種田輝豊氏の外国語学習


今ではほとんど忘れられた本だが、それを読んだ人には未だに愛されている『20ヵ国語ペラペラ』という本がある。この本の著者種田輝豊氏は、語学の天才で、23ヵ国語を学習し、20ヵ国語を流暢に話せるようになったという。

この本の第1部(p.7〜122)は、著者の外国語学習体験談で、第2部(p.123〜143)は20ヵ国語上達の記録となっている。そこから、種田氏の外国語学習について簡単に整理してみたいと思う。

まず、種田輝豊氏の語学学習歴を、年代順に追ってみた。年数は、学習を開始した年だ。

1939年(出生)
1951年(12歳): 英語(中学1年)
1954年(15歳): フランス語(高校1年)
1955年(16歳): スウェーデン語、ドイツ語、ロシア語(高校2年及びアメリカ留学中)
1956年(17歳): フィンランド語(高校2年)
1957年(18歳): オランダ語、中国語(高校3年)
1959年(20歳): イタリア語、デンマーク語、ノルウェー語、アイスランド語(大学1年)
1960年(21歳): ペルシャ語、トルコ語(以上大学2年)、スペイン語
1965年(26歳): ポルトガル語
1966年(27歳): ラテン語、ギリシア語
1967年(28歳): チェコ語、インドネシア語、ルーマニア語、朝鮮語、アラビア語
1969年(30歳): 『20カ国語ペラペラ』出版

これを見ると、かなり学習開始年令がまちまちなことが分かる。高校生から英語以外の外国語に手をつけ始め、本書が書かれる直前にまで及んでいる。これは、20歳から22歳の間に外国語学習が集中したシュリーマンとはかなりちがう。

また、学習動機も、シュリーマンは経済的苦境から脱出するための命がけの学習だったが、種田氏は、異国への憧れと関心から外国語学習を開始している。

しかし、2人に共通しているのは、2人とも暗記を中心に外国語を学習したということだ。

残念ながら、その後の種田氏の消息は分からない。現在はおそらくアメリカで通訳をしながら生活しておられるのではないかと思われるが、そのへんは定かではない。また、その後さらに新しい外国語を実につけたのか、それとも、外国語熱が冷めて、今まで身につけてきた外国語を忘れてしまったかということも、分からない。そういうことは、この本のファンとして、ぜひとも知りたいところだが、知るすべもない。

では、種田氏が外国語を学習するにあたって用いた教材を整理してみたいと思う。

大学書林の四週間シリーズと、Teach Yourselfシリーズが多いのが目につく。私は大学書林の四週間シリーズは古いがいい教材だと思う。しかし、現在はもっと学習効果を上げられる教材がたくさん出ているのではないかと思う。

私はこの教材リストを眺めながら、もし種田氏が現在大学生で、新たに外国語の学習を始めようとしたら、どんな教材を利用するだろうかと考えた。私にとって謎の人物であるこの人に、もし会える幸運がめぐってくるならば、そういうことなども聞いてみたいと思う。

なお、音声教材を手に入れるために、種田氏は様々な努力をしている。現在の私達は、テープやCDなどの音声教材を容易く入手できるばかりか、主要な言語の発音なら、“ Foreign Lnguages for Travelers”などで、そのサンプルを聞くこともできる。現在私達は本当に恵まれた環境にある。実に、『20ヵ国語ペラペラ』がもはや再版されないのも、語学学習の環境がものすごく変わってしまったからだ。

また、もうひとつ気がつくことは、使用した学習書に外国のものが多いということだ。英語で説明されたTeach Yourselfシリーズをはじめ、ドイツ語やスペイン語で説明している教材も使用している。種田氏が英語で書かれた外国語の教材を多用したのは、英語が自由に使いこなせるからで、それ以外の言語で説明された教材は副教材程度に使っているのは、それで学び切るのは困難だからだろう。

学習する教材は、自分が読みなれた言語で説明されている必要がある。そして、まだ読みにくい言語で説明された教材は、主教材ではなく、副教材として使用すべきだ。現在日本では、たくさんの外国語学習書が出ている。その中には質の高いものも多いと思う。外国語の学習を始める際には、それらの教材に関する情報を集め、自分に合ったものを選ぶことができると思う。

種田氏は以上の教材で外国語学習に成功したが、私たちは同じ学習書にこだわる必要はない。もっと効率的な学習書がたくさん出ているはずだからだ。