暗記と記憶力


シュリーマンの記憶力の成長はどのようなものだったのだろうと思い、岩波文庫の『古代への情熱』を本棚から引っ張り出してみた。

私の記憶力は少年時代からほとんど訓練しなかったから、弱かったけれども、私はあらゆる瞬間を勉学のために利用した。まったく時を盗んだのである。できるだけ早く会話をものにするために、日曜日には英国教会の礼拝にいつも二回はかよって、説教を傾聴し、その一語一語を低く口まねした。どのような使い走りにも、雨が降ってももちろん、一冊の本を手に持って、それから何かを暗記した。何も読まずに郵便局で待っていたことはなかった。こうして私はしだいに記憶力を強めて、三か月後にははやくもわが教師テイラー氏とトンプソン氏の前で、いつもその授業時間には印刷された英語の散文二〇ページを、もしあらかじめ三回注意して通読していたならば、文字どおりに暗唱することができた。(25-26ページ)

まずこれを見ると、初めシュリーマンの記憶力は弱かったと書いてある。彼も、覚えても覚えてもどんどん忘れる時期があったということだろう。初めはシュリーマンの記憶力も平凡だったのだ。

しかし、彼には猛烈な意欲があった。それはほとんど命がけでもあった。その意欲はなみではなかった。「まったく時を盗んだ」という言葉にそれが表れている。これは、動機付けという、学習上最も重要な要素が備わっていたことを表している。動機付け。これは学習の生みの親だ。

その強烈な学習動機によって、シュリーマンは、一生懸命英語を暗記した。「それから何かを暗記した」というのは、ただ漫然と見ていたのではできないことだ。私たちは多くの場合、外国語のテキストを一生懸命見るのだが、覚えようという意志がないために、ただ漫然と眺めるに終わってしまっている場合が多い。覚えようという強い意志が必要だ。英国教会の礼拝で「説教を傾聴し、その一語一語を低く口まねした」というのも、その説教にどれだけ集中していたかが伺える。母語で話される説教を口まねするのも大変なのに、外国語の説教をシャドーイングしたというのだから、大変なものだ。しかし、同じプロテスタントの教会なら、教派が違っても、説教で話される語彙に著しい違いはない。母語で説教をたくさん聞いてきた人なら、外国語でも説教は大体見当がつくだろうと思われる。シュリーマンの方法は自分に内在する“スクリプト”を利用したうまい方法だった。

また、当時の西洋には暗記中心の学習を批判する風潮はなかったようだ。だから、シュリーマンは英語の学習を始めたとき、迷わず暗記から始めたのだ。今の私たちが外国語を学習しようとしてなかなか思うように行かないのは、暗記を批判する考えに影響されているからだ。暗記を抜きにして、ただ理解することで、学習を進めていこうとする。それで挫折するのだ。暗記は決して悪いものではない。シュリーマンを見ればそれは分る。

そして、そのように一生懸命暗記による学習を続けるうちに「しだいに記憶力を強め」ていったという。記憶力は暗記を続けていくうちに強まっていく。これは、いろいろな本で報告されている。私たちも希望を持つことができる。

そして3ヶ月後の記憶力の伸びは凄まじい。「印刷された英語の散文二〇ページを、もしあらかじめ三回注意して通読していたならば、文字どおりに暗唱することができた」というのだから、絶句する。しかし、私たちも彼と同じ記憶力の向上が期待できると仮定するのはいいことだろう。特に、もっと若い人なら、シュリーマン以上の記憶力の伸びがあるに違いない。

もうひとつ、シュリーマンが暗記したのは、文章だった。現在は、暗記というと、英単語や英熟語とその訳語のリストを暗記することを考える人が多い。しかし、シュリーマンにはそのような概念はなかった。これが彼に幸いした。彼は努力すればするだけ豊かな実りを得ることができた。その喜びがさらに努力を促した。現代の私たちはアメリカ式思考に毒され、合理的に外国語を分離し、その要素を覚えることで外国語をものにしようとしているが、そこからどんな実りがあったろう。文章から分離された単語や熟語ばかりをせっせと覚える方法は、実は語学の習得からの脱線であり、邪道なのだ。

話は脱線するが、アルクの高橋秀明編集長は、韓国語を流暢に語る。以前韓国に来られたとき、ラジオ放送や時事的な文章などを朗々と暗唱して聞かせてくれたのには本当に驚いた。それは本当にすばらしいものだった。そのような暗唱の力が、高橋編集長の韓国語の実力をささえているのだと思う。

ところで、シュリーマンは、暗記する時間帯についても言及している。

過度の興奮のために私はごくわずかしか眠れないので、夜中にさめているすべての時間を利用して、夕方に読んだことをもう一度そらでくり返した。記憶力は昼間より夜ははるかに集中するものであるから、私はこの夜中にくり返すことは最も効果があることをしった。(26ページ)

シュリーマンは夜中に学習していた。それは「記憶力は昼間より夜ははるかに集中するものであるから」だという。また彼は、夜中に初めてその箇所を学習するのではなく、覚えたものを「そらでくり返した」のだ。昼または夕方に学習し、夜中にくり返す。これは時間のインターバルを考えてもいい方法だと思う。また、覚えたものをそらでくり返すことができるようにする必要もある。私たちはシュリーマンほどでなくても、学習書の本文をそらで暗唱できるようにする必要はあるだろう。

また、ここで見逃すことのできない言葉がある。それは「過度の興奮のために」という言葉だ。これはおそらく、暗記による学習の成就感がもたらす興奮ではないかと思う。自分がどんどん外国語を覚えて上達していっている喜びで興奮し、それが動機となって、さらに暗記に拍車がかかる。私たちが暗記をするとき、これを暗記したら本当に役に立つだろうかという疑いを持つことが多い。しかし、シュリーマンは疑わなかった。暗記に用いたテキストも、おそらく当時のベストセラーだったのだろう。覚えた表現がそのまま使える喜びで、シュリーマンはとても興奮していたのに違いない。

では、彼は、何歳頃、どの言語を学習し身に付けたのだろう。今度は年代別に追ってみたいと思う。

1822年に生まれたシュリーマンは、1842年頃、だから、およそ20歳の頃、「半か年」(26ページ)の間に最初の外国語である英語を習得した。その次に学習したフランス語も「六か月」(26ページ)で習得した。

のちにオランダ語、スペイン語、イタリア語およびポルトガル語の習得には、たった「6週間」(26ページ)しかかからなかった。これは、英語とフランス語との知識が大きな助けになっていたに違いない。

1844年、22歳頃に学習したロシア語は、教師に出会えなかったためか、多少難儀したようだが、それでも習得には「六か月」(28ページ)しかかからなかった。これは、シュリーマンは系統の同じ外国語だけを早く習得するわけではないことを物語っている。シュリーマンの外国語学習法は、ある程度ユニバーサルな面を持っている。現にシュリーマン自身、「あらゆる言語の習得を容易にする一方法」(25ページ)と言っている。

1856年、34歳頃には、「六か月」(35ページ)で現代ギリシャ語をマスターした。その後古代ギリシャ語を「三か月」(35ページ)でマスターし、古典作家の作品が読めるまでになった。このときシュリーマンはおよそ34歳だったろうから、英語を始めた20歳頃にくらべて、記憶力は多少減退していたはずなのに、このギリシャ語習得のスピードには恐るべきものがある。

実は、シュリーマンの記憶力はほとんど減退していなかった。この猛烈な記憶力には愕然とするばかりだ。

私の見解では、ギリシア語文法の基礎的知識はただ実地によってのみ、すなわち古典散文を注意して読むこと、そのうちから範例を暗記することによってのみ、わがものとすることができるのである。私はこの最も簡単な方法によったために、古代ギリシア語をまるで現行語のようにおぼえた。こうして実際に私はそれをまったくりゅうちょうに書き、またどのような題目についてもやすやすと話し、またいつまでもこの言葉を忘れることはない。私はそれが文法書に記入してあるか、否かは知らないにしても、どのような文法の規則も知っている。そしてだれかが私のギリシア語の文章の誤りを発見するとしても、私はいつでもその表現方法が正確である証拠を、私が使った言いまわしの出所を、古典作家から人に暗唱してみせることによって、しめすことができると思う。(36ページ)

1858年、36歳頃の夏に始めたラテン語は、「たいした苦労でなく、やがて上達した」(37ページ)とだけ書いてあって、具体的な学習所要期間には言及していない。同じ年には近東旅行中にアラビア語の実用的知識を得たという。

大人になって記憶力が減退したと嘆く私たちを、シュリーマンはどう思うだろうか。それを考えると忸怩たるものがある。彼の記憶力も初めは平凡だった。記憶力の平凡な私たちも、猛烈な意志があって暗記に情熱をかけるなら、シュリーマンのようになれるに違いない。