ソウル生活日記


私の韓国生活日記です。時々書きます。

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3月22日(金)「黄砂」

at 2002 03/22 19:50 編集

一昨日の深夜、ソウルは強い暴風雨に見舞われた。そして、昨日から黄砂の一団が飛んできて、あたり一帯がどんよりと黄色く霞んでいる。特に昨日は最悪で、まるで黄色いスモッグに包まれたように、視界は1、2キロぐらいしかなかった。

家の中は、風が吹き込まないようにサッシの窓をしっかり閉めておいたのだが、床が砂埃ですべすべし、部屋の中も、砂埃のにおいがする。

今日、ソウルの小学校は、黄砂のために学級閉鎖となった。明日もついでに学級閉鎖となるそうだ。子供たちは喜んでいた。

私が初めて韓国で黄砂を見たとき、そうとは知らず、世の終わりかと思った。しかしそれは序の口で、ここ数年の間に黄砂の飛んでくる量は増えてきた。今年は、今までで一番大量に飛んできたと思う。来年はもっと大量に飛んでくるのだろうか。

3月29日(金)「花」

at 2002 03/29 19:05 編集

昨日クムファ・トンネル方面から職場へ行ったとき、トンネル入り口の山の斜面が一面レンギョウの花で黄色く霞んでいた。枯木の山肌に金色に浮かび上がる霧のようだった。

その夜は、黄砂のためか、朧月夜だった。絵に描いたような朧月が、ソウルの東の夜空に浮かんでいた。

今日は、用事があってソウル南端のウミョン山麓にある教育放送局に行った。放送局構内は、所々にモクレンが真っ白な花をまとい、あたりを華やかにしていた。その間で、ピンクのツツジが色を添えていた。

近くの山も遠くの丘も枯木に覆われている中、花だけが、誇らしげに生命力を発散していた。

3月31日(日)「桜」

at 2002 03/31 15:23 編集

昨日、アパートのサッシ窓の外を見ると、道が濡れていて、桜の樹が蕾で覆われていた。こういうのを三分咲きとでも言うのだろうか。

今日また窓の外を見ると、その桜は、半分ぐらいの密度で花に覆われ、そよ風に揺れていた。こういうのを五分咲きと言うのだろうか。

桜の樹は、自然の変化に忠実に反応し、花を咲かせるために力いっぱい細胞分裂を繰り返している。それは、宇宙の運行に対して体全体で賛美しているかのようだ。

3月31日(日、その2)「復活節」

at 2002 03/31 19:03 編集

今日はキリストの復活された日曜日だ。

午後4時の礼拝に少し遅れて行くと、演劇をやっていた。最後の晩餐の場面だった。キリストの最後の夜から十字架、そして復活までの場面をミュージカルで表現していた。

キリストが十字架上で息絶えられたとき、気候に異変が起こる件がある。礼拝堂内に、閃光とともに雷鳴が轟いたとき、私にはそれが神の慟哭に聞こえ、心が動揺した。

復活の場面はちょっと華やかすぎたような気がする。しかし、そのあとの説教がよかった。復活の主と出会うとき、恐れと喜びとが交差するという内容は、私の気持ちを代弁してくれているような気がした。たぶん、会衆の多くが、私と同じように感じたことだろう。

マグダラのマリアたちが墓場で経験した恐れと喜びは、その後世界を取り巻いてしまった。キリストが復活した第1日(=日曜日)は、その後世界の安息日となって私たちの時間を支配している。

私が日曜日ごとにうっすらと感じる、復活という事件の大きさへの、当惑と喜びとが、今日はまた新たにされた。

私はあまり真面目なクリスチャンではないのだが、しかし、そんな私でも、心の中にいつもキリストへの熱い思いが宿っていることは、この上ない恵みだと思う。