2002年6月11日のバイブルスタディー
(マルコの福音書15章16-32節)


そこへ、アレキサンデルとルポスとの父で、シモンというクレネ人が、いなかから出て来て通りかかったので、彼らはイエスの十字架を、むりやりに彼に背負わせた。(21節)
裁判にならない裁判で、有罪判決もなしに、イエス様の処刑は確定してしまった。その後のイエス様は、息を引き取るまで、嘲弄され、罵られ続けた。

まず、むち打たれた後、ピラトの総督官邸の庭で、ローマの兵士たちから嘲弄された。軍用の布だという「紫の衣」を着せられ、いばらの冠を編んでかぶらせられ、ローマの兵士たちに「ユダヤ人の王さま。ばんざい」と挨拶の真似をしてからかわれた。また、葦の棒で頭を叩かれたり、つばきをかけられたり、ひざまずいて拝む真似をされたりした。この光景を涙なしに読めるだろうか。

これらは、イエス様に対するあざけりであると同時に、ローマ人のユダヤ人に対する侮蔑の感情がこもっている。イエス様は、ユダヤ人であることでも嘲られたのだ。

そして、十字架に付けられたあとは、通行人らや、祭司長、律法学者たちから嘲られた。これらは、イエス様の神性への侮辱だった。そしてさらに、神の御計画に対する侮辱でもあった。「他人は救ったが、自分は救えない。キリスト、イスラエルの王さま。たった今、十字架から降りてもらおうか。われわれは、それを見たら信じるから」という言葉は、彼らの不信仰の言葉というよりは、サタンの神に対する徴発に取れる。肉体的な苦痛以上に、それらの本質的な神性を攻撃されることで、イエス様は無言のまま、耐え難い精神的苦痛に耐えておられたに違いない。

このような、すべての人から嘲られ罵られる中で、たまたま田舎から出て来て通りかかったシモンという名の男が、イエス様の十字架を無理矢理に背負わせられた。当時の慣例では、十字架にかけられる罪人が、十字架に付けられる場所まで、自分の十字架を背負って行くことになっていた。しかし、イエス様は、睡眠不足と、精神的疲労と、長時間に渡る虐待とで、十字架を背負いつづける体力もなかった。そこで、そのシモンというクレネ人が、ローマの兵士に無理矢理つかまえられて、代わりに十字架を背負わせられた。

シモンは、突然この不運に見舞われたとき、貧乏くじを引いてしまったと思ったことだろう。それは、何も悪いことをしていない人間にとって、ひどく不名誉なことだったに違いない。時間を奪われるとか、十字架が重いとかいうこと以上に、今や嘲弄の的となっている死刑囚の十字架を代わりに背負うというのは、何と恥ずかしいことだったろうか。

しかし、私は聖書のこの記述に、偉大な恵みの力を感じる。それは、シモンというクレネ人という名前が記されているという以外に、そのシモンという人が、アレキサンデルとルポスの父だと紹介されていることだ。ここで息子たちの名前が紹介されているということは、マルコの福音書が書かれた当時、この二人は教会で名の知られた人たちだったということだ。おそらくその父シモンによって、息子たちもキリストを信じる信仰に入ったのだと思う。

人間的に見れば不名誉な災難が、実は神の思いがけない選択、思いがけない栄誉だった。そして、シモンはイエス様が十字架刑で亡くなるまでの一部始終を見、イエス様を信じるに至る。そしてその信仰は、アレキサンデルとルポスという二人の息子にも受け継がれる。

シモンは、たまたま通りかかったがゆえに、この恥辱の労役を強いられたが、それが実は神の豊かな恵みであった。このように、神の恵みは、私たちの努力によって獲得するものではない。恵みの約束に出会うのも、私たちがたまたま神を信じる出会いがあったからだ。このように、神の恵みは、たまたま出会うことから始まる。その出会いを受け入れるか、拒絶するかで、人生とその後の魂は、全く違う道を歩むのだ。

このように、神の祝福は、不愉快な経験を通して与えられることが多い。辛い経験、苦しい経験を通しても、祝福が与えられる。それは、クレネ人シモンのように、避けられない状況の中で与えられることもあるし、私たちに選択権が委ねられた状況で与えられる場合もある。

あなたは誰かから、十字架による罪のあがないを知らせる福音を聞いているかもしれない。それは、運がよければ三浦綾子の文章かもしれないし、どこかの教会の説教かもしれない。しかし、不運にも、キリスト教かぶれの単細胞人間から、うんざりしながら聞かされているかもしれないし、うろ覚えのために幼稚に聞こえる福音を、からかい半分に聞いているかもしれない。

しかし、それはおそらく、神の恵みが、あなたの戸口まで訪れているのだ。神の恵みの多くは、そのように不愉快な現実を通して訪れる。神は、それをあなたがつかみ取ることを、切に望んでおられる。