じているが、ギリシャ正教では、信じたときに、私の言葉で表現すれば、救いの候補者となり、そのあと正しい道へと歩んで行き、最後に世を去るときに、神が救ってくださると信じている。当然のことながら、途中で脱落する人も出て来る。恐ろしいことだ。br>
新約聖書全体を考えながら読んだとき、私が受ける印象は、プロテスタントとギリシャ正教の救済論は両極端にあり、私はどっちつかずの信仰をしているような気がした。つまり、私たちが信じることによって神は私たちを救ってくださるが、信じていると言っている私たちが、本当に信じているのだろうかということが、私には深刻な疑問だった。パウロの手紙にある「彼らはもともと仲間ではなかった」という言葉が、私の心にいつも突き刺さっていたのだ。

プロテスタントとギリシャ正教の救済論は、互いに非常に違った主張をしていて、両者はおそらくキリストが再び来られるときまで一歩も譲らないだろう。しかし、実際には、その理想的な信仰のあり方で見ると、似たようなバランスを持っている。聖書の記述を読めば、手放しで楽観しているのも変だろう。うすうす感じていた部分を、この本によって、グサリと突き刺されたような痛みを覚えた。

少なくともこの本は、プロテスタントの甘美な教理の中でデレンとしていた私を、ピシャリと鞭打って目覚めさせてくれた。

今まで私は新約聖書の中で、裁きに関する厳しい記述を読んだとき、それはみなユダヤ人や異端教派のことを言っていると聞いてきた。しかし、ギリシャ正教では、それらの裁きを、私たちの救いの問題から切り離すことをしない。

私たちは、ギリシャ正教のこのような救済論に反論することはできるかもしれない。しかし、神御自身が私たちの救済論通りに私たちを救ってくださるという保障もない。ただ信じられるのは、聖書に書いてある通りに私たちを救ってくださるということだ。聖書を、今まで以上に真摯で誠実な態度で、読んでいく必要があることを、痛感した。

4月23日(水)「キッチン」

at 2003 04/26 02:55 編集

先週の土曜日に買ってきた『キッチン』を読んだ。日曜日に『ノルウェイの森』を読み終わってからすぐにページを開いて、読み始めたときは、直前に読んだ2冊とは雰囲気ががらっと変わったので、面喰らった。やはり男の文体と女の文体は違うのかもしれない。また、場面設定が、ずいぶん人工的な感じがした。一種のおとぎ話のようだ。

『キッチン』には、「キッチン」と「満月──キッチン2」と「ムーンライト・シャドウ」の3編が収められている。前の2編は連続した話だが、3編目は独立した話だ。軽くちゃらちゃらしたような文体に始めは戸惑ったが、読んでみると、読みごたえがある。

「キッチン」は、家族を次々と亡くしていって天涯孤独になる男女が出会う話だ。しっかりと喪失感を捉えていた。そして、「満月──キッチン2」では、みかげが真夜中に、出張先から旅行先の雄一の旅館まで、タクシーを飛ばすという、なかなかいい行動を見せてくれた。この部分はこの小説の見どころだ。

ところで、主人公の名前が「みかげ」というのは、墓碑に使われる「みかげいし」のことか。だとすれば、まわりにどんどん人を失っていく主人公の名前にふさわしい。そして、その相手の雄一。たった一人の、また、みかげと同じく孤独な男である登場人物の名前にふさわしい。

「ムーンライト・シャドウ」では、登場人物と舞台設定はまったく変わる。これは、恋人や兄弟を亡くした人たちの物語だ。主人公は「さつき」。交通事故で恋人を失った。その恋人の弟は、兄と自分の恋人との2人を、同じ事故で一度に失った。そして、ここには謎の女性「うらら」が登場する。この女性も、愛する誰かを失ったらしい。この女性は、ふと現れて、素性も明らかにされないまま去っていく。そんな登場人物たちが、失った愛する人に、ある一定の時間に一定の場所で、ほんの束の間の再会をするという、幻想的な話だ。

この小説は文体が気になるという人は、むしろ外国語訳で読んだ方がいいかもしれない。そうすれば、文体のにおいが消えて、この小説が描いている深刻なテーマが、はっきりと表に出てくるかもしれないから。

4月27日(日)「東方教会の復活節」

at 2003 04/28 00:36 編集

AristotelhV 神父さんに招待されて、韓国正教会の復活節礼拝である「エスペリノ・ティス・アガピス」に立ち会わせていただいた。プロテスタントの教会では、先週の主日に復活節の礼拝を行ったが、東方教会では1週間後の今日が復活節に当るらしい。家族全員が招かれたのだが、妻は教会の聖歌隊で時間がなく、上の子はテコンドーの昇級審査があるので、下の子だけを連れて行った。

教会の手前で車を止め、入って行くと、門の前にヨーロッパから来たらしい人が何人か話をしていた。下の子はそれを見て、ちょっと驚いたような顔をしていた。

教会に着くと、神父さんが中庭で、来る人たちに挨拶をしていた。私が下の子の手を引いて行くと、喜んで迎えてくださり、教会堂へ案内してくださった。下の子は初め、黒いガウンに身をまとい、灰色の長い顎ひげを生やした神父さんを見てたじろいだ。下の子は、普段日本人と韓国人ばかり見ているので、西洋人やギリシャ人、中東の人たちに会うのは慣れていないらしかった。

復活祭の挨拶に、「キリストが復活されました(フリストス アネスティ!)」と言うと、「まことに復活されました(アリソス アネスティ!)」と答えることを習った。韓国語では「그리스도께서 부활하셨습니다!」「참으로 부활하셨습니다!」と挨拶する。そこで会った何人かの人と、この挨拶を交わした。色々な国の人たちが、色々な言語で挨拶していた。

子供も入れていいんですかと聞くと、かまわないという。それで、いちばん後ろの席に座ると、そこはうるさいからと言って、前の方の席に案内された。下の子は、礼拝堂で座りつづけるのが嫌なようで、外にいると言って出て行った。

礼拝は、厳かな雰囲気で始まったが、神父さんの言った通り、後ろの方の席はガヤガヤしていた。ロシアから来た人たちのようだ。見回すと、色々な国から来た人たちがいる。私の隣には、アフリカから来たと見られる人がいた。礼拝の様子を写真に撮っている人もいた。

中心になる司祭はギリシャから来た二人の司祭が担当するが、韓国語で主に式次を朗詠しながら導いていたのは韓国人の補祭だった。それに対する信徒の合いの手は、右側の聖歌隊がしていた。ロシア人の司祭もいて、韓国語とギリシャ語とロシア語の3か国語で礼拝が進行した。聖歌隊の賛美は、カトリックの教会音楽に似ていて、美しかった。同じ曲が今度はギリシャ語で歌われたが、中近東的な雰囲気がした。

途中で、韓国人の補祭が紐の先に付いた香炉を振りながら礼拝堂の前の方を回ったが、これは鈴が付いていて、音楽に合わせて鈴がシャランシャランと鳴るたびに、礼拝堂に香の匂いが広がった。

そして、この日の礼拝のメインである、福音を各国語で読む順序になったが、イエス様が弟子たちに現れた場面と、トマスが信じないと言った場面と、イエス様が聖霊を受けよと言われた場面を、まずギリシャ人の老司祭が韓国語で朗詠し、次に AristotelhV 神父さんがギリシャ語で朗詠したが、このギリシャ語の朗詠はみごとだった。次にロシア語で朗詠された後、司祭でない人たちが、英語から始めて、私の知らない3種類の言語と、ドイツ語で同じ箇所を朗読した。韓国語は共同翻訳で、ギリシャ語は原典を朗詠していた。

それから、聖歌隊のいるスタンドの脇の扉が開いて、全員でそこを出た後、また礼拝堂の正面玄関に戻って礼拝堂に入った。入るときに、入り口のレリーフの聖人画の前で十字を切る人たちがたくさんいた。下の子はどこにいるだろうかと中庭を見回すと、葡萄棚のような所でバーベキューをしている人たちと一緒にいた。

それからまた礼拝が続いたが、間もなく、玉子をもらう順序になった。人々は並んで、まずイエス様の絵に口づけし、それから銀の十字架に口づけをしてから、真っ赤な玉子をもらって下がっていた。私も前に出ていいのかどうか迷っていたら、下の子がやってきた。お腹が空いたと言う。それで、通路に並んで順番を待っていたシスターに、私は正教会の信徒ではないのですが、玉子をもらいに行ってもいいんですかと聞くと、これは誰でも参加していいんですよと言われたので、子供と一緒に列に並んで、玉子をもらった。

私はこの玉子がただの玉子型の象徴物だと思っていたが、下の子が物につまずいて落とした拍子に割れてしまったとき、中が本物のゆで卵だということを知った。殻をむいて少し食べると、下の子は「まずい」と言って、その玉子を私に押しつけた。玉子に絵の具の匂いが染み込んでいたので、食べにくかったが、私は我慢して食べた。

中には長いテーブルが三つ並んでいて、ビュッフェが準備された。そして、司祭たちが祈った後、食事が始まった。下の子は、真っ先にスパゲッティの方へ行って、スパゲッティを食べた。真中のテーブルは、ロシア料理だということだった。

今日は、暑くも寒くもなく、天気も薄曇りで風がなく、教会の中庭での食事はとても快適だった。神父さんが下の子を見て、この子がたくさん食べて車の中で吐いた子ですかと聞くので、そうですと答えた。私はギリシャ語で日記を書いては神父さんに見ていただいているのだが、教会に行くときに車に乗るや否やこの子が吐いた話を書いて、それがとても印象的だったという。

神父さんは私を紹介するたびに私のことを AutoV einai o maJhthV mou.(彼は私の学生です)と紹介するのだが、“学生”というギリシャ語は“弟子”と同じ単語なので、みんな初めは、私が神父さんから何を教わっているのか見当も付かないという表情だった。そうやって色々な人と挨拶しながら、何人かの人と知り合いになった。

神父さんは、私の子をとても可愛がってくださった。私が他の人たちと話をしている間に、神父さんは私の子の相手をしてくれていたようで、「この子はとても社交的(キノニコス)ですね」と言われた。そして「彼と私と友達になりました」と言っていた。しばらくして、礼拝堂入り口の階段で記念撮影をしていたが、なんと、神父さんの腕の下に、うちの子がいた。帰りに車の中で、下の子は「あのおじさん、だーい好き!」と言っていた。