ソウル生活日記


私の韓国生活日記です。時々書きます。

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5月2日(水)「翻訳依頼」

at 2001 05/03 01:33

韓国語のホームページの掲示板に、日本語の翻訳依頼が書き込まれた。2、3行の自己紹介で、大した内容ではないのだが、断る返事を書き込んだ。

韓国語のウェブ空間では、日本語を扱っている掲示板を探して翻訳依頼をする人が多い。これが多いということは、依頼に応えてくれる人が多いからだろう。

しかし、質疑応答の掲示板などで、翻訳依頼が殺到して手に負えなくなったために、やむをえず掲示板を閉鎖したところもある。翻訳依頼は、本人には悪意はないのだが、結果的には、一種の掲示板荒らしになっている。

掲示板では断ったが、実は、訳したものをメールで送った。やっぱり私は甘いのか。しかし、断ろうとすると、“ton thelonta apo sou danisasthai me apostrapheis”というみことばが胸をちくちくと刺すのだ。

5月4日(金)「内輪話」

at 2001 05/05 02:59

韓国のある高級教育機関にある日本語課程のホームページに入り、そこの自由掲示板を見た。

ある社会人学生が、在日僑胞(=在日韓国人)の教授を暗に示しながら、“彼の心の中ではいったいどんなことを考えているのか。表面上はいい人だが、心の中は日本人と同じなのか”という呟きを吐露していた。

それに対し、くだんの教授は、多少過敏な反応を示す返事を書いた。そして、それに対してその学生は、学生同士の気軽な内輪話に過敏に反応したことに不快感を感じたような返事を書いていた。

差別や偏見は、実はそういう気軽な内輪話を通して育っていくということを、このエリート学生は知らないらしい。そして、世界中の在日韓国人や日本人もその掲示板を見る可能性について、もちろん考慮していない。

夜聞いた話だが、知り合いがインチョン空港に人を出迎えに行ったとき、飛行機から出てきた韓国人男性が、急いでいてその人を突き飛ばしたまま謝りもしないで消え去ってしまったという。

それでつい「韓国人はぶつかっても謝らない」と日本語でつぶやいたところ、後ろから来た韓国人女性に聞きとがめられ、「あなたが通路に立ってるからいけないんでしょ!」と言われてしまったそうだ。

私は、在日韓国人に距離を置くような発言をした韓国人学生も、韓国人全体を礼儀のない人のように言った日本人も、ともに過ちを犯したと思う。ただし、前者は自分を正当化したけれども、後者は自分の発言を深く恥じ入ったという。

内輪話であれ、他の人たちが聞いて分かりそうにない言語であれ、言ってよくないことは、控えるべきだ。もし言って相手を傷付けてしまったときは、開き直るのではなく、自分の非を認めた方がいい。

5月7日(月)「HPの楽しみ」

at 2001 05/08 04:31

今日、夕方の授業に入る少し前に、講師室に電話がかかってきた。誰かと思って出ると、「新★韓国紀行」の管理人の方だという。その時点では面識がなかったが、私のホームページと相互リンクしているということで、わざわざ電話をかけて来てくださったのだ。努めて平静を装ったが、内心私は感激していた。

授業が終ってから、その人と会って、いろいろな話をした。日本へは大阪経由で行けば、安くあがるうえに大阪観光も楽しめることなど、役に立つ話もたくさん聞かせていただいた。

私が昔からいろいろお世話になっている増田忠幸さんという人のことも、よく知っておられた。増田さんは素晴らしい人だと言うので、うれしくなってしまった。

もっと話がしたかったが、この後にまた一つ約束があったので、遅くまで話し込めなかった。ホームページを持つと、こういう出会いもあるのだ。

まだホームページを持っていない方は、ぜひ自分のテーマを見つけて(見つけなくても?)ホームページを持ってみると、いいですよ。

5月11日(金)「物乞い」

at 2001 05/12 23:19

梨花女子大学校前のケンタッキーフライドチキンでハンバーガーを食べていると、薄汚れた服を着た老婆がやってきて、私に背を向け、隣のテーブルの若者たちに何か言っている。

そのあと、私の方を向いた。ぼさぼさの白髪頭で、顔も手も垢光りしていた。私に枯木のような手を出し、100ウォンでいいからちょうだいと言う。

ズボンのポケットに手を突っ込んで、コインを出すと、10ウォンだった。また突っ込んでコインを出すと、また10ウォンだった。(心の中で、500ウォンを取り出してしまうことを恐れていた。)そして、またポケットからコインを出すと、今度は100ウォンだった。それで、その老婆にこの100ウォンをあげた。

しかし、老婆が立ち去ったあと、テーブルの上に残された10ウォン硬貨2枚を見て、とても嫌な気分になった。老婆には、確かに100ウォンはあげた。しかし、私にとってそれは、20ウォンすらもけちった自分自身の姿をまざまざと見せ付けられただけだったのだ。

5月12日(土)「在韓日本人講師の会」

at 2001 05/13 14:46

時事日本語学院で、韓国に住む日本語教師の集まりがあった。いつも出席をしているわけではないからか、半分以上は、知らない顔触れだ。

何人かの先生が発表したが、勉強になった。とりわけ、聞き取りの授業の発表は、そういうことを本格的にやったことがない私にとっては、大変勉強になった。そしてさらに、その発表に対して広報文化院の先生が一言話されたアドバイスが、私にとってはこの上なく有益だった。

会が終ってから、みんなで少し歩いたところへ食事に行った。私の隣に、イカの足通信のあきづき先生が座った。あきづき先生は、穏やかで比較的口数の少ない方だが、私の軽率さを含んだ話は聞きづらかったのではないだろうか。

斜め前に座った若い先生は、西洋演劇史を専攻し、ギリシャに2年間住んでいたという。韓国に来て1ヶ月ほどしかたっていないと言っていた。とても話が魅力的な人だった。

食事会の後、店を出ようとしたら、私の靴がない。ふと見ると、幌馬車先生がはいている埃まみれの白っ茶けた靴が、私のだった。

5月24日(木)「日本のコーラン騒動」

at 2001 05/24 11:02

ヤフーのニュースで、富山県でコーランを破り捨てられたことを発端に、イスラム教徒たちが抗議デモを起こしているというニュースを読んだ。犯人は地元の国粋主義者らしい。

私からみれば、ありがたくない“聖典”コーランだが、しかし、他宗教の聖典を破り捨てるという行為は、きわめて不穏だ。イスラム教徒たちは警察の前に結集し、コーランを破り捨てた人の逮捕を求めており、「警察が逮捕しないなら、われわれの手でやる。やられたらやり返 す」とシュプレヒコールを繰り返したという。

このことで、1億の日本国民に対し、10億のイスラム教徒らの怒りが向けられることになりはしないか心配だ。国粋主義者たちは、ここは日本だと叫ぶかもしれない。しかし、イスラム教国に住む邦人の立場は考えていない。私は、同じ在外邦人の立場から、彼らの安全が気にかかる。

国粋主義者たちは、“宗教が悪い”と主張するかもしれない。しかし、日本には、教理も教団もないが、たしかに国民を支配する宗教が存在する。彼らは、自分は宗教は信じていないというかもしれない。しかし、その宗教に名前がないだけで、立派に宗教を信じているのだ。だから、この騒動は、宗教対宗教の問題になる。

コーランを破り捨てたというのは、戦時中に天皇の神影を破り捨てた以上の意味がある。今でも私たちは、もし外国人が天皇に唾を吐きかけて平手打ちにしたら、心穏やかにいられるだろうか。実にそれ以上の強い怒りが彼らに起こっているのだ。「やられたらやり返す」というのは、自分は死を恐れないということを意味している。とはいえ、今のところ、とりあえずデモだけに訴えている彼らは、私たちよりは平和的かもしれない。

イスラム教徒たちが、神から預ったと信じ、命を懸けて守っている教えが書かれたコーランだ。それを破り捨てるのは、イスラエルが命を懸けてイスラム教と敵対するのと同じく、我が国も命を懸けてイスラム教に敵対しようとすることだ。国粋主義者が、イスラエルのように自分たちのしていることを自覚しているとは思えない。

私は、国粋主義者のとった行動が悪いとは言わない。しかし、それに対する犠牲は覚悟すべきだし、そのことによって、この問題と直接関係がない私たちに何らかの危害が加えられたなら、それに対する責任も取るべきだと思う。それができないなら、あんな身のほど知らずの行動はすべきではない。

5月29日(火)「専門告発人」

at 2001 05/30 02:00

韓国では、来年のワールドカップに向けて交通秩序意識を高めるために、自動車の交通違反に対し、一般市民の告発を奨励している。

Uターン違反やセンターラインはみ出しなどを写真に収め、告発内容を記した書類とともに提出し、受理されると、1件につき3千ウォンの補償金が支給されるとのことで、現在全国に千人くらいの“告発人”がカメラを構えて一生懸命道路を睨んでいる。

この制度が始まって以来、ひょっとして自分のところに反則金の告知書が舞い込んできはしまいかと、嫌な思いでいる人は多いに違いない。私もその一人だ。(汗)

ところで、当の“告発人”たちの立場は、周囲の冷ややかな視線と、告発写真に対する厳しい審査、滞りに滞った補償金の支給など、あまり楽しくないらしい。それに対する私の気分も複雑だ。一方では“いい気味だ”と思いながら、もう一方では“可哀相に”と思う気持ちが交差する。

無秩序だ何だと言われているが、私はソウルの道路は快適だと思ってきた。しかし、違反はやはり違反なのだから、それがなくなるに越したことはない。まぁ、この制度で得をするのは、専門告発人たちではなくて、一般のドライバーたちになるだろう。

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5月30日(水)「二部制」

at 2001 05/31 10:13

ワールドカップにそなえて、今日と明日の二日間、自動車通行の制限をする。昨日の午後遅く、アパートで放送があって初めて知った。今日はナンバーが偶数の車が通行を自制し、明日は奇数の車が通行を自制しなければならない。取り締まりはしないようだが、無視するのもいやな感じがしたので、いつもより1時間早く、6時20分に家を出て、電車で言語教育院へ行った。

駅まで歩いていくとき、見ると、ナンバーが偶数の車もたくさん走っている。ほとんど守らないようだ。取り締まらないとなったら、絶対に守らないつもりらしい。

ふと、「郷に入っては郷に従えと」いうことわざを思い出した。私は、みんながやっていることに従わないのだから、郷に従っていない(?)ことになる。私は悪いことをしているのか(笑)。しかし、気分はとても軽やかだ。

それにしても、こうやって車を置いてくると、いいこともあるものだ。梨大駅から歩いていくと、まだ閉まっていると思っていたスターバックスがやっていて、同僚の先生が、コーヒーを飲んでいた。その先生も、ナンバーが偶数なので、車に乗らないで家から歩いてきたのだそうだ。そこで、一緒にコーヒーを飲みながら話をしていると、一昨年言語教育院を卒業した学生がたまたまスターバックスに入ってきたので、3人で楽しく話しをした。

実は、職場まで電車で来たのは初めてだった。時間はかかったが、電車の中で本も読めるし、かえってよかったような気がする。これからも、何か他に約束がなければ、こうやって車に乗らないで出勤しようか。