外国語で夢を見る


どこかの集まりで、英語で夢を見るかという話が出て、何人かの人が、自分は英語で夢を見ることがあると自慢げに言っていた。私は萎縮しながら聞いていた。

なあに、私だって、英語の夢を見ることはある。アメリカ人に英語で話しかけられて、全然聞き取れない夢だ。これも英語の夢には違いない。他にも、忍耐強く聞いてくれている外国人の前で、冷や汗をたらたら流しながら、たどたどと英語の単語を並べる夢を見たことがあった。

しかし、英語の夢を見るというときは、私のような夢を言わない。その外国語で話す内容が聞き取れ、その外国語で自分もすらすらと話していて、さらにどんな言葉が使われたか思い出せるような夢を見たとき、英語の夢を見たと彼らは言っているはずだ。

夢には、日ごろの人間関係がよく出てくる。外国語を話す夢も、ラボでヘッドフォンを付けて会話練習をする夢をよく見る人は、外国語ノイローゼなのだろう。普通は、実際に人間相手にその言葉を話している。

だから、外国語で夢を見るためには、その国の人と会って話す機会が多くなければならない。できれば、その国に住んでみる必要があるだろう。そういう機会なしに、紙の上だけで外国語を勉強して、夢でその外国語で会話をするというのは、ほとんどあり得ない話だ。

逆に言えば、その国にしばらく住んで、意思疎通もできるようになったのに、その国の言葉で夢を見ないで日本語でばかり夢を見るというのは、よっぽどのことがない限り、無理だ。

英語で夢を見る彼らは、実際にそういう生活をしている。だからこそ、英語で夢が見られるのだ。そういう生活をしていない私が、英語の夢を見るはずがない。

くり返すが、外国語で夢を見たいなら、その外国語にどっぷりと浸かって生活をすることだ。そうすれば、その願いは必ず叶う。

私も夢の中では韓国語がよく出てくる。というか、もう日本語か韓国語かを意識することはほとんどない。10年以上も韓国に住んでいると、どちらも自然になってしまうのだ。

家族でアメリカに住んだことのある、ある学生は、父親が英語で寝言を言うと言っていた。で、私はその学生に、「あなたも英語で寝言を言いますか」と尋ねたら、「分かりません」と言われてしまった。