単語はあるときから覚えやすくなる


ある外国語を学習中の人が作ったHPに、次のようなことが書いてありました。

世間にはどうしてあんなに嘘つきが多いんだろう。
語学教習所の宣伝文句はその最たるものの一つだけれど、学習書を書いている先生の言葉もまたしかり。
「まず2000語覚えなさい。すると、その後は面白いように暗記単語数が増えていきます」
私、その言葉につられてその気になってしまったのだけれど、これは嘘だよ。
実際は、基礎単語の2000語ぐらいまでは割と楽に覚えられる。しかし、そこから先はほとんど量的進歩はない。10語覚えて9語忘れる感じです。
この人の名誉のために、出処は明かさないけれども、この人の体験と結論はあまりに特殊で、私たちの参考にはなりません。

“学習書を書いている先生の言葉”は嘘ではありません。これは、数多くの体験的根拠に根ざした真実です。初めの何語とは言い切れないけれど、基本的な語を覚えた後は、たしかに知っている語彙数は、なし崩し的に(?)増えていくことは事実です。

もちろん、外国語の単語と日本語訳とだけが載ったリストのようなものを覚えるとすれば、初めは具体的な物の名が多くて、わりとうまく覚えられるかもしれないけれど、のちにはだんだん抽象的な語が増えてきて、記憶しにくくなることはたしかでしょう。しかし、これは、始めからやらない方がいい方法です。

単語というのは、それだけで存在するものではなく、ある目的を持った発話の一つの単位です。始めから、そういう“意味のある”文章に触れながら、その全体を覚えることで、その単位としての単語も覚えていくべきです。

外国語を覚えるのは、始めはとてもたいへんな作業です。ほとんど全てが初めて見る形なので、文も単語も全てが無表情で硬く沈んで見えます。覚えるそばからどんどん忘れていきます。しかし、そこであきらめてはいけません。

そうやって覚えていくうちに、無意識の中で、それぞれの単語が互いに作用し始め、単語の中の構成要素が分析され始めるのです。そうやって、知っている単語数が増えるにつれて、新しい単語を見たときも、その知っている構成要素が手伝って、その語の大まかなベクトルはつかめるようになります。そして、その把握した大まかなベクトルと、その語の使われた文脈とから、その語の意味も、大体見当が付いてしまうようになるものです。

もちろん全てがこううまくいくわけではありませんが、知っている語数が増えるに従って、徐々にそういう現象のおこる割合が高くなってくるものです。たとえば、“potamos”(河川)という単語をすでに知っていて、“mesos”(中間の)という語も知っているとして、中東の地理を説明する文章の中で“mesopotamia”という語が出てきたら、それは、川と川の間にある地域だなということが、朧気というよりは、かなりはっきりと理解できます。最後の“-ia”は、状態を表す接尾語だし、地名や国名にはこの語尾がよく使われているから、これが地名だということも察しがつきます。

こういうことは、頭で論理的に検討して理解するのではなく、全ての形が目の前に露出しているので、そこから直観的にそういう“意味”が察せられるのです。口ではうまく説明できなかったとしても、すでにこの段階で、“mesopotamia”という初めて見た単語の意味は、理解してしまうわけです。

そして、こういうことが、ある程度以上の基本語を覚えた後で、頻繁に起こってきます。

これを、“単語を覚える”とは一般には言わないのかもしれません。しかし、結果としては、単語を覚えているのです。2千の単語に関する知識がすでにあったとして、このようなやり方で、それ以上の語を知るそばから忘れていき、十語覚えても記憶に残るのは1語というのは、実際には成立しません。少なくとも、向学心に燃えた人にそういう健忘症が起こることはあり得ません。

現にこの人は、その後ろの部分で、こう言っています。

ところが、ある時ふと、テキストや○○○童話を読んでいる時に、発音や内容の理解の仕方が以前とは少し違っていることに気が付きます。いや、かなり違っているなと。
それで、「以前にもそう感じた時があった」と思い、それはいつだったかと思い出してみると半年ぐらい前なのです。
ある時自分の実力が一段階高くなっていることを自覚するのは、徐々に増えてきた知識が、ある段階で総合的に作用するからだと思いますが、そこに単語の知識が含まれていなかったら、こういうことが起こるでしょうか。決して起こりません。

こういうことは、現実世界の観察から法則を帰納することがどれだけ難しいかを物語っているのかもしれません。この人は、自分が新しい単語を覚えられないと言いながら、実は、自分でも知らないうちに、どんどん新しい単語を覚えてきたのです。

理解の仕方が変化していると自覚できるためには、その言語に対する相当の新しい知識を得なければならないはずです。それを数量的に示すことは私にはできませんが、この人は、単語はある段階から急に覚えにくくなると言いながら、実は逆で、ある段階から加速度的にその言語に対する知識を獲得してきたことを、この文章で証明しているのではないかと思います。

単語を覚えるのがいちばん難しいのは、始めの段階です。そしてその困難さは、その中の基本的な構成要素を大体カバーするようになると、次第に和らいできます。

または、よく理解できる文脈の中で初めて見る単語に出くわし、その語の中に知っている構成要素はなくても、文脈の前後関係からその語の意味が理解できてしまうこともあります。

あるいは、その語の意味だけを知れば全体の内容がはっきりする場合、辞書を一度だけ引いて、明快な理解が得られることもあります。

このとき、私たちの精神は、驚きを含んだ知的快感を覚えるようです。そうやって、関心のある内容の文章の中で出くわした単語は、よく覚えています。読書が語彙数を増やすと言うではありませんか。これは、母語だけに限ったことではありません。外国語でも、ある程度以上のレベルになれば、十分適用できる“法則”なのです。

外国語は、基本的な語彙を習得したら、その後の語彙の習得は、次第に容易になっていきます。そして、語彙数が増えれば増えるほど、新しい語彙の吸収も早くなります。今新しい外国語を勉強している人たちは、どうかその希望を持って語彙の習得に励んでください。