衣替え


6月1日は、衣替えだ。この日、学校などでは冬服から夏服に着替える。

学生にとっては、すでに5月頃から耐えられないほど暑く感じられるが、学校での決まりだから、我慢して黒い学生服を着て学校に通う。

服の機能が体温の調節にあることを考えると、これは倒錯した習慣だ。体感温度に合わせて服を決めるのでなく、日にちで決めるという大原則は、自然の摂理とは別の、人間独自の意志の産物だ。

この規則が、(他の国にもあるかもしれないが)わが国の伝統となっている。この伝統を頑なに守ってきた教育者たちが、現在の輝かしい日本を造り上げたのだ。新聞をにぎわす若者たちの行動には、目を見張るものがある。

猟奇もいずれ、世界に冠たる日本の伝統として、紹介されるようになるだろう。私は、倒錯した価値観を通して、日本を今のようにしてくれた教育者たちを、心から尊敬してやまない。

さて、衣替えの風習というのは、古くから存在していたのだが、現在のように厳密に決められたのは、明治のころだそうだ。

当時はグレゴリオ暦が採用されたばかりの頃で、今の国家公務員にあたる人たちの制服がさだめられ、夏服と冬服の衣替えの時期も、夏服が6月1日から9月30日、冬服が10月1日から5月31日と定められた。やがて、これが学生服にもおよび、さらに一般の人たちにも定着していったというわけだ。

衣替えの風習は、以前ほど厳密なものではなくなっているが、夏服に着がえた軽やかさをあらわす、夏の季語として、俳句では今日でも好んでもちいられている。

厳格な衣替えの規則には、病的な文化の成熟を感じさせるが、しかし、この一大気分転換は、いいものではある。



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