1449   Re^3:現在は
2003/09/22 05:00:57  ijustat   (参照数 0)
これは 1446 [現在は] への返信です

libra1007様、はじめまして。ijustatです。

>私は以前、ドイツに住んでいたので多少のドイツ語なら出来ます。
>だけど、帰国後使う機会がないので、どんどん錆びつくばかり(-_-;)
>やはり、英語が一番使い勝手がいいような気がして、
>頭の中のドイツ語のスペースを
>英語に変換していく作業に終始しています。

いやあ、もったいないことですね。日本でもドイツ人に会う機会がほとんど無いんですね。確かに、言語教育院(私の職場)でも、第2外国語は日本語のほかに中国語とフランス語があるだけで、ドイツ語は以前はあったのですが、最近は学生がすっかり途絶えて、2年程前から講座が消滅してしまい、ドイツ語の先生は失業してしまいました。

私はドイツ語ができませんが、ドイツ語が抱えている文献は、とても魅力的です。ドイツ語ができたら読書の楽しみが倍増するのではないかと思いますが、その機会はいつ訪れることやら。

で、私の提言ですが、ドイツ語会話はできなくても、ドイツ語の雑誌などを定期購読したらどうかと思います。そうする中で、お気に入りのコーナーや連載記事などができてくるはずですから、それを朗読してみたらどうでしょうか。この朗読というのは会話する機会が長らく無い時には特に重要な会話訓練になるばかりでなく、お釣りも来る方法ですよ。

あと、頑張れば、ドイツ語と英語の対訳になっている本などが手に入るかもしれません。それを丹念に見比べながら、ドイツ語と英語を比較してみるのも、両者の言語に強くなる方法です。私は希英対訳の新約聖書で、ギリシャ語原典を英訳聖書と見比べて理解しようとしているうちに、苦手な英語も少しましになったような気がします。

ただし、聖書でドイツ語と英語を比較しようとするのは、あまりよくありません。なぜなら、それはどちらかがどちらかを訳したのではなく、それぞれが共通する原典からめいめいに訳しているために、言語的な距離が2倍離れてしまっているからです。そうすると、意味が一致しない部分が増えて、何がなんだかさっぱりわからなくなってしまうことがよくあります。だから、ドイツ語原典で英訳とか、英語原典で独訳とかの本で両者を見比べて読むべきだと思います。

こういうやり方って、なんだか奇妙に感じられるかもしれませんが、結構古典的な独学方法で、昔からそうやって外国語をモノにした人たちがたくさんいるのです。私は韓国語の学習でそれをやり、後に(それ以前に?)シュリーマンの『古代への情熱』でそれを見ましたが、2年前に出た『おじさん、語学する』(塩田勉著、集英社新書)でも、その方法にかなり丹念に言及していました。