2093   対照研究
2006/08/04 18:31:42  ijustat   (参照数 3)
ゆどうふさま、語学友のみなさん、ほんとうにお久しぶりです。無事に論文が通り、何とか大学院を卒業できることになりました。

論文のテーマは、日韓対照研究で、日本語の接続助詞「て」を、翻訳資料を使って対応する韓国語と照らし合わせながら、どんな場合にどのような韓国語の連結語尾と対応するのかを調べました。なぜこのような「複文」といわれる文法項目の対照をテーマに選んだのかというと、私自身がいまだに韓国語を使うとき、複文の使用で頭を悩ませているので、この際自分の問題を解決してしまおうというのが、本当の目的だったのです。

コーパス資料を分析するのとは別に、先行研究の調査も幅を広げて、日韓対照研究全体の文献を調べてみたのですが、その結果、この分野の研究はあまり活発ではないということが明らかになったのです。今回の複文の研究でも、先行研究はいくつもなく、特に「て」を含むものは、2件しかありませんでした(たぶん抜け落ちはあると思いますけど)。しかも、翻訳資料を集めて分析するという方法を取ったものは、私だけでした。だから、論文を書き終わってから振り返ると、広い道を一人で悠々と歩いたという気分のよさがありました。もし人気のある分野だったら、とうてい新しい結論にはたどり着けなかったと思います。

で、対照研究というのは、「隙間産業」のようなもので、研究テーマの「穴場」だという印象を受けました。なぜなら、それぞれの言語に関する先行研究は山のようにあります。日本語の複文に関しても、韓国語の複文に関しても、その量は大変なものです。それが「広い道」と言ったゆえんです。しかし、それらの研究成果から両言語を照らし合わせた研究というのは、それほど多くないのです。もちろん、発音や敬語法、それに受動態のような、両方の言語で目に見える違いのある分野では、けっこう活発な対照研究が行なわれているのですが、複文は一見よく似ているため、あまり省みられてこなかったのです。実に、風光明媚な絶景なのに、観光地化されなくて一人で楽しんできたような気分です。

韓国語を研究する日本人や、日本語を研究する韓国人なら、当然誰もが対照研究に関心を寄せるのではないかと思いやすいのですが、実際は、日本人は日本語に関心なく、韓国人は韓国語に関心がないことが多いため、自分は韓国語(日本語)だけの純粋研究でいく、という考えの方に人気があるのだそうです。私は韓国語を専攻しているけれど、日本語教師でもあるので、どちらにも関心がありました。それに、韓国語だけの純粋研究で、韓国語話者の英才たちに交じって、評価される論文を書く自信は到底ありませんでした。しかし一方で、韓国語教師に必要なのは、学習者が一番多い日本人の言語と韓国語との関係を明らかにした研究で、その部分はまだかなり手薄だということも感じていました。何しろ私自身、連結語尾の使い分けに悩んでいたけれど、誰も教えてくれる人がいなかったのです。それもそのはず、私に必要な知識はまだ研究されていませんでした。そういうわけで、本格的に「対照研究」という看板を掲げて論文を書いたのです。

ところで、昔の韓国語の入門書には、誰でも頑張れば一人者になれると書かれているものがあって、だいぶ以前、それを見て奮起したことがあります。でも、私が奮起したときにはもう、その道の達人たちはすでにかなりたくさんいました。私が一人者になろうというのは、ちょっと無理な野望だったわけです。しかし、対照研究に首を突っ込んでみたら、文献がすごく多いという有利さと同時に、それにもかかわらず、まだ誰も手をつけていない部分だらけだという有利さもあり、頑張れば誰でも一人者(のよう)になりやすい分野だということを実感しました。

じゃあ、対照研究は外国語学習にどんなメリットがあるのかと思われるかもしれませんが、これはかなり役に立つといえます。一つの外国語だけを見ていると、いくら日本人でも、日本語との関係までははっきり見えず、どこに問題があるのかよく分からないことが少なくありません。しかし、それぞれの用例を日本語と対照させることで、外国語と日本語の特徴の違いが浮き彫りになってくるのです。これが、対照研究の面白さです。それに、その効用としても、私自身、以前より韓国語の連結語尾に自信がもてるようになりました(まだ完璧ではありませんけど…汗)。