ソウル生活日記


私の韓国生活日記です。時々書きます。

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10月2日(水)「ヨンサン」

at 2002 10/03 02:33

先月私の古いパワーブック(1400c)のハードディスク(1.4MB)が完全に駄目になってから、お金の工面がつかず、そのまま放置した状態だったが、先週土曜日に、ヨンサンでハードディスク(10MB、12万ウォン)を交換し、今日受け取りに行ってきた。

帰りに、MDとランケーブルを見てまわった。MDは、どれも5枚入りで、最初の店では1万ウォンのもの(ソニー)だけがあった。次の店を見ると、9千ウォンのもの(TDK)があった。その次の店を見ると、8千ウォンのもの(パナソニック)もあった。結局買わなかったが、ヨンサンに関して言われている「何個所か回ってから買った方がいい」という教訓を裏付ける結果だった。

ランケーブルの方は、値段が書いてある店はあまりなかった。たいていは、長さが書いてあるだけだった。そこで、10メートルのランケーブルに限定して、値段を聞いてみた。最初の店は、5千ウォンだった。次の店は4千ウォン。その次の店は、6千ウォンだった。そのあと、部品や工具を売っている店が集まっているところをうろうろしながら、ランケーブルが奥の方に置いてあるのを見つけたので、値段を聞くと、3千5百ウォンだった。それを買った。

電気製品を買いにヨンサンへ行ったら、面倒でも数箇所の店を回った方がいい。値札がない店が多いので、特定の商品に限定して、値段を聞きながら回れば、相場も分かり、安いものも買える。

ただし、マッキントッシュの店はヨンサン内でも何個所もないので、そうはいかない。マッキントッシュの部品(正品版)はどれも高い。面識のある客にはまけてくれることもあるようだが、私のような見知らぬ者には、その店の販売価格でしか売ってくれない。

10月3日(木)「聖歌隊の練習」

at 2002 10/03 23:00

今日10月3日は、韓国の紀元節である「ケチョンジョル(開天節)」で、仕事が休みだった。それで、午前中は、パワーブックの環境を調整していた。

そして、午後3時に、行くと約束していたので、教会へいった。どこにかというと、聖歌隊の練習だ。日本語礼拝で通訳をやっている姉妹が、私が韓国のゴスペル数曲を日本語に訳したのを機に、ぜひ一度おいでというものだから、練習に加わらないで、後ろで見ているつもりで、聖歌隊の練習現場へ行った。

行って驚いた。ソンガサ(聖歌師=聖歌隊の指揮者)のキムさんの指導の仕方が、あまりに本格的だったからだ。25歳のキムさんが、年配の長老や執事たちの歌いっぷりを指導していたが、声を出す要領を、巧みな比喩を用いて説明し、楽譜も読めず、日本語が母語でもなく、ガラガラ声のおじさん・おばさんたちを、天使の合唱に高めてしまう。彼は声楽が専攻で、ソウル大の大学院に入る準備をしていると、妻から聞いたことがあった。

彼に驚いたのは、音楽的な練習が本格的だというだけではない。言葉の表現の面にまで十分な配慮をしているという点だ。多くの人たちは、歌声がきれいで音程がよく取れていれば、うまく歌えたと思ってしまいやすい。しかし、それでは賛美にはならない。賛美は、心からの賛美が歌を通して表れなければならないからだ。

彼は、日本語をほとんど知らないのに、その歌詞の意味をうまく捉えて、その表現の仕方を説明する。聖歌隊のメンバーたちも、自分の息子くらいのキムさんの指示に一生懸命従おうと、不器用ながら、我慢強く練習していた。そしてその練習風景は、聞いているだけでも退屈でなく、あっという間に1時間経ってしまった。こういう質の高いレッスンを無料で受けられるとは、この人たちは何と恵まれていることかと思った。

私が感心しながら聞いていたら、休み時間に、私と知り合いの執事が、せっかく来たのだから練習に加わりなさいと言って、無理に私の手を引っ張って、練習する人たちの席に座らせてしまった。私は声が低いので、一番低い声のパートに座った。せっかくの機会だから、みんなに合わせて、私のパートを歌った。私はみんなに比べて声がよく出ず、歌も下手だ。そのうえ、「わが主イエス」と歌う部分で、声が詰まった。賛美しながら感動して声を詰まらせるようでは、聖歌隊員は務まらないなあ、と思った。

私たちの歌に、あまり感情がこもっていなかったのか、ソンガサが、韓国語の歌詞をお読みしますから、こういう気持ちで歌ってくださいと言って、韓国語の歌詞を読んだ。それは、歌詞を読むというものではなく、魂の底から訴える祈りのようで、美しかった。彼の言葉が、私の魂に直接訴えてくるようだった。私は深く感動した。

練習が終る頃、妻が来た。妻は聖歌隊とは別に、賛美リーダーを務めている。聖歌隊の練習が終ったあと、賛美リーダーの練習があるようだ。私の表情を見て、「まあ、ずいぶん恵まれたようねえ」と言っていた。

実は今日は起きたときからずっと頭が痛かったのだが、賛美をしている間に、すっかり治ってしまった。心の中に喜びあふれる状態がしばらく続くのは、健康にもいいようだ。

10月16日(水)「日本語教材の録音」

at 2002 10/18 02:33

数人の人たちと一緒に、ディスカッション教材の録音をした。この教材は、インターネット、交通問題、セクハラ、暴力、美容整形、いじめなど、いろいろな高度な問題を扱っているものだが、課の扉にまず読解文があって、それから会話のスキットが2つずつある。私たちは、そのスキットを録音した。

それが、とても過激な内容で、初め私が読む原稿を手渡されて読んだら、思わず顔が赤くなってしまった。女子の新入社員に言い寄るセクハラ社長の会話は、平常心では演じられない。また、幼馴染み(男)に愛の告白をされる男の会話は、相手の台詞を聞いていると額から汗が出て来た。あとで、私のセクハラ社長役は、声の調子に嫌らしさがよく出ているとほめられた(苦笑)。

その他に、私は、ハンドルを握ると人格が豹変する若者、南国の未開部族の解放戦線でリーダーに大統領の暗殺を言い渡されて苦悩するテロリスト、死んだ娘のクローンを前にして拒絶反応を起こす父親、同級生から金を強請り取ろうとしている不良中学生の役などをやった。どれもかなり刺激的でドラマチックなスキットだった。

私が録音した部分以外にも、美容整形を友だちに勧める女性や、不法滞在・不法就労の外国人女性労働者に暴言を吐く公務員の会話などは、平常心で聞いていられるような内容ではなかった。

また、その教材には博多弁と大坂弁の台詞が出てくるが、これはそれぞれ、博多に住んでいたことのある九州の人と、大阪の人が録音した。たまたま録音陣に九州出身の人が何人かいて、録音している人の九州弁に不自然なところがあると指摘して、録音しなおしてもらっていたが、私を含めて他の地方出身の人たちには全く自然に聞こえるのだった。日本語の全く別の世界を垣間見るような気分だった。

今までも内容の過激な日本語教材は見たことがあるが、それは単に過激なだけだった。過激な上にこんなに内容が濃くて厚味のある教材は見たことがない。私は加わっていないが、執筆者は数人いて、それぞれが得意な分野を書いたらしい。それぞれの会話文が、学習者の感情を刺激して活発な討論に誘導できるように作られている。いや、こんな会話文を聞いたら、そのあとそれに対して何か話さないと、その夜はなかなか寝つけないだろう。

10月28日(月)「寒波」

at 2002 10/28 20:22

ここ数日前から急激に冷え込み、もはや冬のような寒さになってしまった。歩道橋の上の水たまりの水が、凍っていた。家の前の銀杏の木は、その変化に付いていけないのか、まだ緑の葉を茂らせている。そのアンバランスが何とも奇妙だ。

今日は雲ひとつない晴天で、講師室の外では、大きなプラタナスが風でしきりに揺れ動いている。一つ一つの葉の動き方が、寒さをいっそう強く感じさせる。プラタナスの繁みも、ソンサン路の対岸(?)にあるヨンセ大学同門会館の植木も、色づき始めたというよりは、疲れたように白茶けている。これも、急激な冷え込みのせいだろうか。

今、講師室の中は暖房が効いているが、教室は、寒かった。私は夏も冬も教室では長袖のワイシャツで通しているが、動いていても、ちょっと寒かった。

少し前に、英語の先生が、餅を持ってきた。先週結婚したのだという。とても幸せそうだった。去年院長が講師を集めて一緒に食事をしたとき、先生は他の先生の質問に、結婚したいが彼氏がいないと言っていた。あれはうそだったのか、それとも、その後いい人を見つけたのか。

私は朝早く水餃子を食べただけでお腹がすいていたので、このキョロントク(“結婚餅”の意)をおいしくいただいた。

10月29日(火)「聖書勉強会」

at 2002 10/31 10:37

昨日に比べて、寒さが若干緩んだ。天気予報によると、明日はもう少し寒さが緩むそうだ。

今日は、バイブルスタディーで、私が司会を務めた。5人から10人ほどの小ぢんまりした集まりとはいえ、司会は緊張する。司会は、前もって聖書の該当箇所を読んで、質問を考える。うまく話を引き出せるような質問を作るのは、難しい。前回司会を受け持ったとき、質問が難しすぎたらしく、解釈の質問の所で、なかなかうまく話しが引き出せなかった。今回は、前回の失敗を生かし、もう少し易しい質問になるように努めた。

司会者は、3つのレベルの質問を考えることになっている。まず初めに“観察の質問”、次に“解釈の質問”、最後に“適用の質問”だ。

観察の質問では、どんな事が書かれていて、誰が登場し、時はいつ、場所はどこなどと、見れば分かる内容を質問する。簡単な質問だが、これをしないと、思わぬ見落としが解釈を歪める可能性がある。次に、解釈の質問では、それらがなぜ行われたのかを、聖書の中から分かる範囲で質問する。この時、時代背景などは、必要なら、司会者が註解書や図鑑などで調べて、質問をする際に説明を加える。そして最後の適用の質問は、それらの箇所が個人個人に与えてくれる意味について、質問する。

今日は「ルカの福音書」の5章1節から11節までを一緒に読んだ。観察の質問は、読んで字のごとくだから、ほとんど問題ないが、解釈の質問は、私自身もよく分からないことだから、参加者がある程度自由に解釈できる余裕のある質問にしなければならない。そして、適用の質問では、各自に与えられる個人的な“意味”がそれぞれ違うのだから、その自由がきくような質問ができる必要がある。

で、今回の司会では、最後の適用の質問が、うまく行かなかった。適用の質問を3つ作ったのだが、ペテロがイエス様を恐れて「私から離れて下さい」と言ったことから学べることはないかと聞いた2番目の質問は、唐突になってしまい、答えにくかったらしい。私は、ペテロのこの一見不信仰に見える態度に、私たちに欠けた重要な信仰の態度が見られると思ったのだが、そのように話を持っていかずにいきなりこの質問したのが、失敗の原因だった。

今回の失敗は、解釈の質問が適用の質問につながっていなかったのが原因だった。私は司会をしている間中、冷や汗のかき通しだった。

教室は暖房が効いていて、暖かかった。参加した人たちは、ちょっと暑かったと言っていたが、私にはちょうどよかった。冷や汗をかき続けていたからかもしれない。

あとで、ある人から、実は今日は、聖書勉強会に出ようと思っていたのだと言われた。ところがその人は、来る途中でバスを乗り間違えたため、聖書勉強会に参加できなかったのだそうだ。

賛美と祈りと御言葉の働きには、有形無形の妨害が強く起こることが指摘されている。韓国のような土地では、人に妨げられることは滅多にないが、まるでそれを知った何者かが巧妙に仕掛けたように、様々な形でしばしば道が塞がれる。それは、“霊的戦い”と呼ばれている。人の戦いではないのだ。聖書勉強会に来ようとしている人が道を妨げられることのないように、祈る必要があることを、しみじみ感じた。

この日記を読まれた方の中に、クリスチャンの方がいらっしゃったら、祈りの時に、梨花女子大学での日本語バイブルスタディーのために一言祈りの言葉を加えてくだされば、幸いです。

10月30日(水)「歯医者」

at 2002 10/30 19:16

歯医者に行ってきた。私が通っている歯医者さんは、いつも静かなゴスペルが流れていて、心が和むのが魅力だ。以前はインストルメンタルだけで、ゴスペルや現代的にアレンジした讃美歌を流していたが、最近は、歌のゴスペルも流している。やはりメロディーだけよりも、歌の方がいい。歌詞の内容を聞きながら、さらに安心感を得ることができる。

歯医者の治療は多少の痛みを伴うが、ゴスペルによって心に安らぎを与えることで、その痛みはかなり軽くなる。以前、たまたま音楽がかかっていないときに行って治療を受けたら、歯を削るときの頭にしみる痛さが強烈だったことがある。そのとき暑くてでれんとした気分だったのも災いしたかもしれないが、そのときの音楽のない殺風景な雰囲気が私には印象的だった。そして、自分のだらしなさは棚に上げて、この先生は信仰につまずいたのだろうかなどと、あらぬ詮索をしたりもした。

知り合いから、痛みは恐怖心によって激しくなると聞いたことがある。安らかな音楽は、心から恐れを取り除く効果があるので、同じ痛さも軽く感じるようになるのだろう。治療中は電気ドリルの音にかき消されて音楽が聞こえないので、深く息を吸ったり吐いたりすることで呼吸を整えて、気持ちを落ち着かせた。

今日は、神経治療の終わった左の二つの奥歯を削り、金をかぶせるための型を取った。先週の土曜日に来院したとき、次回の予告に「歯を削って(치아 깎고)型を取る」というのを、「歯磨き粉で(치약 갖고)型を取る」と聞いて、目を白黒させたが、そのあと、歯を削るときの痛さを考えながら、ずっと気が重かった。しかし、午後3時に予約していたので、その時間に間に合わせて行った。

気の弱い私は、家を出るときにも、治療の前も、治療中も祈っていた。祈りながら、むかし大河ドラマを見たときのことを思い出していた。後鳥羽上皇だったか後白河法皇だったかが謀反を起こして鎮圧されたとき、共謀した公卿たちは打ち首になった。処刑場で、背後では武者らが太刀を高々と振り上げていて、その前で、跪いたまま手を合わせて公卿たちが震えながら祈っていた。そのぶざまな光景と、自分の姿とが重ね写しになって、滑稽な感じがした。

気を紛らすために、いろんなことを考えた。歯の治療の痛みは、十字架の苦しみに比べたら、何ともないと、考えてみもした。すると、“その程度のことを十字架と比較するのか”という声が心の中から聞こえた。励ます声ではなく、叱咤する声だった。

結局、全然痛くなかった。いや、歯の周りを削るときに肉に当たるようで、ちょっとは痛かったのだが、そんなのは痛いうちに入らない。歯を削って型を取り終わるまで、正味40分はかかったろうか。しかしその間、私は何を耐えていたわけでもなく、治療台にもたれていただけだったのだ。このような、何でもないことでビクビクする弱虫の私をすら、顧みてくださる神に、感謝した。