1407   Re^5:資質
2003/07/27 16:21:03  ijustat   (参照数 0)
これは 1405 [Re^4:資質] への返信です

ゆどうふさんこにちわ。ijustatです。登録者数100名おめでとうございます。

>うう、なんか、身にしみます(笑)
>そうですよねー、勉強はいつでも出来るんですよねー…

私たちはどうも最初から完璧でないとダメだと考えてしまいやすいです。そんな風に教える人もいますし。しかし、実際にはそうではないようです。ビジネスで大成した人も、最初は微々たるものから始めた人が多いようです。日本語教育に関しても、何も知らないで飛び込んでしまってから、あれこれやりながら勉強もしていくという方が、案外うまくいくかもしれません。実際に、今ベテランの先生方は、そのようにして右も左も分からないまま始められた方がたくさんおられます。要は、自分は長くやったということではなくて、一生懸命勉強したり試行錯誤しながら教えるということのようです。

>まさに語学は修養、という感じですね。

ああ、そうなのかもしれませんね。だから私は語学で苦しむのか。修養が足りないようです。^^;

>正確にいえば、精神が修養されている人のほうが語学学習を長く続けるには向いているということになりますが。
>確かに、「プライド」や「悪感情」が語学学習の邪魔をするケースがかなりあるように思われます。
>「失敗して恥をかいた→もうやらない」「批判されてむかついた→もうやらない」とか(笑)
>ささいなことかもしれませんが、この辺の感情をどうにかするテクニックが教師には必要なのかもしれませんね(特に初級では)

そうですね。実際にはうまくいかなくて困るんですけど、こういうところの指導がうまくいけば、学生たちは日本語がもっと大好きになるかもしれません。

失敗例でいくと、以前語学堂にいたとき、学生たちが多く間違える内容がどれだけ滑稽かを、同じ文法範疇で日本人が韓国語を間違えた例を話してあげたことがありますが、そのとき学生たちの中に、日本人は外国語使用の能力が低くてそのように韓国語を間違えるが、韓国人は外国語を上手に駆使できるから本当に優れた民族だなあと言った人がいました。他の学生たちも、感動しながら自分たちの優秀さを噛み締めている様子でした。私の指導は大失敗だったわけです。

>読書の習慣が身についていること
>というのが、太字だったのが印象に残ります
>そうでない教師なんているのかなあ、というかんじなのですが。
>たしかに、教師としてだけではなく、人間として必要な力として考えられるものもたくさんありますね
>自分を表現できるものを育てていること、とか。

そういえば、斎藤孝先生の教師の資質に関する用語の中には、ただそれだけを見ても理解できないものが出てきます。一部は哲学辞典などを見れば用が足りますが、それでも、<技化>などのように分からない用語が出てくるので、その単語をインターネットで調べていたら、『「できる人」はどこがちがうのか』(斎藤孝著、ちくま新書、2001年)という本があることを知り、キョボ文庫で買って読みました。この本は上達論という珍しいテーマを扱っていますが、名著だと思います。