うひ山ふみ

 (イ)世に物まなびのすぢ、しな/゛\有て、一やうならず。そのしな/゛\をいはゞ、まづ神代紀をむねとたてゝ、道をもはらと学ぶ有、これを神学といひ、其人を神道者といふ。又官職、儀式、律令などを、むねとして学ぶあり。またもろ/\の故実、装束、調度などの事を、むねと学ぶあり。これらを有職の学といふ。又上は六国史其外の古書をはじめ、後世の書共まで、いづれのすぢによるともなくて、まなぶもあり。此すぢの中にも、猶分ていはゞ、しな/゛\有べし。又哥の学び有、それにも、哥をのみよむと、ふるき哥集物語書などを解明らむるとの二やうあり。大かた件のしな/゛\有て、おの/\好むすぢによりてまなぶに、又おの/\その学びやうの法も、教ふる師の心々、まなぶ人の心々にて、さま/゛\あり。
 かくて学問に心ざして、入そむる人、はじめより、みづから思ひよれるすぢありて、その学びやうも、みづからはからふも有を、又さやうにとり分てそれと思ひよれるすぢもなく、まなびやうも、みづから思ひとれるかたなきは、物しり人につきて、づれのすぢに入てかよらん、又うひ学の輩のまなびやうは、いづれの書よりまづ見るべきぞなど、問求むる、これつねの事なるが、まことに然あるべきことにて、その学のしなを正し、まなびやうの法をも正して、ゆくさきよこさまなるあしき方に落ざるやう、又其業のはやく成るべきやう、すべて功多かるべきやうを、はじめよりよくしたゝめて、入らまほしきわざ也。同じく精力を用ひながらも、そのすぢそのまなびやうによりて、得失あるべきこと也。
 然はあれどもの、まづかの学のしな/゛\は、他よりしひて、それをとはいひがたし。大抵みづから思ひよれる方にまかすべき也。いかに初心なればとても、学問にもこゝろざすほどのものは、むげに小児の心のやうにはあらねば、ほど/\にみづから思ひよれるすぢは、必あるものなり。又面々好むかたと、好まぬ方とも有、又生れつきて得たる事と、得ぬ事とも有物なるを、好まぬ事得ぬ事をしては、同じやうにつとめても、功を得ることすくなし。又いづれのしなにもせよ、学びやうの次第も一わたりの理によりて、云々してよろしと、さして教へんは、やすきことなれども、そのさして教へたるごとくにして、果してよきものならんや、又思ひの外にさてはあしき物ならんや、実にはしりがたきことなれば、これもしひては定めがたきわざにて、実はたゞ其人の心まかせにしてよき也。
 詮ずるところ学問は、たゞ年月長く倦ずおこたらずして、はげみつとむるぞ肝要にて、学びやうは、いかやうにてもよかるべく、さのみかゝはるまじきこと也。いかほど学びかたよくても怠りてつとめざれば、功はなし。又人々の才と不才とによりて、其功いたく異なれども、才不才は、生れつきたることなれば、力に及びがたし、されど大抵は、不才なる人といへども、おこたらずつとめだにすれば、それだけの功は有物也。又晩学の人も、つとめはげめば、思ひの外功をなすことあり。又暇のなき人も、思ひの外、いとま多き人よりも、功をなすもの也。されば才のともしきや、学ぶ事の晩きや、暇のなきやによりて、思ひくづをれて、止ることなかれ。とてもかくても、つとめだにすれば、出来るものと心得べし。すべて思ひくづをるゝは、学問に大にきらふ事ぞかし。
 さてまづ上の件のごとくなれば、まなびのしなも、しひてはいひがたく、学びやうの法もかならず云々してよろしとは、定めがたく、又定めざれども、実はくるしからぬことなれば、たゞ心にまかすべきわざなれども、さやうにばかりいひては、初心の輩は、取りつきどころなくして、おのづから倦みおこたるはしともなることなれば、やむことをえず、今宣長がかくもやあるべからんと思ひとれるところを一わたりいふべき也。
 然れどもその教へかたも、又人の心々なれば、吾はかやうにてよかるべきかと思へども、さてはわろしと思ふ人も有べきなれば、しひていふにはあらず。たゞ己が教によらんと思はん人のためにいふのみ也。
 そはまづ(ロ)かのしな/゛\ある学びのすぢ/\、いづれも/\、やむことなきすぢどもにて、明らめしらではかなはざることなれば、いづれをものこさず、学ばまほしきわざなれども、一人の生涯の力を以ては、こと/゛\くは、其奥までは究めがたきわざなれば、其中に主としてよるところを定めて、かならずその奥をきはめつくさんと、はじめより(ハ)志を高く大にたてゝ、つとめ学ぶべき也。然して其餘のしな/゛\をも、力の及ばんかぎり、学び明らむべし。
 さて(ニ)その主としてよるべきすぢは、何れぞといへば、道の学問なり。そも/\此道は、天照大御神の道にして、天皇の天下をしろしめす道、四海万国にゆきわたりたる、まことの道なるが、ひとり皇国に伝はれるを、其道はいかなるさまの道ぞといふに、(ホ)此道は、古事記書紀の二典に記されたる、神代上代の、もろ/\の事跡のうへに備はりたり。此二典の上代の巻巻を、くりかへし/\よくよみ見るべし。
 又(ヘ)初学の輩は、宣長が著したる、神代正語を、数十遍よみて、その古語のやうを、口なれしり、又直日のみたま、玉矛百首、玉くしげ、葛花などやうの物を、入学のはじめより、かの二典と相まじへてよむべし。然せば、二典の事跡に、道の具備はれることも、道の大むねも、大抵に合点ゆくべし。又件の書どもを早くよまば、やまとたましひよく堅固まりて、漢意におちいらぬ衛にもよかるべき也。道を学ばんと心ざすともがらは、(ト)第一に漢意、儒意を、清く濯ぎ去て、やまと魂をかたくする事を、要とすべし。
 さてかの二典の内につきても、(チ)道をしらんためには、殊に古事記をさきとすべし。(リ)書紀をよむには、大に心得あり、文のまゝに解しては、いたく古の意にたがふこと有て、かならず漢意に落入べし。
 次に古語拾遺、やゝ後の物にはあれども、二典のたすけとなる事ども多し、早くよむべし。
 次に万葉集、これは哥の集なれども、道をしるに、甚緊要の書なり。殊によく学ぶべし。その子細は、下に委くいふべし。
 まづ道をしるべき学びは、大抵上件の書ども也。
 然れども書紀より後の、次々の御世々々の事も、しらでは有べからず、其書どもは、続日本紀、次に日本後紀、つぎに続日本後紀、次に文徳実録、次に三代実録也。書紀よりこれまでを合せて(ヌ)六国史といふ。みな朝廷の正史なり、つぎ /\に必よむべし。又件の史どもの中に、(ル)御世々々の宣命には、ふるき意詞のゝこりたれば、殊に心をつけて見るべし。
 次に延喜式、姓氏録、和名抄、貞観儀式、出雲国風土記、(ヲ)釈日本紀、令、西宮記、北山抄、さては(ワ)己が古事記伝など、おほかたこれら、(カ)古学の輩の、よく見ではかなはぬ書ども也。
 然れども初学のほどには、件の書どもを、すみやかに読わたすことも、たやすからざれば、巻数多き大部の書共は、しばらく後へまはして、短き書どもより先見んも、宜しかるべし。其内に延喜式の中の祝詞の巻、又神名帳などは、早く見ではかなはぬ物也。凡て件の書ども、かならずしも次第を定めてよむにも及ばず、たゞ便にまかせて、次第にかゝはらず、これをもかれをも見るべし。
 又いづれの書をよむとても、(ヨ)初心のほどは、かたはしより文義を解せんとはすべからず、まづ大抵にさら/\と見て、他の書にうつり、これやかれやと読ては、又さきによみたる書へ立かへりつゝ、幾遍もよむうちには、始に聞えざりし事も、そろ/\と聞ゆるやうになりゆくもの也。
 さて件の書どもを、数遍よむ間には、其外のよむべき書どものことも、学びやうの法なども、段々に自分の料簡の出来るものなれば、(タ)其末の事は、一々さとし教るに及ばず、心にまかせて、力の及ばむかぎり、古きをも後の書をも、広くも見るべく、又簡約にして、さのみ(レ)広くはわたらずしても有ぬべし。
 さて又(ソ)五十音のとりさばき、かなづかひなど、必こゝろがくべきわざ也。(ツ)語釈は緊要にあらず、さて又(ネ)漢籍をもまじへよむべし。古書どもは、皆漢字漢文を借て記され、殊に孝徳天皇天智天皇の御世のころよりしてこなたは、万の事、かの国の制によられたるが多ければ、史どもをよむにも、かの国ぶみのやうをも、大抵はしらでは、ゆきとゞきがたき事多ければ也。但しからぶみを見るには、殊にやまとたましひをよくかためおきて見ざれば、かのふみのことよきにまどはさるゝことぞ、此心得肝要也。
 さて又段々学問に入たちて、事の大すぢも、大抵は合点のゆけるほどにもなりなば、いづれにもあれ、(ナ)古書の注釈を作らんと、早く心がくべし。物の注釈をするは、すべて大に学問のためになること也。
 さて上にいへるごとく、二典の次には、(ラ)万葉集をよく学ぶべし。(ム)みづからも古風の哥をまなびてよむべし、すべて人は、かならず哥をよむべきものなる内にも、学問をする者は、なほさらよまではかなはぬわざ也。哥をよまでは、古の世のくはしき意、風雅のおもむきはしりがたし。(ウ)万葉の哥の中にても、やすらかに長高く、のびらかなるすがたを、ならひてよむべし。又(ヰ)長哥をもよむべし。
 さて又哥には、古風後世風、世々のけぢめあることなるが、古学の輩は、古風をまづむねとよむべきことは、いふに及ばず、又(ノ)後世風をも、棄ずしてならひよむべし。(オ)後世風の中にも、さま/゛\よきあしきふり/\あるを、よくえらびてならふべき也。
 又伊勢源氏その外も、(ク)物語書どもをも、つねに見るべし。すべてみづから哥をもよみ、物がたりぶみなどをも常に見て、(ヤ)いにしへ人の、風雅のおもむきをしるは、哥まなびのためには、いふに及ばず、古の道を明らめしる学問にも、いみしくたすけとなるわざなりかし。
上件のところ/゛\、圏の内に、かたかなをもてしるしゝたるは、いはゆる相じるしにて、その件件にいへることの、然る子細を、又奥に別にくはしく論ひさとしたるを、そこはこゝと、たづねとめて、しらしめん料のしるし也。
(イ)世に物まなびのすぢしな/゛\有て云々、 物学とは、皇朝の学問をいふ。そも/\むかしより、たゞ学問とのみいへば、漢学のことなる故に、その学と分むために、皇国の事の学をば、和学或は国学などいふならひなれども、そはいたくわろきいひざま也。みづからの国のことなれば、皇国の学をこそ、たゞ学問とはいひて、漢学をこそ分て漢学といふべきことなれ。それももし漢学のことゝまじへいひて、まぎるゝところにては、皇朝学などはいひもすべきを、うちまかせてつねに、和学国学などいふは、皇国を外にしたるいひやう也。もろこし、朝鮮、阿蘭陀などの異国よりこそ、さやうにもいふべきことなれ、みづから吾国のことを、然いふべきよしなし。すべてもろこしは、外の国にて、かの国の事は、何事もみな外の国の事なれば、分て国の名をいふべきにはあらざるを、昔より世の中おしなべて、漢学をむねとするならひなるによりて、万の事をいふに、たゞかのもろこしを、みづからの国のごとく、内にして、皇国をば、返りて外にするは、ことのこゝろたがひて、いみしきひがこと也。此事は、山跡魂をかたむる一端なる故に、まづいふなり。

(ロ)かのしな/゛\ある学びのすぢ/\云々、 これははじめにいへるしな/゛\の学問のことなるが、そのしな/゛\、いづれもよくしらではかなはざる事どもなり。そのうち律令は、皇朝の上代よりの制と、もろこしの国の制とを合せて、よきほどに定められたる物なれども、まづはもろこしによれることがちにして、皇国の古の制をば、改められたる事多ければ、これを学ぶには、其心得あるべく、又此すぢのからぶみをよく明らめざれば、事ゆかぬ学問なれば、奥をきはめんとするには、から書の方に、力を用ふること多くて、こなたの学びのためには、功の費も多き也。これらのところをもよく心得べし。さて官職儀式の事は、これももろこしによられたる事共も、おほくあれども、さのみから書に力をもちひて、考ふることはいらざれば、律令とはことかはれり。官職のことは、職員令をもとゝして、つぎ/\に明らむべし。世の学者、おほく職原抄を主とする事なれども、かの書は、後世のさまを、むねとしるされたる如くなるが、朝廷のもろ/\の御さだめも、御世々々を経るまゝに、おのづから古とは変り来ぬる事ども多ければ、まづその源より明らむべき也。なほ官職の事しるせる、後世の書いと多し。もろ/\の儀式の事は、貞観儀式、弘仁の内裏式などふるし。其外江家次第、世におしなべて用ふるしょなり。されどこれも、古とはやゝかはれる事ども多し。貞観儀式などと、くらべ見てしるべし。ちかく水戸の礼儀類典、めでたき書なれども、ことのほか大部なれば、たやすくよみわたしがたし。さて装束調度などのことは、世にこれをまなぶ輩、おほくは中古以来の事をのみ穿鑿して、古へさかのぼりて考る人は、すくなし。これも後世の書ども、いとあまたあれども、まづ古書よりよく考ふべし。此古書は、まづ延喜式など也。さては西宮記、北山抄、此二書は、装束調度などの学のみにはかぎらず、律令、官職、儀式、其外の事、いづれにもわたりて、おほよそ朝廷のもろ/\の事をしるされたり。かならずよくよむべき書なり。さて件のしな/゛\の学問いづれも/\、古ざまの事は、六国史に所々其事どもの出たるを、よく参考すべし。又中古以来のことは、諸家の記録どもなどに、散出したるを、参考すべし。さて哥まなびの事は、下に別にいへり。むかし四道の学とて、しな/゛\の有しは、みな漢ざまによれる学びなれば、こゝに論ずべきかぎりにあらず。四道とは、紀伝、明経、明法、算道これ也。此中に明法道といふは、律令などの学問なれば、上にいへると同じけれど、昔のは、その事実にかゝりたれば、今の世のただ書のうへの学のみなるとは、かはり有。さてなほ外国の学は、儒学、仏学、其外、殊にくさ/\多くあれども、皆よその事なれば、今論ずるに及ばず。吾は、あたら精力を外の国の事に用ひんよりは、わがみづからの国の事に用ひまほしく思ふ也。その勝劣のさだなどは、姑くさしおきて、まづよその事にのみかゝづらひて、わが内の国の事をしらざらんは、くちをしきわざならざらんや。

(ハ)志を高く大きにたてゝ云々、 すべて学問は、はじめよりその心ざしを、高く大きに立て、その奥を究めつくさずはやまじとかたく思ひまうくべし。此志よわくては、学問すゝみがたく、倦怠るもの也。

(ニ)主としてよるべきすぢは云々、 道を学ぶを主とすべき子細は、今さらいふにも及ばぬことなれども、いさゝかいはゞ、まづ人として、人の道はいかなるものぞといふことを、しらで有べきにあらず。学問の志なきものは、論のかぎりにあらず。かりそめにもその心ざしあらむ者は、同じくは道のために、力を用ふべきこと也。然るに道の事をば、なほざりにさしおきて、たゞ末の事にのみ、かゝづらひをらむは、学問の本意にあらず。さて道を学ぶにつきては、天地の間にわたりて、殊にすぐれたる、まことの道の伝はれる、御国に生れ来つるは、幸とも幸なれば、いかにも此たふとき皇国の道を学ぶべきは、勿論のこと也。

(ホ)此道は、古事記、書紀の二典に記されたる云々、 道は此二典にしるされたる、神代のもろ/\の事跡のうへに備はりたれども、儒仏などの書のやうに、其道のさまを、かやう/\と、さして教へたることなければ、かの儒仏の書の目うつしにこれを見ては、道の趣、いかなるものともしりがたく、とらへどころなきが如くなる故に、むかしより世々の物しり人も、これをえとらへず、さとらずして、或は仏道の意により、或は儒道の意にすがりて、これを説たり。其内昔の説は、多く仏道によりたりしを、百五六十年以来は、かの仏道によれる説の、非なることをばさとりて、其仏道の意をば、よくのぞきぬれども、その輩の説は、又皆儒道の意に落入て、近世の神学者流みな然也。其中にも流々有て、すこしづゝのかはりはあれども、大抵みな同じやうなる物にて神代紀をはじめ、もろ/\の神典のとりさばき、たゞ陰陽八卦五行など、すべてからめきたるさだのみにして、いさゝかも古の意にかなへることなく、説ところ悉皆儒道にて、だゞ名のみぞ神道にては有ける。されば世の儒者などの、此神道家の説を聞て、神道といふ物は、近き世に作れる事也とて、いやしめわらふは、げにことわり也。此神学者流のともがら、かの仏道によりてとけるをば、ひがことゝしりながら、又おのが儒道によれるも、同じくひがことなる事をば、えさとらぬこそ可笑しけれ。かくいへば、そのともがらは、神道と儒道とは、その致一つなる故に、これを仮て、説也、かの仏を牽合したる類にはあらず、といふめれども、然思ふは、此道の意をえさとらざる故也。もしさやうにいはゞ、かの仏道によりて説輩も又、神道とても、仏の道の外なることなし、一致也とぞいふべき。これら共に、おの/\其道に惑へるから、然思ふ也。まことの神道は、儒仏の教などゝは、いたく趣の異なる物にして、さらに一致なることなし。すべて近世の神学家は、件のごとくなれば、かの漢学者流の中の、宋学といふに似て、いさゝかもわきめをふらず、たゞ一すぢに道の事をのみ心がくめれども、ひたすら漢流の理屈にのみからめられて、古の意をば、尋ねんものとも思はず。其心を用るところ、みな儒意なれば、深く入ほどいよいよ道の意には遠き也。さて又かの仏の道によりて説るともがらは、その行法も、大かた仏家の行法にならひて、造れる物にして、さらに皇国の古の行ひにあらず。又かの近世の儒意の神道家の、これこそ神道の行ひよとて、物する事共、葬喪祭祀等の式、其外も、世俗とかはりて、別に一種の式を立て行ふも、これ又儒意をまじへて、作れること多くして、全く古の式にはあらず。すべて何事も、古の御世に、漢風をしたひ用ひられて、多くかの国ざまに改められたるから、上古の式はうせて、世に伝はらざるが多ければ、そのさだかにこまかなることは、知がたくなりぬる、いと/\疑かはしきわざ也。たまたま片田舎などには、上古の式の残れる事も有とおぼしけれども、それも猶仏家の事などのまじりて、正しく伝はれるは有がたかめり。そも/\道といふ物は、上に行ひ給ひて、下へは、上より敷施し給ふものにこそあれ。下たる者の、私に定めおこなふものにはあらず。されば神学者などの、神道の行ひとて、世間に異なるわざをするは、たとひ上古の行ひにかなへること有といへども、今の世にしては私なり。道は天皇の天下を治めさせ給ふ、正大公共の道なるを、一己の私の物にして、みづから狭く小く説なして、たゞ巫覡などのわざのごとく、或はあやしきわざを行ひなどして、それを神道となのるは、いとも/\あさましくかなしき事也。すべて下たる者は、よくてもあしくても、その時時の上の掟のまゞに、従ひ行ふぞ、即古の道の意には有ける。吾はかくのごとく思ひとれる故に、吾家、すべて先祖の祀、供仏施僧のわざ等も、たゞ親の世より為来りたるまゝにて、世俗とかはる事なくして、たゞこれをおろそかならざらんとするのみ也。学者はたゞ、道を尋ねて明らめしるをこそ、つとめとすべけれ、私に道を行ふべきものにはあらず。されば随分に、古の道を考へ明らめて、そのむねを、人にもをしへさとし、物にも書遺しおきて、たとひ五百年千年の後にもあれ、時至りて、上にこれを用ひ行ひ給ひて、天下にしきほどこし給はん世をまつべし。これ宣長が志也。

(ヘ)初学のともがらは宣長が著したる云々、 神典には、世々の注釈末書あまたあるを、さしおきて、みづから著せる書を、まづよめといふは、大に私なるに似たれども、必然すべき故あり。いで其故は、注釈末書は多しといへども、まづ釈日本紀などは、道の意を示し明したる事なく、私記の説といへども、すべていまだしくをさなき事のみ也。又その後々の末書注釈どもは、仏と儒との意にして、さらに古の意にあらず、返て大に道を害することのみ也。されば今、道のために、見てよろしきは、一つもあることなし。さりとて又初学のともがら、いかほど力を用ふとも、二典の本文を見たるばかりにては、道の趣、たやすく会得しがたかるべし。こゝにわが県居大人は、世の学者の漢意のあしきことをよくさとりて、ねんごろにこれをさとし教へて、盛に古学を唱へ給ひしかども、其力を万葉集にむねと用ひて、道の事までは、くはしくは及ばれず、事にふれては、其事もいひ及ぼされてはあれども、力をこれにもはらと入れられざりし故に、あまねくゆきわたらず。されば道のすぢは、此大人の説も、なほたらはぬこと多ければ、まづ速に道の大意を心得んとするに、のり長が書共をおきて外に、まづ見よとをしふべき書は、世にあることなければ也。さる故に下には古事記伝をも、おほけなく古書共にならべて、これをあげたり。かくいふをも、なほ我慢なる大言のやうに、思ひいふ人もあるべけれど、さやうに人にあしくいはれんことをはゞかりて、おもひとれるすぢを、いはざらんは、かへりて初学のために、忠実ならざれば、あしくいはむ人には、いかにもいはれんかし。

(ト)第一に漢意儒意を云々、 おのれ何につけても、ひたすら此事をいふは、ゆゑなくみだりに、これをにくみてにはあらず、大きに故ありていふ也。その故は、古の道の意の明らかならず、人みな大にこれを誤りしたゝめたるは、いかなるゆゑぞと尋ぬれば、みな此漢意に心のまどはされ居て、それに妨げらるゝが故也。これ千有餘年、世中の人の心の底に染著てある、痼疾なれば、とにかくに清くはのぞこりがたき物にて、近きころは、道をとくに、儒意をまじふることのわろきをさとりて、これを破する人も、これかれ聞ゆれども、さやうの人すら、なほ清くこれをまぬかるゝことあたはずして、その説ところ、畢竟は漢意におつるなり。かくのごとくなる故に、道をしるの要、まづこれを清くのぞき去にありとはいふ也。これを清くのぞきさらでは道は得がたかるべし。初学の輩、まづ此漢意を清く除き去て、やまとたましひを堅固くすべきことは、たとへばものゝふの、戦場におもむくに、まづ具足をよくし、身をかためて立出るがごとし。もし此身の固めをよくせずして、神の御典をよむときは、甲冑をも著ず、素膚にして戦ひて、たちまち敵のために、手を負ふがごとく、かならずからごゝろに落入べし。

(チ)道をしらんためには、殊に古事記をさきとすべし、 まづ神典は、旧事紀、古事記、日本紀を昔より、三部の本書といひて、其中に世の学者の学ぶところ、日本紀をむねとし、次に旧事紀は、聖徳太子の御撰として、これを用ひて、古事記をば、さのみたふとまず、深く心を用る人もなかりし也。然るに近き世に至りやう/\、旧事紀は真の書にあらず、後の人の撰び成せる物なることをしりそめて、今はをさ/\これを用る人はなきやうになりて、古事記のたふときことをしれる人多くなれる、これ全く吾師大人の教によりて、学問の道大にひらけたるが故也。まことに古事記は、漢文のかざりをまじへたることなどなく、たゞ古よりの伝説のまゝにて、記しざまいと/\めでたく、上代の有さまをしるにこれにしく物なく、そのうへ神代の事も、書紀よりは、つぶさに多くしるされたれば、道をしる第一の古典にして、古学のともがらの、尤尊み学ぶべきは此書也。然るゆゑに、己壮年より、数十年の間、心力をつくして、此記の伝四十四巻をあらはして、いにしへ学のしるべとせり。さて此記は、古伝説のまゝにしるせる書なるに、その文のなほ漢文ざまなるはいかにといふに、奈良の御代までは、仮字文といふことはなかりし故に、書はおしなべて、漢文に書るならひなりき。そも/\文字書籍は、もと漢国より出たる物なっれば、皇国に渡り来ても、その用ひやう、かの国にて物をしるす法のままにならひて書そめたるにて、こゝとかしこと、語のふりはたがへることあれども、片仮字も平仮字もなき以前は、はじめよりのならひのまゝに、物はみな漢文に書たりし也。仮字文といふ物は、いろは仮字出来て後の事也。いろは仮字は、今の京になりて後に、出来たり。されば古書のみな漢文なるは、古の世のなべてのならひにこそあれ。後世のごとく、好みて漢文に書るにはあらず。さて哥は、殊に詞にあやをなして、一もじもたがへては、かなはぬ物なる故に、古書にもこれをば、別に仮字に書り。それも真仮字也。又祝詞、宣命なども詞をとゝのへかざりたる物にて、漢文ざまには書がたければ、これも別に書法有し也。然るを後世に至りては、片仮字、平仮字といふ物あれば、万の事、皇国の語のまゝに、いかやうにも自由に、物はかゝるゝことなれば、古のやうに、物を漢文に書べきことにはあらず。便よく正しき方をすてゝ、正しからず不便なるかたを用るは、いと愚也。上件の子細をわきまへざる人、古書のみな漢文なるを見て、今も物は漢文に書をよきことゝ心得たるは、ひがこと也。然るに諸家の記録其他、つねの文書、消息文などのたぐひは、なほ後世までも、みな漢文ざまに書ならひにて、これを男もじ男ぶみといひ、いろは仮字をば女もじ、仮字文をば女ぶみとしもいふなるは、男はおのづからかの古のならひのまゝに為来り、女は便にまかせて、多くいろは仮字をのみ用ひたるから、かゝる名目も有也。

(リ)書紀をよむには大に心得あり云々、 書紀は、朝廷の正史と立られて、御世々々万の事これによらせ給ひ、世々の学者もこれをむねと学ぶこと也。まことに古事記は、しるしざまは、いとめでたく尊けれども、神武天皇よりこなたの、御代々々の事をしるされたる、甚あらくすくなくして、広からず、審ならざるを、此紀は、広く詳にしるされたるほど、たぐひなく、いともたふとき御典也。此御典なくては、上古の事どもを、ひろく知べきよしなし。然はあれども、すべて漢文の潤色多ければ、これをよむに、はじめよりその心得なくてはあるべからず。然るを世間の神学者、此わきまへなくして、たゞ文のまゝにこゝろえ、返て漢文の潤色の所を、よろこび尊みて、殊に心を用るほどに、すべての解し様、こと/゛\く漢流の理窟にして、いたく古の意にたがへり。これらの事、大抵は古事記伝の首巻にしるせり。猶又別に、神代紀のうずの山蔭といふ物を書ていへり。ひらき見るべし。

(ヌ)六国史といふ云々、 六国史のうち日本後紀は、いかにしたるにか、亡て伝はらず、今それとて廿巻あるは、全き物にあらず。然るに近き世、鴨祐之といひし人、類聚国史をむねと取、かたはら他の正しき古書共をもとり加へて、日本逸史といふ物四十巻を撰定せる、後紀のかはりは、此書にてたれり。類聚国史は、六国史に記されたる諸の事を、部類を分聚めて、菅原大臣の撰給へる書也。さて三代実録の後は、正しき国史は無し。されば宇多天皇よりこなたの御世々々の事は、たゞこれかれかたはらの書共を見てしること也。其書ども、国史のたぐひなるも、あまた有。近世水戸の大日本史は、神武天皇より後小松天皇の、後亀山天皇の御禅を受させ給へる御事までしるされて、めでたき書也。

(ル)御世々々の宣命には云々、 書紀に挙られたる、御世々々の詔勅は、みな漢文なるのみなるを、続紀よりこなたの史共には、皇朝詞をも、載せられたる、これを分て宣命といふ也。続紀なるは、世あがりたれば、殊に古語多し。その次々の史どもなる、やうやうに古き語はすくなくなりゆきて、漢詞おほくまじれり。すべて宣命にはかぎらず、何事にもせよ、からめきたるすぢをはなれて、皇国の上代めきたるすぢの事や詞は、いづれの書にもあるをも、殊に心をとゞめて見るべし。古をしる助となること也。

(ヲ)釈日本紀、 此書は後の物にて、説もすべてをさなけれども、今の世には伝はらぬ古書どもを、これかれと引出たる中に、いとめづらかに、たふときことゞもの有也。諸国の風土記なども、みな今は伝はらざるに、此書と仙覚が万葉の抄とに引出たる所々のみぞ、世にのこれる、これ殊に古学の用なり。又むかしの私記どもゝ、皆亡ぬるを、此釈には多く其説をあげたり、私記の説もすべてをさなけれども、古き故に、さすがに取るべき事もまゝある也。さて六国史をはじめて、こゝに挙たる書共いづれも、板本も写本も、誤字脱文多ければ、古本を得て、校正すべし。されど古本は、たやすく得がたきものなれば、まづ人の校正したる本を、求め借りてなりとも、つぎ/\直すべき也。さて又ついでにいはむ。今の世は、古をたふとみ好む人おほくなりぬるにつきては、おのづからめづらしき古書の、世に埋れたるも、顕れ出る有。又それにつきては、偽書も多く出るを、その真偽は、よく見る人は、見分れども、初学の輩などは、え見分ねば、偽書によくはからるゝ事あり、心すべし。されば初学のほどは、めづらしき書を得んことをば、さのみ好むべからず。

(ワ)古事記伝云々、 みづから著せる物を、かくやむことなき古書どもにならべて挙るは、おふけなく、つゝましくはおぼゆれども、上にいへるごとくにて、上代の事を、くはしく説示し、古学の心ばへを、つまびらかにいへる書は、外になければぞかし。されば同じくは此書も、二典とまじへて、はじめより見てよろしけれども、巻数多ければ、こゝへはまはしたる也。

(カ)古学の輩の、 古学とは、すべて後世の説にかゝはらず、何事も、古書によりて、その本を考へ、上代の事を、つまびらかに明らむる学問也。此学問、ちかき世に始まれり。契冲ほうし、哥書に限りてはあれど、此道すぢを開きそめたり。此人をぞ、此まなびのはじめの祖ともいひつべき。次にいさゝかおくれて羽倉大人、荷田東麻呂宿禰と申せしは、哥書のみならず、すべての古書にわたりて、此こゝろばへを立給へりき。かくてわが師あがたゐの大人、この羽倉大人の教をつぎ給ひ、東国に下り江戸に在て、さかりに此学を唱へ給へるよりぞ、世にはあまねくひろまりにける。大かた奈良朝よりしてあなたの古の、もろ/\の事のさまを、こまかに精しく考へしりて、手にもとるばかりになりぬるは、もはら此大人の、此古学のをしへの功にぞ有ける。

(ヨ)初心のほどは、かたはしより文義を云々、 文義の心得がたきところを、はじめより、一々に解せんとしては、とゞこほりて、すゝまぬことあれば、聞えぬところは、まづそのまゝにて過すぞよき。殊に世に難き事にしたるふし/゛\を、まづしらんとするは、いと/\わろし、たゞよく聞えたる所に、心をつけて、深く味ふべき也。こはよく聞えたる事也と思ひて、なほざりに見過せば、すべてこまかなる意味もしられず、又おほく心得たがひの有て、いつまでも其誤をえさとらざる事有也。

(タ)其末の事は、一々さとし教るに及ばず、 此こゝろをふと思ひよりてよめる哥、筆のついでに、「とる手火も今はなにせむ夜は明てほがら/\と道見えゆくを。

(レ)ひろくも見るべく又云々、 博識とかいひて、随分ひろく見るも、よろしきことなれども、さては緊要の書を見ることの、おのづからおろそかになる物なれば、あながちに広きをよきことゝのみもすべからず。その同じ力を、緊要の書に用るもよろしかるべし。又これかれにひろく心を分るは、たがひに相たすくることもあり。又たがひに害となることもあり。これらの子細をよくはからふべき也。

(ソ)五十音のとりさばき云々、 これはいはゆる仮字反の法、音の竪横の通用の事、言の延つゞめの例などにつきて、古語を解明らむるに、要用のこと也。かならずはじめより心がくべし。仮字づかひは、古のをいふ。近世風の哥よみのかなづかひは、中昔よりの事にて、古書にはあはず。

(ツ)語釈は緊要にあらず、 語釈とは、もろ/\の言の、然云本の意を考へて、釈をいふ。たとへば天といふはいかなること、地といふはいかなることゝ、釈くたぐひ也。こは学者の、たれもまづしらまほしがることなれども、これにさのみ深く心をもちふべきにはあらず。こは大かたよき考へは出来がたきものにて、まづはいかなることゝも、しりがたきわざなるが、しひてしらでも、事かくことなく、しりてもさのみ益なし。されば諸の言は、その然云本の意を考んよりは、古人の用ひたる所をよく考へて、云々の言は、云々の意に用ひたりといふことを、よく明らめ知るを、要とすべし。言の用ひたる意をしらでは、其所の文意聞えがたく、又みづから物を書にも、言の用ひやうたがふこと也。然るを今の世古学の輩、ひたすら然云本の意をしらんことをのみ心がけて、用る意をばなほざりにする故に、書をも解し誤り、みづからの哥文も、言の意用ひざまたがひて、あらぬひがこと多きぞかし。

(ネ)からぶみをもまじへよむべし、 漢籍を見るも、学問のために益おほし。やまと魂だによく堅固まりて、動くことなければ、昼夜からぶみをのみよむといへども、かれに惑はさるゝうれひはなきなり。然れども世の人とかく倭魂かたまりにくき物にて、から書をよめば、そのよきことにまどはされて、たじろきやすきならひ也。ことよきとは、その文辞を、麗しといふにはあらず、詞の巧にして、人の思ひつきやすく、まどはされやすきさまなるをいふ也。すべてから書は、言巧にして、ものゝ理非を、かしこくいひまわしたれば人のよく思ひつく也。すべて学問すぢならぬ、よのつねの世俗の事にても、弁舌よくかしこく物をいひまはす人の言には人のなびきやすき物なるが、漢籍もさやうなるものと心得居べし。

(ナ)古書の注釈を作らんと云々、 書をよむにたゞ何となくてよむときは、いかほど委く見んと思ひても、限あるものなるに、みづから物の注釈をもせんと、こゝろがけて見るときには、何れの書にても格別に心のとまりて、見やうのくはしくなる物にて、それにつきて、又外にも得る事の多きもの也。されば其心ざしたるすぢ、たとひ成就はせずといへども、すべて学問に大に益あること也。是は物の注釈のみにもかぎらず、何事にもせよ著述をこゝろがくべき也。

(ラ)万葉集をよくまなぶべし、 此書は、哥の集なるに、二典の次に挙て、道をしるに甚益ありといふは、心得ぬことに、人おもふらめども、わが師大人の古学のをしへ、専こゝにあり。其説に古の道をしらんとならば、まづいにしへの哥を学びて、古風の哥をよみ、次に、古の文を学びて、古ぶりの文をつくりて、古言をよく知て、古事記、日本紀をよくよむべし、古言をしらでは、古意はしられず、古意をしらでは、古の道は知がたかるべし、といふこゝろばへを、つね/゛\いひて、教へられたる、此教へ迂遠きやうなれども、然らず。その故は、まづ大かた人は、言と事と心と、そのさま大抵相かなひて、似たる物にて、たとへば心のかしこき人はいふ言のさまも、なす事のさまも、それに応じてかしこく、心のつたなき人は、いふ言のさまも、なすわざのさまも、それに応じてつたなきもの也。又男は、思ふ心も、いふ言も、なす事も、男のさまあり。女は、おもふ心も、いふ言も、なす事も、女のさまあり。されば時代々々の差別も、又これらのごとくにて、心も言も事も、上代の人は、上代のさま、中古の人は、中古のさま、後世の人は、後世のさま有て、おの/\そのいへる言となせる事と、思へる心と、相かなひて似たる物なるを、今の世に在て、その上代の人の、言をも事をも心をも、考へしらんとするに、そのいへりし言は、哥に伝はり、なせりし事は、史に伝はれるを、その史も、言を以て記したれば、言の外ならず、心のさまも、又哥にて知べし。言と事と心とは其さま相かなへるものなれば、後世にして、古の人の思へる心、なせる事をしりて、その世の有さまを、まさしくしるべきことは、古言、古哥にある也。さて古の道は、二典の神代上代の事跡のうへに備はりたれば、古言古哥をよく得て、これを見るときは、其道の意、おのづから明らかなり。さるによりて、上にも、初学のともがら、まづ神代正語をよくよみて、古語のやうを口なれしれとはいへるぞかし。古事記は、古伝説のまゝに記されてはあれども、なほ漢文なれば、正しく古言をしるべきことは、万葉には及ばず。書紀は、殊に漢文のかざり多ければ、さら也。さて二典に載れる哥どもは、上古のなれば、殊に古言古意をしるべき、第一の至宝也。然れどもその数多からざれば、ひろく考るに、ことたらざるを、万葉は、哥数いと多ければ、古言はをさ/\もれたるなく、伝はりたる故に、これを第一に学べとは、師も教へられてる也。すべて神の道は、儒仏などの道の、善悪是非をこちたくさだせるやうなる理非は、露ばかりもなく、たゞゆたかにおほらかに、雅たる物にて、哥のおもむきぞよくこれにかなへりける。さて此万葉集をよむに、今の本、誤字いと多く、訓もわろきことおほし。初学のともがら、そのこゝろえ有べし。

(ム)みづからも古風の哥をまなびてよむべし、 すべて万の事、他のうへにて思ふと、みづからの事にて思ふとは、浅深の異なるものにて、他のうへの事は、いかほど深く思ふやうにても、みづからの事ほどふかくはしまぬ物なり。哥もさやうにて、古哥をば、いかほど深く考へても、他のうへの事なれば、なほ深くいたらぬところあるを、みづからよむになりては、我事なる故に、心を用ること格別にて、深き意味をしること也。さればこそ師も、みづから古風の哥をよみ、古ぶりの文をつくれとは、教へられたるなれ。文の事は、古文は、延喜式八の巻なる諸の祝詞、続紀の御世々々の宣命など、古語のまゝにのこれる文也。二典の中にも、をり/\は古語のまゝなる文有。其外の古書共にも、をり/\は古文まじれることあり。これかれをとりて、のりとすべし。万葉は哥にて、哥と文とは、詞の異なることなどあれども、哥と文との、詞づかひのけぢめを、よくわきまへえらびてとらば、哥の詞も、多くは文にも用ふべきものなれば、古文を作る学びにも万葉はかく学ばでかなはぬ書也。なほ文をつくるべき学びかた、心得なども、古体、近体、世々のさまなど、くさ/゛\いふべき事多くあれども、さのみはこゝにつくしがたし。大抵哥に准へても心得べし。そのうち文には、いろ/\のしなあることにて、其品によりて、詞のつかひやう其外、すべての書やう、かはれること多ければ、其心得有べし。いろ/\のしなとは、序或は論、或は紀事、或は消息など也。さて後世になりて、万葉ぶりの哥を、たてゝよめる人は、たゞ鎌倉右大臣殿のみにして、外には聞えざりしを、吾師大人のよみそめ給ひしより、其教によりて、世によむ人おほく出来たるを、其人どもの心ざすところ、必しも古の道を明らめんためによむにはあらず、おほくはたゞ哥を好みもてあそぶのみにして、その心ざしは、近世風の哥よみの輩と、同じこと也。さればよき哥をよみ出むと心がくることも、近世風の哥人とかはる事なし。それにつきては、道のために学ぶすぢをば、姑くおきて、今はたゞ哥のうへにつきての心得どもをいはんとす。そも/\哥は、思ふ心をいひのぶるわざといふうちに、よのつねの言とはかはりて、必詞にあやをなして、しらべをうるはしくとゝのふる道なり。これ神代のはじめより然り。詞のしらべにかゝはらず、たゞ思ふまゝにいひ出るは、つねの詞にして、哥といふものにはあらず、さてその詞のあやにつきて、よき哥とあしき哥とのけぢめあるを、上代の人は、たゝ一わたり、哥の定まりのしらべをとゝのへてよめるのみにして、後世の人のやうに、思ひめぐらして、よくよまんとかまへ、たくみてよめることはなかりし也。然れども、その出来たるうへにては、おのづからよく出来たると、よからざるとが有て、その中にすぐれてよく出来たる哥は、世間にもうたひつたへて、後世までものこりて、二典に載れる哥どもなど是也。されば二典なる哥は、みな上代の哥の中にも、よにすぐれたるかぎりと知べし。古事記には、たゞ哥をのせんためのみに、其事を記されたるも、これかれ見えたるは、その哥のすぐれたるが故なり。さてかくのごとく哥は、上代よりして、よきとあしきと有て、人のあはれときゝ、神の感じ給ふも、よき哥にあること也。あしくては、人も神も、感じ給ふことなし。神代に天照大御神の天の石屋にさしこもり坐し時、天児屋根命の祝詞に、感じ給ひしも、その辞のめでたかりし故なること、神代紀に見えたるがごとし。哥も准へて知べし。さればやゝ世くだりては、かまへてよき哥をよまんと、もとむるやうになりぬるも、かならず然らではえあらぬ、おのづからの勢にて、万葉に載れるころの哥にいたりては、みなかまへてよくよまんと求めたる物にこそあれ、おのづからに出来たるは、いとすくなかるべし。万葉の哥すでに然るうへは、まして後世、今の世には、よくよまんとかまふること、何かはとがむべき。これおのづからの勢なれば、古風の哥をよまん人も、随分に詞をえらびて、うるはしくよろしくよむべき也。

(ウ)万葉の哥の中にても云々、此集は、撰びてあつめたる集にはあらず、よきあしきえらびなく、あつめたれば古ながらも、あしき哥も多し。善悪をわきまへて、よるべきなり。今の世、古風をよむともがらの、よみ出る哥を見るに、万葉の中にても、ことに耳なれぬ、あやしき詞をえり出つかひて、ひたすらにふるめかして、人の耳をおどろかさんとかまふるは、いと/\よろしからぬこと也。哥も文も、しひてふるくせんとて、求め過たるは、かへす/\うるさく、見ぐるしきものぞかし。万葉の中にても、たゞやすらかに、すがたよき哥を、手本として、詞もあやしきをば好むまじき也。さて又哥も文も、同じ古風の中にも、段々有て、いたく古きと、さもあらぬとあれば、詞もつゞけざまも、大抵その全体の程に応ずべきことなるに、今の人のは、全体のほどに応ぜぬ詞をつかふこと多くして、一首一篇の内にも、いたくふるき詞づかひのあるかと見れば、又むげに近き世の詞もまじりなどして、其体混雑せり。すべて古風家の哥は、後世家の、あまり法度にかゝはり過るを、にくむあまりに、たゞ法度にかゝはらぬを、心高くよき事として、そのよみかた甚みだりなり。万葉のころとても、法度といふことこそなけれ、おのづから定まれる則は有て、みだりにはあらざりしを、法度にかゝはらぬを、古と心得るは、大にひがこと也。既に今の世にして、古をまねてよむからは、古のさだまりにかなはぬ事有ては、古風といふ物にはあらず。今の人は、口にはいにしへ、いにしへと、たけ/゛\しくよばはりながら、古の定まりを、えわきまへざるゆゑに、古は定まれることはなかりし物と思ふ也。万葉風をよむことは、ちかきほど始まりたることにて、いまだその法度を示したる書などもなき故に、とかく古風家の哥は、みだりなることおほきぞかし。

(ヰ)長哥をもよむべし。長哥は、古風のかた殊にまされり、古今集なるは、みなよくもあらず、中にいとつたなきもあり。大かた今の京になりての世には、長哥よむことは、やう/\にまれになりて、そのよみざまも、つたなくなりし也。後世にいたりては、いよ/\よむことまれになりしを、万葉風の哥をよむ事おこりて、近きほどは、又皆長哥をも多くよむことゝなりて、其中には、万葉集に入とも、をさ/\はづかしかるまじきほどのも、まれには見ゆるは、いとも/\めでたき大御世の栄えにぞ有ける。そも/\世の中にあらゆる諸の事の中には、哥によまんとするに、後世風にては、よみとりがたき事の多かるに、返て古風の長哥にては、よくよみとらるゝことおほし。こられにつけても、古風の長哥、必よみならふべきこと也。

(ノ)又後世風をもすてずして云々、今の世、万葉風をよむ輩は、後世の哥をば、ひたすらあしきやうに、いひ破れども、そは実によきあしきを、よくこゝろみ、深く味ひしりて、然いふにはあらず。たゞ一わたりの理にまかせて、万の事古はよし、後世はわろしと、定めおきて、おしこめてそらづもりにいふのみ也。又古と後世との哥の善悪を、世の治乱盛衰に係ていふも、一わたりの理論にして、事実にはうときこと也。いと上代の哥のごとく、実情のまゝをよみいでばこそ、さることわりもあらめ、後世の哥は、みなつくりまうけてよむことなれば、たとひ治世の人なりとも、あしき風を学びてよまば、其哥あしかるべく、乱世の人にても、よき風をまなばゞ、其哥などかあしからん。又男ぶり、女ぶりのさだも、緊要にあらず。つよき哥よわき哥の事は、別にくはしく論ぜり。大かた此古風と後世と、よしあしの論は、いと/\大事にて、さらにたやすくはさだめがたき、子細どもあることなるを、古学のともがら、深きわきまへもなく、かろ/゛\しくたやすげに、これをさだめいふは、甚みだりなること也。そも/\古風家の、後世の哥をわろしとするところは、まづ哥は、思ふこゝろをいひのぶるわざなるに、後世の哥は、みな実情にあらず、題をまうけて、己が心に思はぬ事を、さま/゛\とつくりて、意をも詞をも、むつかしくくるしく巧みなす、これみな偽にて、哥の本意にそむけり、とやうにいふこれ也。まことに一わたりのことわりは、さることのやうなれども、これくはしきさまをわきまへざる論也。其故は、上にいへる如く、哥は、おもふまゝに、たゞにいひ出る物にはあらず、かならず言にあやをなして、とゝのへいふ道にして、神代よりさる事にて、そのよく出来てめでたきに、人も神も感じ給ふわざなるがゆゑに、既に万葉にのれるころの哥とても、多くはよき哥をよまむと、求めかざりてよめる物にして、実情のまゝのみにはあらず。上代の哥にも、枕詞、序詞などのあるを以てもさとるべし。枕詞や序などは、心に思ふことにはあらず、詞のあやをなさん料に、まうけたる物なるをや。もとより哥は、おもふ心をいひのべて、人に聞れて、聞人のあはれと感ずるによりて、わが思ふ心は、こよなくはるくることなれば、人の聞ところを思ふも、哥の本意也。されば世のうつりもてゆくにしたがひて、いよ/\詞にあやをなし、よくよまむともとめたくむかた、次第/\に長じゆくは、必然らではかなはぬ、おのづからの勢にて、後世の哥に至りては、実情をよめるは、百に一も有がたく、皆作りことになれる也。然はあれども、その作れるは、何事を作れるぞといへば、その作りざまこそ、世々にかはれることあれ、みな世の人の思ふ心のさまを作りいへるなれば、作り事とはいへども、落るところはみな、人の実情のさまにあらずといふことなく、古の雅情にあらずといふことなし。さればひたすらに後世風をきらふは、その世々に変じたるところをのみ見て、変ぜぬところのあることをばしらざる也。後世の哥といへども、上代と全く同じきところあることを思ふべし。猶いはゞ、今の世の人にして、万葉の古風をよむも、己が実情にはあらず、万葉をまねびたる作り事也。もしおのが今思ふ実情のまゝによむをよしとせば、今の人は、今の世俗のうたふやうなる哥をこそよむべけれ、古人のさまをまねぶべきにはあらず。万葉をまねぶも、既に作り事なるうへは、後世に題をまうけて、意を作りよむも、いかでかあしからん。よき哥をよまんとするには、数おほくよまずはあるべからず、多くよむには、題なくはあるべからず、これらもおのづから然るべきいきほひ也。そも/\後世風、わろき事もあるは、勿論のこと也。然れどもわろき事をのみえり出て、わろくいはんには、古風の方にも、わろきことは有べし。一むきに後世をのみ、いひおとすべきにあらず。後世風の哥の中にも、又いひしらずめでたくおもしろく、さらに古風にては、よみえがたき趣どもの有こと也。すべてもろ/\の事の中には、古よりも、後世のまされる事も、なきにあらざれば、ひたぶるに後世を悪しとすべきにもあらず。哥も、古と後とを、くらべていはんには、たがひに勝劣ある中に、おのれ数十年よみこゝろみて、これを考るに、万葉の哥のよきが、ゆたかにすぐれたることは、勿論なれども、今の世に、それをまなびてよむには、猶たらはぬことあるを、世々を経て、やう/\にたらひて、備はれる也。さればこそ、今の世に古風をよむ輩も、初心のほどこそ、何のわきまへもなく、みだりによみちらせ、すこしわきまへも出来ては、万葉風のみにては、よみとりがたき事など多き故に、やう/\と後世風の意詞をも、まじへよむほどに、いつしか後世風にちかくなりゆきて、なほをり/\は、ふるめきたる事もまじりて、さすがに全くの後世風にもあらず、しかも又、古今集のふりにもあらず、おのづから別に一風なるもの多きぞかし。これ古風のみにては、事たらざるところのあるゆゑなり。すべて後世風をもよまではえあらぬよしを、なほいはゞ、まづ万葉の哥を見るに、やすらかにすがたよきは、其趣いづれもいづれも、似たる事のみ多く、よめる意大抵定まれるが如くにて、或は下句全く同じき哥などもおほく、すべて同じやうなる哥いと多し。まれ/\にめづらしき事をよめるは、多くはいやしげにて、哥ざまよろしからず、然るを万葉の後、今の世まで、千餘年を経たる間、哥よむ人、みな/\万葉風をのみ守りて変ぜずして、しかもよき哥をよまんとせば、皆万葉なる哥の口まねをするやうにのみ出来て、外によむべき事なくして、新によめる詮なかるべし。されば世々を経て、古人のよみふるさぬおもむきを、よみ出んとするには、おのづから世々に、そのさま変ぜではかなはず、次第にたくみもこまやかにふかくなりゆかではかなはぬだうり也。古人の多くよみたる事を、同じさまによみたらんには、其哥よしとても、人も神も感じ給ふことあるべからず。もし又古によみふるさぬ事を、一ふしめづらしく、万葉風にてよまんとせば、いやしくあしき哥になりぬべし。かの集の哥すらさやうなれば、まして今の世をや。此事猶一のたとへを以ていはん、古風は白妙衣のごとく、後世風はくれなゐ紫いろ/\染たる衣のごとし。白妙衣は、白たへにしてめでたきを、染衣も、その染色によりて、又とり/゛\にめでたし。然るを白妙めでたしとて、染たるをば、ひたぶるにわろしとすべきにあらず。たゞその染たる色には、よきもあり、あしきもあれば、そのあしきをこそ棄べきなれ。色よきをも、おしこめてすてんは、偏ならずや。今の古風家の論は、紅紫などは、いかほど色よくても、白妙に似ざれば、みなわろしといはんが如し。宣長もはら古学によりて、人にもこれを教へながら、みづからよむところの哥、古風のみにあらずして、後世風をも、おほくよむことを、心得ずと難ずる人多けれども、わが思ひとれるところは、上の件のごとくなる故に、後世風をも、すてずしてよむ也。其中に古風なるは数すくなくして、返て後世風なるが多きは、古風はよむべき事すくなく、後世風はよむ事おほきが故也。すべていにしへは、事すくなかりしを、後世になりゆくまに/\、万の事しげくなるとおなじ。さて吾は、古風、後世風ならべよむうちに、古と後とをば、清くこれを分ちて、たがひに混雑なきやうにと、深く心がくる也。さて又初学の輩、わがをしへにしたがひて、古風後世風ともによまんとせんに、まづいづれを先にすべきぞといふに、万の事、本をまづよくして後に、末に及ぶべきは、勿論のことなれども、又末よりさかのぼりて、本にいたるがよき事もある物にて、よく思ふに、哥も、まづ後世風より入て、そを大抵得て後に、古風にかゝりてよき子細もあり。その子細を一二いはゞ、後世風をまづよみならひて、その法度のくはしきをしるときは、古風をよむにも、その心得有て、つゝしむ故に、あまりみだりなることはよまず。又古風は時代遠ければ、今の世の人、いかによくまなぶといへども、なほ今の世の人なれば、その心全く古人の情のごとくには、変化しがたければ、よみ出る哥、古風とおもへども、猶やゝもすれば、近き後世の意詞のまじりやすきもの也。すべて哥も文も、古風と後世とは、全体その差別なくてはかなはざるに、今の人の哥文は、とかく古と後と、混雑することをまぬかれざるを、後世風をまづよくしるときは、是は後世ぞといふことを、わきまへしる故に、その誤すくなし。後世風をしらざれば、そのわきまへなき故に、返て後世に落ることおほきなり。すべて古風家、後世風をば、いみしく嫌ひながら、みづから後世風の混雑することをえしらざるはをかしきこと也。古風をよむ人も、まづ後世風を学びて益あること、猶此外にも有也。古と後との差別をだによくわきまふるときは、後世風をよむも、害あることなし。にくむべきことにあらず、たゞ古と後と混雑するをこそ、きらふべきものなれ。これはたゞ哥文のうへのみにもあらず、古の道をあきらむる学問にも、此わきまへなくては、おぼえず後世意にも漢意にも、落入こと有べし。古意と後世意と漢意とを、よくわきまふること、古学の肝要なり。

(オ)後世風の中にもさま/゛\よきあしきふり/\あるを云々、かの染衣のさま/゛\の色には、よきも有あしきもあるが如く、後世風の哥も、世々を経て、つぎ/\にうつり変れる間には、よきとあしきとさま/゛\の品ある、其中にまづ古今集は、世もあがり、撰びも殊に精しければいと/\めでたくして、わろき哥はすくなし。中にもよみ人しらずの哥どもには、師もつねにいはれたるごとく、殊によろしきぞ多かる。そはおほくふるき哥の、ことにすぐれたる也。さて此集は、古風と後世風との中間に在て、かのふるき哥どもなどは、万葉の中のよき哥どものさまと、をさ/\かはらぬもおほくして、殊にめでたければ、古風の哥を学ぶ輩も、これをのりとしてよろしき也。然れども大かた光孝天皇、宇多天皇の御代のころよりこなたの哥は、万葉なるとはいたくかはりて、後世風の方にちかきさまなれば、此集をば、姑く後世風の始めの、めでたき哥とさだめて、明暮にこれを見て、今の京となりてよりこなたの、哥といふ物のすべてのさまを、よく心にしむべき也。次に後撰集、拾遺集は、えらびやう甚あらくみだりにして、えもいはぬわろき哥の多き也。然れどもよき哥も又おほく、中にはすぐれたるもまじれり。さて次に後拾遺集よりこなたの、代々の撰集ども、つぎ/\に盛衰善悪さま/゛\あれども、そをこまかにいはむには、甚事長ければ、今は省きて、その大抵をつまみていはゞ、其間に新古今集は、そのころの上手たちの哥どもは、意も詞もつゞけざまも、一首のすがたも、別に一のふりにて、前にも後にもたぐひなく、其中に殊によくとゝのひたるは、後世風にとりては、えもいはずおもしろく心ふかくめでたし。そも/\上代より今の世にいたるまでを、おしわたして、事のたらひ備りたる、哥の真盛は、古今集ともいふべけれども、又此新古今にくらべて思へば、古今集も、なほたらはずそなはらざる事あれば、新古今を真盛といはんも、たがふべからず。然るに古風家の輩、殊に此集をわろくいひ朽すは、みだりなる強ごと也。おほかた此集のよき哥をめでざるは、風雅の情をしらざるものとこそおぼゆれ。但し此時代の哥人たち、あまりに深く巧をめぐらされたるほどに、其中に又くせ有て、あしくよみ損じたるは、殊の外に心得がたく、無理なるもおほし。されどさるたぐひなるも、詞うるはしく、いひまはしの巧なる故に、無理なる聞えぬ事ながらに、うちよみあぐるに、おもしろくて捨がたくおぼゆるは、此ほどの哥共也。されどこれは、此時代の上手たちの、あやしく得たるところにて、さらに後の人の、おぼろけにまねび得べきところにはあらず。しひてこれをまねびなば、えもいはぬすゞろごとになりぬべし。いまだしきほどの人、ゆめ/\このさまをしたふべからず。されど又、哥のさまをくはしくえたらんうへにては、さのみいひてやむべきにもあらず、よくしたゝめなば、まねび得ることも、などかは絶てなからん。さて又、玉葉、風雅の二の集は、為兼卿流の集なるが、彼卿の流の哥は、皆ことやうなるものにして、いといやしくあしき風なり。されば此一流は、其時代よりして、異風と定めしこと也。さて件の二集と、新古今とをのぞきて外は、千載集より、廿一代のをはり新続古今集までのあひだ、格別にかはれることなく、おしわたして大抵同じふりなる物にて、中古以来世間普通の哥のさまこれなり。さるは世の中こぞりて、俊成卿、定家卿の教をたふとみ、他門の人々とても、大抵みなその掟を守りてよめる故に、よみかた大概に同じやうになりて、世々を経ても、さのみ大きにかはれる事はなく、定まれるやうになれるなるべし。世に二条家の正風体といふすがた是也。此代々の集の内にも、すこしづゝは、勝劣も風のかはりもあれども、大抵はまづ同じこと也。さて初学の輩の、よむべき手本には、いづれをとるべきぞといふに、上にいへるごとく、まづ古今集をよく心にしめおきて、さて件の千載集より新続古今集までは、新古今と玉葉、風雅とをのぞきては、いづれをも手本としてよし。然れども件の代々の集を見渡すことも、初心のほどのつとめには、たへがたければ、まづ世間にて、頓阿ほうしの草庵集といふ物などを、会席などにもたづさへ持て、題よみのしるべとすることなるが、いかにもこれよき手本也。此人の哥、かの二条家の正風といふを、よく守りて、みだりなることなく、正しき風にして、わろき哥もさのみなければ也。其外も題よみのためには、題林愚抄やうの物を見るも、あしからう。但し哥よむ時にのぞみて、哥集を見ることは、癖になるものなれば、なるべきたけは、書を見ずによみならふやうにすべし。たゞ集共をば、常々心がけてよく見るべき也。さてこれより近世のなべての哥人のならひの、よろしからざる事共をいひて、さとさむとす。そはまづ道統といひて、其伝来の事をいみしきわざとして、尊信し、哥も教も、たゞ伝来正しき人のをのみ、ひたすらによき物とかたくこゝろえ、伝来なき人のは、哥も教も、用ひがたきものとし、又古の人の哥及び其家の宗匠の哥などをば、よきあしきを考へ見ることもなく、たゞ及ばぬことゝして、ひたぶるに仰ぎ尊み、他門の人の哥といへば、いかほどよくても、これをとらず、心をとゞめて見んともせず、すへて己が学ぶ家の法度掟を、ひたすらに神の掟の如く思ひて、動くことなく、これをかたく守ることをのみ詮とするから、その教法度にくゝられて、いたくなづめる故に、よみ出る哥みなすべて、詞のつゞけざまも、一首のすがたも、近世風又一やうに定まりたる如くにて、わろきくせ多く、其さまいやしく窮屈にして、たとへば手も足もしばりつけられたるものゝ、うごくことかなはざるがごとく、いとくるしくわびしげに見えて、いさゝかもゆたかにのびらかなるところはなきを、みづからかへり見ることなく、たゞそれをよき事と、かたくおぼえたるは、いと/\固陋にして、つたなく愚なること、いはんかたなし。かくのごとくにては、哥といふものゝ本意にたがひて、されに雅の趣にはあらざる也。そも/\道統伝来のすぢを、重くいみしき事にするは、もと仏家のならひよりうつりて、宋儒の流なども然也。仏家には、諸宗おの/\わが宗のよゝの祖師の説をば、よきあしきをえらぶことなく、あしきことあるをも、おしてよしと定めて尊信し、それにたがへる他の説をば、よくても用ひざるならひなるが、近世の神学者、哥人などのならひも、全くこれより出たるもの也。さるは神学者、哥人のみにもあらず、中昔よりこなた、もろ/\の芸道なども、同じ事にて、いと愚なる世のならはしなり。たとひいかほど伝来はよくても、その教よろしからず、そのわざつたなくては、用ひがたし。其中に諸芸などは、そのわざによりては、伝来を重んずべきよしもあれども、学問や哥などは、さらにそれによることにあらず。古の集共を見ても知べし。その作者の家すぢ伝来には、さらにかゝはることなく、誰にもあれ、ひろくよき哥をとれり。されば定家卿の教にも、和歌に師匠なしとのたまへるにあらずや。さて又世々の先達の立おかれたる、くさ/゛\の法度、掟の中には、かならず守るべき事も多く、又中にはいとつたなくして、必かゝはるまじきも多きことなるに、ひたぶるに固くこれを守るによりて、返て哥のさまわろくなれることも、近世はおほし。すべて此道の掟は、よきとあしきとをえらびて、守るべき也。ひたすらになづむべきにはあらず。又古人の哥は、みな勝れたる物のごとくこゝろえ、たゞ及ばぬ事とのみ思ひて、そのよしあしを考へ見んともせざるは、いと愚なること也。いにしへの哥といへども、あしきことも多く、哥仙といへども、哥ごとに勝れたる物にもあらざれば、たとひ人まろ、貫之の哥なりとも、実によきかあしきかを、考へ見て、及ばぬまでも、いろ/\と評論をつけて見るべき也。すべて哥の善悪を見分る稽古、これに過たる事なし。大に益あること也。然るに近世の哥人のごとく、及ばぬ事とのみ心得居ては、すべて哥の善悪を見分べき眼の、明らかになるよしなくして、みづからの哥も、よしやあしやをわきまふることあたはず、さやうにていつまでもたゞ、宗匠にのみゆだねもたれてあらんは、いふかひなきわざならずや。すべて近世風の哥人のごとく、何事も愚につたなき学びかたにては、生涯よき哥は出来るものにあらずと知べし。さて又はじめにいへる如く、哥をよむのみにあらず、ふるき集共をはじめて、哥書に見えたる万の事を、解明らむる学有、世にこれを分て哥学者といへり。哥学といへば、哥よむ事をまなぶことなれども、しばらく件のすぢを分て然いふ也。いにしへに在ては、顕昭法橋など此すぢなるが、其説は、ゆきたらはぬ事多けれども、時代ふるき故に、用ふべき事もすくなからざるを、近世三百年以来の人々の説は、かの近世やうの、おろかなる癖おほきうへに、すべてをさなきことのみなれば、いふにもたらず。然るに近く契冲ほうし出てより、此学大にひらけそめて、哥書のとりさばきは、よろしくなれり。さて哥をよむ事をのみわざとすると、此哥学の方をむねとすると、二やうなるうちに、かの顕昭をはじめとして、今の世にいたりても、哥学のかたよろしき人は、大抵いづれも、哥よむかたつたなくて、哥は、哥学のなき人に上手がおほきもの也。こは専一にすると、然らざるとによりて、さるだうりも有にや。さりとて哥学のよき人のよめる哥は、皆必わろきものと、定めて心得るはひがこと也。此二すぢの心ばへを、よく心得わきまへたらんには、哥学いかでか哥よむ妨とはならん。妨となりて、よき哥をえよまぬは、そのわきまへのあしきが故也。然れども哥学の方は、大概にても有べし。哥よむかたをこそ、むねとはせまほしけれ。哥学のかたに深くかゝづらひては、仏書、からぶみなどにも、広くわたらでは、事たらぬわざなれば、其中に無益の書に、功をつひやすこともおほきぞかし。

(ク)物語ぶみどもをもつねに見るべし、 此事の子細は、源氏物語の玉の小櫛に、くはしくいへれば、こゝにはもらしつ。

(ヤ)いにしへ人の風雅のおもむきをしるは云々、 すべて人は、雅の趣をしらでは有べからず。これをしらざるは、物のあはれをしらず、心なき人なり。かくてそのみやびの趣をしることは、哥をよみ、物語書などをよく見るにあり。然して古人のみやびたる情をしり、すべて古の雅たる世の有さまを、よくしるは、これ古の道をしるべき階梯也。然るに世間の物学びする人々のやうを見渡すに、主と道を学ぶ輩は、上にいへるごとくにておほくはたゞ漢流の議論理屈にのみかゝづらひて、哥などよむをば、たゞあだ事のやうに思ひすてゝ、哥集などは、ひらきて見ん物ともせず、古人の雅情を、夢にもしらざるが故に、その主とするところの古の道をも、しることあたはず。かくのごとくにては、名のみ神道にて、たゞ外国の意のみなれば、実には道を学ぶといふものにはあらず。さて又哥をよみ文を作りて、古をしたひ好む輩は、たゞ風流のすぢにのみまつはれて、道の事をばうちすてゝ、さらに心にかくることなければ、よろづにいにしへをしたひて、ふるき衣服、調度などをよろこび、古き書をこのみよむたぐひなども、皆たゞ風流のための玩物にするのみ也。そも/\人としては、いかなる者も、人の道をしらでは有べからず、殊に何のすぢにもせよ、学問をもして、書をもよむほどの者の、道に心をよすることなく、神のめぐみのたふときわけなどをもしらず、なほざりに思ひて過すべきことにはあらず。古をしたひたふとむとならば、かならずまづその本たる道をこそ、第一に深く心がけて、明らしめるべきわざなるに、これをさしおきて、末にのみかゝづらふは、実にいにしへを好むといふものにはあらず。さては哥をよむも、まことにあだ事にぞ有ける。のりながゞをしへにしたがひて、ものまなびせんともがらは、これらのこゝろをよく思ひわきまへて、あなかしこ、道をなほざりに思ひ過すことなかれ。
こたみ此書かき出つることは、はやくより、をしへ子どもの、ねんごろにこひもとめけるを、年ごろいとまなくなどして、聞過しきぬるを、今は古事記伝もかきをへつればとて、又せちにせむるに、さのみもすぐしがたくて、物しつる也。にはかに思ひおこしたるしわざなれば、なほいふべき事どもの、もれたるなども多かりなんを、うひまなびのためには、いさゝかたすくるやうもありなんや。
   いかならむうひ山ぶみのあさごろも
        浅きすそ野のしるべばかりも
                       本  居  宣  長
寛政十年十月の廿一日のゆふべに書をへぬ。

附載

  玉勝間十二の巻一節(二十一丁の裏)
    物学びはその道をよくえらびて入そむべき事
物まなびに心ざしたらむには、まづ師をよく択びて、その立たるやう、教のさまを、よく考へて、従ひそむべきわざなり。さとりにぶき人は、更にも云はず、もとより、智とき人といへども、大かた始めに従ひそめたるかたに、おのづから心は引かるゝわざにて、その道の筋悪ろけれど、悪ろき事をえさとらず。又後にはさとりながらも、年頃のならひは、さすがに捨て難きわざなるに、我とか云ふ禍神さへ立そひて、とにかくにしひごとして、猶その筋をたすけむとする程に、終に善き事はえ物せで、世の限りひがことのみして、身ををふる類ひなど、世に多し。斯かる類ひの人は、つとめて深く学べば、学ぶまに/\いよ/\悪ろき事のみ盛りになりて、己れまどへるのみならず、世の人をさへにまどはす事ぞかし。かへす/゛\始めより、師をよくえらぶべきわざになむ。此事は、うひやまぶみにいふべかりしを、もらしてければ、此処には云ふなり。


底本:『うひ山ふみ 鈴屋答問録』岩波文庫
   1934(昭和9)年4月10日初版発行