松本道弘による英語能力の諸段階


英語道で有名な松本道弘先生も、英語能力を柔道に見立てて、級と段でそのレベルを定めている。『私はこうして英語を学んだ』(松本道弘著、実業之日本社、1979年)の巻末に付いている「英語道実力測定表」は、初め見たときは荒唐無稽な感じがしたが、なぜか惹かれるものがあり、その後も時々見ていた。

この「英語道実力測定表」は、当時の日本国内における国際化の状況が反映されているので、現代の私たちが見たら変な感じがするかも知れない。また、この基準は科学的な手順で定めたものではないので、雑多な要素が混在している。しかし、経験から出たこの意見は、熟読に値すると思うので、ここに紹介しておこう。

五級:外人の英語がさっぱりわからない白紙の状態。映画を見て聞き覚えのある英語に出くわすといたく感激する。外人が通るとハロウ、バイバイと声をかける。意味もわからず、「アイムソーリー」を連発する。4級近くになるとFENや米英映画が5%ニュースが10%くらい理解できるようになる。

このレベルの人への松本先生のアドバイスは、まず、会話の実践はまだ早いということ。文法や基本型をマスターすること。パタンプラクティスを徹底的にやる。リンガフォン、カセットテープなどで発音とリズム間を体得しておく。「固定は死」という立場を取り、原則として棒暗記は勧めない。giveとgetに挑戦する。徹底的に英和辞書を使う。和英辞書は使用禁止。インプットの修業をコツコツ積むこと。で、二、三級どまりでいい人は、棒暗記をすることだそうだが、有段者を望む人は、二階級上(つまり三級)を求めている。

四級:英会話同好会のようなサークルに飛び込む段階。FEN放送が平均10%は理解できる。米映画5%理解できる。日常英会話ならできる。ハロー、ファイン、サンキュー時代。英会話に接しているだけで毎日が楽しくなる。しかし苦痛になればすぐに投げ出す危険性をはらんでいる。単語の数さえふえれば、外人とコミュニケーションは問題ないと安易に考えやすいころ。外人がすべて同じ顔に見える。100人始めて100人とも残る。

このレベルの人への松本先生のアドバイスは、まだインプットの段階で、単語よりも文を学べという。発音もできるだけネイティブの英語を真似、基礎発音は徹底的にやり、スピーチコンテストに出場するか声を張り上げて口語英語を読み上げるのもすすめる。ポピュラーソングなどを歌い、音感、リズム感を身につける。英字新聞の中から見つけたテーマを英語で語ろうという程度のサークル活動ならすすめられる。giveとgetに強くなれ、二級を狙え……とのこと。

三級:青眼の外人をスターのようにあこがれる。外人らしい発音にあこがれる。ホームステイーなどに最もあこがれ、白人に囲まれるだけで自然に英語が巧くなると感じている。日本人同士ならディスカッションもできるが外人との話はホワイ責めに会い肩が凝る。だんだん英会話の勉強が苦になっていく。欧米人の発想は理解できず日本的発想で話す英語が外人に通じないのに悩む。外人とコーヒーを飲んでも話す内容がなくクタクタになり、内臓を害する。食事を共にするのはまだ早い。外人の顔にも違いがあることがわかり始めるが、不良外人か善良外人かという区別がつかない。

このレベルでの松本先生のアドバイスは、読書やヒアリング、インプットもまだまだ必要だということだ。で、たとえばポルノがかった小説などを辞書をひかず読めば語感を鍛えることになり後に速読の練習になるという。一級ぐらいの人に胸を借り、過剰意識を捨て謙虚に「お願いします」と頭を下げる。外国に最もあこがれるころだが最も行ってほしくない時期。長期滞在ならまだしも短期留学では現地の人々に迷惑をかけ、日本人の品位を落とすなど、マイナス面の方が多くなる可能性がある。日本で試行錯誤を重ねた方が、長期的に見て良い。口語表現を学ぶこと。イディオムは警戒せよ……とのこと。

二級:英語道を歩む上で最も苦しい時期。人並みにできるという自信とそれでもなにか満たされず悩む。情緒不安定なころである。伸び悩み現象が現われる。外人との会話に骨が折れる。英字新聞はキーワードさえひけばほとんど理解できる。タイム、ニューズウィークはまだ読めない。外人同士の会話、映画俳優のしゃべる英語も理解できない。FEN、映画は30%ていど理解できる。商業英語検定試験Bクラスや英検二級は確実にパス。一級合格の確率は50%。100人のうち25人残る。

このレベルでの松本先生のアドバイスは、異文化間コミュニケーションの間にギャップのあることは気づくが理由が分らないのでインプットの補強をするべきだということだ。小手先の技にとらわれず「英語の心」を求めるべき。このころからロジックの練習(英語らしい英語)に心がける。その方法としてディベートをすすめる。ディベートをやらない人もホワイ、ビコーズの線的思考を学ぶこと。国際交流とか国際コミュニケーションという業種にあこがれやすいころだが英語道初段ぐらいの使い手になるまで不言実行努力すべし。イディオムは学んでもよいがスラングは警戒せよ。海外経験も役立つ……とのこと。

一級:学生時代に数年海外生活の経験を済ませ帰国した当座の英語力。すぐに英語が錆びる。自信満々の時代、英語ペラペラ族となり会話ができることとコミュニケートができることが同じだと盲信しがち。国際人だと錯覚する。同時通訳にあこがれる。商社や大手メーカーに身を投じ世界を舞台に企業の先鋒となって働く。英語教育には関心を持たない。欧米人の発想がわからず彼らのジョークがまだわからない。外人は外人でまだ人間として見ることができない。従って外人と食事をするヨコメシではまだリラックスができず、消化によくない。

このレベルでの松本先生のアドバイスは、英々辞書を積極的に用い、『イングリッシュジャーナル』のような声の雑誌から生の英語を学ぶこと。論証力を身につける上でディスカッション、ディベートをやるとよいが性格的に合わない人は逐次通訳(同時通訳はまだ早い)、翻訳をやるのがよい。(翻訳のプロになるには有段者の力が必要)高段者を目指す人はディベートと通訳を同時にやること。そして、スラングを学ぶのはいいが使うのはできるだけさけること。どうしても使いたい場合は初段になるまでまつことという。そして、この頃に海外へ行くと最も効果的だそうだ。

初段:迷いから目を覚ます。従来の自信に疑問を抱き始める。映画、FENの理解は60%以上。一流の英米雑誌が1分間に200語〜300語読める。簡単な通訳なら即席にできる。同時通訳も簡単なものならできる。スピーチコンテストのジャッジはつとまる。欧米のジョークにまだ抵抗を感じる。タイム、ニューズウィークは速読はできない。英語でしゃべればしゃべるほど日本的な灰色思考を失いつつある自分に戦慄を覚え「甘え」が許されない英語の恐ろしさを感じはじめる。ディベートのプラス面に気づき対決を恐れず真の異文化間コミュニケーションの必要性を感じはじめる。「破」の段階。

このレベルでの松本先生のアドバイスは「敵は己にあり」とのことで、自己に克つ修業の時代だそうだ。原点に戻り日本の文化を見い出す。日本人としてのアイデンティティーなどを失わず英語道を歩き続ける。技術面プラス知的枠組みに精神面の円熟度を加えよとのこと。英語のロジックとは何かを考えながら聖書、論理と言語、スピーチ、ディスカッション、ディベート、コミュニケーションの本をできるだけ多く読む。外人から見た日本文化の紹介書なども読んでも勉強になる。日本史を外人の発想を通じて英語で読むと日本をよりクールに眺めることができる。この頃に海外へ行けば教えることと学ぶことの割り合いが50対50なので理想的。

二段:技術的にも精神的にも安定し積極的に歩み始める。「離」の段階に進むには5〜10年ぐらいはかかる。それを縮めようとすれば周囲からも変人扱いされるであろう。FEN、映画のヒアリングが70%ぐらいは理解できる。外国でのテレビ、ラジオの英語のヒアリングはFENのそれよりぐっと落ちる。内容によってはほとんど理解できる。タイム、ニューズウィークは1分間で300〜400語読める。ドラマ・コンテスト、ディベート・コンテストのジャッジがつとまる。インスタントスピーチができる。大手商社、金融機関に勤務する海外駐在員として外人との商談も十分務まる。

このレベルでの松本先生のアドバイスは、同時通訳に挑戦するのもよし、海外経験に恵まれない人はディスカッション、ディベートのできるグループを作り組織を巧く利用するのもよいとのこと。またその反面、日本語でも十分論争ができるよう、ときには英語界から離れ、インプット修業を積む必要もあるという。一に“気魄”二にも“気魄”。知識と情報で勝負する心構えが必要。二刀流(インプットとアウトプット、英語と日本語)でバランス思考を養うこと。通訳とディベートを同時にやりその相乗効果を狙うのも二刀流。この頃に海外へ行けば日本のPRになる。

三段:世間から「英語バカ」「英語キチガイ」呼ばわりされなくなった。そう呼ばれても気にならない。(二段はまだ気になる)1分間に400〜600語読め欧米人の速度に近づく。異文化間コミュニケーターとして外人の前でも講演の依頼をうける。外人があなたの英語を褒めなくなる。初段や二段程度の人々はまだ英語が褒められる。内容だけのコミュニケーションによる勝負の時代になるから、内容に関する反論は増える。

このレベルでの松本先生のアドバイスは、速読速聴は不可欠とのことだ。アウトプットは常にインプットのために、インプットはアウトプットのためにやるちう具合に相乗効果を利用すること。教えることにより学び、弟子を持つことにより師弟の“魂の対決”という真剣さを買い、気魄(passion fire)を燃やし続けること。この頃に海外へ行けば、外国人に教えることができる。4段で海外へ行けば授業料がもらえる。

これは、ご覧のように、英語の実力と、表現能力、そして国際化という三つの能力が混在している。外国語の使用能力を考えるとき、後者は無視されがちだ。日本語を勉強している外国の人は、松本先生にあやかって“日本語道”なんていうのは、いかが? 英語の心が“ロジック”なら、日本の心は“腹”だろうか。