自由を制限されないために (2007年8月11日土曜日)


本多静六博士(1866〜1952)は、次のように述懐しています。

 私は林学博士の肩書きが示すように、大学ではもっぱら林学を担当してきた者であるが、ドイツ留学では、ミュンヘン大学で有名なブレンタノ先生の下に財政経済学を専攻してきたのであった。ドクトル・エコノミープブリケーの学位は、実はそのときの土産である。
 そのブレンタノ博士が、私の卒業帰国に際して、
「おまえもよく勉強するが、今後、いままでのような貧乏生活をつづけていては仕方がない。いかに学者でもまず優に独立生活ができるだけの財産をこしらえなければ駄目だ。そうしなければ常に金のために自由を制せられ、心にもない屈従を強いられることになる。学者の権威も何もあったものでない。帰朝したらその辺のことからぜひしっかり努力してかかることだよ」
と戒められた。
(本多静六『私の財産告白<新装版>』実業之日本社、2005。p.27〜28)

この話を読んだとき、痛恨きわまるものがありました。私はそれまで経済的なことにはほとんど関心がなく、給料の通帳や、その他の収入はすべて妻に任せていました。ところが妻は、自分が考える“必要な”ことのために使ってしまい、いざ勉強に集中しようというときに、貯金がないという状態が、何年も続いてしまったのです。実に私は、常にお金のために自由を制せられてきたのです。

しかし、私はこれまで、どのように家計の管理をしたらいいか分からなかったので、そのまま妻に家計を任せきりにしていました。そして、月給に直すと100万ウォン程度の職場から、手取り230万ウォンの今の職場に移ってしばらくしたとき、こんな収入で足りると思ってるの?と言われ、ショックを受けました。これではいけないと思いました。100万ウォンで足りないのは当然として、230万ウォンでも足りないとなると、300万ウォンでも400万ウォンでも、500万ウォンでも足りないはずです。月々1,000万ウォンの収入になったって、たぶん「足りない」と言われるでしょう。さあ大変だと思い、蓄財や財テクなどに関する本を読み始めました。そして、十数冊読んだころ、初めてお金とはどのように管理すべきものなのかが、おぼろげながら分かってきました。

そうやって、ようやく2007年8月9日(木)から、私が給料の通帳を管理することになりました。そして、妻が管理してきた通帳を見て、幸いなことに借金はないものの、ほとんど残らないで使い切ってしまう家計になっていることが分かりました。宵越しの金なんて持たねえよ!と啖呵を切っているような通帳でした。これでは、どんなに働いたって、「じっと手を見る」だけの生活になってしまう。永遠にお金のために自由を制せられてしまう。その危機感を、この通帳を見て感じました。通帳のわずかな残金を今月はどこまで残せるかと計算してみたところ、次の給料日まで27,000ウォンでした。円に直せば、3,500円くらいと言ったところでしょうか。しかもそれは、今月は20万ウォンの臨時収入があり、さらに私が財布のひもを締めたから残ることになったお金です。

こんな状態が続いていたために、私は勉強に集中することもできず、いつも目的も分からず仕事に終われる状態となっていたわけです。もう遅いかもしれませんが、しかし、だからといって、あきらめるわけにもいきません。「늦다고 생각할 때가 가장 빠를 때다(遅いと思ったときがいちばん早いときだ)」と自分に言い聞かせ、勉学の自由を得るために、蓄財を始めることにしました。

勉学に志そうとしている人たちこそ、今からお金については真剣に考えておくべきです。そうしなければ、勉学は、もとから裕福な人たちだけの特権になってしまいます。現に、経済的な理由で勉強が続けられない人がたくさんいるのです。彼らは私と同じく、お金のために自由を制せられているわけです。私は自分自身、これから経済的にしっかり立てるように努力しつつ、同じく勉学に志しながら経済的な理由で仕事に追われている人たちが、状況を変化させて勉学に専心できるようになることを、心から願っています。

追記:この月は結局、次の給料日までに56,482ウォン残すことができました。そのことで、やればできるという自信を得ることができました。


引用・参考図書