暗記の方法


暗記についてはたくさんの人が書いている。しかし、不思議なことに、実際の暗記の手順について書いてある本は少ない。そのため、一生懸命暗記しなければと思いつつも、ただ漫然とテキストを眺めるに終わってしまう場合が少なくない。

暗記の仕方の具体的手順に付いて言及している本で、私が知っているものは、野口悠紀夫の『「超」勉強法』(講談社)くらいのものだ。

この本では、「二十回も繰り返し読めば、自然に覚えてしまう」(49ページ)と言っている。この20回というのは、著者の個人的な経験から出た数字のようだが、ここで覚えていく単位については、「教科書の一ページ分くらいをひとまとまりの単位として覚えてゆく」(49ページ)と言っている。そして、この20回は、なるべく音読するということだ。

これを『「超」勉強法』では「丸暗記法」と呼んでいる。丸暗記法の要点は、こうだ。

よどみなく暗唱できるようになるまで、繰り返し音読してみよう。何回で覚えられるだろうか? 十回くらい読めば、少しずつテキストから目を話せるのではないだろうか? そして、もう少し練習すれば、ほとんど見なくてもいえるようになるだろう。二十回では完全に覚えられないかもしれない。しかし、慣れれば、もっと早くなる。(51ページ)

その暗記例文として、次の短文が紹介されている。

"There are few earthly things more beautiful than a university," wrote John Masefield in his tribute to the English universities―and his words are equally true here. He did not refer to spires and towers, to campus greens and ivied walls. He admired the splenid beauty of the university, he said, because it was "a place where those who hate ignorance may strive to know, where those who perceive truth may strive to make others see."(50ページ)

この学習法は、外国語学習で頭を悩ませている人たちには一見朗報に見える。この本が95年に出たとき、私もこの例文を暗記してみようとした。しかし、20回ではとうてい暗記できなかった。

そこで、この学習法の問題点を考えてみた。そして気付いたのは、この学習法は、原理としては問題ないのだが、暗記すべきテキストが自分の水準とあっているかどうかが問題になると言う点だった。しかし、自分の水準にあわないほど難しい例文でも、短ければ覚えるのにそれほど苦労はしない。

だから、覚える例文は、1)自分の水準に合ったやさしいものを選ぶか、2)あまり長くないものを選ぶか、どちらかだということだ。

実は、暗記の具体的手順というのは、暗記をするうちに自分で合理的な方法を身に付けていくものなのだ。人間は、もともと暗記をするようにできているらしい。しかし、長らく暗記というものから遠ざかっていた人は、私を含めて、かなり多いと思う。そういう人たちは、下手に難しいものから始めると、暗記に対する挫折感を味わうだけで終わってしまう。

私が勧めるのは、初めはごく単純な、短いものから始めるということだ。

そこで、暗記するテキストの形式について言及しようと思う。テキストの形は、全て同じわけではない。教材によってかなり違う。また、教材でないものを暗記しようとする場合もあるだろう。しかし、暗記という観点から見たとき、大雑把に次のように分けられるのではないかと思う。

  1. 訳付きの単文のリスト。
  2. 訳なしの単文のリスト。
  3. 訳付きの文章。(複数のセンテンスからなる)
  4. 訳なしの文章。

「訳付きの単文のリスト」は、多くは文法訳読式の教材に見られる。特に、古典語の読解練習は、この形式を用いているのが普通だ。古典語の教材は、いわゆる本文というものがなく、文法説明をした後すぐに読解練習と作文練習に入る。私はこの読解練習を読解練習として用いず、暗記用例文として用いることを勧める。まずすぐに日本語訳を見てしまって、それからその文を見れば、理解はやさしい。そして、その文の暗記に取りかかるのだ。

訳付き例文の暗記は、次の通りだ。

  1. まず訳を見て内容を把握する。次に外国語の原文を見て、しっかり理解する。(あまり難しくないものは、順序を逆にしてもいい。)
  2. 外国語の原文を、意味を吟味しながら数回音読し、口が慣れてきたら、目を離して暗唱する。ある程度なめらかに言えるまで繰り返す。
  3. 日本語訳を見ながら、原文を言ってみる。
  4. その練習問題をすべて以上の手順で終えてから、今度は日本語訳だけを見ながら、問題1から順に外国語の原文に復元していく。文法的に正しいだろうと思っても、原文と同じでなければ直さなければならない。
  5. 次の日にまた、日本語訳を見ながら原文に復元してみる。そして、今度は口頭で訳すだけでなく、日本語を見ながら原文で書き出してみる。

以上の方法で学習すれば、かなり効果的に暗記できるはずだ。ただし、この難易度は言語や教材によって異なる。覚えにくいものは、何日にもわたって何度も繰り替えす必要がある。

「訳なしの単文のリスト」は、暗記にはあまり向いていない。前後の脈絡がないために、ある文を暗唱した後次の文につながらないからだ。その無意味な順番まで正確に暗記できるなら、この種のテキストを用いてもいいかも知れない。しかし、その無意味な順番を正確に暗記する意味がどこにあるかとなると、問題だ。やはり、単文のリストは訳付きのものがいい。

「訳付きの文章」は、文章の流れがあるので、次にどんな文が来るのかまで覚えやすい。そういう覚えやすさと合わせて、訳を見ながら原文に復元するのは、丸暗記をしなければならない心理的負担もなく、かなり学習しやすい。

この学習方法は、訳付きの単文のリストと同じだ。ただし、私の考えでは、韓国語のように日本語との対応がかなり近い言語でない場合は、この訳付きの文章の暗記はけっこう大変だということだ。この種の教材での学習をする以前に、単文の暗記を通して暗記に十分慣れる必要があるのではないかと思う。

私自身は韓国語の学習で、1987年に日本語ジャーナルの韓国版をアルクを通して講読し、日本語の原文を見ながら韓国語訳の部分を暗記した。これは本当によかった。この学習によって、韓国の人たちから、あなたの韓国語はとても正確だとほめられるようになった。

「訳なしの文章」は、内容が十分に理解できるものでないとかなり苦しい。しかし、よく理解できないのでとりあえず覚えておくという目的のためにこの方法を用いることもできる。また、その外国語がかなり自由に使いこなせる人が、ブラッシュアップのために、この方法を用いることもできる。

この方法は、上に挙げた野口悠紀夫の「丸暗記法」を用いればよい。ただし、この方法は集中力を要する。そうしないと、ただ漫然とテキストを一生懸命眺めるだけに終わってしまいやすいからだ。

丸暗記法で重要なのは、その文の構造を注意深く吟味しながらじっくりと読み、文がどこで切れているのかを把握することだ。そして、暗記に取りかかるときには、文の切れ目ごとに目を離して口に慣らす必要がある。これは、その文に対する集中力を呼び覚ます。

暗記のためには、“目を離して何度か言ってみる”ことがポイントだ。どうも暗記ができないという人は、これをやると、少しずつ暗記に慣れてくる。

それからもうひとつ、覚えたことは、しばらくすると忘れていく。だから、時間をおいて暗記や暗唱を繰り返す必要がある。シュリーマンは、仕事が終わって夕方勉強(=丸暗記)したあと、その内容を夜中にそらで暗唱した。これは、学習した5〜6時間後の復習だろう。私たちは、次の日にもまた復習すべきだ。できれば、そのまた次の日にも復習した方がいい。そうすることで、忘却をかなり防ぐことができるからだ。