ソウル生活日記


私の韓国生活日記です。時々書きます。

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1月1日(水)「送旧迎新礼拝」

at 2003 01/01 04:32 編集

大晦日の夜11時半から行われる送旧迎新礼拝に行って来た。韓国の教会では、どこでもこの送旧迎新礼拝を行う。大型教会ほど、この時には大混雑になる。うちの教会では、夕方7時に1部礼拝、9時に2部礼拝、そして11時半に3部礼拝を行った。

少し早めに家を出た。バスで行こうと思ったら、同じアパートに住む夫婦が、車で行くので一緒に行こうという。その言葉に甘えて一緒に乗って行った。この人は、もともと반포の方で別の教会に通っていたが、1年ほど前온누리교회( オンヌリ教会に移り、その後教会に正式に登録したのち、奥さんの強い勧めで最近このトンネに引っ越して来たそうだ。うちと同じで、教会の近くに住みたくて生活水準の合わない동네に住んでいるので、経済的に負担だと言っていた。

教会には11時に着いたが、既に礼拝堂はいっぱいになっていて入れず、地下の비전홀ビジョン・ホールへ行った。11時半からの礼拝は、牧師先生は양재の횟불회관で説教を行い、オンヌリ教会では衛生中継で説教を聞くのだが、それでもこの人出だった。양재ではもっとすごいのだろう。

私の左に同じアパートに住む夫婦が座り、私の右に妻が座った。賛美を歌う中で、そのうちある曲を、妻は驚くほど美しい声で歌っていた。賛美の歌詞が鮮明に心に伝わるみずみずしい歌声だった。

今日の御言葉は、第1ペテロ2章18〜25節だった。善を行うことで受ける苦難に、無言で耐えることを勧めるメッセージだった。「ののしられても、ののしり返さず、苦しめられても、おどすことをせず、正しくさばかれる方にお任せになりました(23節)」というキリストの生き方を模範に生きてこそ、影響力のある生き方ができるという内容だった。そしてこの1年は、この聖書箇所の生き方を目標にしましょうと訴えていた。

ところで、昨日は、聖書勉強会の前に、同労者の伝道師さんと一緒に、여의도の純福音教会へ初めて行って来た。礼拝堂の建物は、とても大きかった。大晦日の昼間は、守衛の執事さんたちが数人で教会の建物を護っているだけで、来訪者は誰もいなかった。私たちが入ると、「어떻게 오셨어요?」というので、伝道師さんが、日本からお客さんが来たので案内するのだと説明すると、通してくれた。しかし、私が日本からのお客さんだとは……。

初めに3階にある2階席を見た。目の前にとても大きな空間が広がっていた。私たちがいたのは、説教台から見て右翼にある外国人席だった。テレビでは見たことがあるが、実物は初めてだ。1階席は、2階席の下をはるか後ろまでずっと広がっていて、先が見えない。私はオンヌリ教会の礼拝堂でも大きいと思っていたから、純福音教会の礼拝堂の巨大さに圧倒されてしまった。1万人収容できるという。オンヌリ教会の礼拝堂の5倍の規模だ。

私の家の前には충신교회チュンシン教会があって、周辺は車があふれかえっていた。オンヌリ教会の周辺も、道路の両脇や安全地帯は車がびっしりと埋まっていた。コレステロールがたまった血管はこんな感じなのではないかと思われるほど、狭くなった車線を車が窮屈そうに流れている。おそらく純福音教会の前は、もっとすごい混雑をするのだろう。梗塞してしまう道路もあるに違いない。

このように、送旧迎新礼拝は、韓国の風物詩だ。こうやって大晦日の夜から新年の瞬間にかけて、大勢の人たちがそれぞれの教会へ行き、知恵ある言葉や励ましの言葉を聞いて、喜びの心でまた家に帰って行く。人々の交わす「새해 복 많이 받으세요.(新年も大いに祝福されますように)」という祝福の言葉も、ふだんよりもいっそう力強い響きに聞こえる。

1月1日(水)「QT」

at 2003 01/01 16:56 編集

大晦日の午後、『생명의 삶リリビングライフ』の韓国語版2003年1月号を買った。新年からQT(日本では一般に「デボーション」と呼んでいる)を再開しようと決めたのだ。日本語版は自分も翻訳に携わるため、読んでいると、この訳はうまいなあとか、この訳はもうちょっと工夫した方がいいのになどと、あらぬ考えが心を占拠してしまってQTにならない。それで、ずいぶん長い間QTをしていなかった。

それで、日本語版以外のリビングライフを読もうと心に決め、聖書勉強会が終わったあと、教会の書店へ行った。日本語版以外には、英語版と、オリジナルの韓国版があった。英語版は空白が多く、構成もシンプルで、読みやすそうだったが、いざ目を通してみると、ぎりぎり内容が理解できる程度で、これではQTどころではなさそうだ。韓国語版は、見た感じは文字の部分が多くて難しそうに見えたが、慣れている言葉だけによく分かる。それで、韓国語版を読むことにした。英語の勉強がしたかったら、言語学の英書を読めばいい。>家に帰ってリビングライフをぱらぱらとめくっては、QTをどうしようか考えた。QTに長い時間を取られたら、挫折する可能性が高くなる。忙しくても必ず毎日できるほど、短時間でシンプルにできなければならない。けれども、あまり短くても、御言葉が心にしみこまない。御言葉を読んだ味わいが残らないと、長続きできない。

そのためには、一般に言われている“15分”がいちばん適切な時間だと思う。15分では、毎週の聖書勉強会のように御言葉の濃厚な味わいを満喫するわけにはいかないだろう。同じ長さを数人で1時間半かけてじっくり読み分かち合うのだ。いわば御言葉の煮込み料理のようなものだ。しかし、QTは、そこまでたっぷり御言葉の味わいを吸収する余裕がない。

それで考えたのは、前日の夜に、聖書箇所の解説をしているQT本文を、読んでしまうことだ。線を引きながら、その内容に目を通す。そして、だいたいの内容を頭に入れておく。なぜQT本文を前日に読むかというと、これはあくまでも参考にするものだから、当日起きてから聖書箇所を読んだとき、その内容に強く影響されなくて済むし、かといって全く手がかりのないまま読むこともない。

今日は昼過ぎに目が覚めた。そしてすぐにリビングライフの聖書箇所を開き、読み始めた。今日はローマ人への手紙1章1〜7節だ。じっくりと噛みしめながら、3度音読し、それからその意味を考えた。部屋の外では妻が息子を叱っている。集中できないが、恵みならば何かが与えられるだろう。

結局、20分かかり、簡単なメモをしただけで終わった。しかし、それでもいいだろう。ずいぶん長い間QTをしていなかったのだ。日誌を書くような気分で、QTをしよう。

聖書勉強会も、その深い味わいを体験するまでに半年以上かかった。いや、始めたばかりのときは、自分にとってそういう恵みがあるとは想像もしなかった。部屋と時間を確保してその場所を守ることだけを使命としていたのだ。素読もそうだという。変化は突然訪れるらしい。

QTも、実行している人たちのあかしを読むと、その恵みが体験できるようになるまでに、ずいぶん長い時間がかかっている。重要なことは、恵みを受けようとすることではなく、日課として忠実に行うことだ。とにかく、今日はQTができたことだけで、満足しよう。

1月5日(日)「聖餐式」

at 2003 01/11 03:55 編集

今日は風がとても冷たい。氷点下10度前後まで落ちているようだ。バス停まで大した距離はないし、バスはすぐに来るのだが、私としては厚着して家を出た。一昨日降った雪はまったくとける様子もなく、そのまま残っている。人が踏み固めた場所は、固まってつるつるになっている。

説教の内容は、不覚にも思い出せない。マタイの福音書4章の、バプテスマのヨハネが捕らえられたのち、イエス様が故郷のナザレからカペルナウムに居を移されたところに関する話だった。ここ最近、頭の痛い人間関係のために、何かやらなければならないことがあっても、そのことが心を乱して上の空になってしまう。

今日は1月最初の主日なので、聖餐式があった。私は去年の秋からずっと聖餐式のことを考えているが、うちの教会では聖餐式のパンと葡萄酒をどう捉えているのかが気になる。長老派の教会では比喩的に捉えているとのことだが、聖餐式の司式をする牧師先生の言葉を聞いていると、比喩として言っているようには聞こえない。しかし、本当に比喩として捉えているのだろうか。こんど直接牧師先生に聞いてみたい。

1月7日(火)「新学期」

at 2003 01/11 03:56 編集

言語教育院の冬学期が始まった。韓国語課程はもう始まっているが、日本語などの第2外国語は今日からだった。学生たちの表情が初々しい。

朝の授業が終わってから、メールの確認をしていると、講師室のドアを誰かがノックする。「들어오세요.」と言うと、AristotelhV 神父さんだった。私にお土産といって、ギリシャのパンをくださった。韓国の正教会で仕えておられる AJanasia さんが焼いてくださったのだそうだ。この女性は、去年正教会へ初めて行ったときに、一度会って挨拶をしたことがある人で、昨日も偶然、言語教育院の正面玄関で会った。今学期から韓国語の勉強を始めたという。

私もちょうど、外国のキャンディーをプレゼントに持って来ていたので、プレゼント交換のようになった。そのパンは、山羊のチーズのパンと、上部に胡麻がびっしりと付いているローブだった。どちらも手作りだった。山羊のチーズのパンは、ギリシャ語のレッスンが終わった後、全部食べてしまった。山羊のミルクの臭いはちょっと抵抗があるのだが、焼き立てのパンの香ばしさといっしょで食べやすかった。同僚の先生と、聖書勉強会のために早めに来た伝道師先生とに一つずつあげて、残りは私が全部いただいた。胡麻のパンは、とても大きくて、ナイフもなかったので、手を付けずに家に持って帰った。

午後の授業も、初々しい雰囲気だった。今学期は、まるで新学期のように、言語教育院の中に初々しく明るい雰囲気があふれている。

1月9日(木)「韓国語ジャーナル」

at 2003 01/11 03:58 編集

同僚の先生が、日本で買って来た「韓国語ジャーナル」を見せてくれた。韓国事情や街角の韓国語会話などから始まって、著名人や有名人のインタビューまである。

今日はそのCDを聞かせてくれた。街角で収録したものもある。인사동で最近名物になっている、むかし王様が食べたという糸のような飴の説明も入っていた。ただ、テープ起こしは、韓国語のそれほど上手でない日本人がやったらしい。聞き間違いが目立った。

CDの中で、ある日本人が、まるで韓国人のようにしっかりした韓国語で話していた。しかも、折り目正しく流暢な言葉遣いで、そのうまさに驚いた。誰だろうとつぶやいたら、先生が、この人の写真があると言いながらページをめくるので、見ると、知っている人だった。경희大学で韓国語教育学を専攻している藤原さんだった。普通にしゃべっていると、誰が韓国語が上手で誰がそうでないのかが分からない。しかし、こうやって公的な話をする場面では、はっきりと違いが現れてくるのだ。

チェ・イノ氏のインタビューもあった。かなり長いインタビューだ。内容もなかなか良かった。

私が韓国語を勉強していたときは、こんな雑誌は、夢のような存在だった。韓国語の教材は、ペルシャ語だとかウイグル語などといっしょに並んでいた。今でもウイグル語ジャーナルなんて考えられないのと同じく、当時は韓国語ジャーナルが将来出るなどとは、冗談でも考えなかった。

これを聞きながら、また別のことも考えた。英語ができる人は、イングリッシュジャーナルを、私が韓国語ジャーナルを聞いて分かるように、英語のCDを聞いて理解できるのだろうか。だとしたら、本当にうらやましいことだ。

1月10日(金)「クリスマスの日」

at 2003 01/11 04:01 編集

AristotelhV 神父さんに、ギリシャ正教では1月6日にクリスマスを祝うと聞きましたと言った。すると、ギリシャ教会でのクリスマスは“イコスィ ペッデ デケッヴリウ”だとおっしゃった。しかし、ロシア正教会は1月7日をクリスマスとして祝うのだという。東欧の正教会の多くでは、1月7日がクリスマスだが、ギリシャでは、西方教会と同じく12月25日を“フリストゥーイェナ”として祝うのだそうだ。

イエス様が実際に何月何日に降誕されたのかは誰も知らない。そこで、降誕を記念する日を作って、その日を祝うことになったと私は聞いているが、この祝う日を決めるときに、ギリシャ教会とロシア教会は、互いに連絡を取らなかったのだろう。そのために、クリスマスの日に3週間のずれが生じてしまったのに違いない。

1月13日(月)「ことばと絵の世界」

at 2003 01/14 04:15 編集

とてもいいウェブサイトを見つけた。「Yeemar's Home Page: ことばと絵の世界」という。飯間浩明先生という国語学者のホームページで、とくにこの中で、「ことばをめぐるひとりごと」にある“きょうのひとりごと”はすばらしい。Yoshimoto先生のウェブサイトに以前あった語学断章のように、日常の中で関心を持った言葉を取り上げて、深い考察を加えている。

読み物としても、くつろいだ気分で楽しく読める。しかも、いい加減な書き方をしていない。主観と客観がはっきり分かれているので、読んでいて安心できる。そして、今まで知らなかった知識と見識を、こっそり(?)教えてくれる。さらに、どのページを読んでも、必ず教えられるところがある。

何よりもいいのは、この先生の謙虚な態度だ。私たちは、教える仕事をしていると、だんだん人に対して厳しいことを言いやすくなる。それもそのはず、自分が厳しい論争の世界にいるから、厳しいことを言うのが当たり前になってしまうのだ。だから、言葉のきつい先生がいるからといって、悪く言うことはできない。しかし、飯間浩明先生は、どこまでも学生のように、謙虚で、穏やかで、好奇心にあふれている。

このウェブサイトは、言葉に関心のある人たちにとって、活力と休息を与えてくれるかも知れない。デザインも和風で感じがいい。

1月14日(火)「親の数」

at 2003 01/15 01:52 編集

ふと生じた疑問。“親”という単語は、単数なのか、複数なのか。父親は“親”だし、母親も“親”だ。それなのに、両親を“親たち”とは言えない。両親も“親”になる。「私の親たち」では、両親以外にもまだ私の親と言える人がいることになる。“親たち”というのは、「多くの親たちは、将来についての不安を抱え込んでいる」「大勢の子供連れの親たちが集まってくる」のように、それぞれ別の子どもの親が複数いることを指す。この場合、“親”というのは、そのどちらか片方でも構わない。

英語の“parent”はどちらか一人のようだ。でも、コリンズの英英辞典では、名詞としては、“parents”と複数でしか提示されていない。“Your parents are your mother and father.”と書いてある。あとは形容詞の用法だ。ということは、“She is her parent.”などとは言えないのだろう。また、1組の夫婦も“parents”だし、夫婦または親のどちらかが、複数いても、“parents”になるようだ。たとえば“many children and parents in the audience”と言えば、日本語の“親たち”と似ている。

韓国語の“어버이”はどうなるのだろう。『延世韓国語辞典』を見ると、訳せば“父と母”という説明があるだけだ。しかしこの語は日本語の“親”や英語の“parent”ほど頻繁には用いられない。多くは“부모(=父母)”を用いる(“부모”は1ペアが1単位になる)。また、“어버이”の複数形も見たことがない。ひょっとしてと思い、“어버이”の複数形“어버이들”を“Yahoo! KOREA”で検索してみたら、出てこなかった。어버이には複数形がないのだろうか。

親というのは、2人で1単位になる存在だ。しかし、こうやって少しだけ見ても、その数の扱いは、けっこうごちゃごちゃしている。これを、すっきりと整理された形で説明してみたいものだ。

1月15日(水)「アイウエオはめがね?」

at 2003 01/17 01:48 編集

今学期私が受け持つ4つのクラスの中で唯一の男子学生が、授業中、教材の挿し絵に書いてある「アイウエオ」という文字列を見て、「これ、眼鏡の意味ですか」と聞く。西洋人が日本語のカタカナを見て、「ア」も「イ」も判別できない様子の絵だ。初めは学生の言っていることが理解できなかった。

それで、「どういうことですか」と聞くと、その学生は、「これは“eyewear”じゃありませんか」と言った。今まで「アイウエオ」を見てそう思う学生はいなかったので、びっくりした。彼の隣には実の妹が一緒にいたが、彼女が兄に、あわてて、これは日本語の字母の最初の5文字だと韓国語で説明した。それを聞いて、彼は恥ずかしそうに私を見た。

しかし、なかなかの推理力だと思う。結果としては外れたが、日本語の外来語を理解するには、そのぐらいの推理力が必要かも知れない。

ところで、“eyewear”という単語があるのかと思って、家に帰ってから辞書を見ると、コリンズの“COBUILD Learner's Dictionary”にはなかった。で、“RANDOM HOUSE WEBSTER'S COLLEGE DICTIONARY”を見ると、載っていた。“any of various devices, as spectacles or goggles, for aiding the vision or protecting the eyes.”と説明されていた。

辞書で確認するまで、私は“eyewear”を彼がその場で作った造語かも知れないと疑っていたのだった。

1月16日(木)「不思議」

at 2003 01/17 01:51 編集

どういうわけか、「不思議」ということばの意味を、正確に把握させるのが難しい。何か“不思議”に思ったことを話してくださいと言うと、本当に不思議な話をしてくれる学生もいるのだが、大半の学生は、“変”な体験を話してくれる。“不思議”と“変”とは、普通ではなくて理解しがたい事実という点では、意味が重なる。しかし、その意味の何かが抜けて、“変”だけれども“不思議”ではない話をしてしまう。

「不思議」には“불가사의(不可思議)”の意味が含まれるので、理解できると思うのだが、多くは“이상하다(変だ)”で解釈がカバーされてしまうせいか、尋常ではないがさして不思議でもない体験を「不思議」の実例として話してしまう。

こういうのも、一種の“誤用”に違いない。誤用の原因の一つに、「不適切な説明」が挙げられている。ことばというのは、森羅万象と言えるほど、どういうことが起こるか全て予測をつけるのが難しい。だから、適切な説明というのも、実は難しいことだ。“不思議”の概念が韓国人にないとは思えないから、「不思議」という語の意味が難しいとは思えない。なぜ「不思議」という語の概念把握が正確にできないのか。その原因はどこにあるのか。「不思議」の不思議だ。

今学期も“不思議に思ったこと”を宿題に出したので、あとで学生の実例をもう一度よく検討してみようと思う。そうやって、適切な説明ができるようになればいいなあ。

1月16日(木)「ギリシャの食事」

at 2003 01/17 01:53 編集

食事といえば1日3食で、時間もだいたい万国共通と思いがちだ。いや、食事時間の普遍性を疑ってみる人は、滅多にいないだろう。だから、私はギリシャ語の“geuma”は昼の12時に食べるものだと思っていたし、“deipno”も夕方7時頃食べるものと思っていた。

ところが、そうではなかったのだ。

ギリシャでは、1日に4回の食事時間があるそうだ。まず朝7時から7時半頃“progeuma”をとる。これは簡単に、コーヒーと一緒にパンを食べるくらいで済ませる。次に、午前11時から11時半頃“kolatsio”の時間がある。コラツィオというのは“スナック”の意味だそうで、コーヒーと一緒にピザやサンドイッチを食べる。

そして、昼食である“geuma”を、午後2時から3時頃食べる。この昼食は、たっぷり食べるそうだ。そして、そのあと40分〜1時間ほど“meshmbrinoV upnoV(午睡)”を取る。そして、午後から夕方にかけて、元気いっぱいに仕事をしたのち、夜9時から10時頃、夕食である“deipno”を食べる。これも、たっぷり食べるそうだ。

で、ギリシャでの就寝時刻は、夜11時半から12時頃で、朝起きる時刻は午前6時半から7時頃だそうだ。寝る時間はともかく、食事時間の体系は、私たちとはちょっと違う。なお、ギリシャでは、昼食を自宅でとるという。これも、日本や韓国ではちょっと考えられないことだ。

AristotelhV 神父さんは、私にそれを説明してださるとき、とても楽しそうだった。韓国という異境の地で、ギリシャへの郷愁を抱きながら、教会での仕事をしておられるのだろう。そんな感じがした。

1月17日(金)「聞き間違い」

at 2003 01/17 23:43 編集

Yeemar's Home Page: ことばと絵の世界」からリンクされている「しろくま君のホームページ」を見た。このページは、アナグラムやアクロスティックなどの面白い例を紹介している。

どれも面白いが、「誤聴の部屋」と「すむとにごる部屋」を見ながら、私が子供のころ聞き間違えた、数少ない例を思い出した。古い順に紹介すると……

 「美女」→「ビジョッ!」

 幼稚園の子供には、この単語は意味が分からないから、ただ汚く聞こえるだけだ。両親がある女性の美しさを称讃していたとき、私はその人の悪口を言っているのだと思っていた。韓国には以前“オクトルメ(屋上から落下した味噌)”という悪口(^^;)があったが、まさにそれと同じように思っていたわけだ。

 「1万円」→「1枚円」

 1万という数字は、数の苦手な私には、想像もつかない巨大な存在だ。それで、子供の頃、1万円札の意味を考えながら、紙幣1枚だからこういうのだと一人で納得した。

 「東名高速道路」→「透明高速道路」

 実は小学校高学年まで、そう思っていた。高速道路を車があまりに速く走るから、自動車が透明に見えるのだと一人で納得していたのだ。その後テレビでこの高速道路を見たとき、他の高速道路と同じで走る車が見えたのには驚いた。

 「岩清水」→「鰯水」

 いつ聞いたか定かではないが、母がある飲み物をくれたとき、このドリンクはこれから作ったと言った。そのときは飲む気をなくしたように記憶している。

 「薬剤師」→「ヤクザ石」

 父だったか誰かが、あの人はこれだと言ったとき、私は理由も分からず恐れをなした。

 「だいぶ積もって来た」→「大仏持って来た」

 ある雪の降る日、父と妹と3人でストーブに当っていると、外から母が帰って来るなりこう叫んだ。そのとき3人とも顔を見合わせたところを見ると、全員が私と同じに聞き間違えたようだ。ふつう言葉は自分が知っている意味に引き寄せて聞き取るものだが、このように理解できない言葉に聞き間違えることもあるのだ。

ところで、「この靴、ご満足いただけますか?」→「この靴、50000足いただけますか?」という例が、「すむとにごる部屋」にあるが、これは「誤聴の部屋」にあってもいいと思う。それにしても、「ご満足」が「50000足」に聞こえるとは、聞いた人もびっくりしたことだろう。

1月18日(土)「理想の国語教科書」

at 2003 01/19 15:29 編集

以前『読書力』(岩波新書)という本を読んでから、著者の斎藤孝という人に関心を持つようになり、『子どもの日本語力をきたえる』(文芸春秋社)を読んだ。そして、その本の“本体”といえる『理想の国語教科書』(文芸春秋社)を、キョボ文庫へ行って買って来た。

この人は、“読む”という行為が弱化している昨今の傾向に危機感を抱き、読書の復活を図っている。そして、小学校高学年から中学校までの間に、基本的な読書力を身につけることで、その後の読書生活に大きな違いがあらわれることを主張し、それを自分の教育で実践している。『理想の国語教科書』は、その実践そのものだ。

この人の考えは、日本人の読書力が、時代が下るにつれて落ちて来たのは、子供の読み物のレベルを徐々に下げて来たからだというものだ。これは正しいに違いない。言語教育院でも、日本語の学生たちのレベルが下がって来たのが問題になったことがある。その理由として、教材の内容をこなしきれない学生に合わせて、教えるレベルも下げたからだという話が出た。そこで、またレベルを上げた。結果としては、教えるレベルに合わせて学生たちのレベルも上がったようだ。学生たちはいずれにしても消化不良になるのだから、同じ消化不良でも、レベルを上げての消化不良は、低いレベルでの消化不良よりも、水準が高くなるわけだ。

また、ある旧字旧仮名の優秀性を主張する人が、ホームページに書いていた話を思い出した。自分は子供の頃、教会で、大人たちは文語聖書を読んでいて、自分も初めは文語聖書を読んでいたのに、ある日、口語訳聖書をあてがわれた。小さな子供にはこちらの方が分かりやすいからということだった。しかし、自分は文語聖書を読んで理解できたので、口語訳を読むように言われたときは不満だった、という話だ。

口語訳聖書は、今では大人にも難しいと思うのだが、当時は画期的に分かりやすい聖書だったのだろう。しかし、ここで注意しなければならないのは、子供でも文語聖書が読めたということだ。大人たちが声に出して読み、説教の中でも引用されていたので、子供も理解できた。そしてその勢いで、文語聖書が読めるようになっていた。文語聖書も口語聖書も、総ルビだから、読み方に困ることはない。

そういえば、あの漢字だらけの南総里見八犬伝を、子供時代に読破したという人が時々いる。南総里見八犬伝も総ルビだから、読み方が分からずに困ることがない。私は百ページ読んだら頭が痛くなって投げ出したが(全部で3千ページ近くある)、同僚の先生は、全部読んでしまったそうだ。

子供にとって苦手なのは、抽象的だったり議論が複雑だったりする読み物だそうだ。内容が具体的で議論が込み入っていないものは、字面は難しそうに見えても、子供はけっこう楽しんで読んでしまうらしい。聖書も南総里見八犬伝も、その点では読みやすい本だといえる。

この『理想の国語教科書』には、言葉のレベルは高いが子供にも読みやすい文章が、ぎっしり詰まっている。そして、総ルビにしてあるので、子供でも読み方に困ることはない。

私はこの本を、日本語力の弱い上の子を何とかしたいと思って買ったのだが、自分が読んで感動してしまった。日本文学や、外国文学の翻訳の、最高の味わいある小品や断片が31編集められている。8編読んだが、どれも生半可な文章ではない。そして、各作品の後ろに付けられた解説が、またいい。その作品の味わいを十分に引き出してくれる。

これは、私のように若い頃文学作品を読むことを怠ってきた人間にとっては、とても優れたアンソロジー兼文学案内として、ちびりちびりと読んで楽しむのに恰好の材料だ。

1月20日(月)「困った日本人」

at 2003 01/22 03:38 編集

近所のアパートに住んでいる日本人駐在員の騒音で、近隣の住民が迷惑を被っている。

話によると、その人は、毎晩帰宅すると、大きな音でカラオケだか何だかをかける。あまりにうるさいので注意をしようとしても耳を貸さない。埒が明かないので何度か警察を呼んだが、玄関の扉も開けなかったそうだ。先日は真夜中にベランダでドリルを使って工事をする音がけたたましく、夜中の3時まで寝付けないほどだったと言う。

しかし、日本人がそうだというのは聞き捨てならない。本当に日本人ですかと聞くと、残念ながら、確かに日本人だという。どうして日本人だと分かったかというと、郵便受けに来ていた宛名を確認して知ったらしい。

こういう人間がいると、日本の印象を悪くする。この駐在員を送った会社は、うっかり公衆道徳も知らない人間を外国へ送ってしまったようだ。当人は、旅の恥はかき捨てと思っているかも知れないが、現在のように韓国語を解する多くの日本人が韓国人社会に紛れ込んでいるという事実と、インターネットなどで情報が筒抜けになりやすいということとを合わせ考えると、日本人には知られまいと思っていた恥が、日本人の間で有名になってしまわないとも限らない。

韓国人や他の国の人が騒ぎを起こしているのは、他人事でも見ていられる。しかし、同国人が韓国で困った態度を見せて周りに迷惑を及ぼしているという話は、心穏やかに聞いていられない。もうちょっ静かに生活して、同じ騒ぐにしても、近隣の人たちが我慢できる程度に騒いでほしいものだ。

1月22日(水)「怪メールと記憶」

at 2003 01/23 00:22 編集

ある先生から、空のメールが来た。“Re:〜”というような名前になっていたところを見ると、何かの返事を転送したものらしい。中は空っぽで、添付ファイルもない。私はその先生が操作ミスをして私にメールを送ったのだと思い、冗談で返事を送った。

ところが、夜、その先生から電話がかかって来て、きみの送ったメールは何なのだねという。これこれこういうことですと答えると、その先生は、私にメールを送ってはいないという。そこで初めて、私に届いた空メールがウイルスによるものかも知れないということに気が付いた。

さいわいアウトルックを使っていないから、他の人に迷惑をかける心配はなさそうだが、そのメールを開いてしまったので、コンピュータには何か障害が起こるかもしれない。

ところで、その返事のメールを、家から送ったか、職場から送ったか、思い出せないのだ。その先生の話では、今日の午後2時前後に送られたらしいと言う。ということは、そのとき私は家にいた。今日人にメールを送った記憶はないのだが、あたふたしていたから、ぼんやりとメールを確認し、ふと悪戯心が生じて返事のメールを送った後、自分がメールを送ったことを、忘れてしまっていた。そういう筋書きかも知れない。

メールの正体も気になるが、私の忘れっぽさも、ちょっと気になる。

1月23日(木)「外側の車線」

at 2003 01/26 14:20 編集

道路が広くて片側に車線がいくつもあるとき、たいていは右・左の車線と説明する。韓国では他に、センターラインに面した車線を“1車線(일차선)”といい、歩道に面した車線を“端の車線(끝차선)”という。

韓国語ではそのように明瞭なのだが、日本語ではどういうのだろうか。この疑問は、ある人が私の車に乗ったとき、“外側の車線”と言ったことに始まる。私はその瞬間判断に迷った。道路に関しては、中と外との区別は若干任意な面があるからだ。>
歩道のある方を道の“端”というのだから、“外側”と同様に考えてもいい。また、センターラインは道路のまん中にあるのだから、“内側”と考えてもいい。

しかし、困ったことに、道路の中央は“外”にも見える。なぜなら、そこは何によっても覆われていない広い場所だからだ。通りに出るとは言っても、通りに入るとは言わないのが、そのことを表している。これは人でも車でも同じだ。その観点から見れば、車を通りに出してセンターラインへ寄せるのは、道路へどんどん出ていくことだ。

さらに具合が悪いことに、ちょうどそのとき片側4車線の道を走っていたのだが、そういう道では、2〜3車線目は“内側”の印象が強く、中央寄りの車線と歩道寄りの車線の両方とも“外側”のように見える。

“外側の車線”という指示をされたとき、そのようなことが一瞬頭を駆け巡り、判断に戸惑った。私がどちらの車線かを判断できたのは、私たちがどこへ行こうとしているかを知っていたからだ。その人は、車線を外側と内側とで区別すれば誤解なく理解できるのだと説明していたが、実際には必ずしもそうではない。

“外側の車線”の意味として、どちらに軍配を挙げるかとなれば、歩道寄りの車線だろう。しかし、道を指示するときには、やっぱりいちばん分かりやすいのは、右、左と言うことだ。

1月24日(金)「敬語」

at 2003 01/26 14:21 編集

今日は敬語の授業をした。その中に、会長と部長との対話があって、部長が会長に社長のことを報告するときに、社長に尊敬語を使っている点に注目させた。韓国ではこの場合、会長の前で部長が社長を尊敬語で描写したら、会長に対して礼を失することになる。

例の男子学生が、その使い方が韓国語と違うのに驚いて、“文化の違い”が難しいと言った。これは確かに文化の違いではある。なぜなら、言語はそれを用いる人たちの文化だからだ。しかし、文化には、言葉の問題として処理できるものと、そうでないものとがある。敬語の問題は、言葉の問題として処理できるものだと思う。

日本語の敬語が上下関係以上にウチとソトとのパラダイムで人間社会を区別しているのに対し、韓国語の敬語は、上下のパラダイムで人間社会を区別している。だから、会長の前で社長を尊敬語で話すと、相対的に社長よりも地位の高い会長を下げてしまうことになる。

日本語では、部長が会長の前で社長を高めなかったら、部長は、イ)会長を他所者と見ているか、ロ)社長を軽く見ているか、ハ)気さくな性格で敬語をあまり使わない人かのどれかだろう。会社ごとに雰囲気も違うし使う言葉遣いも違うだろうから何とも言えないが、おおまかに言ったらそういう違いがある。

まあ、難しいと言えなくもないが、図式化して練習して身に付けてしまえば、変に訳す習慣をつけて混乱しない限り、実際に使う上では問題ないはずだ。

1月24日(金)「結婚礼拝」

at 2003 01/26 14:45 編集

今日午後1時半から教会で、うちの教会の日本語礼拝に通っている韓国人兄弟の結婚式があったので、行って来た。結婚礼拝は、なんとメインの礼拝堂で行われていた。けっこうたくさん来てはいたのだが、通常2千人収容できる礼拝堂なので、中央にこぢんまりと集まって座っているように見えた。

この兄弟は、97年の夏、私がクリスチャンになる半年ほど前に、私を一生懸命伝道しようとしてくれた人だ。ただしそのときは、残念ながら、彼の話は馬鹿馬鹿しく聞こえ、私を信仰へと接近させることはなかった。

その後私がキリストを信じる前も信じるようになった後も、時々教会で会っていたが、去年の夏に久しぶりに교보문고で彼に会った。数日後に日本へ行くと言っていた。婚約者の父親に会うためだと言っていた。その女性とは、日本へ短期宣教で行ったときに、受け入れ側の教会の日本人姉妹で、そこで初めて会ったと言う。

彼女の父親は兄弟が彼女と付き合っていることを知っているのかと聞くと、知らないと言う。厳しい父親だと聞いていると言っていた。そして私に、日本へ行って彼女の父親に受け入れられるように祈ってくれと頼まれた。それで、その姉妹とその父親の名前をメモしてもらって、家に帰ってから祈った。

その後何の連絡もないから、結婚の話はダメになったのかと思っていた。ところが何週間か前、妻が結婚式の招待状を持って帰って来た。見ると、その兄弟だった。姉妹の名前も、ほとんど忘れかけていたが、たしかにその姉妹だった。

礼拝では、김동국牧師先生が伺式をしていて、北野伝道師さんが通訳をしていた。結婚礼拝は、静かで楽しく、美しい雰囲気の中で進行していった。特別賛美を、日本語礼拝の賛美チームが日本語で歌ってから、꿈이 자라는 땅のスタッフたちが韓国語で歌った。日本語の特別賛美には、妻も出て一緒に歌っていた。

結婚礼拝には、クリスチャンでない人たちもたくさん来る。それで、普段の礼拝とはちょっと違った雰囲気になる。新郎は料理人なので、料理人の友人がたくさん来ているようだ。時々奇矯な声を上げて、周りの人たちをびっくりさせていた。それがまた、新郎を祝福する雰囲気を盛り上げていた。

1月25日(土)「めぐりあう」

at 2003 01/26 14:25 編集

昨日の話だが、ある学生が「めぐりあう」の語釈について不平を言っていた。その学生は歌か何かでこの単語に接したようだが、辞書を見ると、日本語に訳せば“偶然に会う”と説明されていた。しかし、偶然に会うのは、いつも会っている人と偶然に別の場所で会うことも意味する。これでは特に取り立てて「めぐりあう」という単語を使った意味が理解できないとこぼしていた。

今日それを思い出して、辞書で「めぐりあう」を引いてみた。新明解国語辞典には「長い間求めていたものに思いがけない所で出会う」と出ている。岩波国語辞典にはなかった。広辞苑では「めぐりめぐって出会う。邂逅する」と出ている。日本国語大辞典は広辞苑に似ているが、用例が古いので、現代語の語釈としてはちょっと信用できない。スピッツの「チェリー」という歌に「いつかまたこの場所で、君とめぐりあいたい」という一節がある。これは、“思いがけない所”ではなくて“思いがけない時”という意味だろう。時間と空間は、入れ替え可能なことが多い。

で、広辞苑の語釈にも載っていて、韓国語での説明にもあった“邂逅する”を調べてみようと思った。まず韓国語の「해후하다(=邂逅する)」を延世韓国語辞典で調べると、“(久しく会えなかった人に)思いがけない場面で再会する”とあった。日本語の「邂逅」は、新明解では「〔しばらく会わない人に〕思いがけない・所で(機会に)会うこと」とある。韓国語と日本語が全く同じだ。

日韓辞典で「めぐりあう」を調べてみた。金星出版社の뉴에이스では“偶然に会う”、東亜の프라임では“偶然に会う。邂逅する(出会う)”、民衆書林の엣센스では“久しぶりに偶然に会う”、それから、今も出ているかどうか分からないが、東亜の現代日韓辞典では“(別れていた人に)思いがけず会う”と説明されている。엣센스と現代日韓辞典は80年代の古いものだ。古いものの方が実際の使用に還元しやすい。ひょっとしたら、「めぐりあう」についてだけ言うと、新しくなるにつれて日韓辞典の語釈は悪くなっているかもしれない。

ちなみに、Yahoo! JAPANでの「めぐりあう」の検索結果だ。これを見ると、初めて出会うものにも「めぐりあう」を使うらしい。

1月26日(日)「うひ山ふみ」

at 2003 01/26 14:59 編集

金曜日の午後、郵便受けを見ると、ふるほん文庫やさんから郵便物が届いていた。去年の11月頃インターネットで注文したことのある『うひ山ふみ 鈴屋答問録』だ。実に2か月近くたって手許に届いたわけだ。

包みを開いて本を開くと、うっ!改行がない。しかし、読み始めると、意外に読みやすかった。本居宣長という人は、気張らずに平易な言葉で、しかも論理的に明快で透徹した書き方をする。日本固有の思想が仏教、儒教、道教などの外来思想によって歪められて別物になってしまったことを随所で指摘している。しかもそれは、空想で論じているのではなく、証例によって論じている。これは私たちの学ぶべき態度だ。

うひ山ふみ」(本居宣長自身は「うひやまぶみ(p.72)」と読んでいた)は、9ページほどの短い本文と、それに続く50ページほどの敷衍説明とで構成されている。敷衍説明の後半は、現代の学問を志す人にはあまり関係のない和歌の鑑賞と作法とについて論じているが、目から鼻に抜けるような論じ方で引き込まれた。明晰さを強調するフランス語に対して、日本語は陰翳を強調するとされるが、「やまとたましひ」を復元した本居宣長の文章は、明晰そのものだ。単語の意味が分からなくてぼやっとする部分はあるが、それ以外の部分は、実に明快だ。目の前で本居宣長が語っているかのような錯覚を覚えながら、「うひ山ふみ」を読んだ。

読みながら、著者の学者としての真摯な態度に打たれるとともに、ここまで明晰に考えて表現できなければならないのかと思うと、勉強というのは大変だと尻込みする気分に襲われてしまった。これではいけない。「すべて学問は、はじめよりその心ざしを、高く大きにて、その奥を究めつくさずはやまじとかたく思ひまうくべし。此志よわくては、学問すゝみがたく、倦怠るもの也(p.25)」と申しておられる。

私はこの本を、外国語学習の方法論を学ぶために求めていた。しかし、この本が書かれた目的は、学問の方法論、とくに文献を扱う学問を身につける方法論だ。言語学や古典文学、歴史学などを学ぶ人には、この本はよき道案内となるはずだ。勉強を志したい人は、こういう本を若いうちに熟読して、勉強の基本的な態度を自分のものにすべきだ。年を取ってから読んでも、すでに悪い癖が付いていて、改めるのは難しい。

その後ろに続く「鈴屋答問録」は、単語の語源や事項の起原などに関する質問に答えたものだ。それなりに面白いが、方法論を中心に述べたものではないので、読みさした。あとで暇なときに残りを読みたいと思う。

1月27日(月)「雪」

at 2003 01/27 17:04 編集

昨日は雨が降っていて春のような陽気だったのに、今朝起きると、歩道が白く雪で覆われている。玄関のドアを開けると、風が吹いていて、吹雪のようだ。10年ほど前に吹雪の대둔산に登ったときのことを思い出した。あのときは、目の前の吹雪だけを見て下山した。まあ、楽しい思い出だったけれど。

車を置いて家を出た。道がぐしょぐしょだ。久しぶりに地下鉄に乗って職場まで行った。ソウルで雪が降ると困るのは、道がツルツルになって歩きにくくなることだ。道が滑りやすくなるために、たくさんの怪我人が出る。至る所に坂道があるので、そこを歩いて通らなければならないと思うと気が重い。しかし、まだ、歩道の雪は泥水混じりのぐしょぐしょの状態で、歩くのがちょっと億劫な程度だった。

言語教育院で用事を済ませて帰るとき、地下鉄の中で、私が座った隣にいたお婆さんが、何かをくれた。何だろうと思って見ると、教会のトラクトだ。私がお婆さんの顔を見ると、교회 다녀요.と言われた。ちょっと緊張して、어느 교회 다니세요?と尋ねると、대치동장로교회 (テチドン長老教会) だという。それを聞いて安心し、저는 온누리교회 다녀요.と答えると、そのお婆さんもうれしそうな顔をして반가워요.と言った。

トラクトは記念にもらっておこうと思ったら、返してちょうだいと言われたので、返した。すると、それを目の前に立っていた人にあげた。それを見て、自分も伝道をしたいとは思っているんだけれども、どうも気が引けてできませんと言うと、そのお婆さんは、静かに笑いながら、伝道すると祝福されるわよと言った。私が、축복 받으시기를 빕니다.と言うと、にっこりと笑っていた。

私はずっと本を読んでいたが、そのお婆さんは、その間も、自分の周りに座ったり立っていたりする人たちに、トラクトをあげていた。不思議なことに、一人を除いて全員がトラクトを受け取り、たいていの人は、そのトラクトの内容を読んでいた。お婆さんは、先に降りて行った。

アパートに着くと、駐車場に置いてある私の車は、雪だるまのようになっていた。窓を覆う雪を掻き落とそうとすると、ガリガリと鳴って、氷の固まりが窓に残った。エンジンを付けて車内を暖かくしてから、手に雑巾を巻いて、窓をびっしりと覆っている氷をこそぎ落とした。氷は、バリバリと音を立てて窓ガラスからはじけて散った。

午後遅くなってから、玄関前の廊下に出ると、風がとても冷たかった。車道を見下ろすと、車が通るたびに、雪が粉のように舞い上がっていた。

1月28日(火)「ヘンタイ」

at 2003 01/28 23:25 編集

私の職場の教材には、日本語の中で好きな言葉と嫌いな言葉を挙げさせる活動がある。嫌いな言葉でよく挙がるのが、「いじめ」で、他にも「あたたかかった」など、発音の難しいものがある。

ところが今日は、「へんたい」という単語が嫌いな単語に挙がった。何でそんな単語を知っているのだろうと思って尋ねると、韓国でも有名な単語だという。英語にもなっていて、そこから韓国に入ってきたそうだ。

韓国で私は韓国語の文脈の中に「헨타이」という単語を聞いたことも見たこともなかった。マスコミには現れずに、若者たちの間で広まっているのだろうか。

それにしても、高尚な言葉が外国に伝わるのではなく、ゲイシャとかハラキリなどの他に、近年ではイジメなど、否定的な単語が日本から海外に輸出されている。そして、なんとヘンタイまで海外に出回っているとは、日本語の悲しい国際化だ。

1月31日(金)「エホバの証人」

at 2003 01/31 18:31 編集

昼前に、玄関のベルが鳴るので、妻と一緒に出ると、見知らぬ日本人の女性が立っていた。妻が、どうして私たちが日本人だということを知って来たのかと聞くと、양천구청 (ヤンチョン区庁) のどうのこうのと答えていた。妻が何の用かと聞くと、聖書を学びませんかという。うちはクリスチャンですと答え、あなたもクリスチャン?と聞くと、自分はエホバの証人だと答えた。妻はその女性を叱って、そんなものを信じないで、あなたも教会に通いなさいと大声で言った。私も一緒に居合わせたのだが、つい興奮して、そんなものは信じない方がいいと詰るように言ってしまった。

妻妻が、横にいる韓国人の女性にも同じことを言い始めた。しかし見ると、その女性は、教養がある顔つきをしていた。つわものらしい。妻だとやり込められてしまうかも知れない。それで、私が出た。韓国のエホバの証人は、クリスチャンを攻撃すると聞いている。신동아쇼핑센터の時計屋のおじさんもそうだった。その女性と話し始めると、やはりつわものだ。それで、落ち着いて論じ合うことにした。これは、その背景に巨大な神学論争があるのだから、いくらつわものとはいっても、一介のエホバの証人と、一介のキリスト信徒に過ぎない私とで、対決に決着がつくようなものではない。

キリスト教とエホバの証人との違いは、決定的な部分にあるが、教理が違うにしても聖書という同じ土俵にいるので、それぞれの箇所については、ほとんど話に違いが見られない。これは、彼らがクリスチャンの足元を掬う恰好の罠ともなるが、一方で、クリスチャンがエホバの証人の攻撃を同じ言葉でかわすこともできる。

どんな聖書を読んでいるのかと聞かれた。いろいろな訳を読んでいると正直に答えた。ギリシャ語の原書でも少し読んでいると答えた。ヘブライ語もできるのかと言うので、ヘブライ語は分からないと答えた。ギリシャ語の『70人訳』は正確云々という話を持ち出したので、私は、あの聖書はかなり意訳をしているが、イスラエルのラビたちが訳したものなので、その訳は信頼していると答えた。すると、それ以上原典の話は持ち出さなかった。

彼らは聖書の箇所をたくさん提示して私たちをたじろがせる。しかし、重要なのは中心的な部分だ。私は聖書の御言葉をすべて覚えているわけではない。彼らだって、勧誘と論争に必要な箇所はよく知っているだろうが、まさか全部知っているわけではあるまい。瑣末な部分(と私には見える箇所)を持ち出して、大きくして説明する。帰無仮説の発想で、キリスト教の教理を打ち砕こうというわけだ。しかし、瑣末な箇所は反証にならない。そういう数学的な読み方をすると、聖書はばらばらになる。逆に、私が自分の信じる所を主張するときは、ひたすら中心に則って主張しなければ、相手に足元を掬われてしまう。

その女性は、聖書箇所をいくつも開いて私に見せた。しかし私は、聖書箇所にはほとんど目を落とさず、その人の顔を見ていた。一緒にページに目を落とすと、相手のペースにのみこまれてしまいやすいからだ。キリスト教では、この人のような変な説得の仕方はしない。聖書を開いて人に見せたって、どうにもならないではないか。

訳し方が違うので、提示された部分が心当たりない場合もある。これは、クリスチャン同士でも言語や使用する聖書が違うとよくあることだから問題ではない。その女性が提示した箇所にも、“섭취”という聖書では目慣れない言葉があったので、私は「엣, 섭취?」と言って、首をかしげた。その女性はすぐに、それは自分たちの訳に独特な訳語であることに気付き、その箇所を引っ込めた。

その女性は、聖書はありのままに読まなければならないと言った。私は、今まで私が答えたのは、聖書を私がありのままに読んだ結果だと答えた。そして、自分はギリシャ正教の神父さんからも聖書を学んでいるが、その解釈はプロテスタントと大して違わないと答えた。

すると、三位一体の話を持ち出した。私は、三位一体は信じるが、それを論じるべきでないと考えている。なぜなら、聖書によって、三位一体は否定できないだけでなく、証明することもできないからだ。ただ、聖書では非常に三位一体をにおわせていると感じるだけだ。その女性は、聖書箇所を開いて、ほら、ここに三位一体を否定する箇所があると言った。しかし、それは三位一体を否定しているように見えなかった。私は、そういう瑣末な部分で決めつけてはいけないと言った。

三位一体の話が出たので、その女性が、プロテスタントはカトリックから出たから、カトリックの伝統を引きずって三位一体を信じているのだと言った。私は、カトリックとプロテスタントは大した違いはありませんと答えた。私たちプロテスタントの信徒は、たいていカトリックに敵意を持っているから、そこを突こうとしたに違いない。教会史の話を持ち出すかと思って待っていたが、持ち出さなかった。私がカトリックをキリスト教として認める言い方をしたから、攻撃できなかったようだ。

その女性は私に、ヨハネの福音書1章1節の御言葉に関してどう思うかと聞いた。私は、“ことば”とはイエス様で、その“ことば”が“神”だと言っているのだから、神はすなわちイエス様だと答えた。すると、ではそこでは二位の一体を表しているということですねと言うので、その通りですと答えると、多くのクリスチャンは、その場所をもって三位一体を証明しようとしてくるんですよと言った。それで私は、それは行き過ぎた解釈ですと答えた。ひょっとして、そのおばさん、イエス様が天地を創造された神と一体であることを認めてしまったのか。それは私のペースに巻き込まれたことになる。まあ、そういうしくじりは、誰でもすることだろう。私だって、言葉の綾がこんがらかって、信条と違うことを言ってしまうことはある。

妻は彼らをとても警戒していた。しかし、相手も人間なのだし、こういう勧誘活動は、大変なストレスを受けるはずだ。気の毒な人たちなのだ。それで、一応の礼儀をもって話に応じ、最近日本語の勉強を始めたというそのつわものの女性に、私の作った日本語教材をあげた。そして、言語教育院で日本語を勉強するように勧め、一緒に来た日本人女性には、私がやっている聖書勉強会に来るよう勧めた。すると、つわものの女性が、自分の家に来るようにと勧めるので、それは困るといい、代りに、オンヌリ教会の礼拝に出るよう何度も勧めた。

クリスチャンが、エホバの証人を冷たく追い返すのは、よくない。むしろ、彼らが勧誘に来たら、彼らに御言葉を伝えて伝道すべきだと思う。しかし、教理の論争が始まったら、平行線をたどるだけだということを知っておくべきだ。ディベートで勝っても負けても、それは決着にはならない。また、聖書による攻撃は聖書でかわさなければならない。ヒューマニズムを基にした世俗的な正義で返しても、相手の思う壷にはまるだけだ。ヒューマニズムは、一見正義に見えるが、根無し草の思想だからだ。

あと、決して彼らの居場所へ出向いてはならない。彼らは組織的なマインドコントロールの技術を持っている。ミイラ取りがミイラにならないとも限らない。だから私は、私の職場で会いましょうと言った。でも、彼らはきっと来ないだろう。