■ 2002年1月7日(月)

『「人間らしさ」の構造』(渡部昇一、講談社学術文庫、1977)を、午前1時頃から読み初めて午前5時頃読み終えた。博識で知識についての洞察を提供してくれるこの著者が好きで、愛読している方だが、この本はあまり面白くなかった。

人間に対する思想を性善説と性悪説に二分して片付けているのも粗野な話の進め方だ。ユダヤ教・キリスト教・イスラム教を性悪説とし、そのために法制の徹底がなされたと言っている。そして、日本の思想は性善説で、大坂商人は契約書も書かずに取り引きすることすらあったと言っている。しかしそれは、無理なこじつけだろう。

麻薬を肯定的に見ているのも不快だった。宗教的な「大恍惚」と麻薬による恍惚感が、その結果が全く違うにもかかわらず、似たような恍惚感を体験させるからといって、麻薬をさほど否定的に見ていない。社会的に影響力ある人間へと生まれ変わらせうる宗教的な「大恍惚」と、反社会的な方向へと進みついには廃人にしてしまう麻薬の恍惚とが、その恍惚感が類似しているからといって似た原理だとは言えない。やはり全く別物なのだ。「サタンも己を光の御使に扮う」と聖書にある。麻薬の恍惚感とはそういうものだ。

それに、本書に出てくる様々な比喩も、私には筆者が問題にしている論点を歪めているように思えた。

タイトルにあるように「人間らしさ」というのは、人間とは何かという大問題に根を下ろしている。それは、雑多な読書によっては、新たな知識や見解を提供することのできない問題だろう。

この本で扱われている知識は広汎だが、どの議論も浅く、その価値観の根拠が今一つ煮詰められていない感じがした。それは、この本では“生きがい”を主要なテーマにして述べているが、本書の意図とは裏腹に、私には、人生が空しいということが筆者の口から何度も出そうになりながら、それをいろいろな話題でごまかしているように見えるからだ。そして最後には、麻薬の肯定をほのめかしてしまう。

この本が無益だと言うのではない。多くの有益な考え方をこの本は提供している。さすがは渡部昇一だと思う。しかし、人間の本質に迫ろうとする部分では、どうしても詰めの甘さが拭えない。

読み終わったあと、この本が講談社学術文庫だったということにあらためて気付き、驚いた。ソウルの古本屋で買ったもので、カバーがなく、表紙も薄汚れていて、一見してどこの文庫本か目立つような状態ではなかったのだ。学術文庫的な内容の本ではなかった。

■ 2002年2月18日(月)

夕方遅く、ふと本棚にあった『西郷南洲遺訓』(山田済斎編、岩波文庫、1939)を読んだ。この本はいつ買ったものかは思いだせないが、奥付を見ると、初版が1939年で、これは1989年に第33刷発行と書いてある。

こういう本を読むのは、自分の人生を反省したり、人生の知恵を得ようと思ったときなのだが、最初のページは政治に関する西郷隆盛のアドバイスだった。私は政治家になるつ可能性はほとんどないし、また政治家になるつもりもないから、全然面白くない。しかし、書棚に戻してしまうのも心残りで、遺訓の後ろから読み始めた。すると、23ページにこういう言葉が目に止まった。

変事俄に到来し、動揺せず、従容其変に応ずるものは、事の起こらざる今日に定まらずんばあるべからず。変起こらば、只それに応ずるのみなり。
この言葉が目に止まり、ここの章から順々に遡って読んでいった。12ページまで読むと、そこより以前は、すべて政治に関する内容だった。それから逸話を読み、その他の文を拾い読みした。

西郷隆盛が大変な大物だということは、話には聞いていたが、この薄い文庫本を拾い読みしながら、この人の思想の大きさに驚いた。明治維新には、このような人たちが働いたのだ。

私は、この人の精神力が勝れていて大人物になったのではなく、この人の持つ勝れた思想と人格的な資質とが相俟って、西郷隆盛という大人物が生まれたのだと感じた。

この本は、「遺訓」「手抄言四録」「遺教」「遺篇」「遺牘」「逸話」の6部に分かれており、何か雑多な反故の寄せ集めのような感じがするが、それぞれの内容は深い。

■ 2002年2月28日(木)

『「ゆらぎ」の不思議な物語――宇宙は考える』(佐治晴夫、PHP研究所、1994)を、夕方読み始めて明け方読み終わった。読み終わったとき、不思議な興奮状態を味わっていた。それは、物珍しい話を聞いたときの知的な興奮と、私たちの存在に触れるような美しい詩や音楽に接したときの美的な興奮とが混在とした、不思議な感覚の高ぶりだった。

この本は12の章に分かれており、それぞれの章が1年のそれぞれの月にする話ということになっている。そして、それぞれの章の扉に、金子みすゞという人の詩が載っている。金子みすゞは、20世紀の最初の四半世紀を生きて夭逝した。文壇の主流にいた人ではないようで、国文学の時間にも名前すら聞いたことがなかった。しかし、この詩人の詩に出会った人の多くは、その極々平凡でやさしい言葉で綴られた、清冽で深奥な世界に魅了されてしまう。

私はこの人の詩を1編だけ知っていたが、この本には13編の詩が載せられている。

ふしぎ

わたしはふしぎでたまらない、
黒い雲からふる雨が、
銀にひかっていることが。

わたしはふしぎでたまらない、
青いくわの葉たべている、
かいこが白くなることが。

わたしはふしぎでたまらない、
たれもいじらぬ夕顔が、
ひとりでぱらりと開くのが。

わたしはふしぎでたまらない、
たれにきいてもわらってて、
あたりまえだ、ということが。

16ページに載っているこの詩を読んだとき、腹の底からこみあげる感動を抑えられなかった。このごく日常的な自然の営みの背後に働く大いなる力を、この詩人は見ているのだ。その力を、この詩は控えめな言葉で讃えている。

この本では、宇宙には「f分の1のゆらぎ」という性質が存在するということ、宇宙は“無”から創生されたということ、調和のとれた「f分の1のゆらぎ」を人間が心地よく感じるということ、私たちの存在が宇宙の意味を規定しているなど、現代の物理学の不思議な話題を平易な言葉で語っている。

そして、宇宙の内側はあるが外はないとか、宇宙は始まったときが始まりでそれ以前というのはないなど、私の宇宙観とまったく一致していたのには驚いた。ひょっとして私は以前に物理学者の書いた宇宙に関する本を読んでいたのかもしれない。でなければ、私の宇宙観が理論物理学の専門家の説明する宇宙と一致するはずがない。

この本で紹介されている「人間原理」という考え方は独特だ。

……ということは、宇宙のことを考えているあなたや私が存在しているということが、とりもなおさず宇宙の年齢や大きさを(いまあるように)きめたのだ、ということです。いいかえれば、宇宙がなぜこうなのかというと、それは、もしこうでなかったら人間が存在しなかったでしょうから、人間が存在しなければ、宇宙のことを考える者もいないわけで、宇宙が現在のようなかたちで存在するのは、人間が現在存在するからである、ということなのです。これが「人間原理」の考えかたです。
 これに対して、従来の考えかたでは、宇宙の存在と、その宇宙に人間が存在することとは無関係で、人間はたまたま偶然が重なって、宇宙に生まれたものにすぎないと考えます。「人間原理」は宇宙の存在と人間の存在が必然的な関係で結ばれていることを主張しています。(p.189)
これは、原因と結果の流れを逆に取って理由と目的の流れの中で宇宙を見た考え方だ。これも、私たちの日常的な考えとは程遠い、むしろ聖書的な考え方だ。聖書的な分、私にとっては身近な考え方ではある。(実際には人間原理というのは、神中心の考え方に対抗して提唱されたらしい。しかし、表と裏を返しただけのものは、結局はよく似ているのだ。)

……そのような立場から考えると、いま、人間が存在しているということから、宇宙の性質をきめる定数や、宇宙の姿、かたちなどがきめられて、しかもそれが実際の観測結果と一致しているとなると、人間存在と宇宙の存在がぴったり重なって、いまあるような宇宙には、いまあるような人間が必然的な結果として存在しなければならなかったのだということになります。これは光の速度とか、重力の大きさなどが、なぜいまのような値でなければならなかったかという疑問に対しても答えを用意しています。例えば、もし重力の大きさをきめる定数がいまの値よりも10%大きかったとすると、星は急速に燃えて炭素をつくる前に消滅しているでしょうし、もしいまの値よりも10%小さかったら、星は十分に燃えることができなくて、酸素をつくるような反応が起こることはなかったでしょう。すなわち、人間は誕生しなかったということです。逆に考えれば、人間の存在が宇宙の性質をきめる物理定数をいま、観測されているような値をとらせているということです。引力によって人間のからだがこわれない程度に原子をつなぐ電磁力は強く、それとバランスする程度に地球は重く、そしてあたたかく、などなど、原子分子のミクロな性質から太陽系の性質まで、それぞれが深くからみあって、この宇宙に人間が出現したことは、約束されていたことのようにも思われます。(p.190-191)
私はこれらの話を読みながら、人間が神を信じるべき理由や、神を賛美すべき理由を、どの信仰書よりも明快に理解した。それは、目から鱗がとれるような思いだった。神は、人間が信じ賛美することで、その存在理由が明らかになる。そのためにわざわざ巨大な宇宙を生み出して、その中に人類を創造した。私は本書を読みながらそのように感じた。

しかし、この人の話は、宇宙から人間に立ち戻ってしまう。そして、こう結論づけている。

宇宙から人間までをふくめた上で、宇宙の中でのまさしく“ひとゆらぎ”としての人生をしっかりと認めた上で、このようであらねばならなかった宇宙のひとかけらとして、自分の存在理由を理解し、そして永遠の生命を希求していくこと以外に生きるすべはないような気がします。(p.207)
私が残念に思うのは、「永遠の生命を希求」しただけで、人間が永遠に生きられるわけではないということだ。私たちは必ず死ぬ。それは、永遠の生命とでもいえるようなすばらしい真理を発見したとしても、やはり遅かれ早かれ死ぬのだ。この本には、永遠の生命について言及した部分がない。だから、著者のいう永遠の生命というのが何なのかは分らない。この本はとても分りやすいのだが、この件だけは、意味がはっきりしていない。

しかし、『「ゆらぎ」の不思議な物語』を読みながら、強く印象付けられたのは、現代の宇宙論は、宇宙が意志をもって働いていることを強く仄めかしているということだ。意志を持った宇宙が、無から突如として存在し、この完璧な世界を造り出して、人間を地球に生じさせた。ならば、宇宙はことのほか人間を愛していることだろう。宇宙に人類が存在するほんのわずかな時間、これは、宇宙が無から存在を起こした目的でもあったわけだ。ならば宇宙にとって、この時間はかけがえのないものにちがいない。あるいは、宇宙のすべてがこの時間のためにある。そう思えてならない。

■ 2002年3月20日(水)

私は良書以外は読むまいと決めていたのに、ついついタイトルに乗せられて、つまらない本を読んでしまった。『最強のディベート術』(北岡俊明著、PHP文庫、1999年)という本だ。

私は常々ディベートの技術に劣ることを実感していたので、言語能力の一つであるディベート術に長けたいと願っていた。この本は、『危機管理のノウハウ』という名著を出したPHP文庫のことだから、きっと役に立つだろうと思って買った。

たしかに役に立つ部分はあった。ディベート術に入る前に、表現力について述べた所で、「只管朗読」について説明した部分については役に立った。

只管朗読はひたすら読むことであるから、そう難しいことではない。ただし、続けるには努力と根気がいる。いつまでやればよい、という期限はない。只管打座の座禅をして、悟りを開くのがいつになるのか分からないように、只管朗読もひたすら朗読するしかない。ある日、突然ブレークスルー(技術突破)をする。スラスラ書け、話せるようになる。その日まで根気よく只管朗読することである。これはスポーツでも学問でもあらゆる練習に固有のものである。基本の繰り返しの練習しか、能力と技術を身につける方法はない。
(『最強のディベート術』北岡俊明著、PHP文庫、1999年、p.53-54)
しかし、実際のディベート例で、「日本の植民地支配には良いこともあった」という論題をまっ先に出していて、そこでは韓国の代表に、日本の植民地支配は全て悪いことだけだったと言わせているのには白けた。

確かにそういう論法で箸にも棒にもかからない人たちは多いが、それは彼らの本音でなく、多くは建て前を論じている場合が多い。それをだしにして、北岡という人の論点は、一見「良いこともあった」としておきながら、読者には、「だから悪くなかった」という印象を強く与えている。書いてあることは客観的だが、読者に与える印象はそうはならない。蛇のように狡猾なわざだ。

結局この人の議論は、ケンカに勝つための、その場限りの一方的な弁論だけが目的で、物事の本質、真理に迫ることには関心がないのだ。そういう狡猾な論点に乗せられて支離滅裂な主張をさせられている韓国側の代表が哀れだ。

そう思い始めると、そのあとの説明で、論点の扱い方や推論の誤謬にかこつけて自分の価値観を読者に押し付けているのが鼻についてしようがなくなった。

物事の側面は多様だ。それを自分の立場からしか見られない北岡という人は、ディベート術にかけては第一人者に違いないが、思想の面からいえば、私たちを啓発するものは何もない。これは思想書でなくディベート術の本だから思想の出来は関係ないと言われるかもしれない。しかし、技術としてのディベートに徹するなら、過った議論をした(と著者が考える)側について、こう改善すれば勝てるという案を提示すべきだ。しかし、著者にはその気はなく、自分の優れた論理性の披瀝に終始している。ディベートって、こんなに一方的で退屈なものなんだろうか。この著者を信じて“弟子”になった人たちは哀れだ。

それに、この人は名文について論じているが、私はこの人の文体は好きになれない。ごつごつギシギシしていて温かみに欠ける。それに、つんけんしている。厳しすぎる。もっと、しなやかで香気ある文章が書けないものか。それとも、気張っていないとディベートに勝てないのだろうか。

■ 2002年4月4日(木)

『「超」発想法』(野口悠紀夫著、講談社)を読んだ。この本は、以前知人から勧められてキョボ文庫の日本書籍コーナーへ買いに行ったことがあるのだが、そのときは見つからなかった。コンピュータで検索してもらったが、それでも出てこなかった。

しかし今回また、この本がすばらしいことを同じ人から強調され、またキョボ文庫へ探しに行った。自分で本棚をさがしただけでは見つからなかったが、コンピュータで調べてもらったら、経済学の棚にあった。なんてこった。

そして、読みはじめた。はじめにブリタニカ百科事典没落の事例が出る部分は、私にとって身近でなことではないので、あまり面白くなかった。しかし、読み進むうちに、どんどん惹き付けられていった。

『「超」発想法』の基本的な考え方は、創造性を高めるためにはまず知識を詰め込まなければならないということと、発想が湧くためにはまず仕事を始めてしまう必要があるという2点だ。

この最初の詰め込みの必要性については、多くの人が実践していることだろう。何もないところからは何も生まれないという一般的な傾向が、創造性を要求される人たちをして、知識の詰め込みに駆り立てているのだ。私が自分の空っぽな頭を嘆いているのも、そこから大したものが出ようがないからだ。

私が実感していたのは、知識──それも良質の知識──が、たくさん詰め込まれていればいるほど、より正確で深い思考ができるということだった。知識に影響されて自分の考えに障害が生じることは、それを読んだ直後には起こるが、時間が立てば、そういう問題は解消してしまう。だから、私は知識の詰め込みは非常に重要だと考えていた。『「超」発想法』は、その考えに理論的裏書きを与えてくれた。

しかし、発想が湧くためにはまず仕事を始めるべきだということについては、私ははっきりした見解を持っていなかった。『「超」発想法』を読んで、まず始めることがどれだけ大切かを改めて感じた。

まず始めなければ始まらないことは、知らないわけではなかった。それは、古今東西の名言・格言・ことわざが忠告していることだ。しかし、それが創造性につながる問題だとは思ってもみなかった。発想の多くは、仕事を始めてから湧いてくるものなのだ。自分のこれまでの仕事を見ても、実際にそうだった。それにもかかわらず、私はなかなか仕事に取りかかろうとしない癖がある。

今後『「超」発想法』を手許に置いて、その知識が自分の習慣になるまで、折りにふれては繰り返し読み返したいと思う。

(※後日、日本人のある伝道師さんと雑談したとき、日本人宣教師と韓国人宣教師の仕事のやり方の違いについて聞く機会があった。

日本人の宣教師は、外国に行く前に長い長い準備をするが、韓国人の宣教師は、思い立ったり、辞令が出たりしたら、大した準備もなしに当地へ飛び込み、着いたその日から仕事に着手するという。

私はそれを聞いて、『「超」発想法』を思い出した。どちらかといえば、韓国人の宣教師の方が、仕事のやり方としては正解に見える。

いくら準備をしても、当地へ行けば、状況は予想と違うものだから、あまり準備ができていない状態になる。そして、当地で万全のお膳立てをしてから仕事を始めても、やはり手をつけてみれば思わぬ問題に出くわすのだから、これもあまり準備ができていないのと大した違いがない。

そうしてみると、完璧な準備をしようとすることは、費用対効果を考えると、不合理な時間とエネルギーの浪費をしているといえるかもしれない。)

■ 2002年4月9日(火)

『無教会キリスト教』(関根正雄著、アテネ文庫44、1949)を読んだ。私はこれを読んで、無教会派の輪郭がつかめた。そして、この“無教会”の本質が、形なき教会だ。また、典礼は廃止したけれどもそれを否定するわけでもない。無教会の精神は、既存の教会に属しながらも、十分に共存できる。

私はこの人の信仰に100パーセント同調するわけではない。私は聖書のテキスト批評には加わらないからだ。しかし、大筋において、この形態が本来のキリストの信仰を実践できる器だと感じた。そして、この無教会の精神をもって教会生活をするなら、多くの霊的自由を得ると思った。

ただ、残念なのは、この本が知識人向けであり、書かれている内容を一読で十分に理解できるためには、ある程度の教養を必要とすることだ。また、これがより深い信仰を触発する書ではなく、信仰のあり方を論じる書だというのも、信仰書と思ってこの本を読んだ人をがっかりさせるかも知れない。

ともかく、形にこだわる日本人の中から、形なき教会を提唱する考えが出たことは、不思議なことだ。形にこだわりやすい私たち日本人は、大いに無教会主義から学び、形ではなくキリストの教えの神髄に立ち返ることを目ざすべきだ。そういう意味で、『無教会キリスト教』は、私たちクリスチャンを啓発してくれる書になる。

■ 2002年4月14日(日)

『日本人論に関する12章』(杉本良夫/ロス・マオア編著、ちくま学芸文庫、2000)を読んだ。この本は、これまでの日本人論が方法論として杜撰であることを指摘し、信頼性のある日本人論を目ざしている。

従来の日本人論は、直感的であり、部分的であり、意図的であった。サンプルにも偏りがあった。そして、それは学術書ではなく、一種の大衆消費材だった。そのため、気の利いた比喩で興味深く日本人を観察してはいるが、その結論からは、日本人の実際の行動に関する正確な予測がつけられなかった。この本では、日本人論の記述が日本人の行動を正確に予測できるような、真に学問的な日本人研究の方法論を模索している。

この本はもともと他の出版社(学陽書房)から1982年に出たものだ。私はそれを知って、驚いた。私が日本人論に接し始めたのは、1984年の受験生の頃だった。その頃初めて、現代国語の授業を通して、知識人たちが好んで口にしたり、考え事に用いたりする、様々な概念を学んだ。そのときは“日本人論”などという述語は知らなかった。ただ、日本人というのは、集団主義的で、序列的で、和を尊び云々といったことを、いろいろな著述家や著書の名前とともに、学んだように記憶している。

しかし、私がそれらを学んだ頃には、すでにそれらの日本人論は学問的に問題だらけだということが指摘されていたのだ。そして、さらに驚いたことには、その後20年近くの間、私は『日本人論に関する12章』で指摘されているような難点が一般的な日本人論にはあるということを、全く知らずにいた。この事実は、人の気分を暗澹とさせるに十分だ。

ただし、この本を読みながら感じたのは、私が日本人について知りたいと思っているのは、著者たちが研究しようとしている方向とは少し違うということだ。私の関心は、歴史の中を一貫として流れている日本人の“精神性”(あるいは“霊性”)だ。そんなものは存在しないと言われるかも知れない。ひょっとしたら、歴史をこえた日本人独自の精神性などは存在せず、人間の根本的な性質が様々な形で表れているだけかもしれない。もしそうだとしても、そういうものが、日本人の本質的な姿なわけだ。そしてそれは、当然のことながら、私の姿の一側面でもある。

日本には様々な時代があり、その中で、様々な人たちが、様々な生き方をして来た。私は、それらのすべての時代を受けた日本人としての自分でありたいと考えている。それは、近現代の風潮や風習だけに規定された、窮屈な日本人像から、自分を解放することになるからだ。

■ 2002年4月25日(木)

『教養としての言語学』(鈴木孝夫、岩波新書、1996)を読み終わった。面白かった。この本は、去年の6月中旬に日本に一時帰国したとき古本屋で買ったものだが、最近までずっと読まないでいたものだ。どうしてかというと、名前に“教養”という言葉があるので、専門家には常識になっている知識を素人に教える本ではないかと思っていた。私はただ、言語関係の本だから買っておいただけだったのだ。しかし、読み始めてみたら、全然違っていた。

この本は全部で5章に分かれている。そしてそれぞれの章が、独立したテーマを扱っていて、しかもそこには、言語学の中心である(と私が思っている)文法論は含まれていない。

第1章「記号としてのことば」では、動物のことばと人間のことばとの連続性を論じていた。鳥が人のことばをまねるとか、蜜蜂はダンスで餌場を教えるということなどは聞きかじっていたが、それを人間のことばと比較し、そこに共通する性質があるなどということは、考えても見なかった。こんな話は初めて読んだから、本当に面白かった。

第2章「ことばの働きとあいさつ」では、ことばは生物が個体どうしの関係を確定するのに必要な手はずを人間は言語も用いて行っていることを論じている。ことばが意思を伝えるだけの論理的記号体系ではなく、生命の根本からわき上がってくるものだという印象を、強く受けた。

第3章「指示語のしくみ」では、指示と人称の問題との関連を論じている。とくに、「彼」ということばが2人称で用いられている状況についての説明は、面白い。

第4章「人称をめぐる諸問題」では、文法的人称は必ずしも実際の人称と一致しないことがある事実を指摘し、その構造を解きあかしている。私もかねてから聖書を読みながら、キリストが自分のことを3人称で言われる部分が多いのには不思議な感じがしていたが、それに留まらず、人称の問題は、意外と複雑なものだったのだ。著者は、英語とフランス語を例に挙げて、その多様な類型を分類・説明している。こんなにもたくさん実際の人称と違う人称が用いられているのだということを、あらためて思い知らされた。人称とは何なのか、考え直させられる。

第5章の「『言語干渉』から見た外来語」では、外国語に触れることによって日本語がどのように変化したかを体系的に分類している。その変化の仕方は多様で複雑だ。そしてそれは、使う国民の好みのあり方とも関連しているという点が面白いと思った。

この本は、言語学の面白い話題を凝縮している。それによって言語とは何かについて、もう一度考えさせられる。初めは書名だけ見て敬遠していたのだが、さすがは『ことばと文化』を書いた著者だけある。

ここであらためて、著者の言おうとした“教養”の意味に立ち返った。「私の考えるいま必要な教養とは、たくさんの知識を身につけることではない。もちろん何も知らなくては困るが、もっと重要なことは、知識を自分の中で位置づけ、行動の指針となるような方向性を育てることだと思う(p.iii)」と筆者が主張するように、著者のいう教養の意味は深い。本書を読み終わると、今まで空虚に響いていた“教養”ということばが、どっしりとした意味をもって迫ってくるのを感じる。

■ 2002年4月26日(金)

『江戸語・東京語・標準語』(水原明人、講談社現代新書、1994)を読んだ。これも去年6月に日本の古本屋で買ったものだ。昨日手に取って、今日読み終わった。この本も、とても面白かった。

この本は、江戸の成立から発展、そして東京遷都を期にして権力の中心となっていく過程とともに、そこで語られる言語がどのように変遷し、その位相がどのような変化の過程を辿って来たのかを詳らかに見せてくれている。

江戸の成立は、1590年に豊臣秀吉が江戸という寒村に徳川家康を封じたのが始まりだった。家康は、当時江戸周辺に散在していた町を一ケ所に強制移住させ、台地を削って海を埋め立て、商業都市を開拓した。このことは、前から知っていたにもかかわらず、その意味の大きさには、どうしたわけか私は気が付かなかった。もし徳川家康が江戸を開拓しなかったら、今の日本語の様相は相当違うものになっていたのだ。家康は、日本語の方向性を変えてしまった。

江戸語は、商業的にも政治的にも日本の中心地となり、様々な地との交流によって、一種の共通語的機能を果たすようになって来ていた。参勤交代などによって、幕末には、全国の上流武士のことばは庶民や下級武士にくらべてかなり江戸的なことばになっていたらしい。

東京遷都があった頃、江戸の住民の多くは東京を見捨て、天保年間にはおよそ130万人だった人口が、その頃26万人ほどにまで落ち込むという、すさまじい荒廃ぶりを見せるが、その後持ち直して、人口は増えてくる。そして、標準語の切実な要望とあわせて、東京語は、日本全国に君臨するようになる。

標準語の普及は困難を極めたが、昭和初期のラジオ放送の開局によって解決する。しかし、戦後になって、一般人が自由にラジオに出演できるようになると、東京語が標準語とかなり違うことが露呈し、その権威は薄れていく。

だいたいの筋は、私たちのよく知るところだが、そのいきさつは、意外と知られていない。この本は、そういう過程の解明に力点を置いているので、織り成すあやのように複雑に変化して来た様子がよく分かる。

塵を集めて形作ったようにして誕生し、じっくりと成長し、ついには巨大化して怪物のようになってしまったひとつの地域語の、400年の歴史を見ていると、何だかいじらしくなってくる。この本は、それを感じさせてくれる。

■ 2002年4月28日(日)

『言葉と無意識』(丸山圭三郎、講談社現代新書、1987)を読んだ。これも、去年、前の2冊と一緒に同じ古本屋で買ったものだ。それを、今頃になってやっと読んだ。この本は、難しかった。いや、チンプンカンプンに近かった。しかし、それなりに面白かった。理解できなくても面白い本というのがあるのだ。

この本は、ロゴスとパトスは相対する二つの概念ではなく、パトスはロゴスの下位に属する人間の意識であり、その下には無意識が働いているというもののようだ。現代化学文明はその無意識を抑圧してしまっているために、現代人は精神的に不健康になっている、というのが、この著者のいわんとするところのようだが、もしかしたら、読み間違えているかも知れない。

人間はロゴスとしての言語を持って以来、動物のようなモノとの自然な関係を持つことはできなくなった。金にしても、性にしても、死にしても、すべては観念として発達したものを、私たちは実体と考えている。学ぶということも、同じだ。しかし、それらはそれで完結した目的行為であり、学ぶことも、何のために学ぶかではなく、それが人間に与えられた一種の本能的な行為だからこそ、喜びをもって学ぶのだと、丸山圭三郎は言っているようだ。

なんとも心もとないが、この本は、私にとって、とても難しかったのだ。家にある哲学事典を引いても載っていない述語がある。ウア・ドクサという述語が出て来たが、この“ウア”とは何だろう。哲学辞典にはなかった。ギリシャ語辞典やラテン語辞典、フランス語辞典を引いてみても見つからなかった。フランス語でウア(oie)という発音の単語を見つけたが、“雁”だという(笑)。

ただ一つの救いは、この本の中に出てくる数多くのカタカナの大半がギリシャ語だったということだ。私が聖書で読んだ、ロゴス、タナトス、ノモス、コスモスは、私にとってはどことなく土臭い匂いの漂う言葉だが、それが実に優雅で深奥な雰囲気を伴って迫ってくる。「文脈が単語の意味を決定する」ことを、ここでも強く実感した。

この本が理解できないのに面白いと思ったのは、無意識の考察は、生きることの考察と一緒になるからだ。この本には出て来ないが、ギリシャ語でプシケーと言えば、魂と生命の意味がある。無意識というのは、私たちの魂であり、生命なのだ。そういう底知れない基盤の上に、私たちの言語活動が成り立っている。この本を読みながら、私は人間の魂と生命について、思いを巡らしていた。

◆ そのあとで、『日本語案内』(中村明著、ちくま新書、2000年)を手に取って読み始めたが、うぅ、これが読めない。興が湧かないのだ。今まで読んだ3冊ののりで読むと、言葉の表面をちゃかしながらなぞっているような説明の仕方が、拒否感を催させる。60ページまで読んでやめた。これは、この本が悪いと言うことではなくて、今はこの本を読む時ではないということだ。

もっとも、この本は、言葉の内面に迫っていこうとする人のための本ではなくて、言葉についてまだほとんど分からない人のために、言葉の世界へ誘うための入門書と考えた方がいいかもしれない。そういう人に、丸山圭三郎はちょっといただけないだろうし、鈴木孝夫も、入門の手ほどきはしてくれないだろう。だからこそ『日本語案内』なのだ。それを私は、何かお門違いの期待を抱いて、この本を手に取った。そういうことだ。

■ 2002年6月16日(日)

『知的複眼思考法』(苅谷剛彦著、講談社+α文庫、2002年)を読んだ。この本は、数日前にキョボ文庫で見つけて買ったものだ。複雑にからみ合う社会現象を、常識的な単眼思考にとらわれず、どこに問題があるのかを見つけ出す訓練をさせてくれる本だ。

抽象的な概念を“実体”ととらえず“関係”ととらえること、抽象概念の一人歩きを止めるためにはそれを主語の座から述語の座に引き降ろすこと、関係自体を固定しないこと、意図せざる結果に着目すること、当の問題自体をずらしてみること、問うこと自体を問うこと、最初の問いがどのような意味を持つのかをその文脈にまでさかのぼって考えること、その問題が解決したらどうなるのか考えること、そのような態度を訓練することで、複眼的な思考ができるようになる。

著者はまた、重要な論争を読むことも勧めている。それによって、異なった立場からものを見る訓練ができるそうだ。考えてみれば、私はそのようなことに、今までいささか無関心だった。

この思考の方法論は、社会学の研究において重要なものなのだろう。しかし、それはそのまま、社会に生きる私たちにとっても重要な考え方となる。とらわれずに考えることは、難しいことだ。この本は私たちに、とらわれずに考える道を分かりやすく案内してくれたことで、価値ある本だと思う。

この本は字が大きくて読みやすく、文章も平易で難解な概念を用いていないので、すらすら読める。しかし、その内容は深く、1読で済ませるにはもったいない本だ。重要な部分は抜き書きしたり、何度も読んだりする必要のある本だと思う。

巻末にあるリーディング・ガイドも、厳選されていて、よい読書案内となっている。

■ 2002年12月26日(木)

『日本語教育に生かす第二言語習得研究』(迫田久美子著、アルク、2002)という本を読んだ。この本は、研究書ではなくて、第二外国語研究の世界を見渡した本だ。重要な部分がかいつまんでうまくまとめられているので、分かりやすい。

もちろん、読んだ内容をすべて消化できるわけではないし、数学の苦手な私には、統計の数式は美しい模様にしか見えない。しかし、付録が充実しているので、ハンドブックとしても便利だ。

実はこの本、私のものではなくて、同僚の先生から借りて読んだものだ。年内にでもキョボ文庫へ行って注文してこよう。