独習向きの教材

独習者は、できればいい教材を選んで使った方がいい。実は、教材に問題があっても、やる気さえあれば、語学は習得できる。しかし、そういう学習は大変な困難を伴うものだから、やはり、よい教材を探すべきだ。以下にそのチェックポイントを紹介しよう。

  1. 重要項目の抜け落ちがないもの。教材はできれば1冊で(あるいは1セットで)基礎的な内容が出揃っているものが望ましい。韓国では最近はそういうことをあまり考えない教材が多く出回るようになって来たので、教材に対する信頼性が不確かだ。日本ではどうだろうか。私個人としては、最近の一見口当たりのよさそうな教材よりも、一昔前の、まるで研究書のようで取っ付きにくい教材の方に好感を覚える。また、簡単な日常会話だけが必要な人には、必要な日常会話が必要な順に提示されているものが好ましい。この場合、基礎的な内容が出揃っている必要はない。

  2. 索引が付いているもの。索引が付いている教材は、学習項目に神経を使っていることが多い。韓国では、索引がついていない教材が実に多い。そういう教材は、学習項目に神経を使っていないだろうから、本としての価値も低い。索引をつけるとその教材のひどさが露呈してしまうからわざと付けないのだろう。巻末の単語集が索引でない教材もある。日本ではどうだろうか。

  3. 誤字の少ないもの。その点、日本の教材は問題ないだろうと思う。私は韓国で出た聖書ギリシャ語の教材でギリシャ語を勉強したが、校正をしなければこのぐらい間違うだろうと思われるほど誤字が頻出していた。韓国語の部分には目立った誤字はないが、ギリシャ語の部分はひどかった。2人称と3人称が入れ代わっているところもあった。そのために私は「初めに言葉があった」と訳すべき文を「初めに言葉よあなたがいた」と訳してしまった。この教材はひどい教材で、見た目に易しく見えるようにするために、アクセント記号が移動する規則などの説明を省いている。そのために、この教材による学習は本当に大変だった。訳して『分りやすいギリシャ語文法』というタイトルの本だが、これは『躓きやすいギリシャ語文法』というタイトルに改正すべきだと、私はこの教材で学習を終えたあと憤慨しながら思った。

  4. 言葉として間違いのないもの。これは見分けが難しいことだ。定評ある教材が母語話者の目に正しい言葉で書かれているとは限らない。韓国で10年ほど前まで定評のあったパク・ソンウォンの日本語教本は、酷い代物だった。今見てみると、教材としていろいろいい点はある。しかし、他の面がいかによくできていても、日本語がひどいというその一点で、この本はどうしようもない教材なのだ。そういう本をつかまされないように注意する必要がある。著者陣の中に母語話者が含まれている教材が、その点では一応信頼できる。

  5. 本文や例文などが暗記しやすいもの。文法訳読式の教材では、各例文に脈絡のないものが多いが、それでもそれぞれの文に何らかの意味が読み取れるものがいい。メイチェン(Machen)の聖書ギリシャ語教材は、その点で勧められない。私がギリシャ語を勉強した教材はメイチェンの例文をそのまま使ったらしい。「その悪い人たちはその弟子たちの家の中に石を投げる」のような無意味な例文が続くのだが、どれもこれも似たり寄ったりで、読み進むうちに、記憶が混乱して来る。語彙を聖書の頻出語彙に抑えて作ったのはいいと思うが、そのためにかえって記憶の妨げになってしまっている。この教材は、暗記させるのが目的でなく、理解させるのが目的で課ごとに似たり寄ったりの読解練習を付けているのだろうが、例文の暗記ができなければ、文法事項も記憶に留まりにくいのだ。特に独習者はそうだ。また、聖書の言葉にいかにも似ていながら聖書の言葉でないということも、クリスチャンには心理的な拒否感を与える。例文をひとつ解釈するたびに感じる不快感は何ともいえないものだった。ただし、同じ課の中に似たような例文があるのは大丈夫だ。実際にやってみて、同じ課の中での似たような例文は、理解の補強になった。問題なのは、いくつもの課にわたって似たような例文が続くことだ。そういう教材は滅多にないが、もしあったら、できれば避けた方がいいと思う。

  6. 同じ語彙が繰り返し出て来るもの。これは、新しい例文を理解する助けになる。ただし、メイチェンの聖書ギリシャ語教材のように、同じ単語を用いるだけでなく同じような意味の文が繰り返し出てくると、理解を助けるどころか、かえって学習者は混乱してしまう。単語は繰り返すべきだが、文章は繰り返してはならない。実は、単語というのは話題に支配されていて、同じ単語をくり返すために同じ話題をくり返してしまいやすい。なるべくそうならずに一度出した単語を他の課でもくり返して出すように注意している教材は、本当にいい教材だ。『ピーター流外国語習得術』(岩波ジュニア新書)では、「一冊だけではなく、何冊か教科書を使って勉強しよう」(p.24)と勧めている。そのわけは、教科書というのは、書いている先生がよくばりで、薄い教科書にできるだけたくさんの単語や言い回しをつめ込もうとするために、ごく基本的な単語をのぞいて、同じ単語は二度と出て来ないようになっているからだという。これはいい方法だ。私もこの方法を用いたし、同じことをやって外国語をマスターした人はけっこう多いのではないかと思う。でも、もし1冊の教材で集中して勉強したいなら、同じ単語が反復して出てくるいい教材を見つけるべきだ。

  7. 例文が豊富にあるもの。文法だけ覚えればその外国語を修得できるというわけにはいかない。中には変化表があってそれを覚えさせ、例文は申し訳程度に付いている教材もある。それでは外国語は習得できない。例文が必要だ。文法が複雑な言語ほど例文をたくさん覚えて文法を身に付ける必要がある。特に、変化の激しい西洋語を学習するとき、変化表を身に付けるのが困難なばかりか、変化形を全部覚えたところで、その外国語に実際に触れたときに理解できない。学習の目的は、その教材が終わったあと実際にテキストが辞書を引き引き読めるようにすることだ。そのためには、実際の例文によってその言葉に慣れていく必要がある。例文については、できれば一連の流れがあるものが望ましいが、各センテンスの間に脈絡のないものでも、読解のためなら構わないと思われる。まだ売っているかどうか分らないが、ヴァカーリの『英文法通論』(丸善)は、豊富な例文を学習できていいと思う。私はこの教材は家のどこかにあるが、最近どこに潜り込んでしまったのか見つからない。古本屋で買ったものだが、全てのページに線が引いてあり、この本の昔の持ち主に畏怖の念を覚えたものだった。いい教材だとはいうものの、私にはとうていこの学習書を物にする自信はない。

  8. 音声教材がついているもの。これは目的によっては必須ではない。ギリシャ語やラテン語、サンスクリット語などのような古代語を学習する際には、テープ付きの学習書を手に入れるのは困難だし、その必要もあまりない。ただし言えることは、テープを聞きながら本文を覚えた方が、暗記が楽だということだ。音声教材による学習が必要なのは、現代語を学習するときで、正確な発音を身につける必要がある場合だ。会話が目的なら、音声教材で学ばなければお話にならない。この場合、その音声教材を何度も何度も長い期間にわたって反復して聞く必要がある。もちろん、聞いて理解できるようにならなければならないが、全く同じ発音で真似できるようになる必要もある。また、ゆっくりと録音されたものよりも、ナチュラルスピードで録音されたものが、実際の使用には役に立つ。日本語による解説は不要なだけでなく、そういうものが付いていると反復学習の妨げになる。ただし、旅行会話のテープなどは、日本語→外国語の順番で交互に録音されているものは、いいと思う。UNICOM Inc.のSS式[index]シリーズや、旺文社のマルチリンガルシリーズなどは、同じような構成だ。録音は旺文社の方がいいようだ。ただし、その言語の基本的な知識なしにいきなりこれらの教材で勉強しようとすると、相当きついと思われる。こういうものは、音声教材のない学習書と併用すると効果的かも知れない。

なお、いい教材の条件については、千野栄一著『外国語上達法』(岩波新書)の88ページから104ページに、言語学的な見地からのアドバイスがある。特に、これから外国語の教材を作ろうとしている人は、このページを何度も熟読すべきだと思う。