変化表はサポーター
──古典語学習の苦労を減らすために──


古典語と言えば、ギリシャ語とラテン語を指すことが多いが、この言葉に興味を持って勉強しようとするとき、まず最初に参ってしまうのは、変化表が次から次へと出てくることだ。

日本語を教えるとき、動詞の連用形の「て」が付く形がいちばん複雑で、日本語学習者はそこでつまづくことが多い。「て」が付く形は、いわば日本語学習者に押し寄せる高波のようなものだ。

しかし、ギリシャ語やラテン語は、日本語の比ではない。何度挑戦しても、次から次へと押し寄せてくる高波に、ついには呑まれて力つきてしまう。ある高齢の学習者は、ギリシャ語を学習したために、そのストレスに耐えかねて体をこわし、間もなく世を去ったという。

その課を開くと、まずたいていは、すぐに変化表がある。教材の著者は、これを覚えろと命令する。しかし、これを覚えてから、実用にいたるまでその記憶を保持するのは、とても難しい。

もともと言葉というのは、発話意図があって初めて存在理由を得るものだが、変化表に陳列されたそれぞれの変化形には、発話意図がない。これは、いわば昆虫の標本のようなもので、言葉であることをやめた、息のない文字列が、きれいに並んでいるだけだ。そこは、意味というものが極めて希薄で、この中にしばらくいたら、高山病にかかってしまう。

だが、皮肉なことに、私たちを苦しめるこの変化表は、とても有り難い存在でもある。なぜなら、実際に使われた言葉を変化表なしに理解しようとしたら、それは絶望的に困難だからだ。言語学の訓練を積んだ人でも、ギリシャ語の複雑きわまる変化の特徴を自分でつかむのは、難しいのではないだろうか。それを、一目でやってのけてくれるのが、変化表だ。

だから、こう考えたらいいだろう。先行するのは、実際に使われた言葉である。私たちは、それを理解することに関心を持つべきである。ただし、それだけでは理解困難なことがあまりにも多いから、分からない部分は変化表の助けを借りよう。

そこで私は、その課の冒頭から真面目に読んでいかないで、次の方法を勧めたい。

それは、のっけから練習問題に入ってしまうのだ。古典語の練習問題の多くは、外国語を和訳する問題と、日本語を外国語に訳す問題がある。その和訳の問題を読解することを中心に勉強するのだ。(ラテン語の教材には、課の冒頭に例文を幾つか提示してあるのもあった。よく考えられていると思う。ただし、その教材はとても高くて手が出なかった。)

  1. すぐに分からない言葉にぶつかるだろうから(全部が知らない単語のことも多い)、そのときに、新出語句の欄なり、巻末の索引なりを見てその意味を調べる。何となく分かってしまった語があったら、それは何も調べなくても構わない。

  2. 分からない語形が出たら、その部分を中心に、文法の説明を読む。

  3. そして、その文の意味が分かったら、何度も声に出して読む。せめて10回ぐらいは、ゆっくり、はっきりした声で読んだ方がいい。(このとき、意味をよくイメージしながら読むばかりでなく、その文の響きやリズムによって運ばれてくる息遣いもよく吟味する。)

  4. なめらかに言えるようになったら、書いてみる。4〜5回は書いた方がいい。そうすれば、少なくとも、ある程度は覚えた状態になる。しかも、初めから意味の理解を求めているので、記憶の定着にも役に立つ。

  5. 余裕があったら、日本語から外国語に訳す問題もやってみる。これは、文法と語彙の記憶ももう少ししっかりしたものにするのに役立つ。

  6. 次の日に、3と4をおさらいする。
つまり、練習問題の例文をしっかり理解することに重点をおくわけだ。変化形や文法説明は、あくまでもサポーターだ。このやり方で勉強すると、意外に文法説明が頭に入りやすい。生きた言葉の理解を助ける説明になるからだ。

もちろん、変化形を覚えることを否定しているのではない。変化形は、身に付けなければならない。しかし、意味を離れて機械的に覚えようとしても、苦痛が高まるばかりで、効果が薄いから、意味のある言葉の中で変化形に慣れていこうというわけだ。

例文をよく覚えたあとで、変化形を整理するのは、それほど難しくない。あるいは、整理しなくても頭の中に規則の感覚ができてきたなら、なおいい。

ギリシャ語やラテン語を勉強して、変化表の暗記に大変な困難を感じている人は、のっけから練習問題に入ってしまう方法で勉強してみてはいかがだろうか。


追記:

教材選びも重要なことだ。教材の善し悪しというものは、その教材を学び終えて初めて分かるものだ。私はその悲劇(?)を味わったが、皆さんにはそういうことは、回避していただきたい。そこで、次のサイトを案内しておく。

古典ギリシャ語に関しては、『古典ギリシア語事始』に、テキストと参考書を批評付きで紹介したページがある。その他にも、いろいろと有益な情報がある。

ラテン語に関しては、『RESPIRATIO─ラテン語を楽しむために─』学習教材と参考書を紹介するページがある。

ちなみに、私はラテン語はできません。古典ギリシャ語は、辞書を引き引き、のろのろと読み進める程度のレベルです。ご参考までに……。