丸暗記は訳に立たないか


丸暗記は訳に立たないという話を聞いた。初級クラスのテストのときに、教えたことをそのまま出題すると、それをそのまま覚えて来てしまうから、テストにならないというわけだ。その人の意見によると、丸暗記は、意味も理解しないし、応用力の養成にも役立たないということだ。

その意見は、一応の説得力は持っている。しかし、それは、単なる想像にすぎない。たぶん、教師の陥りやすい罠にはまったのだ。教師は学生の立場が分かるようで分からない。その先生は、自分で勝手に思い描いた学生像に、学生たちを無理に合わせようとしてしまっているのだ。

初級のクラスでは、そのまま覚えさせることに重点を置くことは、決して悪いことではない。それによって、学生の実力が伸びるからだ。暗記できたことも、実力が身に付いたことだ。

短い文はともかくとして、A4で40ページほどの内容を、意味を考えずに覚えることは不可能だ。自分で覚えてみたことのない先生には、学生が無意味な文字列でも丸暗記してしまうと思われるのだろう。しかし、それは無理なのだ。例えば、日本語の文章1ページと、意味の全く分からないラテン語のテキスト1ページを比べて暗誦してみれば、その違いが手に取るように分かるはずだ。ラテン語のテキストは、首尾よく暗記できたとしても、そのあとのメインテナンスがとても大変だ。意味の取っ掛かりがないので、ものすごいスピードで、記憶は崩壊して行く。だから、暗記して答えられるのは、だいたいは理解しているのだ。

また、中国語のように形態の単純な言語と、ギリシャ語のように複雑な言語とを暗記し比べてみても、その暗記のしやすさに違いがあることが分かるはずだ。これは、中国語では、単語や熟語がすぐにそのままモジュールになるが、ギリシャ語では、法や態、人称、時制、相などによって変わる意味を、それぞれ分離して理解しながら覚えなければならないためだ。一つ一つの単語をモジュール化するだけでも、大変なことだ。だから、中国語に比べて記憶に大変な負担がかかる。部分的にはそれを無視して覚えてしまうこともあるだろうが、普通は、その単語が文法的に何なのかを知って覚えた方が、かなり記憶しやすくなる。だから、暗記して答えられる問題は、多少は生成能力が身に付いているのだ。

また、暗記している段階で、よく分からなかったところが分かるようになる。これは、それまで漠然と見ていたテキストを、じっくりと観察するためだ。自分ではよく見ているつもりでも、いざ暗記しようとしてみると、それまで語順や語形、語彙の選択などにあまり気を使っていなかったことに気付くことがある。「ああ、この場合この語順を使うのか」と、暗記しようとしたときに、初めて気付くわけだ。

また、暗記したものを、筆記するにしても暗誦するにしても、それまでに多くの反復をするので、体がその表現を覚える。それによって、反射的にその表現を使う基礎ができる。

このようなことによって、学生の実力は伸びる。1学期の間あまり伸びの見られなかった学生も、このときに上手になる。

また、初級は、応用力がまだ劣る。素質のある学生でもやはり、応用力には限界がある。しかも、入力されている知識にも限りがあるので、下手に応用させると、無理な語結合を促して、悪い癖をつける可能性が高くなる。だから、応用するとしても、限られた範囲の中ですべきだ。初級の学生に無理に応用させてセンスを試すような問題は、不適切な問題だ。

それよりは、言葉の流れを覚え、その特徴を身につけることに重点を置かせるよう促した方が、学生のためになるだろう。