4 記憶


● 記憶に成功する態度。

 部分よりは全体を、個々の事項よりは関係を、機械的暗記よりは意味づけを重視する。
(塩田勉『おじさん、語学する』集英社新書、p.41)

 最初から、几帳面に覚えようとせず、二、三回、ざっと通読してから、各箇所を覚える。初めから細部の完璧を期すと挫折しやすい。
(塩田勉『おじさん、語学する』集英社新書、p.41)


● 暗記は語学力を飛躍的に伸ばす。

 しかし異国に憧れたからといって、それだけで英語が上達するわけがない。私の場合には、挫折がきっかけであった。これまた遠い昔の思い出話である。中学での英語の時間に、先生が「松尾起立せよ。おまえの英語の成績では進級できない」と夏休み前に言ったのである。憧れていた英語の世界の、その代理人とも言うべき先生からの宣言である。ショックであった。
 ではどうしたかというと、夏休みに二冊の問題集を丸暗記してしまったのである。特に意味があったわけではないが、何をやったら落第せずにすむか分からなかったので、そのへんの問題集をやみくもに頭から全部覚えてしまえば、テストがあって大抵の問題が出ても大丈夫だろうという幼い判断をしたのであった。しかし、である。秋になってみたら授業の英語が急に楽になった。驚いたことには外国人の言うことさえだいたいは分かるようになってしまっていた。英語の先生はもっと驚かれたに違いない。それ以来、英語についての自己評価は劣等生だが成績はいつも満点に近いという不思議な状態が、今日に至るまで続いているといえる。
 その不思議を解明すると次のようになる。
 私は若い時代に英語の文型を八百ぐらい無条件に頭の中にたたき込んでしまったのであった。問題集の丸暗記は、結局はありとあらゆる構文を暗記する機会となった。中学生向きの英語の中に存在するおおよその構文を暗記してしまえば、あとは応用にすぎない。たとえ長い文章が出てきてもすべては基本文型の応用にすぎないと分かる。英語のスピーチも会話も作文も同様に基本文型八百の使いこなしである。つまり私は自分では気づかずに、「パターンプラクティス」という英語上達法を実践していたのである。
 英語の基本文型をとにかく暗記して体に覚え込ませてしまうというパターンプラクティスという方法は、別名「ミシガンメソッド」と呼ばれる有力な方法であることがその後大学に入ってから分かった。そしてそういうやり方はもはや時代遅れといわれているということも最近になって分かった。しかし学説や時代の流行はともかく、私に関してはコレで上達したのであるからそれは仕方がない。
 強い意欲と、単純でバカバカしいまでの暗記。この二つこそは、外国語を習得する上での必須の条件ではなかったろうか。
(松尾弌之「遠い昔のある匂い」現代新書編集部編『外国語をどう学んだか』講談社、1992。p.24〜25)

 東京外国語大学は国際人をめざす若者の夢を満たすものではなかった。兵舎のような殺風景な教室。散歩できる場所は染井の墓地だけ。それでも記憶に残る授業が一つだけあった。笠井鎮夫先生はアルファベットも知らない私たち新入生に、いきなり中世の名作『良き恋の書』を暗記させたのである。私たちは意味もよくわからないままに、この古典の一節を暗誦した。授業の前には、必ず天井を仰いで口をパクパク開けながら廊下を往来する学生の姿があった。
 最初からこのような難物をドンとぶつける方法はやや無謀な話であるが、挑戦があってよい。初心者には「驚き」はポジティヴに作用する。
 このように、暗記がきわめて必要である。動詞の活用でも、短文でも長文の一節でもよい。電車の中であろうが、風呂の中であろうが、ひたすら暗記することだ。単調でつまらない作業だが、この地道な努力なくして外国語は上達しない。足もとを見つめて一歩一歩山道を登るうちに、いつかすばらしい展望が開けてくる。
(野々山真輝帆「暗記と読書と恋人の日々」現代新書編集部編『外国語をどう学んだか』講談社、1992。p.171)

● 暗記の効用は読むことだけでなく、話すことにも役立つ。

 そのちょうど次の日、私のもとの生徒でギリシャ語とラテン語の得意な人物に出会ったので、今は何をしているのか聞いてみた。彼は何と、旧訳聖書の中のモーゼの五書をヘブライ語で暗記しつつ、かつこの五書に関する主だった解説書も共に覚えている最中だと言う。「イスラエルに行く予定でもあるのかね」と聞くと、いつかは必ず行くだろうが、そのために暗記しているわけではないとの答。彼のめざすところはこれらの文学的・歴史的また律法的聖典をひとまとめに全部頭の中にたたき込み、事あるごとに本も開かずページもめくらず、大事な箇所を原文のまま直ちに記憶から引き出すことができるようにするということだった。これは、何も彼がはじめてでなく、ヘブライ語の学者なら今までに何人もの人が当然の如くにしてきたことなのだ。その人達にとってヘブライ語は、日常の会話に使うためではなく、重要な文献を原語で読むためなのだ。古代ギリシャ語やラテン語も同様である。これらの言語で会話をこころみるというのは、もちろん突飛なことに違いないが、出来ないことはない。現に、オクスフォード大のギルバート・マリーは古代ギリシャ語を流暢に操るし、ジョンズ・ホプキンス大のヘンリー・ロウウェルは即興で当然原稿なしに立派なラテン語のスピーチを何度もしている。しかし、あくまでこの人々が言語を学ぶ本来の目的は、訳文ではたちうち出来ない美しい言葉で書かれた散文や韻文を読むことにある。
(ギルバート・ハイエット「外国語が好きなわけ」辻邦生・編『外国語ABZ』新潮社、1985)


● 印象が強大なほど記憶が確かになる。

 私自身、学生時代に知らなかった単語がある。覚えようとしてもどうしても覚えられない「鬼門のことば」というものがあるものだ。例えば、resilient という言葉をどうしても覚えられなかった(「柔軟な」とか「弾力性のある」という意味)。ところが、数年前に、Home Alone という映画のなかで、主人公の男の子が“Children are resilient.”(子供は何にでも対応できる)といっているのを聞いて、一度で覚えてしまった(そして、決して忘れない)。
(野口悠紀雄『「超」勉強法』講談社、1995。p.62〜63)

 人間の記憶力というものは個人的な差も大きく、また練習次第で誰でもかなり大幅に強化することができるものなのですが、だいたいから言うと、受けた印象が強大であることが記憶を確保する第一条件です。その次にはその印象が薄れないうちに同じような印象を繰返し繰返し心にきざみつけることが肝心です。
(渡辺照宏『外国語の学び方』岩波書店、1962。p.41)

 どうしても覚える必要のあることは声を出して何度も読んだり、鉛筆で落書したり、本に印をつけたり、テープに録音して聞いたり、いろいろの角度から観察したりします。よく知らない単語に出あって辞書を引くときは、その単語を見つけるまでのあいだ、念仏を唱えるように口の中で続けざまに繰返して言います。つまり大事な事柄を愛撫するというわけです。
(渡辺照宏『外国語の学び方』岩波書店、1962。p.42)

 世の中には記憶力のよい人がたくさんいるようですが、私の頭の程度では始めから覚えようと思うことだけを区別して印象を強め、間を置いて何度も確かめるという方法が一番安全なようです。
(渡辺照宏『外国語の学び方』岩波書店、1962。p.43)

 よく「忘れました」という生徒がいますが、多くのばあいに、それは忘れたのではなくて、始めからよく覚えてはいなかった、ということが多いようです。
(渡辺照宏『外国語の学び方』岩波書店、1962。p.41)

● 詰め込むだけでなく知識を自分で消化させる時間が必要。

 ……このように、研修時間が一日中時間といった猛特訓の場合、最低五時間は、学習者に自習時間を与えて、教師がいるときに学習した内容を反芻させる、といったような配慮をすると、学習者に強靱な学習意欲とモチベーションがあって、気力体力ともに充実している場合には、信じられないような驚異的な学習効果があることを、私は幾多の経験で実感しました。
(猪浦道夫『語学で身を立てる』集英社、2003。p.198)

● 興味あることはよく覚えられる。

 およそものを覚えるために必要なのは何よりも知識欲です。好奇心といってもよいでしょう。自然にまかせておいても幼児の知識欲はきわめてさかんです。「アレナニ、ドウシテ」を繰返します。それだからこそ、4〜5年のあいだに(小学校に入るまでに)人生に必要な単語の多くを覚えてしまうのです。
(渡辺照宏『外国語の学び方』岩波書店、1962。p.73)

 十三歳までのあいだに子どもが親に発する質問の回数は、だいたい五十万回といわれている。
(ジョン・M・ドレッシャー著/工藤信夫訳『小学生の子をもつ親のための6章』いのちのことば社、1997。p.18)

 興味のなくなるところ、記憶もまたなくなる。
(高橋健二編訳『ゲーテ格言集』新潮社、1952、p.62)


● 外国語で覚えるのは、語彙と文法。

 お金と時間が必要なことが分かったが、それではそのお金と時間で何を学ぶべきなのかというのが、私の次の質問であった。それに対して、S先生は次のように答えられた。
「覚えなければいけないのは、たったの二つ。語彙と文法」
 これまた実に明快な答えであった。なんだと思われる人もいるかもしれないが、すべての外国語の学習に際して絶対に必要なのは、この二つである。…(中略)…、単語のない言語はないし、その単語を組み合わせて文を作る規則を持たない言語はない。すなわち、何語を学ぶにしても、この二つを避けて通るわけにはいかない。
(千野栄一『外国語上達法』岩波書店、1986。p.41)


● 単語の暗記がうまくいけば、外国語の学習はかなりスムーズになる。

 留学先のプラハの学生寮で筆者はたまたま同室していたチェコ人のK君がドイツ語をものにするプロセスを観察する機会に恵まれたが、絶えずベッドの上であおむけになって単語帳をめくっているばかりで、その他の勉強をしている姿を見たことがない。机に向かって座り、辞書を引くという日本流と比べてとてもだらしない勉強法だと思ったが、あっという間に上達していって唖然としたものである。
(千野栄一『外国語上達法』岩波書店、1986。p.48〜49)

● 覚えようという意志を持って何度も繰り返せば単語は覚えられる。

 語彙の習得が文法の習得と違う大きな特徴は、言語による難易がないことである。語彙の習得はどの言語でもおなじだけ時間がかかり、日本であろうと留学先の外国であろうと、意識して覚えない限りどうにもならない。「外国語は好きなんだけど、単語が覚えられなくてね」という人は、自分が勤勉でないことを告白しているのである。そして、この自称“記憶力の悪い”人がひとたび天皇賞となると、舌をかみそうな馬の名前だけでなく、馬の血統、経歴、所属厩舎名から、重馬場での対応能力、さらに騎手の性質までそらんじているのだから、記憶力が悪いということに同意するわけにはいかない。必要なのは超満員の電車の中でも○や△や◎の記号の意味するところを必死で学習するその熱意で、単語の習得にはそれがないことが問題なのである。そして、あんな込んだ電車の中ででも赤鉛筆を使って大事なポイントを区別するという効果的学習を、単語の習得に際しては使わないということである。
(千野栄一『外国語上達法』岩波書店、1986。p.50〜51)

● はじめての単語を絶対忘れない方法。

 はじめて出くわす単語は、ていちょうに扱ってあげなければならない。これから末ながく、一生おつきあいしていただく相手だから。
 通常のなりゆきとしては、なにか読んでいるうちに知らない単語が出てくる、辞書をひく、という順序になるであろう。または、ある単語をひいたついでに、上下の項にも視線を移したところ、印象的な字面が目にとまり、それも覚えてしまう、ということもあろう。いずれにせよ、それからが問題である。すなわち、どうしたら五回も、十回も同じ単語を調べなくとも一度で覚えられるか、という問題である。
 第一に、ひいた単語から、すぐに目をはなしてはいけない。単語につくづくと見入ることである。どんなことばでも、印刷された単語は、どれをとっても固有の格好をもっている。その特徴から得た第一印象をだいじにする。
 第二に、その単語の意味を考える。たくさんある意味のうち、まず、第一義だけを読みとり、頭の中で反復し、想像力を働かせながら、絵に復元しつつ、また単語に目を移し、さらにまた見つめる。そして、がまんできるかぎり長い間ねばる。
 第三に、なん度か声に出して発音してみるとよい。しかし、ささやき程度におさえておく。そうしているうちに、その単語のスペルの特徴と意味とが溶けあってくる。
 この方法をうまく利用すると、一度しか辞書で調べていないのに、その単語は、与えられた意味以外もち得ないように感じられてくる。すなわち、単語はすべて一種の擬声音として覚えられるのである。ここに漢字のような象形文字と表音文字の覚え方のちがいがある、ともいえるのではなかろうか。
(種田輝豊『20カ国語ペラペラ』実業之日本社、1969。p.181〜182)

● 単語は必要とあらば手当りしだい覚える。

 次に「覚える」こと。これは口に出し発音練習を兼ねて英語表現を覚えるとよい。何度も何度も言ってみて覚えるより仕方がない。ここでも何を覚えるのかがよく問題になる、しかし、極端に言えば何でもいい。私は、自分が英語を話したり、書いたりする時に役に立ちそうだなと思ったものは片っぱしから覚えることにしている。
 今、私の机の前の壁には、小さな紙切れに The worm will turn(窮鼠猫を咬む)と書いてある。どこかでこんな面白い表現を見つけ、覚えて使ってみようと思い、書き留めて貼りつけたらしい。その隣には pusillanimous abstention と書いた紙切れがぶら下がっている。その下には rhododendron とも書いてある。 pusillanimous はBBCを聞いている時イギリスが何かの国連決議に棄権をし、それが pusillanimous だと非難をされたのだが、その意味がわからず、急遽辞書を調べ書き留めたもの。 rhododendron はイギリスのリッチモンドパークに咲いていた花の名前でどうしても覚えられないので書き出したもの。
 ここでのこうした単語や表現そのものはどうでもいい(私にとっては大切と思えただけのこと)のだが、こんなふうにしてでも覚える努力はしたほうがいいということをおわかりいただきたいのである。覚えることにも異論はある。「単語などまる暗記してもすぐ使えるものではなく無駄である」と。それでも私の体験から、覚えたほうがよい。覚えなければ外国語の言葉は勝手に湧いてはこない。覚えた英語を頭の中に貯えることが、やがて自由に言葉が使えるようになることへとつながってゆくのである。
(東後勝明「聞き、覚え、使う」現代新書編集部編『外国語をどう学んだか』講談社、1992。p.63〜64)

● 単語を覚えるときは発音に特に注意する。

 この程度の単語を覚えるためには、赤ちゃんないし幼児なみに、根気よく繰返して使いながら慣れるほかはありません。ひとつずつ用例に照らしてなんどでも使ってみることです。発音にはとくに注意してください。話をするとしないとに関係なく、発音できない単語はじきに忘れてしまうものです。たとえ意味を忘れても、発音だけでも頭のどこかに残っていれば、こんど覚えるときに楽ですが、発音と結びつかない言葉はいつまでたってもしたしめないものです。
(渡辺照宏『外国語の学び方』岩波書店、1962。p.73)

● 綴りは手で覚える。

 綴りは、何度も書くことによって、手の運動として覚える。アルファベットに分解して覚えようとしても、できない。理屈で覚えようとしても、理屈がない(とくに英語の綴りは、あまり規則的でない)。また、複雑で長い単語は、とてもアルファベットでは覚えられない。
 私は手の運動でスペルを覚えているので、「アルファベットで綴りをいえ」といわれても、いえない。書かないと駄目だ。しかし、スペルは書くときに必要なのでソラでいえなくても、問題はない。
(野口悠紀雄『「超」勉強法』講談社、1995。p.79)


● 文法を徹底して覚える。

 当時は、毎週テスト、テストの連続で閉口したものであるが、今にして思えば、学生時代にしっかりと動詞の活用を身に付けていたことが、その後のフランス語の上達に大いに貢献したのである。今からフランス語を学ぶ人たちには、ぜひとも動詞の活用をしっかりと体得することをお勧めしたい。
(舛添要一「『秘密ノート』で生きた会話表現」現代新書編集部編『外国語をどう学んだか』講談社、1992。p.81〜82)


● 例文の暗記。

 豊かな語形変化を持つタイプの言語では、動詞も人称や数や時制で変化することが多いので、日本語では簡単な文も、正確に話すのはなかなか容易ではない。そこで、このような言語の学習書では「文を暗記せよ」とよくいわれ、単語と変化形式と語の組合わせの規則を同時に学習することが勧められていて、古典語といわれるラテン語や古代ギリシャ語はその代表的な言語である。
(千野栄一『外国語上達法』岩波書店、1986。p.166)

 参考書としては、つづけて佐々木高政「和文英訳の修行」(したがって会話における表現力)を主軸として、作文力の上達をねらった。暗記用の五百の文例は、すべて習得し、日本語の部分を見てすぐ英語が出てくるようになっていたうえ、それらの暗記した文が、常時、混乱したエコーのように頭の中で聞こえるようになった。
 さらに進んで、自分なりに「応用編」に入った。これはかなり程度の高いものであった。過去の大学入試からとった和文英訳問題集のようなものであったが、注も解答もついていたので、始めはともかく、暗記に頼ることにした。
(種田輝豊『20カ国語ペラペラ』実業之日本社、1969。p.104)

● すぐ役にたつ500の例文丸暗記。

 わたしがこれまで、多国語を話せるようになった経験からいって、最良の方法と信じているのは、基礎的な文章を丸暗記してしまうことである。
 単語を覚えることもだいじであるが、実際に使う場合、単語は自分で組立てなければならない。もちろん、上達すれば自由自在に組み立てて、自分の思考や感情を表現できるようになるが、初歩的段階では、少なくとも五百文例くらいは暗記してしまうのである。
 章句を暗記していれば、組み立ての苦労なしにそっくりレディー・メードを実用に供することができる。しかも五百の章句で、たいていの表現はまにあわすことができるのである。多少のおきかえの機転がきけば、まず、こまることは少ない、といっても過言ではない。
 わたしはAFSの留学生試験を受けるときに、五百章句おぼえていたため、非常に有利だった。それは例外なくわたしの血肉となり、百パーセント役立ったと思っている。だから、その後なに語を学ぶ場合も、入門書をみっちりアタックしながら、一方では最低限五百語内外の章句を暗記することにしている。
 では、なにから覚える章句を選ぶか、ということになる。それは入門書の例文でも結構である。
 わたしがAFSを受験するときに、英語のために覚えたのは、佐々木高政先生の「和文英訳の修行」(文建書房)からであった。その後は入門書や文法書などから選んだが、文通を開始してからは、相手の手紙にあって自分にとってはめずらしい、よい表現は、生きた例として、たいていは暗記した。
(種田輝豊『20カ国語ペラペラ』実業之日本社、1969。p.184〜186)

  佐々木高政「和文…」については、最初の章に、暗記用の文が五百あげられていたが、それを対訳として与えられている和文と照らし合わせながら、暗記することだけにした。
 まず、英文の方をふせて、日本文を自分で口頭で英語にしてみせる。それから、英語のほうをチェックする。作文には自信があっても、ともかく、その本を、考えることなしにスラスラいえるようになるまで、繰り返し繰り返し練習した。はじめて見るような単語は、全部を通して一つもなかったが、知っていて使えずにいた単語に生命力を与えてくれた点で、この本は、はかりしれないほど役に立った。わたしは毎日、平均して二十五例ぐらいずつ暗記していった。
(種田輝豊『20ヵ国語ぺらぺら』実業之日本社、1969。p.65〜66)


● シュリーマンの外国語学習法。

 そこで私は異常な熱心をもって英語の学習に専心したが、このときの緊急切迫した境遇から、私はあらゆる言語の習得を容易にする一方法を発見した。
 このかんたんな方法とはまずつぎのことにある。非常に多く音読すること、決して翻訳しないこと、毎日一時間をあてること、つねに興味ある対象について作文を書くこと、これを教師の指導によって訂正すること、前日直されたものを暗記して、つぎの時間に暗唱することである。私の記憶力は少年時代からほとんど訓練しなかったから、弱かったけれども、私はあらゆる瞬間を勉学のために利用した。まったく時を盗んだのである。できるだけ早く会話をものにするために、日曜日には英国教会の礼拝にいつも二回はかよって、説教を傾聴し、その一語一語を低く口まねした。どのような使い走りにも、雨が降ってももちろん、一冊の本を手に持って、それから何かを暗記した。何も読まずに郵便局で待っていたことはなかった。こうして私はしだいに記憶力を強めて、三か月後にははやくもわが教師テイラー氏とトンプソン氏の前で、いつもその授業時間には印刷された英語の散文二〇ページを、もしあらかじめ三回注意して通読していたならば、文字どおりに暗唱することができた。この方法によって私はゴールドスミスの『ウェイクフィールドの牧師』の全部とウォルター・スコットの『アイヴァンホー』とを暗記した。過度の興奮のために私はごくわずかしか眠れないので、夜中にさめているすべての時間を利用して、夕方に読んだことをもう一度そらでくり返した。記憶力は昼間より夜ははるかに集中するものであるから、私はこの夜中にくり返すことは最も効果があることをしった。私はこのような方法をなんぴとにも推薦する。このようにして私は半か年の間に英語の基礎的知識をわがものにすることができた。
 つぎに私は同じ方法をフランス語の勉強にも適用して、つぎの六か月でそれに熟達した。フランス作品のうちで私はフェヌロンの『テレマコスの冒険』とベルナルダン・ドゥ・サン・ピエールの『ポールとヴィルジニー』とを暗記した。この不休の猛勉強によって一年間に私の記憶力は強くなり、オランダ語、スペイン語、イタリア語およびポルトガル語の修得が非常に容易になった。これらの言葉のいずれをもりゅうちょうに話しまた書くことができるためには、私は六週間以上を必要としなかった。
(シュリーマン著/村田数之亮訳『古代への情熱』岩波書店、1954。p.25〜26)

  他の訳:

 そういうわけで、私は一心不乱に英語の勉強に打ち込んだ。そしてこの際、必要に迫られて、私はどんな言語でもその習得を著しく容易にする方法を編み出したのである。その方法は簡単なもので、まず次のようなことをするのだ。大きな声でたくさん音読すること、ちょっとした翻訳をすること、毎日一回は授業を受けること、興味のある対象について常に作文を書くこと、そしてそれを先生の指導で訂正すること、前の日に直した文章を暗記して、次回の授業で暗唱すること、である。私の記憶力は、子どものころからまったく訓練してなかったために弱かったのだが、しかし私は学習のためにどんなに短い時間でも活用したし、時間を盗みさえしたほどだった。できるだけ速くよい発音を身につけるために、日曜には定期的に二回、イギリス教会の礼拝式に行き、説教を聞きながらその一語一語を小さな声で真似てみた。使いに行くときはいつも、雨が降るときでも、手に本を持って行って、少しでもそれを暗記した。郵便局で待っているときにも、本を読まないことはなかった。こうして私の記憶力は徐々に強くなった。そして三ヵ月後にはもう、あらかじめ三回注意深く読んでおけば、毎日どの授業時間にでも先生のミスター・テイラーとミスター・トンプソンの前で、印刷した英語の散文二十ページを、やすやすと言葉どおり暗誦できるまでになった。こういうやりかたで、私はゴールドスミスの『ウェークフィールドの牧師』とウォルター・スコットの『アイヴァンホー』を全部そらで覚えてしまったのである、頭がひどく興奮していたために夜も少ししか眠らず、夜おきている時間はすべて、晩に読んだものを頭の中でもう一度くり返してみることに使った。記憶力は日中より夜のほうがはるかに集中しやすいから、私はこの夜の反復練習にもきわめて大きな効果を認めた。この方法はだれにでもおすすめしたい。かくして私は、半年の間に英語の基本的知識をすっかり身につけることができたのである。
 同じ方法を私はフランス語の勉強にも適用して、この言葉も次の六ヵ月でマスターした。フランス語の作品ではフェヌロンの『テレマコスの冒険』とベルナルダン・ド・サン=ピエールの『ポールとヴィルジニー』を暗記した。こういう風に猛烈な勉強をしんぼう強く続けたために、一年のうちに私の記憶力は大いに強化されて、オランダ語、スペイン語、イタリア語、ポルトガル語の習得はきわめて容易となり、そのどれをも流暢に話したり書いたりできるようになるのに、六週間以上はかからなかった。
(シュリーマン著/関楠生訳『古代への情熱』新潮社、1977。p.26〜28)

● 対訳式によって理解しながら覚える。

 私はギリシア語を学ぶことができるのをつねづねもっとも強く渇望していたが、クリミア戦争まではこの勉強にたずさわらないのがよいと思えた。というのは、このすばらしい言語の強い魅力があまりにも私を引きつけて、商業上の関心から私を遠ざけることを、恐れねばならなかったからである。しかし戦時中は商売が多すぎて、私は一度も新聞を読むことができないほどであり、まして書物どころではなかった。しかし一八五六年一月に最初の平和の報知がペテルスブルグにくると、私はもはやわが渇望をおさえることができず、ただちに非常な熱心をもって新しい勉強に手をつけた。私の最初の先生はニコラオス・パッパダケス氏、ついではテオクレトス・ヴィムポス氏で、ともにアテネ出身であり、後者は今日そこの大主教である。このたびもまた私は忠実に自分の昔の方法を守って、短期間に単語を、私にはロシア語の場合よりもはるかにむずかしそうにみえたものを、わがものにするために、『ポールとヴィルジニー』の現代ギリシア語訳を入手してそれを通読し、その場合私は注意して一語一語をフランス語原本のそれに相当する語と比較した。一回目の通読後には、この本に出てくる語の少なくともなかばをものにし、二度この方法をくり返した後には、ほとんどすべてを学習することができた。この場合にも私は辞書をひくために、ただの一分間も失ったことはなかった。こうして私は六か月という短時日のあいだに、現代ギリシア語の困難さを克服した。ついで私は古代ギリシア語の勉強をはじめたが、それについては三か月で二、三の古典作家、ことに私が最大の感激をもってくり返し読んだホメロスを解することができた。
(シュリーマン著/村田数之亮訳『古代への情熱』岩波書店、1954。p.34〜35)

  他の訳:

 私はギリシア語を覚えるようになりたいという熱望をいつもいだき続けていた。しかしクリミア戦争のまえには、それに手を出すのは得策ではないように思われた。このすばらしい言語の強力な魔力に取りつかれて、商人としての関心がそらされてしまうのを恐れたのだ。そしてクリミア戦争中は、仕事に追いまくられて、新聞も満足に、いわんや書物などまったく、読める状態ではなかった。しかしいよいよ一八五六年一月、和平に関する最初のニュースがペテルスブルグに入ったとき、私はそれ以上願望をおさえることができなくなって、ただちに新しい勉強にとりかかったのである。最初の先生はニコラオス・パッパダケス氏、二番目はテオクレトス・ヴィムポス氏であった。二人ともアテーナイ出身で、ヴィムポス氏は現在そこで大司教をしておられる。私は以前の勉強法をまた忠実に守った。語彙の習得はロシア語のときよりむずかしく思われたが、それを短時日で果すために、私は『ポールとヴィルジニー』の現代ギリシア語訳を手に入れて、それを通読し、この際、一語一語を注意深くフランス語原文の同意語と対比した。この一回の通読で、この本に出てくる単語の少なくとも半分は覚え、それをもう一度くり返したのちには、ほとんど全部をものにした。しかも、辞書を引いて一分たりとも時間をむだにするようなことはしなかったのである。このようにして、私は六週間という短い期間のうちに、現代ギリシア語をマスターすることに成功し、それから古典ギリシア語の勉強に取りかかった。そして三ヵ月後には古代の二、三の著作家と特にホメーロスを読めるのに十分な知識を獲得した。ホメーロスは、夢中になって何度もくり返して読んだ。
(シュリーマン著/関楠生訳『古代への情熱』新潮社、1977。p.35〜36)


● 対訳式による「原文復元法」は、大量の暗記に役立つ。

 ところで、私の英文修行ということになるが、それはフランクリンの方法をもっと簡単にしたものであった。フランクリンは散文を詩にしたり、また文章の要約的ヒントを復元するということをやったわけであるが、それはフランクリンの母国語だからできた話で、私には英語の散文を、すらすらと韻文などにする力はない。それで単純に英文和訳し、和訳から復元する、という方法を取ったのである。
 ハマトンの『知的生活』は四百五十ページにもなる大冊であって、もちろんこれを全部フランクリン式にやるわけにはいかない。幸いにこの本は、いろいろな人に宛てた書簡体にになっているので、そのうち自分に関係のありそうないくつかを選び出した。
 今その時に選んだものをみると、たとえばつぎのようなものがある。

  第三章 八節 現代語を学ぶ学生へ
      九節 再び、現代語を学ぶ学生へ
      十節 記憶力が悪いと嘆いている学生へ
  第五章 三節 きわめて貧しい学生へ

 このように、自分にとって切実な問題についてハマトンが書いていることは、それが手紙の形式になっているだけに、ちょうど自分に向けて書かれているような気がしたものであった。まずこの手紙のあるパラグラフを──それがうんと長いばあいは半分ぐらいを──日本語に訳してノートに書く。丁寧に読んで原文を頭に入れる。そして自分の和訳を見ながら英文に復元する。一回でできればそれでよし、できないばあいはもう一回やる。原文が微妙であったり、こちらの集中力が落ちているときは、三度ぐらい書き直しがあったように思う。
 翌朝は、まずその前の日に自分が訳した日本文を見て、英文に復元する。少し記憶がぼけていて、ハマトンの用いた適切な単語が思い浮かばないこともある。そのときはまた完全に同じになるまで何度も書き直す。それが終わったら、ハマトンのつぎのパラグラフを日本語に訳す。そしてもとにもどす。あとは同じである。
 そして日曜日には一週間分を全部書く。これは原文ではまるまる一回分の手紙の分量にもなるから、そうとうな量である。いくら自分の訳を見ながらでも思い出せないことがある。そういうときは、またはじめからやり直す。自分の英文をハマトンの原文にくらべ、ほんのちょっとした形容詞の違いなのに、もう一回書き直すときは泣きたい気持ちだった。そんなことで日曜日は半日つぶれるのである。だからその年の春休みには、日曜のくるのがこわかった。そして休みの終わりごろには、原因不明の熱を出し、胃は食べ物を一切受けつけず、ただただ苦しく、十日ばかり寝込んでしまった。治ったときは、ハマトンを見るのもいやになっていて、私のフランクリン式英作文修行は、それでおしまいになった。
 これは若気の至りから完璧主義をやったので神経が参ってしまったのであろう。もう少しゆるやかにして、一回に三箇所以下のあまり重要でない単語の違いしかなかったときは、それでOKにすべきだった。そうすれば練習時間は半分、あるいは三分の一ぐらいで済んだはずであり、したがって作文修行もずっと長く続いたはずだからである。
 しかし二カ月足らずであれ、この修行をしたことは無駄ではなかった。英文でそうとう長い文章を書くのに、心理的にまったく抵抗がなくなったからである。それで卒業論文も、はじめ日本語で下書きをして、それから英訳するという手間はかけず、いきなり英文で書き下ろしても、英語の書きにくさで進行がとまるということはなかった(もちろん、書く内容の論理的発展がうまくいかないで停滞することはよくあったが)。卒業のころの試験では、外人の先生には一時間に四、五ページの記述体の答案を、もちろん辞書、文法書なしで書くことができた。妙な表現や細かい誤りは少なくなかったとも思われるが、それは日本語で書いても起こることだから、気にしない。
(渡部昇一『続知的生活の方法』講談社、1979。p.201〜204)


● 丸暗記の効用。

 外国語の勉強でいちばん大切なことはなんといっても慣れです。言葉というものはもともと生命がある活動的なものですから、その生命の流れに乗り、自然の動きに従うことが肝要です。できるだけたくさん聞き、話し、読み、書く、ということによってそいういう流れや動きを身につけることができます。しかし短い期間のうちに効果をあげる方法がひとつあります。それは暗記です。
 暗記といっても単語や熟語などをひとつずつ暗記することも大切ですし、中には大きな辞典を1ページずつ暗記する人もいます。しかし誰にもすぐできることで、目に見えて効果があがるのは、まとまった文章を暗記することです。
 私たちの学生のころ、丸暗記というのはあまりはやらなかったようですが、外人教師の授業ではドイツ語でもフランス語でも詩や寓話など、まとまったものを暗記させられました。大きくなった学生が子どもあつかいを受けたようで、あまり気乗りがしなかったのですが、そのころに暗記させられた文章に出てくる単語や語句は今でも特別な親しみがあって、楽々と使えるような気がします。
 日本でも私たちより一時代前までは、漢文や国文でも長いものをよく暗記していて、作文などに応用した人も多かったようです。ヨーロッパの学校では今でも暗記をよくやらせると聞いています。東洋人でも自国の古典の長い文章をすらすら言える人になんにんも出あいました。スタンダールの小説『赤と黒』の主人公ジュリアン・ソレルが旧新約聖書のラテン語版のどこでもすらすら言えるように暗記していたことは レナール夫人との出あいの最初の場面にでてきますが、古典を1冊そっくり暗記している人は今でもあまり珍しくはないと思います。
 10年あまり前に、高齢でなくなった日本の林学の権威G博士は若い日の思い出を次のように述べています。期限つきでドイツに留学し、ドクトル試験を受けるにあたって、口頭試問を担当する一教授が難関であると聞き、大いに苦悶した結果、その教授の主著である数百ページの大冊を抱えて山小屋に閉じこもってその1冊を丸暗記することに決心しました。ところが、実際にやってみると、前の日に覚えたことは翌日には忘れてしまう。限られた日数ではとても見込みがない。そこで死にもの狂いになって根気よく暗記を続けたところ、途中からだんだん楽になり、ついに試験の日までに、その大冊をそっくり丸暗記した。そしてその気むずかしい教授の試問に対して、よどみなく答えることができて、みごと合格したということです。
 本を暗記するなんて面倒くさい、廻り道だ、そんな暇はない、とあなたは言うかも知れません。ところが、事実はその逆で、これほど手っとり早い方法はほかにありません。短い期間のうちに効果をあげるにはこれに限ります。
 私自身の経験でも、さびついた語学を急場の用に立てるために、短編小説なり短い論文なりを丸暗記することにしています。かなり前のことですがしばらくご無沙汰していたフランス語に用があったので、手許にあったドーデの『風車小屋だより』の中から「アルルの女」をえらんで暗記にかかりました。ぜんぶで10ページたらずですが、最初の日はせいぜい10行ぐらいでとめておきました。第2日に前日の分を復習してみると、もう忘れかけたところがある。それを補修して得心がいってからその日の分としてその先5行ぐらい覚える。第3日にはその15行を確かめてから新しく5行先を覚える。こうやって4〜5日かかって丸1ページ分楽に言えるようになるともうしめたものです。それでも先を急がずに復習をていねいにやる。こうしているうちに加速度が出てますます早く楽に覚えられるようになる。こうして短編一つを丸暗記できるころには語学の力も大分ついて、他の本も楽に読めるようになります。書物の暗記ということは、経験のない人が想像するほど面倒なものでもなく厭なものでもありません。ただ始めに取りつくまでがおっくうなだけです。
 こうして暗記した文も毎日復習しないでいると、いずれは忘れてしまいます。3カ月ぐらいはおぼえていた方がよいが、それからのちには忘れても構いません。一度暗記したことのある文章はあなたの心のどこかに溶けこんでいますから、それと意識しないでも、必要に応じて利用することができます。あなたが小学校で習った教科書をあなたは今覚えてはいないとしても、実際にはその知識を毎日使っているのです。外国語もそれと同じように、一度暗記した文章は必ず役に立つものなのです。
 ただし暗記する文章はなるべくわかりやすいうえに、あなた自身に興味があるものをえらぶことです。そして発音や意味や文法的な構造まで、すみずみまではっきりわかってから暗記にとりかかるべきです。はじめは5〜6行ないし10行ぐらいでまとまったもので試みてごらんなさい。
(渡辺照宏『外国語の学び方』岩波書店、1962。p.59〜62)

 自分で読書の際に気に入った文を書き抜いて、通学、通勤のあいだ、人を待ちあわせる数分間を利用して暗記してごらんなさい。会話が上達するためにはよく使われる文例をそっくり暗記するのが何よりも早道ですが、多少でもまとまった文章をいくつか暗記しておくと、作文のためにも読書のためにも力がつくことうけあいです。このばあいも絶えず繰返すこと、1日も休まないことが成功の秘訣です。10ページぐらいの小説、随筆、論文を暗記してごらんなさい。ことに会談や会議の前など、その他実際に語学を活用させるにあたって効果てきめんと思います。
(渡辺照宏『外国語の学び方』岩波書店、1962。p.64)

 この方法(=丸暗記)を始めたきっかけは、中学生の時に、学校の代表として英語のスピーチ・コンテストに出たことだった。草稿を最初から最後まで丸暗記しなければならなかった。その過程で、つぎのことを発見した。(1)部分部分ではなく、全文を連続して覚えるほうが容易。(2)ある箇所を思い出せば、あとは自動的に覚えられる。(3)単語は一つずつを無理して覚えなくとも、文章を暗記すれば自動的に覚えられる。
 高校生になってからは、意識的にこの方法で勉強した。あるとき、このような方法を行っているものが他にもいないかと思い、友人に聞いてみた。クラスで一人、やはり意識してこの方法を実行しているのがいた。彼の英語の成績は、非常によかった。だから、これは、ひとりよがりの方法ではないと確信したのである。
(野口悠紀雄『「超」勉強法』講談社、1995。p.53)

● 気に入った文章を暗記する。

 中学に引き続いて高校では、英語をわりあい一生懸命勉強した。テキストがクラシックな優れた文章であったりすると、楽しくて、暗誦を試みることがあった。その中に、日本語にはない、面白い、見事な表現や描写があると、繰り返し、繰り返し声に出して読んだ。
(奥本大三郎「文法のあとさき」現代新書編集部編『外国語をどう学んだか』講談社、1992。p.96)

「丸暗記法」に賛同されたら、すぐに始めるとよい。あなたが学生であれば、手始めは教科書である。英語の勉強が実に楽であることが、すぐにわかるだろう。そして試験の成績は、顕著に、かつ急速によくなるはずだ。
 仕事についている人であれば、関連分野の英語の教科書を教材にする。一般のビジネスマンなら、経済学の教科書を覚えるとよいだろう。内容も一緒に覚えられるので、一挙両得だ。
 できれば、教科書に限らず、興味のあるものを幅広く対象にするとよい。私は、学生時代に詩や劇の名場面を覚えた。これらは日常的な英語ではないから、実用的な価値はあまりない。しかし、文学作品をもとの形で味わえるのは、素晴らしいことだ。これこそが外国語を学ぶ最大の効用であると、私は思う。
 私の経験では、全文丸暗記の対象として、学校の教科書は誠につまらないものであった。いまでは、教科書の内容は忘れてしまった。試験が終わってからも繰り返し口ずさむ内容ではなかったからである。いまでもすらすら思い出せるのは、自分で選んできたものだ。興味あるもの、自分がひかれるものを対象にするという「超」勉強法の第一原則は、ここでも重要である。
(野口悠紀雄『「超」勉強法』講談社、1995。p.57〜58)


● 分からなかった言葉をノートして覚える。

 ……私はつねに小さなノートを携帯し、分からない言葉に出会うと、友人にそれをそのノートに書いてもらうことにした。私は、それを「秘密のノート」と称して大事に持ち歩き、暇があれば教わったフランス語表現をかたっぱしから暗記していき、また自分でも使うことにした。
(舛添要一「『秘密ノート』で生きた会話表現」現代新書編集部編『外国語をどう学んだか』講談社、1992。p.84)


● 繰り返すことは記憶のための必須条件。

 語学というものはあらゆる学習の中でもっとも繰り返しが要求される分野で、記憶を確実なものにするための最大の武器があくなき繰り返しにあり、しかもロシア語のような屈折的タイプの文法項目の多い言語ではテキストの暗記が役に立つことは昔からよく知られているところである。
(千野栄一『外国語上達法』岩波書店、1986。p.198)

 繰り返しをいとわなかったわたしには、記憶ができなくて困るというようなことはいっさいなかった。
(種田輝豊『20カ国語ペラペラ』実業之日本社、1969。p.28)

 そのころまでに、なん回も同じところをくり返す「うるし塗り」式によって、かなり完成度の高いところまで行っていたのは、英語のほか、イタリア語、スペイン語、フランス語、ドイツ語、スウェーデン語、フィンランド語などであった。アメリカで知りあったAFSの学生の何人かとは、これらのことばで文通を続けていた。
(種田輝豊『20カ国語ペラペラ』実業之日本社、1969。p.82)

 私の尊敬するR先生は古希のお祝いを数年前になされて、さすがに記憶力が衰えたとこぼされるようになった反面で、「記憶力の低下はやむを得ない。でも学習の目的は明確に意識しているし、繰り返しだけが衰えた記憶を補う唯一の方法だ」と話されて、その通り実行しておられる。単語の学習には、この精神力が必要なのである。このことについては、次のラテン語の格言がすべてを物語っている。Repetitio est mater studiorum.(繰り返しは学習の母である)
(千野栄一『外国語上達法』岩波書店、1986。p.51)

 ある人が、「語学の習得というのは、まるでザルで水をしゃくっているようなものです。絶えずしゃくっていないと、水がなくなってしまいます。水がどんどんもれるからといって、しゃくうのを止めるとザルははぜてしまうのです」といっているが、これは真実であろう。語学の習得で決して忘れてはいけない一つの忠告は「忘れることを恐れるな」ということである。
 忘れるし、よく覚えないからといって外国語の学習を始める前からあきらめる人には、七〇歳を過ぎた今日でも毎年一つは新しい外国語をものにしておられる私の恩師の話を伝えることにする。「いや、もうだめですね。覚えるそばから忘れていきますよ。見事に、きれいさっぱりです。私たちが若い人たちに対抗していく唯一の手段は、何度も何度も繰り返すしかありませんね」といいながら、先生は一年たつとその言語を習得しているのである。
(千野栄一『外国語上達法』岩波書店、1986。p.9)

 反復熟習せざれば、いたりて易き技芸といえども、成就すべからず、反復熟習するときは、いたりて難き学業といえども、成就せらるべきなり。
(スマイルズ/中村正直訳『西国立志編』講談社学術文庫、1981。p.165)

 ……ところが、相も変わらず最前線に陣取って、いつ当てられても、複雑な変化をすらすら暗誦してのける学生が十名あまりいる。ある時、そのうちの一人とメンザ(学生食堂)で顔をあわせたので、いっしょに食事しながら、それとなく聞いてみた。ヘブライ語をはじめて何年ぐらいになるのかと。驚いたことに、その学生は新入生で、わたしと同じ時に習いはじめたばかりだという。
「きみはあんな面倒な変化をどんな風にして覚えるの。なにかこつのようなものがあったら、ぼくにもぜひ教えてよ」
 その学生は怪訝そうにわたしの顔を見つめながら、言った。
「こつって、こつも何もありゃしない。ただ何度も何度もくりかえして覚えるだけだよ」
「何度も声をだして読むのかい」
「うん、それに、書き写してみることもある」
 何の手がかりにもならなかった。そんなことなら、わたしだって、とっくにやっている。しょせんは頭の構造がちがうと諦めるしかないのだろうか。
 しばらく話しているうちに、彼の父親は牧師で、彼自身も牧師志望であることがわかった。小さいときから、賛美歌や聖書朗読を耳にしているので、暗記はちっとも苦にならないらしい。それに神学を学ぶつもりで、小学生のころから古典語を習ってきた。ヘブライ語の変化は、ラテン語やギリシア語とくらべればずっと簡単だという。フォークの手を休めたまま、しばらくわたしが考え込んでいるのを見て、その学生は、
「ところできみは、シュリーマンって知っているかい」とたずねた。「シュリーマンも牧師の息子だったんだ。子供のときホメロスの物語に感激してトロヤの発掘を思いたち、まず商人になって十数ヵ国語を習得した。その知識をフルに生かして巨万の富みを築き上げ、それからようやく発掘に取りかかって大成功をおさめた。ギムナジウムのギリシア語の先生が、シュリーマンの語学習得法のことをよく話してくれたけど、要するに、ぼくらがいつもやっているのと同じで、できるだけたくさん、大きな声を出して読むことが大切だと言っている」
(安達忠夫『素読のすすめ』講談社現代新書、1986。p.28〜29)

 新しく覚えたことは机の上においてある白いカードに走り書きしておくと、翌日はたいてい覚えていますが2〜3日たってからもう一度見ると、忘れたり忘れかかっているのがあるので、さらに確かめます。一度覚えたことを幾日かたってから、もう一度確かめるという点がコツです。
(渡辺照宏『外国語の学び方』岩波書店、1962。p.43)


● 素読によって暗記する。

 すでにさまざまの識者が朗読や素読の大切さを指摘しているが、わたしにとって特に忘れがたい思い出がある。学生時代にヘブライ語を習っていた後藤光一先生(現在、東京大学文学部の宗教学教授)は、かつてイスラエルに留学し、発掘にたずさわった経験もゆたかな方なので、授業のあいまにいろいろ興味深いエピソードを話してくださった。
 発掘を手伝う人夫のなかに、旧約聖書をそっくり暗記しているという者がいる。どこまで本当かひとつためしてやれと思って、あるとき後藤先生は、ヘブライ語の聖書をめくりながら、「イザヤ書何章何節からあと」といったぐあいに問題をだしてみた。
 その人は指を折りながら、口のなかで何やらぶつぶつつぶやいている。やはり無理かなと思っていると、節の数字をあわせるのに手間どっていたらしく、おもむろにうなずいて暗誦しはじめた。やめというまで、どこまでもよどみなく唱えていく。片っ端からためしてみて、一字一句ぴったりなのには、あきれかえってしまいましたと、先生は小さな羊皮紙をしめしながら述懐しておられた。その羊皮紙にみごとな筆跡で聖書のことばを書いてくれたのも、同じ人夫だとのこと。
 ユダヤ人の旧約学者やラビは聖書を丸暗記しているのが当然で、二十巻のタルムードを暗記している人さえいる。一般庶民のあいだでもけっして珍しいことではないらしい。
 ユダヤ人がすぐれているのは、幼いときからくりかえし聖書を唱えて暗記している人が多いせいです、と後藤先生はしばしば語っておられた。では、日本の場合はどうですかとわたしがたずねたところ、「漢文の素読じゃないですか。明治維新を支える大きな原動力の一つは、漢文の素読でつちかわれたと思います」との答え。
(安達忠夫『素読のすすめ』講談社現代新書、1986。p.8〜9)

 私は、学生時代を通じて、英語の勉強は少しも苦にならなかった。
 方法は全く簡単で、教科書を最初から丸暗記したのである。このために特別の努力はいらない。単語の意味をひととおり辞書で調べたのち、朗読する。その際、難しい文法のことは考えず、また暗記しようと特別の努力もしない。単語帳も作らない。ひたすら朗読するのである。(中略)
 多くの人は「個々の単語を暗記するだけでも苦労するのに、ましてや教科書を全部覚えるなど、大変だ」と思うだろう。しかし、この考えは、誤りである。丸暗記するのは、実に簡単だ。二十回も繰り返し読めば、自然に覚えてしまう(二十回ということに、格別の根拠はない。私の場合を振り返るとそのくらいであったろうか、という程度である。記憶力のよい人なら、もっと短縮できるかもしれない。また暗記しようとして注意を集中すれば、短縮できるかもしれない。なお、教科書の一ページ分くらいをひとまとまりの単位として覚えてゆく)。
 二十回も読むのは大変と思われるかもしれない。しかし、時間さえあれば、誰にでもできる。数学の勉強をして疲れたら、気分転換のつもりでやればよい。全く楽な方法だ。
 この際、なるべく音読する。そして、耳で聞く。五感の多くを使うほうが、覚えやすい(五感を使う方法は、記憶一般について有効だ)。また、眠くならないし、他の刺激に邪魔されることもないから、集中できる。
(野口悠紀雄『「超」勉強法』講談社、1995。p.48〜49)

 では、何回ぐらい音読すればいいのでしょうか。五〇回は声にだして読んでみてください。一、二回読んだだけで、ときどきテキストから目を離しておぼえようとするのは「暗記」です。これはかなり苦しい作業だし、せっかく「おぼえた」と思っても、あまり身についていないので、まもなく忘れてしまいます。……(中略)……。
 この英文(=7行の短い対話文)の箇所を、ためしに声にだして、五〇回読んでみてください。あなたの英語力がどれくらいか、ここに出ている表現をすでに知っていたかどうか、ということにも左右されると思いますが、一〇回から二〇回あたりで、ときどきテキストから目を離しても読めるようになったのではないでしょうか。そして、五〇回に近づくころには、ほとんどテキストを見ないで、そらんじることができるようになったはずです。
 苦しい経験でしたか? たしかに、声が嗄れそうになった人もいるかもしれません。しかし、いわゆる暗記をするときの苦しさはなかったのではないでしょうか。
 五〇回も読むとなると、時間もかなりかかります。ためしにわたしが読んでみたところ、三五分かかりました。かなりの早口で読んだので、ふつうのスピードで読めば五〇分ぐらいかかるかもしれません。でも、いわゆる暗記よりは、結果として効率がいいように思いませんか?
(笹野洋子『「読んで身につけた」40歳からの英語独学法』講談社、2002。p.99-101)

● 素読の方法。

 小川家で素読が始まったいきさつや、祖父小川駒橘については、湯川秀樹の次兄にあたる貝塚茂樹博士が、随想や『わが歳月』において、いくぶん詳しく語っておられる。しかしながら、自分で素読を受けた経験がないわたしとしては、素読のやり方そのものに関しても依然として隔靴掻痒の感が残り、直接会ってお聞きしたいこともいくつかあったので、思いきってインタビューをお願いしてみた。
 質問は、この二つの原著および前出の『旅人』を手がかりに、具体的な点を確かめることから始まった。ここでは、便宜上、話題をしぼって整理してある。〔 〕は筆者の補足説明。
 小川兄弟(芳樹、茂樹、秀樹、環樹、滋樹、ほかに二人の姉)の父方の祖父は、田辺藩の儒者、浅井篤(南溟)であり、京都大学の地質学教授であった父の琢治も幼いころから漢学の素養が深かった。貝塚氏の記述によれば、浅井家の暮らし向きは豊かでなく、「私の父は小学校に通わず、父南溟先生が家で漢学を教えているのをその机辺で自然に聞き覚えたのだった」とある。
 毎晩、素読をしてくれた母方の祖父、小川駒橘(一八四四−一九二三)は、慶応義塾の前身である鉄砲洲の洋学塾で、やはり漢学の素養が根底にあった。貝塚茂樹氏はこの祖父と同じ申辰生まれ(明治三十七年)で満六十歳ちがい、「同じ干支に生まれた孫」として可愛がられたとのこと。
 明治四十一年、小川家は父琢治の京都大学転任にともない、東京から京都に移った。すでに五十六歳で銀行を退職していた祖父の小川駒橘は、京都で完全な隠居生活にはいり、毎日暇をもてあましていたので、父の発案により、明治四十三年の春から孫たちに素読を教えることになった(六十六歳)。まず小学三年生の長兄芳樹氏が『大学』『論語』を、次いで翌年の正月から茂樹氏が『大学』を習いはじめた。──素読には、どのようなテキストをお使いになったのですか?
「ここに持ってきたのが、いちばん最初に習った『大学』のテキストです。〔緑色の和綴じ本。ほぼB5版の大きさ。表紙に中字で大学、細字で道春点と書いてある。版木刷りで、本文の字体は約一・五センチ角、註はその半分で二行ずつ〕
 こちらは『論語』で、後藤点ですが、やはり道春点のが別にあったはずです。素読にはそちらのほうを用いたと思います。中庸は子供には理論的すぎるといって読まなかったが、孟子を終え、五経、唐宋八家文、左伝、十八史略と読み進み、資治通鑑をはじめたところでおしまいになりました」──一回にこれを、どのくらいの分量、どのくらいの時間で、どのようにして読んでいったのですか?
「初めのうちは祖父が、字突き棒で一字一字さしながら、返るところは返って、細かく読んでいきましたから、進むのはほんのわずかでした。ぼくも指でさしながら、子供ですから、意味もなんにも分からず、ただ読んでいました。時間も十分か二十分ぐらいなものでしょう。〔実際に習ったときの調子で、『大学』の冒頭を読みあげてくださった〕
 慣れてからは、いちいち指でささなくなりましたが、『大学』はこんな調子です。少しずつのところを、三回ほどくりかえしたと思います。次の日は、前の日にやったところを一度さっとくりかえして、そのままぞんざいに読み進んでいく。註は読まず、意味もやらない、無理に暗誦させるわけでもありません」──男の兄弟五人が、一人一人別々に、おじいさまから習ったのですか?
「そうです。でも、一人の時間はわずかで、せいぜい三十分かそこら。ぼくがいちばん最初で、次が兄貴だったかな。夕食後、広い庭の離れにある祖父の書斎に、一人一人素読を習いにいきました」──何年ぐらい続いたのですか?
「ぼくは、兄弟中でいちばん長くて、小学校にはいる前の正月からはじめ、中学三、四年で受験の準備に忙しくなるころまで続けました。兄貴は、はじめたときもう小学三年生でしたから、随分つらかったようです」──ページのうえに涙のあとがついていた、と書いてある本(小、中学生向けの伝記)を見かけましたが、ほんとうの話ですか?〔さきほどの『大学』をもう一度開きながら〕
「ええ、この本が実際にそれです。かなりよごれとるでしょう。ぼくは、兄貴がすでにやらされていたことだから、なんでもなかったですが、兄貴はいやだったようです」〔墨がかすれたり、にじんだりしている箇所がかなりある〕──では、これは小川家にとって家宝みたいなものですね。
「まあ、そんなものかもしれません」──先生ご自身は、お子様に素読のようなことをなさいましたか?
「少々試みてみましたが、学校のことがいそがしくて長くは続きませんでした。今は、やることが多いし、塾がある。昔の子供はひまで、だいたい遊んでいました。昔のほうが良かったですな。学校の漢文はあるにしても、週一時間ぐらいなものですし、やっぱり毎日やらねばだめでしょ」
(安達忠夫『素読のすすめ』講談社現代新書、1986。p.32〜36)

● 素読で重要なのは、定期的に続けるということ。

 素読において大切なのは、まず、反復と持続であろう。三日坊主や、ときたま思い出したように素読をやってみても、底力はつかない。自分自身の場合も、子供を相手にする場合も、定期的に長く続ける工夫がいちばん肝心だ。この問題が解決されれば、半ば成功したといっていい。
(安達忠夫『素読のすすめ』講談社現代新書、1986。p.41)

 余十四五歳より頗る聖学の尚ぶべきを知りて経伝を誦読するを好む。幼より老に至って晨昏にも廃てず。
(貝原益軒『慎思録』講談社学術文庫、1996。p.173)

● 素読の効果はあるとき突然あらわれる。

 只管朗読はひたすら読むことであるから、そう難しいことではない。ただし、続けるには努力と根気がいる。いつまでやればよい、という期限はない。只管打座の座禅をして、悟りを開くのがいつになるのか分からないように、只管朗読もひたすら朗読するしかない。ある日、突然ブレークスルー(技術突破)をする。スラスラ書け、話せるようになる。その日まで根気よく只管朗読することである。これはスポーツでも学問でもあらゆる練習に固有のものである。基本の繰り返しの練習しか、能力と技術を身につける方法はない。
(北岡俊明『最強のディベート術』PHP文庫、1999。p.53-54)

● ひたすら音読し、筆写する。

 國弘正雄氏が、音読や筆写の大切さを説き、道元禅師の只管打坐にならって「只管朗読」および「只管筆写」と呼んでおられることは、よく知られている(『英語の話しかた』)。中学一、二年程度の簡単なリーダーを選び、毎日ひたすら朗読と 筆写をくりかえすことにより、英語が肉体に「内在化」され、無意識の実力がついていくことを、自他の経験に照らして述べておられ、わたしもその部分をコピーして、何度か学生に配ったりしたものだ。
(安達忠夫『素読のすすめ』講談社現代新書、1986。p.171〜172)


● たくさん聞いたあと教科書を覚える。

 会話例は最低百回ぐらいは聞きまくってください。ただし、集中して聞く必要はありません。朝の身支度の時間やお風呂に入りながら、または女性ならお化粧をしながらでも結構です。BGMと考えてください。百回も聞くと会話の音声が耳にこだましてくるようになりますので、そうしたらざっと全体を「読解」して、有用ないいまわし、単語を整理して覚えてしまいましょう。
(猪浦道夫『語学で身を立てる』集英社、2003。p.105-106)

● 頭で忘れて、体に覚えさせる。

 無理に暗記を維持しようとするより、まずは素読をかさねていくことのほうが結果的には深い力を生む。意識的な努力によって覚えていたことは、やはり意識的な努力をしないと思い出せないから、とっさの場合に役立たないのである。合気道の稽古では、形の練習を何百遍もくりかえすが、「覚えて、忘れろ」ということをよく言う。たとえば相手が短刀で突いてきたとする。右足と右手を前に出して、左足をコンパスのように開き、右手で相手の利き腕をつかんで、どうのこうの……いちいちこうした動作を意識していたら、たちまち刺されてしまう。無意識的な体さばきになるまで反復練習し、頭で忘れて、体に覚えさせていくしかない。
(安達忠夫『素読のすすめ』講談社現代新書、1986。p.174)


● 丸暗記は時間を多く要するので、習慣化する必要がある。

 丸暗記法には大きな問題点がある。それは、時間がかかることだ。付け焼刃ではできない。「明日が試験」という場合の一夜漬けには、多分使えないだろう。一ページを読むには、一分強必要だろう。教科書全体で百五十ページあれば、四時間くらいかかる。二十回読むには八十時間必要だ。仮に毎日一時間を(休みなく)この練習にあてるとしても、三ヵ月はかかる(逆にいうと、この勉強法を日常的に行なえば、一日十五分くらいずつをあてれば充分ということになる)。大学受験の場合だと、この方法を三年生になってから始めたのでは、遅いかもしれない。もっと早くから始めていることが望ましい。
 なぜ時間がかかるかといえば、必要最低限のものだけでなく、すでに知っていることも暗記の対象とするからである。例えば、先の例文でも、ほとんどの単語は、すでに知っているものであろう。これらを含めて覚えるのは、一見して無駄なことのように思われるかもしれない。しかし、のちに第五章で述べるように、記憶を確実にするためには、覚える対象を長くしたほうがよいのである。
 それに、言葉の学習に時間がかかるのは、止むをえない。簡単な方法はない。ないものを探しても、無駄である。重要なことは、時間がかかってもよいから、確実に効果があがる方法を見いだすことなのだ(単語帳で覚えるのは、時間がかかっても効果があがらない方法である)。
(野口悠紀雄『「超」勉強法』講談社、1995。p.58)