教育所見書


私は学院と語学堂を通して、基本的に直接法のオーディオリンガル・メソッドで会話中心の授業をしてきました。また、私の読んだ日本語教授法関係の図書の多くはコミュニカティブ・アプローチかまたはその影響を受けたもので、会話能力を中心としたものでした。これらを通して私の外国語教育観が作られました。

しかし実際の現場では、ここが日本でないという点と、学生のほとんどが韓国人であるという特殊性のため、違った部分での技術が特に役に立ってきました。以下は現場での私の方法や考え方です。

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会話の授業の場合、まず聞くことに重点を置いています。始めに文字を見ると正確な音声の把握が困難になるため、まず本文を見せずに聞かせ、付いて言わせる練習をした後、教科書を見せるようにしています。

外国語学習で聞くことの重要性はいつも強調されますが、特に、予習としてテープを徹底的に聴いて模倣させるジョーダン・メソッドに触発され、学生たちにこの予習の仕方を奨励していました。しかし、実行する学生はいなかったようです。

また、絵教材を多く用い、言葉で説明する代わりに黒板に絵を描いて説明したこともよくあります。ものに関しても、状況に関しても、絵による説明は効果的でした。不思議なことですが、宿題で機械的な活用練習を出すと20〜40%ぐらいの正解率が、絵を見ながら活用させる練習だと70〜90%ぐらいになるのです。この理由はいまだに謎ですが、絵には力があると素直に考えることにしています。

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会話の授業は訓練なので、学習効果を上げるためには出席率が高くなければなりませんが、授業に来たいという雰囲気を作るために、学生同士が名前を覚えあえるように気を使いました。具体的には、初日に名簿を作らせ、授業中は最初に発表する人は私が指名し、次の人からは学生が学生を指名していくのです。隣の人を指名することを禁止し、名前が分からないときは名前を尋ねるようにしました。こうやると、1週間以内に学生たちは互いの名前を覚え、教室の雰囲気もあたたかくなるようです。

このやり方で授業したクラスは出席率が比較的よく、途中で半分脱落すると言われていた4級で、14人でクラスが始まれば最後に11〜13人が残るのが普通でした。

再登録率にも力を注ぎました。再登録率を上げるために、教授法以外の演出にも心を配りました。演出と言っても小道具を使うわけではありません。熱心さ、ユーモア、寛大な態度、知的雰囲気などを大事にしたのです。私のクラスの再登録率は、大体70〜80%が平均でした。韓国経済が傾き始めた1997年以後もそれほど影響はなかったと思います。ただし、体が疲れていて座りながら授業をしたクラスは、再登録率が60〜70%に落ちたことがあります。熱心さの演出がなくなるだけでこれだけ落ちてしまうわけです。それを何クラスか経験した後、怖くて座って授業できなくなりました。

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文字の学習は学生が自律的に熱心に行っているので、特に強調はしませんでした。しかし、かな文字は単独では抽象的で覚えにくいので、必ず単語の中で覚えるように指導しました。教材としては、書体や単語の良さなどから国際交流基金の『かな入門』を使っていました。漢字の読みに関しても同じ方法で指導しました。初級段階では、新出単語の提示にフラッシュカードを用い、意味を教える前に該当する韓国語を類推させたりもしていました。ただし、漢字語に弱い、英語を母語とする人たちのために、学習が軌道に乗る7課ぐらいまで新出単語を英訳したローマ字版を作り、学習の助けにさせていました。英米人向けの漢字教材をコピーして学生に買わせ、その中から宿題を出したこともあります。それでも、韓国語の実力がおそらくACTFLの判定基準だと中級程度しかない学生で、入門クラスを最後まで通い通した学生はほとんどいません。

読み書きの学習は、語学堂で系統立てて行っていなかったので、私も断片的で経験的な教え方に留まり、拠り所となる理論は持っていませんでした。これではいけないと思い、何人かの同僚たちを集めて週に1度日本語教育に関する勉強会を持つようにし始めましたが、始めて数カ月後に語学堂を辞めてしまい、その後1年近く日本語教育に携わる機会がないため、特に読み書きに関する私なりの見解は確立していないことを告白します。

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音声は特に初めが重要なので、入門クラスでは音声の指導に力を入れました。私個人は『日本語発音練習28日』(時事日本語社)のミニマルペアを使用していました。このミニマルペアで学習すると、正確な発音はできなくても、どのような違いがあるのかがおぼろげながら感じ取れるようになるので役に立ちました。

話し言葉では、とくに標準的な共通語を話す場合、アクセントが重要な要素になってきます。これは形態論にも影響を及ぼす音素なので、93年頃から2年間ほど標準アクセントの整理に熱中したことがあります。『会話式日本語入門』と『会話式日本語初級』ではそのときに学び得た成果を反映させ、活用形のアクセント変化まで細かく記述してあります。

しかし授業では、アクセントの違いを聞き取る練習をするほかは、際だったアクセント指導をしていません。その発音を紹介し、簡単な練習をするだけでした。どの発音でも、完璧な発音ができるまで指導するには時間が足りないし、入門ではできなかった学生でも、中級、上級へと進むうちに、入門で習った知識がきっと役に立って、後日発音を自分で矯正できるようになるだろうと期待しているからです。実際に、発音指導というのはその学期には実を結ばないことが多いようです。むしろ、その学期にあまりできなかった学生が後になって比較的発音の良い学生になっているのを見るとき、学期ごとに考えず長い目で見る必要性を感じます。

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文法については、統語構造や談話構造に重点を置いていました。いくら日本語が韓国語と構造の似た言語だとはいえ、単語を直訳すれば文法的な日本語になるわけではありません。ある語彙や文法形式は、意味を細かく説明するよりも、どんな語と共起するか、どんな構造の中に置かれているかが分かれば特に意味の説明を必要としないことがよくあります。また、日本語は韓国語よりもボイスが発達していて、韓国人の学習者を困らせています。特にその問題が直訳することから起こるので、文型自体がどんな意味を持っているのかを説明するようにしていました。

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語彙に関しては、整理した教え方はほとんどしていません。単語と訳だけが書いてあるリストを学生に渡して覚えさせる教師がよくいましたが、私はそのやり方には反対でした。全て本文や文型練習などの中で覚えるように指導していました。よほどせっぱ詰まった必要性がない限り、単語をそのまま覚えさせることはしませんでした。その理由は、単語のリストは覚えにくく忘れやすいし、たとえ覚えたとしても、適切に使えるようにならないからです。

熱心な学習者の中には辞書を丸暗記しようとする人がいますが、そういうことは絶対にしないようにと注意していました。なぜなら、位相・頻度などの感覚をほとんど度外視して覚えてしまい、ニュアンスの感覚が育たないばかりか、実際に話したり書いたりするとき、いつまでたっても自然に近い日本語が使えるようにならないからです。中級から特にその傾向が甚だしくなるので、初歩のうちから語彙の習得法をどうにかした方がいいと考えています。

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ところで、外国語の教授法ではなく学習方法に関する私の基本的な考えは、次の三つの要素を重視することです。それは、観察・模倣・記憶です。実際に使用された言語資料から帰納的にその意味・用法を体得していくという考え方です。大学生の時に学んだ古典の研究方法がそのまま自分の韓国語の学習方法になったものですが、このやり方で体得した意味・用法は非常に強固で確実なものです。

私は意味・用法の説明が好きな方なので、学生から質問されるとほとんどいつも丁寧に教えてあげているのですが、本当に学生に願っている学習の仕方は、上の三つの要素を用いて自分で意味・用法を体得することなのです。これが欠けた学生は、本当に上手にはなりません。

ある水準以上の学生ならば自分の努力で説明なしにたいていの語句の意味・用法が体得できるはずだと考えています。しかし現実にはそういう学生に出会うことは希です。個別的には、「こんな風に勉強すると上手になりますよ」とアドバイスしていますが、アドバイスを聞いただけで実行できる学生はなかなかいないようです。

本当に日本語が上手になるためには、教授法だけでは十分ではなく、半分は学習者の学習態度にかかっています。ここで学習者の言語観がかなり重要になってくると思います。現在のところ自律学習について教える私なりのノウハウは特に持ち合わせていませんが、いずれ学習態度も含めた指導方法を自分なりに研究したいと考えています。

1999.1.21