ソウル生活日記


私の韓国生活日記です。時々書きます。

新規投稿
先月<<過去記事 >>次月

7月6日(土)「教会のサイト」

at 2002 07/06 17:15

ずいぶん長い間、キリスト教のホームページを探していなかったが、久しぶりに、「聖書を読もう」という検索語で探してみた。そして、久遠キリスト教会というホームページにたどり着いた。ここは、無教会派の流れをくむ教会とのことだ。

音声メッセージのページがあったので、第一礼拝メッセージに入ってみた。6月30日の「真実な神」というタイトルの、証と説教の礼拝録音は、感動的だった。私は証を涙なしには聞けなかった。67分という長い録音だったが、最後まで聞いてしまった。

このように、いい話の聞ける教会ホームページを時々探してみるのはいいことだと思った。

そのあとで、たまたまKBS国際放送の韓国語講座のページを見つけた。日本人向けは、以下のURLにある。

http://rki.kbs.co.kr/learn_korean/lessons/j_index.htm

しかし、私が関心を持ったのは、中国人向けのバージョンだ。それは、このURLにある。

http://rki.kbs.co.kr/learn_korean/lessons/c_index.htm

これは、韓国語を知っている人が中国語を勉強するには恰好の教材になる。

7月28日(日)「誕生日」

at 2002 07/28 23:50

最近ソウルは暑い日が続いている。私は今日は、夏ばて気味になってしまった。普段はアイスキャンディーなどほとんど食べないのだが、今日は2つも食べて、おなかがおかしくなってしまった。仕事が手に付きようもないので、比較的涼しい床の上にごろんとなって、うつらうつらしていた。それでも子供たちは、にぎやかに遊びまわっている。「暑くないの?」と聞くと、暑くないと言う。

今まで梅雨でじめじめしていた布団を、アパートの駐車場に停めておいた車の中に広げた。これは、教会の知り合いから教わった、布団の干し方だ。直射日光で高熱になる車内に、布団や枕などを入れておくと、乾燥と殺菌の両方ができる。もしダニがいたとしても、これでダニは全滅だ。今日のように天気のいい日に、昼頃入れて、日が陰る7時ごろ取り出すと、重かった布団も軽くなっている。

夕方、サムゲタンを食べに出た。ホンデイック(弘大入口)の近くに、おいしい店がある。実は数日前、ある人からこの店でごちそうになったのだが、そのとき、私は初めて韓国の人たちと一緒にサムゲタンを食べたという事実に気が付いた。

一緒にサムゲタンを食べはじめると、その人たちはまず、丸ごと入っている鶏肉を崩したあと、受け皿に取って食べはじめた。それは非常に合理的な食べ方だった。私は今まで10年以上もの間、トゥッペギの中で鶏肉を崩したあと、そこから箸で取って食べていた。それでもおいしいのだが、骨がトゥッペギに残ってしまうので、あとで骨に餅米が付いて、少し不便だった。しかし、その人たちの食べ方は、骨がほとんどトゥッペギに残らず、皿からそのまま骨入れに捨てられる。

その時私は、その合理的な食べ方に驚いて、その食べ方は非常に合理的ですねと言うと、「こう食べるのが原則ですよ」と言われた。私は今までサムゲタンを、ほとんどは妻と一緒に食べ、それ以外には、在日韓国人の知り合いや、日本人と一緒に食べるか、一人で食べていた。だから、伝統的なサムゲタンの食べ方を知らなかったのだ。

そのあともう一人の人が、笹身の部分はパサパサしているので、骨から取ったあと、またスープに入れて、スープと一緒に食べると食べやすいと教えてくれた。言われる通りにしてみると、本当に、笹身がのどを通りやすい。

それから、他の人が、残ったスープともち米は、匙で混ぜてチュクにするんだと言いながら、鶏肉を取り除いたあとのトゥッペギをゆっくりと混ぜた。そして、鶏肉を食べおわったあとの受け皿に、よく混ざったチュクを取り出して、食べた。夏は暑いから、こうやって受け皿に取ると、あまり熱くなくなって食べやすくなると言う。何でもないことのように見えるが、なかなか頭のいい食べ方だ。私はサムゲタンに込められた生活の智恵に、感嘆するばかりだった。

そうやって食べると、いつもは汗びっしょりになって食べていたサムゲタンが、軽食のように楽に食べられた。そして、2倍はおいしく食べられたような気がした。

一昨日授業の時に、学生たちにそのことを話すと、サムゲタンのその食べ方を知っている学生もいたが、知らない学生もいた。

今日は、夏ばてを吹き飛ばす目的と、私の誕生日を祝う目的で、その店にサムゲタンを食べに行った。妻と子供たちに、数日前に習ったその食べ方の模範を見せながら、サムゲタンを食べた。妻は私のやり方を珍しそうに真似しながら食べたが、子どもの方は、自分の好きなように、トゥッペギの中で鶏肉を崩したまま、餅米も匙で崩して、一緒に食べていた。今日も、お腹いっぱいに、おいしく食べた。

それからその足で、教会の礼拝に行った。